
書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。
書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
天久聖一(あまひさまさかず)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。
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書き出し小説秀作発表第88回である。
今年最後の書き出し秀作発表である。とは言っても年末は毎年律儀に来るもので、この歳になるとただ淡々と年を跨ぐだけである。そう、年は簡単に跨げる。しかし現実の生活ではこんな段差でつまずくんだ!と驚くこともある。これもまた歳のせいであろう。まあ別にいいんだけど。
それでは今回もみなさんを、めくるめく書き出しの世界へご案内しょう!
書き出し自由部門
彼女は手に持ったグラスの中に、静かに冬を閉じ込めた。
夏猫
「そういえば、」でニュース速報が始まった。
こばち
冬のスズメが止まるには、コスモスの茎は細すぎた。
xissa
透明の液体に上段まで浸かると、カプセルホテルは寝静まった。
えむ毛
凍てつく夜道。6段の人間ピラミッドがゆっくりと近づいてきた。
morin
テーブルクロスを引き抜いても、机上の観音像は全て微動だにしなかった。
伊勢崎おかめ
小高い丘から見る街は踏み絵に似ていた。
ヘリコプター
パイプ椅子を畳むだけの簡単な仕事だと聞いていたのに、なんだこのパイプ椅子は。
夏
女組長はダッフルコートでやってきた。
正夢の3人目
「皆さんの時計は狂っているので合わせて下さい」教育実習生の第一声であった。
ボーフラ
天国の階段の先には、自動改札と冷凍食品の自販機がある。
ら+
「なにそれ。海苔?」迷いながらようやく新宿に付いたのに、最初の言葉がそれだ。
岸本かよ
まな板にいた蟻の群れを水で流した。
ビールおかわり
元旦那に勧められた整骨院の看板には真っ赤な字で『研究所』と書かれていた。
トミ子
「よいお年を!」 そう言って人面犬は走り去った。
大伴
連載も三年を超えると、それなりの選考基準はできてくる。それらは例えば、言葉からイメージできる映像の鮮やかさであったり、続きが気になるストーリー性だったりするのだが、最終的な判断はやはり個人(つまり私)の好みだ。えむ毛氏「透明の液体〜」実際のカプセルホテルはただオヤジのいびきが響くリアルな場所だが、そこにはたしかにはメルヘンがある。リアルとメルヘンがまさに液体のように混じり合った好みの作品。morin氏の「凍てつく夜道〜」もシュールなホラーといった雰囲気だがとぼけた味わいが好み。きっと最初は道の向こうからてっぺんのひとりだけが見えるのだろう。正夢の3人目氏「女組長〜」はダッフルコートの女子高生を連想する。世代的に「セーラー服と機関銃」の薬師丸ひろ子がアイドルだったので、これも好み。ボーフラ氏「皆さんの時計〜」はただならぬ不穏な空気を好き。ビールおかわり氏「まな板〜」はとにかく生理的にぞわぞわする。生理に訴える系はツボに入ると忘れられない作品になる。トミ子氏の「元旦那〜」は『研究所』という看板を掲げてしまうキャラが、私個人の整骨院のイメージ(変わり者のオヤジがやってそう)にぴったりだった。大伴氏「よいお年を!〜」なぜいま人面犬?しかもなぜ暮れの挨拶?あまりの唐突さに噴き出してしまった。よってこの作品を今年の自由部門の締めとしました。
続いては規定部門。今回のモチーフは『サンタクロース』であった。お馴染みの不法侵入者の活躍をお楽しみあれ。
規定部門・モチーフ「サンタクロース」
アラフォーの息子に真実を告げる時が来た。
英国紳士
枕元にはプレゼントが残り、引出しからは下着が1枚なくなっていた。
morin
明け方、星の光をひとつずつ消すことから私の仕事ははじまる。
しいさん
ハロウィンをdisるサンタからのLINEがしつこい。
g-udon
父が亡くなった翌年から、サンタクロースが来るようになった。
TOKUNAGA
この町では、野良サンタクロースが無差別にプレゼントをバラ撒いてくる。
あつし
「誰かいないと証明したのか?」恰幅の良い男はニヤリと笑った。
正夢の3人目
その日、世界中の空き巣が彼の家を狙っていた。
tosso
「今までずっと見ていた。やり方はわかる」トナカイは白い袋を持ち、一人で雪の中を飛び去った。
カイテン
信用金庫のショーウィンドウに立っている謎のキャラクターもサンタの衣装を着てこちらを見ていた。
もんぜん
サンタクロースの集団は、あっという間に支店長を縛り上げた。
ぴすとる
イルミネーションが派手な家は無意識に避けていた。
ビールおかわり
奈良公園の嫌がる鹿をソリにくくりつけているのは教頭先生だった。
伊勢崎おかめ
煙突はぎっしり詰まっていた。ねじ込むように入ったら、一番下の十二年前のサンタが出たようだ。
ラクイチ
しゃんしゃん。しゃんしゃんしゃん。托鉢がきた。
義ん母
「稼ぎ時以外は、閻魔大王をやっている」と。確かに彼はそう言った。
冴
サンタクロースは最後の二択で入る家を間違えた。
うにねこ
生きたまま腸に届くサンタが、ぼくらの願いを叶えてくれる。
東ことり
サンタクロースの服を着ることでしか、暖まる方法がない部屋だった。
ねもっ血風クン
荷を背負い、かんじきを履き、自らの足で、一歩一歩、雪原を踏みしめて、町へやってきた。
suzukishika
どんなに理不尽で腐った世の中だろうが、俺は与え続けると決めたんだよ。
Puzzzle
さすが世界でもっとも有名なキャラだけに、さまざまないじり甲斐がある。英国紳士氏「アラフォーの息子〜」tosso氏「その日〜」など定番ネタも書き方によってはまだまだ新鮮に読めるなあと感心した。現代性を取り入れたものではg-udon氏の「ハロウィンを〜」ハラセン氏「絶対違うよね〜」が軽やかに決まっている。サンタも時代に合わせた微調整が必要だ。変わり種サンタではあつし氏の「野良サンタ」がいい。東ことり氏の「生きたまま腸に届くサンタ」にはくらっと来た。ぼくらの願いってなんだ?suzukishika氏の作品はもうサンタというより雪国の暮らしが長いただの老人にしか思えない。義ん母氏に至ってはサンタでもなんでもない。というよりイヴに托鉢はやめて欲しい。空中分解氏の作品通りサンタが妖怪図鑑に載る日も近いかもしれない。
今年も数多の物語(但し書き出しのみ)に出会えて幸せでした。書き出し作家のみなさまありがとうございます。そして来年も変わった宝石のような作品、待っています。
それでは次回のモチーフを発表する。
次回は新春一発目なので『お正月』。ど直球ですいません。お正月はネタの宝庫だし、また新年に対する意気込みのようなものでもいいと思う。とりあえず、書き出し小説ならぬ書き初め小説という気持ちで参加していただきたい。締め切りは来年1月8日正午、発表は1月10日を予定している。それでは来年も力作待ってます!
最終選考通過者
mochi食べたい/なつよ/Ao/ことり/不眠/ルーポー/みつばち社長/チチカステナン号/ベランダ/prefab/ミミズグチュグチュ/五捨六入/山ノ木千代子/マークパン助/流し目髑髏/プレミアムバザー高田/ウチボリ/KoReKiYo。/にら将軍ハルナ/トモマリ/