投身自殺見て「自分の番はいつ」、遺骨抱え公園生活-介護離職で貧困
2015/12/21 06:00 JST
(ブルームバーグ):2009年の秋、高野昭博さん(60)は目の前で顔見知りの女性が電車に飛び込み自殺する現場に遭遇した。頭をよぎったのは「自分の順番はいつ来るだろうか」ということだった。高野さんは川口市内の公園でホームレスとして暮らしていた。
父親の介護のため45歳で仕事を辞めたときは「何とかなるだろう」と思っていた。当時の年収は1000万円超で貯金もあった。父を見送り、病弱な母を介護しながら再就職した先は倒産したり給料の不払いがあったりで、「止まらない滑り台に乗ったかのように」生活は苦しくなった。9年後、母の葬儀で貯金は尽き、高野さんは右手に遺骨、左手に母の可愛がっていた猫を抱え、30年住んだ家を出て公園に向かった。
「介護だけはちゃんとしたいと思った」-。最初の仕事を辞めた経緯を高野さんは振り返る。月200時間の残業をしていたため上司と相談して2カ月の休職願いを出した。業務上の理由で週に1度会社に顔を出すと「まだ辞めてないのか」という雰囲気になり、やがて自分のデスクもなくなっていた。「自分で結論を出さなければ」という思いで辞表を出した。
国内で介護のために離職する人は毎年10万人に上り、その多くが再就職ができないまま身内の介護に追われている。13年の統計によると、65歳以上の高齢者は総人口の4人に1人を占めており、35年には3人に1人に増加する。08年をピークに人口が減少し始めており、増加する高齢者の子や孫が介護離職を強いられることは経済規模の縮小を招くと懸念されている。
安倍晋三首相は今秋、経済成長を裏打ちするためのアベノミクスの新たな「三本の矢」を発表。少子高齢化が進む中、若者、高齢者、障害者も活躍できる「1億総活躍社会」を掲げ、介護離職者をゼロにすると述べた。特別養護老人ホームの入居待機者は現在約52万人。安倍首相は20年までに新たに50万人分を整備する方針だ。
「政府は介護離職の裏側にある深刻さが分かっていない」-。生活困窮者を支援する特定非営利法人ほっとプラスの藤田孝典代表は、介護施設や介護要員を増やせば解決する表層的な問題ではないと異議を唱える。長時間労働や賃金の在り方、非正規雇用や保育の問題などが複雑に絡み合っており、社会の在り方を根本から考え直す必要があると述べた。
総務省統計によると、15歳以上で介護をしているのは約557万人で、うち約266万人が給与を得られる仕事に就いていない。英調査会社キャピタルエコノミクスは、安倍首相の介護施設増設による労働力増加効果は年間0.2%と予想している。
普通の人が転落する年間300人が相談に訪れる「ほっとプラス」の藤田孝典代表は、活動を始めた12年前は日雇い労働者など貯蓄できなかった人の相談が多かったのに対し、ここ数年は元銀行員や元公務員など比較的裕福に暮らしていた人が相談に来るという。
ゆとりある老後を想定して定年退職したが、本人や伴侶の病気で高額医療費が必要となるケース、子供がうつ病になったりワーキングプアで親の年金に頼るケース、また、熟年離婚で年金を折半したものの生活水準を変えられなかったケースなど、「普通に暮らしていた人がたった一つの想定外で簡単に貧困に陥ってしまう」のが現状だと藤田代表はいう。
65歳以上の高齢者の単独世帯は1986年に128万人だったのが、13年は573万人に増加している。うち8割は女性の単独世帯。高齢者世帯の90%が1世帯当たりの平均所得金額(約537万円)を下回る収入で暮らしている。
介護離職防止の難しさ政府の緊急対策では介護と仕事の両立について、地域支援センターのケアマネジャー(介護支援専門員)が助言できる体制を整え、職場では対象家族1人につき93日取得できる介護休業を分割取得できるよう制度の見直しを検討している。
介護に直面する家族などにアドバイスをするワーク&ケアバランス研究所の和気美枝氏は、介護離職防止には制度利用の浸透が鍵となるという。働き手が自分の人生よりも家族を優先して介護を始めて1年以内に仕事を辞めてしまうケースが後を絶たないのが現実で、どこまでケアマネジャーに頼れて、何を相談してよいかも分からない介護者が非常に多いという。
出産や育児休暇と違い、介護はいつまで続くか分からない。休業制度は「仕事を続けながら介護ができる環境を整える手続きに使うべき」だが、実際は休業制度を親の病院送迎に使って日数が足りなくなったり、「看取りに備えて取っておこう」と我慢したりで、効率的に利用されていないという。「国だけでなく、企業も介護者も皆が理解できる形にならなければ、介護離職を防ぐことは難しい」と和気氏は感じている。
困った人が助けてと言える社会高野さんはホームレースになって4か月後、公園を訪れた貧困支援団体に声をかけられ、生活保護を受けられることを知った。当時は税金の滞納の過去があるから生活保護は受けられないと思い込んでいたという。生活保護と住宅手当を受け始めると苦しいながらも生活できるようになり、今は貧困支援団体で職を得て同じように苦しむ人たちの相談に乗っている。生活保護の受給は終了した。
「貧困状態に陥ると目先しか見えなくなる」と高野さんは語り、本当に助けを必要としている人に情報が行き届いていない現状を指摘した。ホームレスまで経験した立場から、「困った人が助けてと言える社会にする」ため、「どうか現場を把握してください」という思いだという。
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更新日時: 2015/12/21 06:00 JST