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あの世とこの世の境に生きるひとびと 水木しげる「神秘家列伝 其ノ壱~四」

読書 マンガ

神秘家列伝 其ノ壱<神秘家列伝> (角川文庫)
先日、水木しげる氏が亡くなったとき、この神秘家列伝を読んでいる真っ最中だったので大変驚いた。
神秘家列伝に列挙される存在にご自身もなられたのだろう。



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神秘家列伝

神秘家列伝 其ノ参<神秘家列伝> (角川文庫)
KADOKAWA / 角川書店 (2015-03-19)
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神秘家列伝は、全四巻。
霊界、異界、妖怪、憑き物、不思議な体験に遭遇した人々を描く。

第一巻には、スウェーデンの神秘家エマヌエル・スヴェーデンボリ、チベットの行者ミラレパ、ブードゥーのマカンダル、そして華厳宗の僧 明恵。

二巻は陰陽師 安倍晴明、霊能者 長南年恵、神秘学に傾倒した作家コナン・ドイル、ジャーナリスト宮武外骨
三巻、宗教家 出口王仁三郎、修行者 役小角、仏教哲学者の井上円了、神道家 平田篤胤

最終巻の四巻には、仙台四郎、天狗に攫われた天狗小僧寅吉、狐憑き駿府の安鶴、 民俗学 柳田国男、作家 泉鏡花
と洋邦時代もバラバラ。
シャーロックホームズの作者コナン・ドイルが例の妖精写真*1を信じたエピソードも有名だが、この世ならざる世界を垣間見たひと、未知の力を使えるひと、信じたひとなどを中心に描く。
とはいえ宮武外骨に至っては神秘家というよりも奇人伝。
神秘体験というより波乱に富んだ人生と一風変わった人柄を描く。
この辺り、水木氏が気になった人の伝記を書いた趣向も強い。

疑問

神秘家列伝 其ノ弐<神秘家列伝> (角川文庫)
KADOKAWA / 角川書店 (2015-03-19)
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面白いのが、水木氏は神秘家の生涯を語りつつも、時には神秘を信じ描写し、ときには疑惑を持って描写しているところだろうか。
「これは思い過ごしじゃないか」「これは幻覚なのでは?」という視点がありつつも、神秘家の不思議な体験や現実ではありえない現象を描いて見せる。
水木氏は神秘家の体験や伝承を信じたいという気持ちがありつつも、現在的に信頼できない側面もあると理解してる。


たとえば弐巻 安倍晴明から。

あるとき少将が鳥の糞に当たった。
それを見ていた清明は少将に声をかけ「あれ(カラス)はたしかに式神*2、誰かが呪いをかけているのです。少将どの、お気の毒ですがこのままでは今夜限りのお命」と言う。
そこで少将は、清明に身を守るよう依頼。
清明は夜の間、少々を抱きかかえ呪文を唱え続けた。

夜明けごろ、従者がやってきて曰く
「少将に呪いをかけた者の使いです」
「こちらの清明どののような守護の強いお方がいたため式神が戻ってまいりました」
と言う。
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※“神秘家列伝 其ノ弐<神秘家列伝> 安倍清明”より
水木氏は、懐疑的に「私はこの使いというのは清明の子分だと思う」「人間心理の虚をつくのも清明はたくみだったと思う」と書いている。
このエピソードは、清明の仕組んだ芝居だったのでは?と。

清明の全てがこのような詐欺だったのでは?ということではなく、陰陽師と言う存在は心理的隙を突くような詐術も上手かったのではないか、という考えと思える。
とはいえ清明の「熊野にも行って修業しているからおそらく修験の術も使えたのだろう」と解説しながら、水木氏が鼻をほじりつつ解説しているコマも……いろいろ眉唾だと思っていたのかもしれない(鼻ホジ

この清明に関しては「今昔物語(下)―マンガ日本の古典 (9)」でも描いているらしい。

今昔物語(下)―マンガ日本の古典 (9) 中公文庫
水木 しげる
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伝記作家 水木しげる

水木氏といえば「劇画ヒットラー」のような長編の伝記も多い。
南方熊楠を描いた「猫楠 南方熊楠の生涯」*3
泉鏡花の伝記とその作品をマンガにした「水木しげるの泉鏡花伝」などもある。

20世紀の狂気 ヒットラー 他 (水木しげる漫画大全集)
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猫楠 南方熊楠の生涯 (角川文庫)
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水木しげるの泉鏡花伝 (ビッグコミックススペシャル)
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水木しげる氏と言うと妖怪作品ばかりが有名だが、不思議な怪異の存在しない伝記作のクオリティも高く非常にわかりやすい。
過酷な戦争体験で強烈な現実を見てきた水木氏だからこそ、適度なアチラとコチラのバランス感覚で世界を描き切り取ってみせる。

不世出、唯一無二の妖怪マンガ家。
こういう作家は、もう出てこないかもしれないと思うと本当に惜しい。
伝記に関しては、今後はドリヤス工場氏に頑張っていただくとして(山田康雄とクリカンみたいなもんか)。
有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいのマンガで読む。
リイド社 (2015-09-11)
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azanaerunawano5to4.hatenablog.com
(「あやかし古書庫と少女の魅宝」は、妖怪じゃなくラノベっぽい展開するからなー)

新作が読めなくなるのはさみしいですが、水木氏はいつの日か、アチラの世界からコチラの世界へと行き来できる道でも開いてくれるのでしょう。
だからって大川隆法は違(ry

神秘家列伝 其ノ四<神秘家列伝> (角川文庫)
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*1:コティングリー妖精事件 - Wikipedia

*2:陰陽師によって従者のように使役される霊のような存在

*3:熊楠は、二巻 宮武外骨にも登場する