『サイボウズLive TIMELINE』のリニューアルを進めたサイボウズとGoodpatchの面々
サイボウズがこのほど、コラボレーションツール『サイボウズLive』のスマホアプリをiOSとAndroidで相次いでリニューアル。『サイボウズLive TIMELINE』として再リリースした。
最大の特徴は、チャットツールのようなタイムラインを実装し、メイン画面に据えたこと。従来のサイボウズLiveは多くのグループウエアと同様、ToDoや掲示板などの各機能が前面に出たUIだったが、コミュニケーションを重視したデザインへと刷新した。
このリニューアルは、サイボウズとGoodpatchの共同プロジェクトとして進められた。サイボウズにとって、UI/UX設計から他社と共同で行うプロジェクトは初であり、GoodpatchとしてもWeb、iOS、Androidを含む大規模な既存サービスのデザイン刷新は初めてのケースだったという。
ユーザーに受け入れられるかどうかの結果が出るのはまだ先の話だが、両社は今回のプロジェクトに一定の手ごたえを感じている。初めてづくしの共同プロジェクトがうまくいった要因はどこにあったのか。プロジェクトの中心メンバー4人へのインタビューからは、次の4つのポイントが浮かび上がった。
【1】1カ月半かけて徹底的に練り上げたコンセプト
【2】動くプロトタイプがプロジェクトの推進力に
【3】「最初の体験の質」を上げることにフォーカス
【4】成功の秘訣はコミュニケーションの質と量にある
【1】1カ月半かけて徹底的に練り上げたコンセプト
「徹底してコンセプトを練り上げたことで、その後の工程はスムーズに進んだ」とサイボウズLiveプロダクトマネジャーの大槻幸夫氏
サイボウズLiveは、法人向けグループウエアの領域でシェアを伸ばしてきたサイボウズが、さらなる市場を求めて、PTAやマンション管理組合などの「これからチームになっていく人たち」に向けて提供し始めたサービスである。
プロダクトマネジャーの大槻幸夫氏によれば、社内の開発陣が手掛けた既存のスマホアプリは、法人向けグループウエアの機能やUIをほぼそのまま踏襲するものにとどまっていた。
リニューアルのプロジェクトは、こうした課題意識の下に立ち上げられた。今年4月、GoodpatchからUIデザイナーの日比谷すみれ氏とプロジェクトマネジャーの遠藤祐介氏が加わり、1カ月半という期間をかけてコンセプトの練り上げから着手したという。
当初から、スマホファーストに振り切る上ではコミュニケーション機能の実装がカギになるという発想はあった。問題は、それをどのような形で実現するか。まずはLINEやFacebook Messengerなどの既存アプリを調査し、並行して計40人以上の既存ユーザーを対象にしたインタビューも行った。
こうした調査からは、「法人向けサービスを手掛けてきたゆえの信頼感」、「情報整理や役割分担へのスムーズな遷移」といったサイボウズLiveの強みや、「ユーザー同士の関係は友達未満他人以上からスタートする」、「使い始めてもらうハードルが非常に高い」といった、想定するターゲットに向けてコミュニケーションツールを提供する上でのコアな課題が浮かび上がった。
これらの調査結果を掛け合わせてプロトタイプを作成し、チームメンバー全員が集まるミーティングを何度か繰り返すことで、「誰もが気軽に使えるコミュニケーションツール」というコンセプトが練り上げられていった。
サイボウズLiveとしては、ここまでの大規模なユーザーインタビューを実施したのは初めてのことという。
【2】動くプロトタイプがプロジェクトの推進力に
こうしてコンセプトを練り上げた上で機能やUIのデザインをスタートさせたが、現在の形に落ち着くまでにはさらなる試行錯誤があった。
当初は、チャットが要件ごとに複数のスレッドを持ち、それぞれに対してコメントをつけられるものとしてデザインしたが、これはまだ、既存の掲示板機能に引きずられた発想にとどまっていた。「誰もが気軽に使えるコミュニケーションツール」になるには、もっとシンプルにする必要があった。
機能検討途中のUI。この時点ではまだ既存機能に引きずられており、コメントに対して個別に返信したりいいねしたりできる仕様になっていた
何度かの作り直しの末、最終的にスレッドは一つのシンプルな形に。想定されるユーザーが所属するグループは平均して1、2個であることから、ファーストビューもグループの一覧ではなく、直近で使った(あるいは新着の通知がある)グループのスレッドとするデザインに変更した。
さらにブラッシュアップし、ファーストビューでは掲示板一覧なども見せない現在のものに近いデザインに
サイボウズLive・iOS開発責任者の柴田一帆氏は、法人向けのサービスと比べ、ターゲットと自分が乖離していることの難しさを常々感じていた。今回のコンセプトづくりを通じて、仮説検証のサイクルの重要性をあらためて実感したという。

