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15年町の話題



15/12/19 記



脳卒中予防を学ぶ


   





 松中村塾12月講座が、12月18日(金)に開かれました。
 多可赤十字病院地域医療支援センター室長で看護師の高田恵子さんの講義「脳卒中の予防」を聴きました。この日は糀屋からも参加者があって、中村町の取り組みが少しずつ広がっています。寒い中、30人近い方が拝聴しました。
 塾長挨拶は、多可町が地域総合事業をどう進めるのか、とりわけ生活コーディネーターの選考、配属先などの仕組みづくりがどなるのかにふれ、中村町の取り組み、NPO法人化が、それらへの先行モデルになろうと、期待をこめたものでした。
 諸報告では、最近のNHKの多くの番組が認知症や介護難民などの高齢者問題を扱っていることからその一部が松中村塾の学びと重なる点を説明しました。
 第4回多可町地域医療フォーラムが3月9日に開催されますが、今回はパネル討議に中村町が地域代表で私が登壇することを報告しました。
 講義では脳卒中をよく知れば予防に努めるとのことでした。

    
●講義する高田看護師さん

 1)脳卒中について知ろう
 ・脳卒中とは(@脳梗塞A脳出血Bくも膜下出血
 2)脳卒中の危険因子とは
 ・脳卒中の危険因子とは
 ・高血圧
 ・禁煙
 ・飲酒
 ・脂質異常症
 ・万が一の場合<FAST>F=フェイス A=アーム S=スピーチ T=タイム

 質疑では、血圧測定に関連したものが多くありました。
 終了後は、ノロウィルスの予防と対処法についての解説がありました。子どもや高齢者には死につながるだけに神経質になります。下痢、嘔吐、その飛沫か伝染するようです。うがい、手洗いの励行です。
 災害避難所での暮らし方セミナーが、3月4日に多可赤十字病院で開かれます。そのよの予習ではないですが、パンストを防寒着にする方法を実習して見せました。そのモデルに指名され、かぶってみました。どのように見えたでしょうか。
 近畿地区の赤十字病院の看護師さんの地域連携大会が、1月29日に西脇市のアピカホールで開かれ、そより亭小風さんが落語を演じることが報告されました。演目は「転ばぬ先の杖」です。猛特訓が始まったようです。







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15/12/11 記



すき焼き




●神戸新聞(15/12/11)より




 「議会は不細工なことしたもんや」と、知人があきれ顔で来ました。
 この日の神戸新聞に、12月3日に選出されたばかりの多可町議会議長の辞職が報じられ、その顛末が明らかになったことから、巷でかっこうの話題になっています。この日も何人かが話題にしたところでした。2日の全員協議会での結果が本会議で覆されたことは多くは知りませんでしたから、11日の記事にはさぞかし驚かれたことでしょう。
 3日の本会議で異議ありを発議した議員の行動理由も聞きました。しかしそれならそれで手順が要ります。もちろん全員協議会は非公式なもので、その場の決まり事にはなんら法的規制はありません。ないに等しいものです。しかし慣習としてその機関を認めてきたのなら、お互いが尊重するべきです。それに意義があるなら事前確認の全協を廃止して、常に本会議で決すればよいのです。そのことを全協で提起もなしにいきなり意義ありでは混乱します。全協で負けた議員がそれに呼応して立候補して当選したのですから混乱に拍車を掛けるようなものです。
 この発議に一旦休憩にして議事を止め、全協のあり方を問い直すことの指摘もないまま、議長選挙に入っています。
 すでに当事者や議員が外で話していますから、知人の話もその筋のものです。
 驚くべきことは、松茸や肉が配られたとのことです。そこから尾ひれのついた話しが流布されています。ここまで来ると、それならすき焼きを食べたのではと、もう笑うしかありません。
 正常でない機関が町の予算、事業を最終決定するのですから悲しいです。監視、批判機関のはずが、いつしかわしが、わしがと言い争っているようです。
 「まだこの先何かが起きそうや」と言いながら、知人は帰りました。
 ここまで書いて区切ろうとすると、別の知人が来て、この件で色々話しをしてくれました。






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15/12/7 記



熱い報告がクロスオーバー


   

●宍粟市の200円バス                               ●NHK神戸(15/11/10)より                       





 生涯学習まちづくりひょうごネット(フォーラムK2)神河例会が、12月5日(土)、グリーンエコー笠形で開かれ、県内各地の情報交換を行いました。
 宍粟市からは、11月1日始動の200円バスのこの1か月の運行実績が報告されました。

 <概要> 市内の公共交通空白地域解消を図るため、市・事業者・住民(自治会)の三者が一体とな理、市内ほぼ全域(自治会)を網羅する公共交通の再編を実施。
 運賃は市内全域目的地まで同一料金 大人200円。


<乗車状況>
 @地域によって利用状況が二分化している。
 ・地域の足への危機感の濃淡が利用度に反映している。
 A大型バス路線では高校生の利用も含め乗客が増加している。


 
<まとめ>
 @16年4月1日運行開始予定が早まったことによるPR期間が短く、浸透していない。
 A自家用車での生活からバスを使った生活に慣れていない。
 Bバスが走っていたらいいなという程度でまだまだ危機感が思ったほどない。
 C乗り継げるのか、時刻表の見方、本当に200円なのかといった不安。
 D時刻表の文字が小さく、大型バスとの接続がわかりにくい。

<今後の対策>
 @時刻表の改良。
 A乗り継ぎや利用のモデルをつくる。
 B各自治会に乗車状況を公開し、意識改革を図る。
 C疲弊した地域の再生を図るため、新たな視点からの人づくり・まちづくりを進める。


 25路線の内、8日、9日運行で利用実績ゼロが2つあります。まだ1か月ですから、まだまだ試行錯誤の段階です。全自治会の網羅が空白解消にはなりますが、運行時間の短縮に逆行するだけに、利用者はどう受けとめるなど、課題はまだまだこれからです。しかし地域の疲弊化を押し返すには具体的な取り組みから意識改革を図らざるをえません。評定だけでは進みません。

 たつの市からは、先月実施の「オータムフェスティバルin龍野」、すでに13回目になる。規模が大きくなりすぎ対応が大変と。篠山市からは日置地区の伊能忠敬の足跡をたどるウォーキング、地元神河町からはさらなる移住者施策、空き家利活用で新たな対策、淡路からは「種まく旅人 くにうみの郷」キャンペーン、別冊「KOBECCO」、企業支援、ボラセンからは東北支援の継続、それぞれ報告を聴きました。
 いずれもすごい内容でした。それぞれの現場にかかわる方ばかりですから、とにかく熱い、そして深いのです。
 気がつくと日付が変わって1時を過ぎていました。







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15/12/6 記



神河町は一歩も二歩も進んでいる


   

●楽やの入り口周り




 12月5日(土)、フォーラムK2の神河例会の前に、空き家の利活用の二店舗を見学しました。昔ごはんとおやつの時間の「楽や」と薪鎌窯パン工房「丸藤」です。
 「楽や」は、旧大山村役場を再生した交流施設「杉」のケーキとカフェの店です。レトロなたたずまいはそこに座るだけで落ち着きます。交流ゾーンは昔の学校の机と椅子が利用され、飲食もできるようになっています。オーナーの高橋陽子さんは、姫路市にも同様の店を持ち、神河に魅せられ移住して2号店として再生に取り組んだ方です。
 地元食材にこだわったケーキとお菓子、昔のご飯を提供しています。この店はオーナーのキャラが一番の売りでしょうが、地域に溶けこんでいるのも強みのようです。

    
●オーナーの高橋さんと談義

 FBでときどきこの店の情報が流れてきます。今回訪ねたことで今までのメッセージが確認できました。印象としては女性好みのスペースでした。
 意外なことに、高橋さんが多可町からスタッフに来てもらっていると言われ、その後に本人が出てこられ驚きました。なにがきっけけでスタッフになられたのかです。
パン工房丸藤は、トタン葺きの黒い屋根に「パン工房 丸藤」と書かれていて、国道から目立ちます。しかし幹線からはずれその入り口もわかりづらく、何度も遠目に見て過ぎたものです。一度行ってどのようなパンか手にしたい思いを持ち続けていました。不便な場所のパン屋、どうやって商いができているのかです。
 営業は4時まででその間際に入りました。
 食パンのみの販売です。ラスクもありますが、パンは薪窯の一種類です。
 オーナーの藤田さんとはカウンターをはさんで神河の魅力、田舎暮らしのニーズの拡大、この町の物件が少なくなっている現状などけっこう深い話しとなりました。
 丸藤の場合は、行政など再生チームでよみがえったのではなく、田舎暮らしを求め探し当て、2年かけて自力で再生されています。その分、行政や地域への立ち位置が違っていました。

    
●オーナーの藤田さんと談義

 エンジニアで盆正月もなく、働きづめだった生活から抜け出し、田舎で人間性を回復させたいと願っての移住だったそうです。
 開店して3年になり、週4日営業、残りの3日は薪割りとのこと。
 1袋600円の食パンがどれだけ売れるのか、どういった方が求めてくるのか、余所事ながらついつい計算して、一緒に行った仲間とどうのこうのと評定していました。
 食パンは、小麦粉のみで焼きあげられていて、こだわりのある味に思えました。
 藤田さんは、話しの中で何度も「価値観」を使用、その違いがこだわりになっていることが理解できました。
 2店舗を回ってみて、この町の魅力と受け入れのためのネット環境、回路を威力を知りました。鳥取県智頭町議会がこの町に調査に来るとのこと、あの智頭町がです。神河町は、移住、空き家の再生では一歩も二歩も進んでいるようです。







