先に言っておきますね、メリー。
おじいさんが、分厚い図鑑を二冊、包装してもらっていました。
女の子が、ショウケースを覗き込んで、ペアリングを選んでいました。
おばあさんが、赤い長靴に詰まったお菓子を、少し振って見ていました。
男の子が、床に着きそうなショールを広げて、視界いっぱいに色を確かめていました。
この時期は、目に見えない慌しさに追われて、みんな早足になっていますね。
でもそれでも、みんな、どこか幸せな気配を纏っています。
緑と赤と、星色が、入り乱れる景色の中。
ケーキを予約してる人。
チキンを買いに並ぶ人。
素敵な予定を計画してる人。
靴下を枕元に置く人。
サンタさんへのお返しを用意する人。
きらきら光る電飾がどの街をも覆います。
見上げ続けると、首を痛めそうなほどの高さから降り注ぐ光。LEDらいつ。
そして、
部屋の中にも、きらめきを。
一年間眠っていたツリーは、けれど新品同様で、天使を揺らせば出来上がり。
てっぺんに乗せる星は、いつだって斜めになってしまうから、さ。
気が付いたら、あっちでも、こっちでも、
喧騒を掻き消して、
幸せな音楽ばかりが、流れて来ますね。
てててんてんてん、
てててててててん。
あわてんぼうのサンタクロースは、もう、フライングし始めている頃でしょうか。
『幸せそうな人を見て、幸せな気分になる』
羨ましいなあ、とか、ちょっと憎たらしいなあ、とか、そんな思いは案外湧いてこないです。
それは、ね、みんなの幸せに、無差別に心を侵されるから、でしょうか。ううん、違うくて、ね。
これは、ね、圧倒的に自分とみんなは、世界が違うから。
違う世界に対しては、ただの傍観者にしかなれません。
太陽、みたいなものかな。みんなが太陽、その光がどんなに温かくても、自分が太陽に成り代わろうなんて、思わないよね。
手の届かない熱源を、ただ眺めるばかりです。
そうして、孤独を深める意識さえも持てないまま、『ああ、みんなが幸せそうだな』、と思う、それだけです。そのうちに、幸せに満ちた微笑みが、伝播さえして来るのです。
伝播を受けて微笑む自分は、当事者じゃなくても、少しは、"幸せ"なのかもしれません。
太陽の光はあったかい、浴びてるだけで、自分は、そう思います。
でも、と、
それでも、やっぱり、と、
『寂しい人も、いますか?』
クリスマス、1人で過ごさなければならなくて、寂しいなって、人、
いるかな、たくさん、いるのかな。
『寂しいなんて、思わなくていいですよ』
と小さく囁いておきますね。
一年でその1日が孤独だからって、泣く必要なんかないです。
昨日の1日、とも、明日の1日、とも、同じ、それ以上でも以下でもない、"1日"でしかありません。
無神論にとっては。
名前が付いているだけ。クリスマス。
今日も、幸せそうな人で街が溢れる。
幸せじゃない人は息する事も許されない。
『世界は幸せな人だけで出来てる』
『それでもいいや』、とこんなにも自然に思えるのは、毎日じゃあないですね。一年で一度だけ、この1日だけかも、しれません。だから、せっかくだから、この孤独を不条理を噛み締めてしまおう。
そうして、さ、幸せじゃない人は、1日だけ、呼吸を止めて透明になれ。
そうして、さ、みんなには見えないところから、少しだけ、人の幸せを祈るのも、悪くない、と思うのです。
『みんな、幸せになれ!』
これは、本当に、純粋な、祈り。あーめーんー。
先に言っておきますね。
みなさん、メリークリスマス!
幸せな人は、めいいっぱい幸せな時間を過ごせるといいですね。
幸せじゃない人は、美味しいもの食べられたら、良しですね。
メリークリスマス。
あーめーんー。