サイボウズLiveのiOS開発責任者の柴田一帆氏は、今回のプロジェクトを通じてあらためて仮説検証サイクルの重要性を実感したという
一方、遠藤氏は既存サービスのリニューアルという新たな挑戦ゆえの難しさを感じていた。それは、スマホに移行するにあたり、サイボウズがこれまで築いてきたリッチな機能を、いかに説得力を持って取捨選択し、必要十分なものに絞るかということだ。
その点では、Goodpatchが提供するプロトタイピングツール『Prott』の果たした役割が小さくなかったという。
柴田氏は「思っていた以上にシンプルな提案には最初は面食らったが、実際に動く画面を見ながら説明を受けることで、納得感が得られた」と振り返る。
開発に着手する前に動くプロトタイプがあることは、社内調整という点でも役立ったと大槻氏が続ける。
「ユーザーターゲットを絞り、コンセプトがしっかり練り上げられていたことと、プロトタイプを作れたことが、既存の考え方から抜け出し、プロジェクトをスムーズに進行する推進力になりましたね」(大槻氏)
【3】「最初の体験の質」を上げることにフォーカス
新規開発においても、既存サービスをリニューアルする場合でも、理想ベースで話しているだけではアイデアはいくらでも膨らんでしまう。限られたリソースで最大限の効果を得るためには、優先順位をどのようにつけるかが重要だ。
今回のプロジェクトにおいて優先されたのは、「気軽にコミュニケーションができる」という「最初の体験の質」を上げることであり、それが形となったのがタイムラインという新機能だった。
GoodpatchのUIデザイナー日比谷すみれ氏(右)とプロジェクトマネジャー遠藤祐介氏。「最初の体験の質」の向上にフォーカスしたことも成功要因の一つと強調する
日比谷氏によれば、グロースハックの「AARRR」でいうところの「Activation(利用開始)」と「Retention(継続)」をプロジェクトの肝と定義し、それ以外の優先度はいったん下げることとした。
「何にフォーカスするかがはっきりしたことで、チームの誰もが自ら意思決定をできるようになるため、進行はスムーズに。競合がもつ魅力的な機能であっても目移りすることなく、必要な機能の開発に集中することができた」(日比谷氏)
こうした割り切りもあって、スマホファーストで開発を進めた結果、既存のPCユーザーなどから不満の声が上がっていることは、もちろん認識している。タイムラインの実装はプロジェクトの第一歩であり、今後もユーザーの反応を見ながら継続的に改善していく予定だ。
グループウエアならではの機能との融合も、来年以降の課題として改善計画に入っている。
今回の『サイボウズLive TIMELINE』のプロジェクトには、数あるサイボウズのプロダクトの中で先駆けてリニューアルすることで、得られたフィードバックをほかのプロダクトにも浸透させるという、テスト的な意味合いも込められているという。社内の“常識”からすると「かなり大胆なリニューアル」(大槻氏)を断行した背景には、こうした指針が明確に打ち出されていたこともあった。
【4】成功の秘訣はコミュニケーションの質と量にある
共同プロジェクト成功の秘訣は、新規、リニューアルの別を問わず、間違いなくコミュニケーションの質と量にあると日比谷氏は言う。
今回のプロジェクトを進めるにあたっては、週に1回のメンバー全員参加の定例ミーティングを行ったが、それとは別に、Goodpatchの2人がしばしばサイボウズに来社し、開発陣と机を並べて作業した。
オンラインのコミュニケーションはサイボウズLiveとSlackを使って行ったが、業務上必要な会話以外にも、メンバーのプライベートな話題にも日常的に触れるなど、意識的にお互いを知る努力を重ねた。
その結果、受注-発注の関係ではなく、一つのチームのようにプロジェクトにあたることができた。信頼感と一体感が醸成されたことで、役割を超えて助け合うことができたし、作業のスピードも上がったと遠藤氏は振り返る。
Goodpatchでは現在、社内のデザインプロセスを策定中だが、その中でも、共同プロジェクトを成功に導く上で最も重要なのは、キックオフとチームビルディングであると位置づけられているという。
キックオフでクライアントにとっての課題が何かを知り、チームビルディングで信頼関係を築いていければ、チームとしてはうまくいく。今回やってみても、打ち出したいコンセプトに対してボトルネックになっている箇所を探し出し、それに対して解決策を提案するというフローは、新規開発の場合と何も変わらなかった。
「ユーザーの課題をベースに話せば答えは自然と見えてくるので、フォーカスすべきは、その前の部分だと考えています」と日比谷氏は話していた。
取材・撮影/伊藤健吾 文/鈴木陸夫(ともに編集部)