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15/12/1 記



NPO法人定款をまとめる








 中村町地域包括ケア研究会は、NPO法人の定款の会員の入会金、年会費を決め最終案をまとめました。次は、3月の定例総会に議案として提出、協議いただくことになります。
その前に什長会の承認、組長会への報告の手順をとります。総会で承認いただくと、総会開催、NPO法人の設立申請になり、承認の運びです。具体的な事業はそれからです。移送サービスは運転者の研修などがあるため、すぐとはいきません。研修などの委託事務などもあり、コミュニティビジネス分野も視野に入れての始動です。
 定款がまとまったことで、工程が一歩進みました。
 介護保険制度の改正、支援サービスのニーズ拡大などから隙間をどう埋めていくかですが、NPO法人はそれへの有効な手だてです。
 松浦塾長から、中村町の動きが行政施策にも反映の兆しがあるとの報告も受け、地域ケアの確立の弾みになりました。
 松中村塾の開講から1年、着実に進んできました。次年度は活動から学びにステップアップを全員で確認しました。







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15/11/29 記



訪問医療で在宅療養の確立








 ゆうゆう学園(西播磨高齢者文化大学)第5回公開講座が、11月27日(金)、志んぐ荘(たつの市)で開かれ聴講しました。この日の講師は京都の高雄病院地域医療室長の川島実医師(39才)で、演題は「災害を乗り越え、つながる地域医療」です。ゆうゆう学園の講座でしたが、地域医療の医師で、しかも在家の僧侶とあってははずせません。聴講だけでなく終了後に談義の時間をいただきました。
 プロフィールからしてもそのユニークさが伝わってきました。京大医学部在学中にプロボクサーとしてデビュー、西日本新人王の戦歴。東日本大震災では気仙沼市本吉診療所の所長として地域医療の立て直しにあたる。希有なキャリアからマスコミには何度も登場とのこと。興味津々で出かけました。
 最前列中央の席に案内され、開会を待ちました。高校生が列を成して着席、後で聞くと今回の講師は地元の龍野北高校看護科からの提案だったようです。
メモを取りながら顔を上げると、講師席に作務衣で僧侶を思わす風貌の方がみえました。この方が川島さんかとあらためて見直し確認しました。

    
●講演の川島実先生

□多くのハブをつくろう
 京大医学部に入った経緯は、両親が京大OBに由来。命の次に大事なものは勉強、勉強しない子どもは親の子でないとの教育方針に反発の繰り返しだったとのことでした。
 親の敷く京大路線との葛藤からどう展開していくのか、不思議な雰囲気の持ち主でした。
自転車で日本縦断、ヨーロッパ走破と、これまたおもしろいキャリアです。
 母親が大腸癌にかかり死に直面したことから、親を喜ばせられるならと京大医学部受験を決意、合格となります。合格を知った母親は一気に病状が回復したとのことです。
 大学に入ってボクシング部に入ります。プロデビューをはたしますが、なんせ京大医学部の学生がプロ選手とあって、たえずマスコミが同行したそうです。話題の医学生ボクサーでした。そのあたりの話しは特に高校生にはおもしろかったと思います。
 まともに勉強を始めるのは5年生になってからのようでした。卒業後もボクサーを続けますが、段々と頭打ちになり、体力限界を感じ29才で引退、和歌山で農業を始めます。このとき既に結婚していて子どもも1人できています。米作りはうまくいったのですが、収穫量を換算するととても生活できる額でなかったことから、またまた路線変更です。地元の閉鎖寸前の診療所を受け持ち、地域医療らしきことを始めます。しかし在学中に医師を目指した勉強は十分でなかったことから、一種の限界を感じだします。
 京都の高雄病院の院長がマスコミから姿を消した川島さんを探しているとの情報が入り、出会うことに。この病院長は漢方医学の専門家で、その勧めに従うことになりました。ここで1年間漢方を学ぶことに。しかしここでも限界を感じ、現代医学を学ぼうと新天地を求め徳州会沖縄に採用されます。救急病院で研修医師として奮闘するのでした。
 さらに極めたく山形の系列病院に異動、そこで東日本大震災に遭遇、気仙沼へボランティ医療活動に加わりました。津波被害をこの目でとの物見遊山的な部分も正直あったそうですが、現地に入った瞬間、その思いは吹き飛んでいます。360度がれきの山です。

    
●東洋経済オンラインより

 気仙沼市本吉病院が廃院との話しから、市とかけあって存続させます。山形からの単身赴任の身になりました。医療圏域1万人のこの町で地域医療を手がけることになりました。
 訪問医療の開始、家での看取りに向きあうことになります。このあたりは、13年3月10日に「情熱大陸」(www.dailymotion.com/video/x286rup_)で放送されています。

    ●東洋経済オンラインより

 1万人の町を無医村にしては安心して暮らせなくなります。それを防ごうと孤軍奮闘の日々が続いたのですが、家族の事情で奈良へ戻ることになりました。遠距離になってからも本吉には今も通っています。
 
地域医療には、地域に多くのハブが欠かせないと言われたのが印象的でした。
 在家の僧侶ですが、家が寺院でもないだけに関心を寄せました。どうも般若心経が原因のようです。高校が東大寺学園で仏教の環境に育っています。同学園から隣町へ震災ボランティアに学生がやってきていて、そのつど先輩として出向いていました。その内、僧侶を勧められ修行を始めたとのことです。
 もともと僧侶は医師であり薬師であり土木技術者でした。だから患者の前で手を合わせることに違和感はないと言います。治療とケアができるのです。西洋医学の限界を見極めてのことかもしれません。
 型破りの医者が訪問治療を通じて在宅療養を確立しようとしています。
 その風貌から医者というより僧侶の話しを聴いている感じでした。

 講演後、感想などを話しをして中村町でも機会をつくることを約しました。そのやりとりはFBでとなり、さっそくお友達から始めることになったのです。







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15/11/28 記



訪問看護の現場報告に頭を下げる
<報告:松中村塾11月講座>

   





 「血液が逆流しているが、どうしたらよいのか」と、朝の5時半に、家で点滴をされている方からの電話です。離れているので、すぐのは駆けつけられないので、電話で指示して様子を見ました。再度かかってきて、うまくいかないとのこと。こうなると行かなければなりません。点滴を止めるように指示して家を出ました。
 松中村塾11月講座は、在宅看護の基礎知識をテーマに開講、訪問看護師さんの現場報告の一節です。言葉では24時間態勢の確立を聞いていましたが、その大変さに頭を下げました。半端な話しでありません。
この日は、多可赤十字病院の訪問看護担当の2人の看護師さんが講師、「多可町在宅医療・介護のしおり」(地域包括ネットワーク在宅療養プロジェクト作成)による説明と報告でした。
 訪問看護時にはアイパッドで病院とやりとりして確認することになっていて、それも見せていただきました。
 こういった方々の体制で在宅療養が成り立っているのかと、思い知らされました。同時に訪問先の在宅療養の今も教わりました。

    
●講義の高田看護師さん

 主な指摘(メモの範囲)です。
 1)病院から在宅に変わると表情まで変わり、笑顔が戻ります。やはり多くは家での療養を望まれておられるるのでしょう。そのためのサポート体制の確立が次の課題です。

 2)1人の患者さんhが在宅に変わられるとなると、に主治医、訪問看護師、ケアマネ、ヘルパー、地域包括など関係者が集ってその対応を協議、カバーする。そのようなチームワークがあっての在宅療養です。


 3)介護や治療の大変さを一人だけで、また家族だけで抱え込まないことです。多くのスタッフに相談いただき、支援を受けることです。また地域でも近所周りで支え合うことが大事です。


 4)外へ出て多くの方と交流することが大事ですが、どうも男性は苦手な方が多く、引きおこもりがちです。外へ引っ張り出す工夫が大事です。


 5)患者さんが自立できるようにお手伝いするアドバイザーです。

 6)家での看取りが増えつつあります。最後は本人の好きなようにしてあげるのもよいのかと思います。たとえば食事なら病人だから制限といったことではなく、その方の好きな方法をされた方が、きっと満足でしょう。


 報告後のやりとりです。
 (問)在宅療養のニーズが増えるとのことでしたが、それには24時間態勢のスタッフがそろわなければならない。先程、朝の5時30分に電話がかかってきたとの話もありました。24時間態勢と言葉では言えますが、その現場となると生やさしいものではないことが想像できます。ニースが増えてもそれに対応できるのでしょうか。

 (答)大げさに言うのではないですが、買い物をしていても、お風呂に入っていてもいつも電話がかかってきたらどうしようと、たえず気にする日常です。今3人でこの携帯を回して、60人近い方の在宅療養をカバーしています。もちろんそれへの対価はいただいてはいますが、それでも24時間というのは大変です。

 (問)周りに相談とか周りの支援とか言われましたが、こういった学習の場があって多少の知識をふまえ対処できるかもしれませんが、なにも知らなかったら近所といえども相談に乗れません。今日のような話しを聴く機会、学ぶ場が必要ではないでしょうか。

