橋本弦
2015年12月21日16時00分
■1948(昭和23)年
名札を手に、下船する人たちを見つめる女性と子ども。終戦の翌年暮れから始まったシベリア抑留者の引き揚げで、舞鶴港(京都府舞鶴市)で肉親の帰りを待つ人たちだ。抑留されたのは旧満州などでソ連軍の捕虜になった将兵ら約57万5千人。寒さや飢え、強制労働で、約5万5千人が亡くなったとされる。
旧満州で生まれ育った樟康(たぶのきやす)さん(77)は、終戦前日に召集された父の行方が分からないまま、母と2人で待ち続けた。冬の夜、戸が風でトントンと音を立てるたび、父だと思い跳び起きるほど待ち焦がれたが、翌年あきらめて帰国した。その父が、帰国1年後に突然帰って来た。死んだと覚悟していたので、喜びよりも驚きが勝った。抑留されていたことも、初めて知った。
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