俺の名は悟(さとる)。たぶん普通の会社員だ。今日は連休前ということもあってちょっとだけ残業した。いつもは7時前には帰宅できるのだが、家に着いたのは8時過ぎだった。マンションのドアを開けても一人暮らしの俺を迎えに来てくれる人はいない。玄関から先に見えるリビングも照明がついていないので真っ暗だ。
悟「ただいま~!」
誰もいないと分かってはいるが、一応帰りのあいさつをした。もちろん返事は…
?「おかえり!」
悟「!」
?「遅かったね。」
俺は慌ててリビングに入って、電気をつける。リビングのテーブル前には毛布を被った女性がいる。俺はその人をよく知っている。隣の部屋に住んでいるOLのマキちゃんだ。
悟「なんで俺の家にいるんですか!」
マキちゃん「まあまあ、そんなこと気にしない。それより早く暖房つけて。寒い。寒くて死んじゃう。私が死んだら、悟くん、人殺しになるよ。いいの?」
とりあえず、俺はコートを脱いで、暖房をつける。
マキちゃん「もう、本当に凍え死ぬかと思ったよ。なんで、連絡くれなかったの?遅くなる時は、遅くなると言ってくれないと。」
悟「なんで、俺があなたに連絡しなければならないのですか?それに、あなたの部屋は隣ですよね?」
マキちゃん「うん、そうだね。私の部屋は隣だね。だから、一応、遠慮して、寒くても電気も暖房もつけないで待っていたんだよ。えらいでしょ?それより、さっきも言ったけど、なんで連絡してくれなかったの?危ないところだったよ。」
俺は着替えしながら質問を続ける。
悟「そもそも、どうやって俺の部屋に入ったんですか?」
マキちゃん「これ。」
俺の部屋のスペアキーを躊躇なく差し出す。
悟「なんで持っているんですか?犯罪ですよ!」
マキちゃん「いや~ん、悟くん怖い!マキちゃん泣いちゃう!」
悟「返してください。」
俺はマキちゃんからスペアキーを取り戻す。
マキちゃん「そんな~!あんまりだ。その鍵がないとこの部屋に入れないじゃん。マキちゃん、明日からどこで暮らせばいいの?」
悟「隣に部屋ありますよね。」
マキちゃん「うん、あるよ。マキちゃん部屋あるよ。でも、あっち部屋汚いアルヨ!」
悟「そんなこと知りません。」
マキちゃん「ダ~メ~?」
悟「当たり前です。人の家に勝手に入るなんてどうかしていますよ!」
マキちゃん「安心してください。合鍵ありますから!」
靴下にゃんこのキーホルダーがついた合鍵を俺に見せ、ドヤ顔を決めてくるマキちゃん。ちょっとかわいい!
悟「はぁ~。分かりました鍵は諦めます。勝手に入ってもいいですし、電気も暖房もつけてかまいません。」
マキちゃん「やったー!悟、かっこいいー!男だねー。惚れ惚れするぜ!こんちくしょう!」
悟「それ褒めているんですか?」
マキちゃん「うん、褒めている。絶賛褒めている。」
悟「それにしても、なんで、俺があなたに連絡しなければならないのですか?」
マキちゃん「それもそうだね。逐一、連絡されてもうざいね。おしっこちびりました。うんこもらしました。ってそんなメール見たくないね。」
悟「そんなメールはしません。それに漏らしません!」
マキちゃん「企業秘密も?」
悟「当たり前です!これでも俺は一流のビジネスパーソンなんです!」
マキちゃん「ふ~ん。私が色仕掛けしても?」
部屋が暖かくなって毛布を脱いだマキちゃんがおもむろに立ち上がって、腰をくねらせながらグレーのスウェットを下げ始めた。ショーツは黒みたいだ!ショーツのゴム部分とちょっと下が見えたあたりで手が止まった。そこで終わり?
悟「別に、俺は色仕掛けに負けないですよ。」
マキちゃん「そうかな?」
悟「そうです!」
マキちゃん「ゴホッ、ゴホッ。」
急に咳き込むマキちゃん。
悟「大丈夫ですか?風邪ひいたんじゃないですか?」
マキちゃん「大丈夫!私にはこれがあるから!」
悟「なんですかこれ?」
マキちゃん「マヌカハニー!」
マキちゃんは満面の笑みを浮かべている。かわいい。でも、上下グレーのスウェットは女子力低いぞ!
悟「マヌカハニー?」
マキちゃん「抗菌活性力が高く、ビタミン、ミネラル、アミノ酸を豊富に含んでいるハチミツなんだよ!のどが痛いときになめると炎症が抑えられるし、免疫力アップ効果も期待できるんだよ!来年、流行るそうだよ!」
悟「へぇ~。そうなんですか。」
マキちゃん「反応薄い!とりあえず食べてミソ!」
大きなスプーンですくって、俺の口に無理やり入れてくるマキちゃん。なんか、彼女みたいだ。でも、彼女じゃないだよね。
ちょっと癖はあるが、まあ食べられる味だ。ただ、なぜだか、のどがいがいがする。本当にのどにいいのだろうか?食べた感じはハチミツが生キャラメルになったような感じだ。なれれば悪くはないかもしれない。
マキちゃん「どう?」
悟「まあ、いいんじゃないですか。甘いし。」
マキちゃん「悟くん、甘いの好きだもんね!」
悟「これ、毎日食べるといいんですか?」
マキちゃん「うん。小さじ1~3杯と言われてるよ。」
悟「小さじ1杯で、風邪予防できるのならいいですね!」
マキちゃん「でしょ~!マキちゃんえらいでしょ?」
悟「まあ、そうですね。えらいかもしれないですね。」
マキちゃん「ただ、一つだけ問題があるの。」
悟「何です?」
マキちゃん「これ、高いの。MGOという成分で値段が変わるんだけど、このMGO400の250gで約5,000円なの。」
悟「えっ、そんなにするんですか!高すぎる。」
マキちゃん「でも、悟くんの健康には代えられないと思うの。マキちゃん、悟くんが風邪で倒れると悲しくなるの。」
悟「マキちゃん…。」
マキちゃん「悟くんが倒れると晩御飯自分で作らないといけなくなるから。」
悟「…もしかして、今日も俺の家で晩御飯を食べていかれるのでしょうか?」
マキちゃん「Yes,I do!」
悟「何がいいですか?」
マキちゃん「実は、お鍋セットを買ってきたの。だから、お鍋にしようよ。」
俺は今日もマキちゃんに手料理をふるまうことになるみたいだ。