 (答)おっしゃる通りで、いついもPRが足りないと院長からも指摘されています。


 12月講座は12月18日(金)、介護における医学的留意事項がテーマです。
 そして今日の神戸新聞「ひょうごの医療」は、訪問看護を取り上げましたが、あまりにもタイミングがよすぎました。







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15/11/22 記



丹念に見入る人との出会い


   





 第26回中村町美術展が、21日、22日の両日開催されました。
 18部門に延べ120人が約150点出品しました。
 一つの集落の文化事業が26回目を迎えました。その段取りにあたる人は出展者が中心の実行委員会です。始まった頃は、集落役員中心で協賛事業の餅つき、バザーの準備に早朝からの出役で、正直役員には相当な負担でした。美術展を続けるにはそれの軽減を図ることと共通理解でき、今のスタイルになっています。それでも中核的実行委員の負担が大きく、なかなか次の世代が出てきません。若い世代のものづくりはどうなのでしょうか。そのあたりの把握が必要な気がします。
 今年は婦人部のワークショップでつくったイーゼル型花箱の発表の場になっていて、花のある暮らしを演出しています。新しい試みです。また児童画も学校の協力を得て展示しています。

   

 日頃の創作活動の発表機会として住民の目標になっていて、いずれも力作揃いです。関係者が説明を加えるなどしてそれぞれの作品前で感想を述べたり、久しぶり出会いを確かめたり、いつもながらの和やかな談笑が弾んでいました。
 課題は各部門の作品数の減少傾向です。それだけに制作していながら発表しない方への協力依頼などのてこ入れも必要です。
 昨年と違って、今年は絵本とその原画でパネル1枚を受け持ちました。
 手づくり絵本の世界ははじめてという方が多いため、「忙しい人がいつ画いてですのん」「寝よってですか」とかと感想も多く寄せられました。中には「出すところが違っているのでは」という意見さえいただきました。丹念に見ようと思えば時間がかかります。そういう人と絵本との出会いが嬉しいです。







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15/11/21 記



幸多かれと祝福


   


   





 全山晩秋の彩りに包まれ不動の滝が糸状に流れ落ちる生野銀山金香瀬坑道入り口前で、11月21日(土)、地域おこし協力隊員同士の結婚式が開かれ参列しました。式を挙げたのは口銀谷地域自治協議会担当の加藤(柴田)菜穂子さん、奧銀谷地協担当の加藤寛之さんです。入籍は4月1日にすませていましたので、案内状には結婚認証式とありました。
 生野銀山での結婚式ははじめてのことと聞きました。式がどのように執り行われるのかと興味津々でした。
 駐車場から会場に向かうと、思い出の記念博物館の後藤館長から声がかかりました。意外と正装でした。案内には温かい日常着で着てくださいとありましたので、そのつもりで行くと、ほとんどの方が背広姿でした。
 坑道奧で参列者が認証のサインをして式に臨むように図られていました。一番最後の記入者になりました。途中新郎、新婦に出会い握手して祝福を伝えました。

    
●認証サイン

 式は短時間でしたが、手づくりの温かいすばらしいプログラムでした。多くの仲間、地域の方、会場を提供したシルバー生野などの思いが一つになっていました。
 加藤君のシンボルは世界と国内を引いて回った大八車です。菜穂子さんは父親が引くそれに乗って坑道から現れました。途中加藤君にバトンタッチ、入場です。
 銀山に相応しく銀の指輪交換、地元の詩吟グループがお祝いの吟詠を贈りました。会場と一緒になって「ふるさと」を歌いました。
 挨拶では生野に住み続けるに相応しいスタート地点として銀山を選んだと話し、銀婚式を目指すと銀にこだわっていました。

    
●指輪の交換

 最後はふたりを囲んで参列者で記念撮影でした。
 この後、ふたりは里に下りて大八車を押して街中を挨拶して回りました。
 地域おこし協力隊任期は3年、半分が過ぎています。いよいよ自立に向けた目処を立てるのが後半です。生野紅茶のカフェと地産地消のお総菜屋を目指している二人に幸多かれと祈りました。






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15/11/20 記



絵本と原画コーナーを設置


   





 第26回中村町美術展(11/21〜22)で、準備段階でパネル1枚分が空いたため絵本とその原画を急きょ出品、コーナー展示することになりました。
 手づくり絵本とその原画では「2025年と約束」と「洛描き」、手づくり絵本では「みんなの金次郎」と「なが〜い おつきあい」、市販絵本では「いのちづな」の5冊です。
 原画は3点です。かな書は1点です。地元の多くの方に見ていただく機会です。
 つれあいは、刺繍1点、モラ2点出品しています。
婦人部のイーゼル型花箱はそれぞれに趣向を凝らして華やかさいっぱいです。
 来場者の感想が楽しみです。







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15/11/15 記



冬の準備終える


   


   





 あかね坂公園と役場前ポケットパークの植栽を、11月15日(日)、むらづくり協議会で行いました。冬への準備完了です。
 作業案内が先月の公園普請の時だったせいか、参加者が6人と少なく、3か所の作業自体は単純な植え替えだけですが、11時前までかかりました。







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15/11/14 記



26回を数える集落の美術展








 第26回中村町美術展が、11月21日(土)、22日(日)の2日間、中村町コミュニティセンターで開催されます。午前9時から午後8時までです。ただし22日は午後4時までです。
 出品内容は、絵画・七宝焼き・陶芸・生け花・彫刻・木工・工芸・写真・書道・籐編み・アートフラワー・編み物・パッチワーク・盆栽・婦人部アートフラワーボックスなどです。

 かな書と手づくり絵本「2025年と約束」とその原画を出品の予定です。原画は一応額2点準備しています。絵本は机と椅子が必要ですので、展示スペースとの兼ね合いでどうなるかはわかりません。
 またイーゼル型フラワーボックス部門にも1点出します。たくさん配置されるようです







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15/11/13 記



資料費1千万円の予算確保を要望


   

●図書館まつりより                                      ●手づくり絵本ワークショップより                 




 第2回図書館協議会が、11月13日、図書館で開かれました。
 従前は年度初めと年度末の2回開催でしたが、特に協議事項が見られる場合はこれらの間に開催されることもあります。今回は、予算編成を前にして図書館費の資料費についての意見拝聴が目的でした。前回、27年度はなんとか資料費現状確保はできたが、次年度の削減は覚悟してほしいとの教育長挨拶に、事業費一律10%カットを機械的に受け入れるのではなく、まずは現場の意見を聴き予算編成にあたってほしいとの要望に応えての開催です。

    
●生涯学習センター建設基本計画の答申(13/10)

 ハード面での制約の多い現状、生涯学習センター建設の頓挫、その後の方針が見えない中で、図書館の生命線の資料費をどうとらえるかです。町の方針が事業費10%カットですから資料費も横並びとはあまりにも無策です。教委は図書館政策が問われます。
 資料費の協議に入る前に近隣、県内町の図書館の決算、予算の数値を確認しました。
 多可町は平成26年度決算額では、資料費(新聞雑誌を含む)=11,336千円、図書館費(人件費は除外)=21,380千円で、53%と他館に比べて高いのが特徴です。
 播磨町が47%と続きます。それ以外は10%から20%台です。その一方で、多可町と播磨町は、その他の図書館費(施設管理運営費・講座、研修などの事業費)が共に1,2千万円と少額です。このため資料費が50%前後になっているのです。
 加西市は約1億円も計上していますが、再開発ビルにテナントとして入っているための賃貸料が押し上げていると考えられます。
 ハード面で何かと制約の多い多可町図書館は、資料費1千万円を確保して住民の要望に応えられるように努めてきました。それを財政がきびしくなったからといって一律削減は現場を知らない無謀な施策です。もちろん事業費カットは対象事業者にとっては受け入れがたいことはわかります。だから十分な説明が要るのです。特に多可町は多くの交流施設の運営費が負担になっています。整理集約といいながら進んでいません。むずかしい面を放置して手のつけやすい面からの削減はあまりにも無責任です。
 そういった背景の下での協議会開催でした。
 図書館資料費予算編成では、資料費1千万円保持への要望の意見を述べました。

 <論旨>
 @最近のマスコミの図書館論調では、ツタヤ書店の指定管理のあり方を問うものが多くみられます。それに関連した片山善博(慶大教授・元総務大臣・元鳥取県知事)氏の論稿「図書館の委託問題」(神戸新聞「識者の視点」11/2)を引用しました。最後に「地域の知の拠点は意地でも地域が自前で切り盛りすべきだ。そんな気概も力量もないのであれば、そもそも『地方創生』など語る資格はないように思う」と書かれています。これをこの町にあてはめますと、資料費を削減するようでは、『地方創生』を語る資格はないということです。

    
●前武雄市長の著書

 A神戸新聞主催のひょうご新聞感想文コンクールの廣岡徹委員長と談義する機会があり、応募が1万点を超えたことを話題にしました。審査の大変さ、評価のあり方、その傾向、学校の姿勢などを聞きました。八千代南小は学校賞を受賞(県内7校)しています。新聞や本を読む力、書く力の背景には図書館、学校図書室の役割、先生の指導力、学校の熱意がくみ取られます。読む力、書く力は教育の原点です、そういった子どもたちの力を育てることは図書館を大事にすることでもあり、資料費の減額はありえないのです。


