2015(平成27)年11月10日、ある鉄道事故の民事訴訟に関して、最高裁判所(以下「最高裁」)が訴訟当事者に対し弁論を開くと通知した旨の報道に接した。
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この裁判は、2007(平成19)年に発生した認知症患者の鉄道事故につきJR東海がその遺族に対して損害賠償を請求していたものである。2014(平成26)年4月24日に名古屋高等裁判所(以下「名古屋高裁」)が判決を下していたが、その後不服申立がなされ最高裁に係属していた。
最高裁が弁論を開く場合、高裁の判決を変更することにつながることが多いため、最高裁がどのように判断するのか注目されるところである。
■ どんな事故だったのか
この鉄道事故(以下「本件事故」)の概要とその後の裁判の経過は以下のとおりである。
2007(平成19)年12月7日、東海道本線共和駅(愛知県)にある無施錠のホーム側フェンス扉を通り抜けて線路に下りたA氏(男性・当時91歳)が、走行してきた列車にはねられて死亡した(線路への進入方法は裁判所の認定による)。
この影響で東海道本線の上下列車合わせて20本に約2時間の遅れが発生した。JR東海は、A氏の遺族(妻と子4人)に対して事故により発生した振替輸送等の費用相当の719万7740円の損害賠償を求め、名古屋地方裁判所(以下「名古屋地裁」)に提訴した。
A氏は当時要介護4、認知症高齢者自立度Ⅳという重度のアルツハイマー型認知症に罹患していたが、施設に入らず在宅で介護されていた。一審の名古屋地裁は、A氏には判断能力はなく責任能力がなかったとしたうえで、長男がA氏の介護方針を主導していたとして、長男にA氏を監督する義務を認めるとともにこの義務を怠ったとした。
さらに、妻についてもA氏の動静を注意しA氏が徘徊などをしないようにする注意義務があったのに、目を離してしまった過失があるとした。そのことが本件事故につながったとして、名古屋地裁は、妻と長男に対しJR東海の請求額全額の支払いを命じた。
これに対し、二審の名古屋高裁は、一審とは異なり長男の責任を認めず妻の責任のみを認めた。かつ、JR東海への支払額を359万8870円に減額をした。
■ 妻に損害賠償責任
名古屋高裁の妻と長男の責任に対する判断内容は以下のとおりである。
まず責任を負う主体に関して、長男についてはA氏とは別居しており介護に関与していたといっても介護を引き受けていたものとはいえず、A氏の監護義務者などの地位にあったとはいえないとしてその責任を否定した。
一方、妻については
(1)妻の立場でA氏の見守りや介護を行う身上監護の義務がある
(2)妻は事故当時85歳の高齢者であり要介護1の身障者であったが、子らの援助を受けてA氏の監護をすることは可能であった
(3)本件の事故前もA氏は徘徊をしたことがあった
(4)A氏が駅構内への進入など他者に迷惑をかけることも予想できた
(5)自宅にはA氏が出入りする場所にA氏の徘徊防止のために、人が通過した場合に鳴動するセンサーがあったのに、A氏が徘徊するたびに鳴るのでうるさくて切ってしまっていた
(6)妻には自宅の外部に開放されている場所にA氏と二人でいるような場合には、A氏の動きに注意し、A氏が徘徊しそうなときには制止するか付き添うべきなどの対応をとるべき注意義務があった
(7)それにもかかわらず、妻はA氏と二人だけになっていたときにまどろんで目を離してしまい、それが本件事故につながっているから、(6)の注意義務を怠った過失がある
などとして、損害賠償責任を認めたのである。
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