 B【サポート・ねっと】例会で出たメンバーの意見を伝えます。今後の図書館ビジョンが見えない今、管外研修の目的がわからない。図書館のあり方を議論してみてもそれがどうなるのかといった意見です。訊かれても答えようがなく困りました。協議会で訊ねておいてほしいと言われました。資料費1千万円は生命線、図書館のを支える皆さんの思いからも減額のないように努めてほしい。


 他の委員からは、図書館費に資料費(新聞・雑誌は除外)が占めるめるのは48%。他市町は平均20%台。多可町は事業費、管理費が少額のため資料費比率が高くなっているのであって、機械的に数値だけ見て高いとして削るのはいかがなものかといった意見がありました。
 全委員が資料費の現状維持を求め、予算編成への協議会としての要望となりました。
 最後に教育長は皆さんの思いを受けて減額のないように頑張ってみると答えました。






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15/11/11 記



今の町には思い直し辛抱することに


   
 
●7月1日開館の三木市                                ●11月18日開館の西脇市                   




 多可町図書館ボランティ【サポート・ねっと】が久しぶりに例会を持ちました。
 管外研修の概要説明と意見交換が主な内容でした。13日に第2回図書館協議会が開かれますので、それまでに研修を話し合う場を設けたものです。

 研修先は和歌山県有田町の「本のあるカフェ『アレック』など4館+α」です。
 「概要」 人口=約2,76万人 職員数=10名(司書4人) 蔵書数=約16,4万冊 登録者数=約1,42万人 年間貸出冊数=33,5万冊
 「アレック」 カフェへ移設、3万5千冊の漫画を揃える。
 「ボンテ・デル・ソーニョ」 絵本によるまちづくりを目指しJR藤並駅構内に設置。絵本約2千冊を揃え、絵本の発信基地として機能。
 「金屋図書館」 児童幼児書を中心として、読み聞かせ、プレママ講座など。
 「絵本コンクール」 絵本コンクールの開催、絵本と子育てを実践。
「電子図書館の取り組み」 電子図書館を開館。
 管外研修は2月あたりに実施することになりましたが、3時間はかかりますので、短い滞在時間を有効に使うことが大事です。過疎地対応として図書室が設置されていますので、まずは町をイメージしてからのことです。町全体が図書館というコンセプトで、『誰もが気楽に集える町のランドマーク』を目指そうとしています。

 話し合いでは、西脇市のミライエの感想を述べ合い、今なにができるかを模索しました。
ただ生涯学習センター構想が頓挫して以来視界ゼロになったままで、実りある議論ができるのかといった問いかけがありました。町が方針を明らかにしないだけに、それには満足な回答はできません。構想の復活を提案できないものかと意見が出ましたが、それとてなにも言えません。
 他市の図書館に比べて見劣りのする多可町です。町の図書館政策がみえないままですが、なにもしないままではますます地盤沈下することから、制約の中でもう一度できることを考えよてみようと言いました。管外研修はその先鞭です。
 最近他館の書評合戦がよく話題になっていますが、図書館ならではの催事なども取り組んでいけばと提案もしました。

 ミライエでがっくり来た矢先に館から複合施設の研修の相談がありました。図書館ボランティを続ける限りはこのような町に辛抱することと思い直しました。






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15/11/7 記



効果的な歩き方の実習


   





 健康福祉課の出前健康講座が、11月7日(土)、コミセンで実施され、約40人が参加しました。
 中村町は、今年度モデル地区の指定を受けて健康増進を図ろうとしています。
 まず町から生活習慣病の現状、その予防には運動不足解消への取り組みの説明、つづいて多可町スポーツ推進員会の活動紹介がありました。
 1回30分以上の運動を週2回以上実施し、1年以上継続している人を身体活動者と呼ぶそうです。多可町は全国平均より、男女とも大きく下回っています。(男=35,0%/13,3% 女=29,2%/7,2%)その数値をいかに増やすかがこの町の課題です。出前講座もその一環です。
 運動不足が生活習慣病の一因だけに、日頃の運動がいかに大事かです。同病は若い時代から進行しますので、若い世代の理解が求められます。この日は、講師で健康運動指導士の岸田昌範氏(高槻市)から国が進める「プラス10健康増進!」の説明を聴きました。

   

 実技ではラジオ体操を、高砂市のグループ作成の播州弁編で行いました。指導性という点から協会からクレームがあったと聞いていました。はじめて聞いたときはおもしろかったですが、毎朝正規のラジオ体操を行っているだけに、どこか変な感じでした。
 脊椎、骨盤の骨格模型を使用、2人1組で体型のチェック、左右の肩のバランスなど興味深いものでした。
 体型チェックではぶれないこと、柔軟性から、若い!すごい!と、相手の多可町スポーツ推進委員会のメンバーに評価いただきました。
 効果的な歩き方実習では、背筋、腕の振り、膝の上げ幅、歩幅、スピードなどのチェックを受けました。実際このスタイルで30分歩けるかです。
 ラジオ体操やウォーキングで日頃からベースの備わった方が多いだけに、その身体活動には役立つ講座ではなかったでしょうか。






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15/10/26 記



楽しみなイーゼル型園芸ボックス


   





 イーゼル型園芸ボックス(と呼称するのでしょうか)づくりが、10月25日(日)、婦人部主催で行われ、30数名が参加しました。
 前もって準備された部材を組みあわせ、ニスを塗って仕上げました。20組の朝妻さんと1組の真鍋さんが指導にあたりました。参加者の玄関先などがどのように飾られるのか楽しみです。
 なおむらづくり協議会花回廊部会が協賛しました。

 我が家では、はじぃじと孫とで白に仕上げました。
 茨の赤い実を探してきて、飾ってみました。







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15/10/25 記



Miraieでがっくり




●神戸新聞(15/10/24より)




 西脇市美術協会会員展を観に行きました。会場は18日にオープンした複合施設「ミライエ」です。この機会に図書館にも立ち寄りました。
 会員展では、来住しげ樹さんと知人の絵、それに榎倉香邨氏の書を観るためでした。
 市展、県展で入賞実績のある方が会員のため、秀作が目につきました。
 図書館はいうまでもなく広々として新しいつくりでゆったりできます。子どもプラザ、調理室、会議室、地元のコミュニティセンターの複合施設です。頓挫した多可町の生涯学習センター計画のホールを省いた施設そのものです。

   

 三木市の図書館へ行ったときには諦めから恥ずかしいぐらいだったのが、この日はあまりの格差に言葉を失いました。きっと、早い時期に一度はイメージした複合施設を目の当たりにしたからでしょう。なにがここまで違うのでしょうか。
 西脇市が特別高い民度とは思いません。多可町も然りです。西脇市はあっというまに決めて建ててしまいました。多可町はさんざん波風立たせて挙げ句に没になりました。
 帰り、多可町図書館に本の返却に立ち寄りました。がっくりきて、ますます落ち込みました。

<参考までに>
 多可町生涯学習センター(平)  2,620u   建設事業費  9,5億円
 西脇市茜が丘複合施設(2階)  5,180u    総事業費   34、0億円







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15/10/24 記



とろみ剤の実習から日々の食事に感謝





   





 松中村塾10月講座が、10月23日(金)、中村町コミセンで開かれました。今月のテーマは「高齢者の生活援助に関する知識と方法」で、多可赤十字病院から佐藤博美看護師、大山友里管理栄養士の話を聴きました。またお茶にとろみをつけて飲んでみる自習ではとろみ材を混入しました。ヨーグルトで介助食を体験しました。
 普段なにげなく食事をしていますが、それが当たり前でなくなったときのつらさがわかりました。嚥下機能の低下は美味しくないとろみでカバー、その上食事に時間を要し、40分以内にとどめると、食事の量が不十分になり体力低下の悪循環になります。介助の世話する方もがまん比べになります。
 今回は栄養バランス、介助などを学びましたが、食事のあり方を再認識する機会となりました。

   

 講義前には、9月のワークショップのまとめと朝来市地域ケア会議の研修報告を行いました。朝来市の地域ケア会議の進め方を表を使って説明しました。
 資料では、介護保険負担が1割から2割に高くなる新聞記事をつけました。絶えず今後の介護保険料の負担増を語ってきましたが、その通りになりつつあります。

  

 講義後には、松浦院長から成田市で開かれた病院院長会総会報告、森本看護部長から日赤大会(北海道北見市で開催)での事例発表報告がありました。
 国の医療費の抑制策、多可赤十字と中村町との連携による松中村塾の評価などでした。
 NHK「花燃ゆ」は舞台を群馬に移り、松下村塾が遠くなりましたが、松中村塾は後期に入りました。







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15/10/19 記



松中村塾朝来市管外研修(2)

中村町発地域ケア会議に向けて




●生野老人福祉センターにて




 多可町中村町の地域ケア講座「松中村塾」は、管外研修を朝来市生野町老人福祉センターで開き、塾生18人が同市主任ケアマネの足立里江さんの講義を聴きました。
 研修会は、足立さんの話を軸に、途中数回テーマに沿って意見交換をおこない、一方的な講義に終わらないように複合的な展開となりました。資料「地域包括ケアシステムの構築に向けて」をレジュメに進められ、途中、中村町の課題、高齢者の現状などを交え、約2時間30分の話し合いとなりました。

    
●足立里江さ

 足立さんの話をベースに中村町の課題とが重なるため、議論が深まっていきました。
先進地の事例は中村町の取り組みの評価基準になり、足りている部分、不足している部分がみえてきます。今回も中村町が松中村塾の次をどうデザインするかの課題に一定の方向性を導いていただきました。
 コミュニティからのボトムアップを図る中村町地域ケア会議をどう進めるのかです。このとき、一番の課題は家庭内の問題をどこまでオープンにでき、周囲に支援を仰げるかです。周りに支援態勢が整ったとしても、本人もしくは家族が拒めば進みません。しかし進まない場合でも、周囲はいつなにが起きるか気が気でありません。課題を目の当たりにしながら地域ケア会議がまだまだ持てないのが現状です。しかも遠隔地に住む家族がどう判断するかもあります。とにかく急がないことです。周りの理解が深まる時機が来るはずです。いま、中村町に見られる事象を俎上にあげて話し合いました。
 なぜ朝来市では地域ケア会議がここまで進められているのかは、一つには足立さんがケアマネの仕事を続けている継続性にあります。情報が絶えず積み上げられているからです。
 異動の職場だけに多くは情報が途切れそのつど一からになります。
 全国から多くの方が朝来市の取り組みを学びに来るののかです。そして多可町はどうなのかです。
 中村町としては、まず地域内でできることは地域内で構築すること、その上で足りないものがあれば包括支援センターに相談すればよいのではとの意見が出ました。その上で、区長から中村町の地域ケア会議を随時開き、そこに町からも入ってもらうようにすればどうかとまとめました。
 中村町が作業中の地域ケア活動計画試案にも、その課題がふれられています。要はいかにボトムアップを確保するかです。多分、このケースはまだないので、中村町発が鍵になると、松浦院長がいつも言われてきたことです。

    
●9月講座のワークショップ

 試案をワークショップで1回目を通し話し合っただけで頭に入るものではありません。何度も繰り返しながら身に付いていきます。気づきの積み上げです。今回のワークが行動計画試案2の「目標A 孤立しない、させない生活支援活動を高揚する」に直結するだけに非常に重要な場となりました。

<活動項目>
 地区での活動と行政(地域包括支援センター、在宅介護支援センターなど)や専門施設との連携システムを構築する
<活動内容>
 @行政担当部局、専門施設、専門職に活動計画を説明し、活動項目ごとの連携システムをフローチャートとしてまとめる
 A個別事例については、個人情報を守ることを遵守しながら、連携による活動評価を蓄積する


 現状の考察、分析をふまえてのことだけに、各地の情報に精通した足立さんならではの言葉が随所に顕れていました。
 地域ケアを取り巻く環境は法令的にも刻々と変わっていきます。それだけにまなび、気づき、実践の工程が問われます。今回の研修はそれらへの励みにもなりました。






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15/10/18 記



松中村塾朝来市管外研修(1)

青空の下銀山のまち回廊を歩く




●23の井筒屋が基点のまちあるき




 10月18日(日)、松中村塾朝来市管外研修の1部は、生野まちあるき、申し分のない秋晴れでした。
 まちづくり工房井筒屋で、ガイドをいただく椿野兵馬さんから銀山の町の歴史や概要説明を聞いてからまちあるきに出ました。参加者には生野歴史講座の概要を事前に配付していましたので、生野の予備知識は少しは持ち合わせていました。

   

 まず甲官舎の志村喬記念館館へ。歩き出すとまず地役人屋敷の説明でした。人名、年代、その関連といった具合に、ぽんぽん言葉が出てきます。87歳のボランティガイドの椿野さんの本領発揮です。事前に何度も何度も椿野さんを紹介してきました。今回のまちあるきは、銀山のまちを体感することにはちがいありませんが、それ以上に生涯現役の高齢者の元気ぶりを目の当たりにすることでした。

   

 官舎から寺町を歩き、2か寺へあがりました。絶好の秋晴れ、暑いくらいでした。
 今回は1か所に深くとどまらず回廊を見て周り、次回につながるコース設定のようでした。当初時間の都合で生野書院は飛ばされていたのですが、時間的に行けそうでしたので、最後に回ることにしました。生野義挙碑にも回れました。

   

 姫宮神社参道橋からトロッコ道、川の堤防の石墨アーチを見て井筒屋に戻りました。
 90分のコース取りとなりました。
散策にもってこいのまちやなとの声も聞かれ、案内をいただきながら銀山のまち回廊を満喫しました。
 日曜日に関係するか、歩きの途中に人とはめったに出会えませんでした。むしろ街中の国道をバイクツーリングが波状的に走り抜けていました。
 椿野さんの元気の秘訣がよくわかりました。人をもてなすことで話し、考え、聞くことになり、頭の活性化、歩くことで足を鍛えることになります。体力と知力を要するボランティアガイド、これでは劣化などする暇がないのです。







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15/10/11 記



膝が笑う


   





 あかね坂公園の公園普請が行われました。
 開始時間より1時間早く作業にかかり、その分少し早めに帰りました。藤棚が覆い茂っていましたので、そこを持ち分として伐採しました。上部にあがっての作業ははじめて、慣れない作業に骨の折れました。立って作業ができないため、膝をおってふんばるため、膝が笑いかけました。結局、藤棚に2時間かかました。
 「むこう三軒両どなりの、むらづくり」の文字が取り付けられ、看板はようやく完成しました。非常にカラフルな看板になりました。

   

 ただ気になったのはいつもより参加者の少なかったことです。30人近い人だったのが、
この日は10数名でした。
 なお花植えは11月に予定されています。







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15/10/4 記



10周年、鍛えてくれた佐用町









 佐用町合併10周年記念式典が、10月4日(日)、さよう情報文化ホールで開かれ出席しました。まちづくり推進会議顧問として、特別功労者表彰の授与にあずかりました。
 同賞は、地元の前県会議員、災害復興に尽くされた防災分野の方の5人、まちづくり分野の2人の8人に贈られました。この日出席したのは、前県議とまちづくり推進会議顧問の2人の3人で、2人の顧問はまだ業務と向きあっています。

   

 式典の前に上月太鼓が演奏されその思いが響きました。続いて映像「10年間の歩み」でそれが確認できました。
 特別功労賞は壇上で一人ひとりに授与されました。
 私への理由は「佐用町まちづくり推進会議の顧問として、住民、行政の協働によるまちづくりを推進するための仕組みや生涯学習活動の振興にご尽力された」とあります。
 この10年間、数え切れないほどこの町に通いました。三日月では女性参画を促進するための委員会の長としてとりまとめにあたりました。09年8月の水害では泥上げの救援活動、図書館の支援と即応しました。この体験が中村町の防災コミュニティづくりを加速させました。買い物難民問題では、海内でフォーラムを開き問題点を考察しました。

    
●神戸新聞(09/8/10)より

 顧問としての会議出席だけでなく、現場確認などにも同町に入り、バックデーターを積み上げていきました。だから行政以外の知人が多くあります。
 まちづくりアドバイザーとして役割をこなしながら、一方ではこの町に鍛えられたのでした。特別功労者ではありますすが、この10年間の取り組みに感謝します。
 式典には、近隣の市町から首長、議長らが来賓で出席していて、多可町からは川崎議長の名前を見つけました。







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15/10/1 記



地域の安穏を祈願








 10月1日(木)、だいじゅんさんにお参りしました。例年、彼岸花が水路沿を赤い帯状にするのですが、もう枯れていました。ここにも気象変化がみえました。
 だいじゅんさんにお参りの人がめっきり減りました。今年は祭典に参列したのは10数人でした。やはり寂しかったです。
 今年は切り餅のごくうさんから紅白の丸餅に変わりました。

   

 昨今の豪雨災害からすると、水路の分岐点にあるだけけにこの神さんのお世話は大事なことです。すぐ近くに小規模介護施設もでき、環境も変わりました。なぜだいじゅんさんか、そのあたりから再度説き起こす必要があるのかもしれません。






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15/9/30 記



信頼される地域医療を目指して








 神戸新聞NIE推進室の山崎整さんがコーディネーターを務める火曜日のラジオ関西「三上公也の情報アサイチ」のゲストコーナーに、多可赤十字病院長の松浦尊麿先生が出演、「信頼される地域医療を目指して」をテーマに、23分間やりとりされました。
 以下は、主なやりとりのメモです。

■地域医療とは
 赤十字病院は全国各地にありありますが、多可赤十字は山村の小さな病院です。
 地域医療という言葉があいまなまま使用されています。地域での医療活動だけをいうならどれにでも当てはまります。
 地域医療というのは、住民生活に根ざし、死の苦しみ、ケア、介護など複合要因に対処する幅広い取り組みです。健康、老いていくことは住民自身の問題ですが、その健康管理を指導し、支え合う仕組みづくりにかかわっていくことです。
 しかし地方の病院は医者不足、欠員のままでは診療体制が組めないのが現実です。

    
●院長のふるさとが舞台の小説

■医者になるきっかけ
 医者になるきっかけはふるさとの小さな島(広島県上蒲刈島)の港の光景でした。伝馬船のみかん船は病人を乗せて本土に向かうのですが、手遅れ患者は戻れないことがわかっているので、今生のお別れでした。子ども心に、いずれ田舎で医者になろうと漠然と思ったものです。
 医者になってからは地方の医療一筋です。

■五色町で地域包括医療システムを確立
 五色町には昭和57年に赴任、それまでばらばらだった医療、健康、福祉を一体的に進めました。当時は在宅医療といっても、ただ注射1本打ってもらえばよいといった具合で、介護の知識もなかったです。当時はヘルパーという言葉はなく、家庭奉仕員といっていましたが、その方たちも患者の世話にあたっていたことが訪問してわかりました。そこから保健師、社協など関係する専門職の連携です。しかしひどい状態になってから治療に当たってもよくならない。これでは埒があかないのです。やはり早期ケアが必要で、高齢者全戸訪問を始め、終わるまで4か月かかりました。その上で、早い時期からの生活習慣習病予防にあたりました。なかなか検診を受けないので、家に出かけていきました。家にいない時は畑まで行って、あぜ道にころがせ検診して帰ったものです。おかげで全国有数の受診率になりました。

    
●院長の五色での奮闘記

 子どもの頃から生活習慣病への正しい知識を持たそうと、子どもたち相手に教壇にも立ちました。子どもたちが学習発表すると、母親も黙っていられず、勉強グループが生まれていきました。その内、町内に様々な健康づくりのグループが誕生、年1回の発表会を持つほどになりました。 
 やはり健康づくりはまちづくりです。

■多可町では
 のどかな農村ですが、五色町の時代とは介護保険制度など社会背景が違っています。介護、認知症、家庭内の問題、生活困窮など様々な課題がみられます。このため多可赤十字では、それらを総合的に診る総合診療科を新設、隣に複合要因の相談窓口として地域医療支援センターを設け、ケアマネや理学療法士などを配属 してワンストップサービスに努めています。
 五色では介護保険制度のなかった時代、手探りの時代でした。今は、介護保険制度によるケア専門家の独壇場で、契約社会になっています。近所や親しい方のさしでがましさがなくなっています。社会構造の変化ではありますが、住民同士の助け合いが薄くなったことはどうなんでしょうか。
 今必要なのは、地域住民同士の支え合いです。地域の見守り、医療だけでないケア、普段着の支え合い運動が課題になっています。

    
●松中村塾9月講座より

■若いお医者さん
 中村町ではヘルパー2級レベルの知識を持とうと、毎月1回勉強会を開いています。先日は地域ケア推進に一人ひとりはなにをするのかと、活動宣言を行ったところです。
 この勉強会は、松下村塾の向こうを張って松中村塾といいますが、松浦の松と中村町の中村を合わせてのネーミングです。このような農村部ですが、若いお医者さんにぜひ馳せ参じていただきたい。

■旧3町のご当地ソング
 火曜日のゲストコーナーの前は「山崎整のひょうごのB面ご当地ソング」が放送されます。この日は松浦先生のゲスト出演に配慮されたようで、多可郡旧3町のご当地ソングが紹介されました。中区は織物小唄、加美区は紙漉の歌、八千代区は八千代音頭でした。作曲家や曲にまつわるエピソードが興味深く、久しぶりに橋本喬雄先生が紹介されました。山崎さんの丁寧な取材が跡が窺えます。







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15/9/28 記



昭和にタイムスリップ


   




 夏を思わす日差しとなった9月27日(日)、生野町鍛冶屋町通りの昭和のレトロ感覚の銀谷(かなや)祭りに出かけました。普段とはちがってこの日は大にぎわいです。大道芸などの路上パフォーマンス、昭和の衣装の仮装人の往来、生活用品の展示など楽しめます。道には緋毛氈の床几が等間隔に並び、食べ物ブースが続きます。個人商店も店先でこの日限りの出し物があって個々に工夫しています。

    
●銀の馬車道の馬車

 この日、神戸新聞日曜企画のオピニオン「見る思う」に生野の中井武四さんの寄稿が掲載され、まちづくり工房井筒屋を拠点にしたまちづくりの経緯がよくわかりました。中井さんが25日の松中村塾に来られた際には語られなかっただけに、今朝の新聞には「あれっ!」と思ったものです。
 食べ歩きに徹しようと決め、まずはコロッケ、草餅、串、とうふフライ、紅茶、揚げパンと続きましたが、そうそう食べられるものではありません。路上ライブに立ち止まりながら日陰を探しました。顔なじみの店先で立ち話を楽しみながら一往復。

      

 つづいて井筒屋へ。ここで運営委員長の中井さんとしばし談義。ランチまでいただいてしまいました。
 副市長の松本忍さんは生野町時代からの知り合い、井筒屋の帰り際に市長らと一緒のところをばったり出くわし、しばし挨拶代わりの立ち話。
 寂れた通りにUターン者が小物雑貨店を開いていました。篠山の河原町のように店が増えたらよいのですが、それには通りの戦略的デザインからではないでしょうか。
 そういうこともあって奧銀谷にオープンの後藤さんの思い出の記念博物館が気になり、出向きました。同館はなぜかFB友だちでないのに情報が入ってきていますので、近況はよくわかっています。事前情報満載といえました。

    
●博物館の一室

 空き家の90%にあたる6部屋に小物、漫画、フィギヤでいっぱいでした。その量は半端でないのです。迷路感覚で「えっ!」と感嘆間違いなしです。
先客がありましたが、しばし談義、今までこれだけの量をどこに収納していたのかを訊ねたものです。またこの地に移住したきっかっけ、してきてどうかなど、奧にとっての視点も交えました。この地域の活性化に少しでも役立てるならの思いがにじみ出出ていました。マニアにはたまらない隠れ家的博物館でした。
 とにかくよくこれだけ収集できたものです。10月18日、生野のまちあるきの前にみんなを案内します。







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15/9/26 記



地域ケア活動計画試案づくり




●ワークショップでのやりとり




 松中村塾9月講座は折り返し点とあって、地域ケア活動計画試案のためのワークショップを持ちました。
 松浦院長の基調報告「活動項目並びにその内容」、それをふまえてグループ討議、まとめとの進行でした。進行役は委員会幹事4人が務めました。
 この日は、中村町の取り組みを知りたいと、生野町の中井武四さん、社協地域福祉委員長の吉崎さんが参加しました。多可赤十字病院からは森本看護部長ら看護師さん3人が参加、ワークショップに入りました。また安田町健康福祉課長、敏蔭神戸新聞記者も参加しました。
 森本看護部長からは、追加資料「要介護高齢者によくみられる症状と対処法」パンフなどの説明がありました。
 院長提案の活動目標は<@健康寿命をみんなで延ばすA孤立しない、させない生活支援活動を高揚するB高齢者・障がい者ケアに携わる専門職・専門団体との連携・協働活動を推進するCNPO法人で区を越えた生活支援事業を行う>です。

    
●松浦院長の基調提案

 私のグループでのやりとりから即応しなければならない事項もありました。
 その一つ、相談窓口がわからない。どこへ行ったらよいのか。こんなこと相談してもよいのかと迷われているのではないかとの指摘です。
 地域包括支援センターの存在、社協の相談窓口への経路情報が共有されていない実態の解消が急がれます。たまたまグループ内に老人クラブ会長が入っていたことから、さっそくにその勉強会を持つことが提案され、検討課題となりました。
 地域ケアでは大きな比重のケアマネの役割、機能が今ひとつわからないことから、グループに入っていたケアマネさんからその実情を聴きました。地域包括ケアは専門性の高い課題でもありますから、ケアマネの委員は素人集団にこの上ない強力なスタッフです。
小さい範囲でのふれあいサロンの必要性を実感しました。やはり顔を見て話し合うことが大事かです。家族の介護も語ることでき出すことになり、互いに実態を知ることで気が休まることもわかりました。
 各グループの主な意見は下記の通りです。

    ●まとめの発表

■目標1:健康寿命をみんなで延ばす
1)早朝ウォーキング
2)ラジオ体操
3)豊かなコミュニケーション
4)趣味の継続
5)食生活の改善
6)リハ・ケア施設の活用
7)畑作業
8)コミュニティ活動への参加
9)婦人部のソフトエアロビクスの継続
10)メタボ予防のための体操の普及


    
●まとめの発表

■目標2:孤立しない、させない生活支援活動を高揚する
1)地域内の話し相手になる
2)地域情報の交換
3)隣保内の配り物は顔を見て
4)NPO法人の活用(有料の気安さ)
5)民生委員との連携(民生協力医員・ボランティア協力員を含め)
6)コミセン1階に畳の部屋を希望
7)見守り活動(社協の弁当づくり・シートの回収)
8)元気な内から小グループづくり
9)認知症カフェ(ブロック単位に)
10)ビン、缶の運びだしの手助け
11)隣保での食事会などの交流
12)挨拶運動
13)空き家をふれあいサロンなどに活

14)家庭訪問業者との見守り協定

    
●森本看護部長の説明

 これらを集約して地域ケア活動宣言文(案)にまとめます。
 目標(1)のセルフケアと目標(2)地域ケアの包括的取り組みとして、私からくるくる牛乳パック拡大版の「2025年と約束」を発表しました。内容よりその仕掛けに興味があったようです。
 松浦院長提案を中核を成すものは、支え合いの小グループを地域内に無数につくることです。介護保険体制が変わり、きめ細かい支援はむこう三軒両どなりが担うことになります。各セクターの重層的な態勢づくりです。

 松中村塾はテーマ別の学びの場ですが、参加者が語り合い理解し合う場でもあります。9月講座はそのようになりました。
 魅力ある地域でないと医者は来てくれないと、松浦院長の口癖です。中村町の取り組みが全町的に広がることがその一歩です。その上での発信です。10月2日には多可町区長会が地域包括ケアの研修会を開き、松浦院長が講演されます。
 松中村塾9月講座はそれをにらんで内容を変更して対応しました。魅力ある地域づくりへの一歩でもありました。







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15/9/17 記



JR京都駅の「創」








 JR京都駅の中央コンコースの書家川尾朋子の「創」を観ました。以前から気になっていた書です。企業のコンセプトCMでもありました。Eテレの「趣味どきっ!」書道講座(6月〜7月)の講師で、ホームページを見ると「創」が掲載され、最後の画の縦の線が、跳びはねる本人が合成されていました。パフォーマンス「アート オブ ブラッシュ アンド インク」が目に止まりました。
 その後、墨翔会の作品展を寺町通りのギャラリーで観る機会があって、川尾さんもそのメンバーだったようで、たまたま姿を見たのでした。
 京都ではアートな書が派を成していることを知りました。

   

 「創」は、2階通路沿いのカフェテラスからは右斜めに見え、コンコースが見下ろせコーヒーを飲みながら時間を過ごせます。


   ■川尾朋子HP
     http://www.kawaotomoko.com/






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15/9/16 (2) 記



中村町発の地域ケアの確立を


    

●あかね坂48号




松中村塾1周年の機に松浦多可赤十字病院院長にきく
 平成27年4月から介護保険制度が大きく変わりました。サービスを利用したときの利用者負担、保険料、特養への入所基準など11項目が改正されました。総じて高負担低サービスです。要支援1,2の介護保険サービスは町の行う「介護予防・日常生活支援総合事業」に移行します。多可町は最終期限の平成29年度まで先送りされています。介護保険を取り巻く環境は厳しく、効果的な抑制策が講じられないなら保険料の大幅引き上げが危惧されます。ちなみに多可町の年間介護給付費は約20億円です。
 中村町では昨年度から2025年問題を見据え、高齢社会対応調査研究事業に取り組んでいます。その一つが地域包括ケア研究会です。10月から多可赤十字病院の松浦尊麿院長を塾長に迎え、地域ケアの勉強会「松中村塾」を開講、現在2期目に入っています。日赤のスタッフを講師にヘルパー2級レベルの講座を学んでいます。
 10月には1年が過ぎます。この機会に松浦院長に地域ケアの今まで、今からを、藤井区長と小嶋地域包括ケア研究会委員長とが訊ねました。

    ●松浦院長

問)早いもので松中村塾がまもなく1年になります。この間、院長には塾長として指導いただき、大変お世話になっています。中村町の取り組みをどう受けとめておられますか。

(松浦)質問が多く、リラックスした雰囲気で、特に男性の出席が多くよい傾向です。
今年度は技術、実習ですが、ひと通り終われば実践ですね。活動宣言すればどうですか。今年度は地域ケア行動計画をどう策定するかもあります。

(問)多可町は地域包括ケアの先進地との評価が町外で聞かれますが。

(松浦)(笑いながら)外で講演する機会
があって、そこでの話からそのように言われているのかも。たしかにネットワークをつくって、専門職が部会ごとに情報交流しています。そこで検討された事案が行政施策につながるように互いが努力していくことです。

(問)地域包括ケアシステム確立に地域の役割はどうでしょうか。

(松浦)地域は一番身近なところ、生活支援がどう実感できるかです。要は支え合うまちづくりです。地域包括ケア支援で、どの市町村も住民の側からボトムアップされた仕組みはありません。中村町発の確立ではないでしょうか。

(問)要介護者への対処と介護予防への対応と二面ありますが、より重要なのは予防ではないでしょうか。保険料並びに給付費の抑制には待ったがありません。抑制策はいかがでしょうか。

(松浦)6月に開所したリハ・ケアセンターは自身の健康増進を自らが行う場です。今のところ女性が目立ちます。
 要支援1,2は介護保険サービスは町の行う「介護予防・日常生活支援総合事業」に移行しますが、自治体によってサービスの内容、料金が違ってきます。その主体がどこになるのかです。

    
●リハ・ケアセンター

(問)2012年に多可赤十字病院に赴任されて地域医療の確保に尽力されてきましたが、その拠点としての役割はいかがなものでしょうか。

(松浦)いつも職員に言っていることですが、多可赤十字病院がなくても地域は別に
困らないのならなくてもよい。北播磨には医療機関が多く、同じことを目指しても意味のないことで、ここならではの、この病院があってこそのこの町ではないかと。機能分担です。
 9月には和歌山、大阪、京都の各日赤を回って医者をまわしてしいとお願いしてきます。なにをおいても医者の確保です。

(問)医者確保の妙案はあるのですか。

(松浦)県にお願いに行くと西播磨、但馬はもっと深刻との雰囲気です。でも黙っていてはだめです。知恵を貸してください。

(問)NPO法人の設立を目指して調査研究しています。自助、共助の受け皿として機能すると思われますが、介護保健制度が変わった今、どう期待されますか。

(松浦)むずかしいことではなく、まずできることから始めればよいのでは。NPO主導の地域ケア会議はどうでしょうか。

(問)最近「老後破産」、「下流老人」といって、高齢者の暮らしぶりの厳しさがなにかと話題になっています。長年住んできた地域で生き続けられなくなっています。ひとり暮らしの年金生活が介護費や医療費で破綻をきたすといわれています。

(松浦)姨捨山ではないですが、要介護者で入所できない人が出るかもしれません。そうなると在宅が基点になるのでしょうが、24時間体制がとれるかです。そのような時代を念頭に小説「弥陀の舞う島」を書きました。(この本は多可町図書館にあります)

   

(中村町)今日はどうもありがとうございました。今期後半もよろしくお願いします。

(松浦)こちらこそお願いします。







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15/9/16 (1) 記



“中山間地における高齢者の生活と暮らし方を考える”
シンポジウム報告(5)


高齢者課題同じ図式を確認




●パネル討議を聞く参加者



パネル討議(4)

11)スパイラル現象の解消

 (小嶋)先ほど三者の無関心によるスパイラル現象を指摘されました。ではどう改善すればよいのでしょうか。

 (清水)地域公共交通に求められる役割は@地域住民の移動手段の確保Aコンパクトシティの実現Bまちのにぎわいの創出や健康増進C人の交流の活発化、の4点考えられます。
 そして課題解決に向けては「地域公共交通の維持、改善は交通分野の課題解決にとどまらず、まちづくり、観光、さらには、健康、福祉、教育、環境等の様々な分野で大きな効果をもたらすもの」があげられ、次に民間業者を中心とした従来の枠組みから脱却し、地域の総合行政を担う地方公共団体が中心となって、地域戦略の一環として取り組む必要があります。
 13年12月に、交通政策基本法が成立しました。14年11月には、地域公共交通の活性化及び再生に関する法律の改正が施行され、地方公共団体が交通事業者など地域の関係者と連携しつつ、マスタープランとなる「地域公共交通網形成計画」の策定が可能となったのです。

12)なによりもバスに乗ること
(小嶋)最後になりますが、これからの地域公共交通のありようについてまとめてください。

    
●基調講演の早川さん

(早川)車を運転する人にやめてバスに乗りなさいと言っても無理な話です。先ほどの三者の無関心によるスパイラル現象を避けるには、週1回、月数回は路線バスに乗って、地域の交通機関を守ることではないでしょうか。地域の理解がないととても維持できませんから。

13)200円均一の宍粟市のバス
 (小嶋)会場からも多くの方の意見を求めたいのですが、時間がありません。そこでバス料金を一律200円にする宍粟市の事例を宍粟市から参加いただいた井上さんにお話し願います。

    
●宍粟市の井上さん

 (井上)宍粟市では公共交通機関の再編で、11月から路線を増やし、市内は一律200円で乗れるようになります。1,360円が一番高いのですが、全て200円均一です。乗り継いでも200円です。今日の話にありましたように、市民がこのバスを守り育てる事が課題です。そうなるようにこれから努力していきます。次の機会にはよい報告ができることを願っています。

■まとめ:同じ図式を確認
 松浦院長の基調講演で、要介護者や障が者を地域で支え合う小さなグループをたくさんつくることの話がありました。4つのセクターがそれぞれにかかわるものですが、今日の話から地域公共交通も小さな地域ケア会議と同じ図式であることに気づきました。三者の無関心とありましたが、コミバスを要介護者に置き換えると、それをとりまくセクターの連携、共同がみえてきました。なるほどそういうことかです。今日にシンポがこれらの連携の確認の場として設定されたのですが、今終わってみてそこにたどり着けて、この役割をはたせた気がします。
 これもパネリストのみなさんのおかげです。これでパネル討議を終わります。ありがとうございました。

■付記
 何人もの仲間から乗ってないかと勧められましたが、タイミングよく路線バスが入ってきたので、帰りもバスでした。
 多くの方から三者の連携に気づかされたとの感想が寄せられました。もっと大勢の人に聴いてほしかったとの声もあって、反省点です。あの日までの準備に奔走した主催団体の宇高代表のがんばりには頭が下がりました。ご苦労様でした。
 なおこの報告は、テープ起こししたものではなく、あくまでも記憶をたどったものです。資料も加え、あくまでも要約にすぎません。この点ご了承ください。







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15/9/15 記



“中山間地における高齢者の生活と暮らし方を考える”
シンポジウム報告(4)


健康寿命をいかに延ばすか




●知人のFBから




パネル討議(3)

7)ボランティア移送の行く末
 (小嶋)車を運転しない層か移動に不便でない社会が望ましいのですが、路線バス、コミバスだけではカバーできないことから、様々な移送サービスが実施されています。その一つが住民によるボランティア移送です。その担い手の多くは団塊の世代ですが、10年後には後期高齢者、いつまでも人を乗せる運転はできません。どうなっていくでしょうか。

 (清水)次の世代の人材育成がうまくいっていないのが実情ではないでしょうか。

   
 ●歯切れのよい清水さん

 (小嶋)以前に比べて移送サービスの認可手続きが簡略になったのではないでしょうか。

 (清水)移送サービスと他の交通事業者との利害調整などもあって、地元の協議会に申請いただけくことです。ここなら北はりま協議会です。
 
8)100点満点のセルフケア
 (小嶋)松浦院長の講義で、平均寿命と健康寿命の差が問題と指摘されていました。男10年、女13年のギャップが、医療、介護の問題につながっているので、いかに健康であるかです。バス停まで歩いて行ける体力があれば、コミバスだって利用できます。津田さんの場合、今の80歳が健康寿命そのもので、まもなく平均寿命を越える勢いです。健康の秘訣はなんでしょうか。

    
●健康づくりを語る津田さん

 (津田)30年あまり一度も医者にかかったことがありません。この年齢ですが、昼まで2時間、昼から2時間、田んぼに行っています。精米した後のぬかを煎って保存、ご飯に混ぜています。ご飯は一膳です。そう決めたしばらくは腹が減って田んぼへ行ってもふらふらしていました。酒は飲めません。自分に関心のある病気は徹底して研究して予防することです。それに朝夕の運動、10分程度ですが続けています。ラジオ体操もよいです。

 (小嶋)まさに100点満点のセルケアでは。ただ山田錦振興のJAのかっての組合長が、酒が飲めないというのはびっくりでした。

9)健康寿命をいかに延ばすか
 (小嶋)高齢者問題は2つの側面が考えられます。一つは現在すでに高齢者ともう一つはまもなく高齢者になる世代とです。介護保険給付費の抑制は緊急課題ですが、第1次被保険者になる前に、介護保険の仕組みや予防など情報提供の場があまり見受けられません。基調講演でもそのあたりをふれていただきましたが、早くから地域包括ケアに取り組まれてきた、その先駆者としては地域医療からどう考えられますか。

    
●基調講演の松浦院長

 (松浦)介護保険サービスで全てがカバーできません。できないことがけっこうあります。それをどうカバーしていくかです。介護保険制度が改正され、要支援が総合事業に変わります。こうなると健康寿命をいかに延ばすかです。仮に要支援者になってもそれを卒業することが大事で、そういった方を周りが評価する仕組みも必要です。先ほどの話の中でもふれましたが、小さな支え合いグループを多くつくることです。

10)ゆとりを持つ
 (小嶋)高齢者の暮らしや運転に望むことをお願いします。

 (塚本)無理をしないでほしい。ゆとりを持ってハンドルを持ってほしい。







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15/9/14 記



“中山間地における高齢者の生活と暮らし方を考える”
シンポジウム報告(3)


気づきから施策への展開




●基調講演の松浦多可赤十字病院院長




パネル討議(2)

4)道交法の改正と認知症
 (小嶋)県警は9月4日、認知症の勉強会を開催しています。昨年度県警が受け付けた行方不明者届4,987件、認知症やその疑いが原因とみられ る届けが24%の1,207件にあがるとのこと。13年度で5人が行方不明になって います。たしか加西市でもおばあさんが行方不明のままと聞いています。そういう社会背景の中で、高齢者の安全教育をどう進められているのでしょうか。
 
(註)今朝方飲酒運転の当て逃げ事故が発生したため、登壇の山口課長が急きょ欠席になり、開始寸前に代理の安全教育担当の塚本さんが出席となり、その範囲でしか話せないとなったため、道交法改正と認知症対策は、こちらの資料を先に出してしまいました。

 (塚本)管内の免許証所有者は4,4万人、その内65歳以上の高齢者は1,2万人で4分の1以上です。昨年度3,304件の交通事故の内、死亡事故は4件、すべて高齢者が以外者です。今年度はすでに同じ件数になっています。あらゆる機会に安全教育を推進して徹底させたいです。

5)認知症は周囲が問われる
 (小嶋)認知症のドライバーが問題になっていますが、認知症を教えてください。

 (松浦)脳卒中、動脈硬をおこし、やがてもの忘れがひどくなったり、幻想したり、徘徊したり自分自身がわからなくなる病気です。その主たる原因は生活習慣病です。

(小嶋)病気と言われましたが、では治療で直るのでしょうか。

(松浦)今のところ直りません。ただ認知症はその方の問題だけではなく、むしろ周囲の家族、地域のあり方が問われます。

 (註)松浦先生は、基調講演の最後に資料を加え、要介護者を取り囲む4つの客体(近親者・ボランティア・親しい近隣者・友人)を説明して、小さな支援グループを地域内に無数につくることが地域ケアのありようと説かれていました。

6)気づきから施策への展開
 (小嶋)冊子の2枚目を開いてください。山梨県の地域包括ケア推進研究会の資料です。
この表は左から右に進んでいます。まず老人クラブのBさんが、夫が亡くなられてから来られなくなったことから、車を運転できないBさんが移動が不自由になっていることに気づきます。この気づきが大事です。次に小地域ケア会議に発展していきます。先ほどの松浦院長が最後に提起された小さな支援グループがここにみられます。自治会長、民生委員、地域法活支援センターなどが集まって、Bさんの問題解決を検討します。この規模ではできないことは、もう少し規模を広げ自治体レベルの検討課題になっていきます。最後に地域公共交通、移送サービスによる外出支援に発展しています。介護保険事業計画への反映の検討とあります。Bさんの支援が施策に反映されていくこの表が、実際このような展開になるかはわかりませんが、今日の課題の連携が読み取れます。そこで、ここに出てくるデマンドタクシーですが、北川先生、教えてください。

 (北川)デマンドとは、予約、要望といった意味ですが、予約して自宅や指定の場所から目的地までの戸口から戸口まで走ってくれるタクシーです。バス並みの安価な料金で応える市民限定の公共交通サービスです。
 うまくいっているのが近くの丹波市のデマンドタクシーです。タクシー会社がエリア決めて、商工会議所が電話を受け付け、他の予約を待って対応しています。利用者は登録していますから、オペレーターは相手の状況がわかっていますので安心です。その背景には路線バス系統が少なかった地域性がありました。やはり行政の音頭取りです。

   

 (小嶋)丹波市の事例は、冊子にその概要が掲載されています。後ほどご覧ください。

<註:丹波市のデマンドタクシーの概要>
 @1台の車を乗り合わせることによって、利用者を送迎する交通手段です。
 A乗る前に、電話等によって予約する必要があります。
  (予約のお申し込みは、1週間前から各便の30分前までです。)
 B乗る場所と降りる場所は、旧町域内です。
 C乗る場所と降りる場所は、自宅あるいは施設等(商店や病院など)です。
 D自宅または自宅付近から出かけられます。
 E運行日は、月曜日・火曜日・水曜日・金曜日の週4日です
 F1時間につき、1便の運行です。
 G運行時間は、午前8時から午後3時台までです。
 H一般の乗車運賃は、1回の乗車につき300円です。






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15/9/13 記



“中山間地における高齢者の生活と暮らし方を考える”
シンポジウム報告(2)


三者の無関心によるスパイラル現象




●神戸新聞(15/9/13)より




■パネル討議(1)

 
コーディネーター 小嶋 明(生涯学習まちづくりひょうごネット代表)
 パネラー 
       松浦 尊麿氏(多可赤十字病院 院長)
       北川 博巳氏(兵庫県立福祉のまちづくり研究所専門委員)
       津田 篤男氏(前西脇市老人クラブ連合会会長)
       山口 正樹氏(西脇警察署交通課長)
       清水 俊博氏(国土交通省神戸運輸監理部運輸企画首席専門官)

1)北はりま定住自立圏構想懇話会の拡大
 (小嶋)西脇市と多可町の1市1町による北はりま定住自立圏共生ビジョン懇話会が、加東市、加西市に広げて一緒にやっていこうと近々調印締結するとのことです。また先日、加東市議会がそれをふまえ、広域で連携して公共交通に取り組むようにと提言しています。法的な制約などあるのかもしれませんが、公共交通の連携は図ることはできるのかです。

 (清水)今すぐにはできないでしょうが、地元の関係機関がよく協議してまとまれば可能で、北はりま協議会がその受け皿です。

    
●神戸新聞(14/9/13)

2)買い物難民
 (小嶋)13年度の北はりま定住自立圏構想懇話会の委員を務めました。ちょうど2年前の会議でしたが、女性委員の意見にびっくりしたことがありました。
 実は、先ほど紹介しました新聞の広告文の北播磨のまちづくり会議とは、この懇話会だったのです。会議録は要約したあっさりした文章になっていますが、じっさいに言われたことを申します。
 『となりのおばあさんが家に入って来られて「冷蔵鉱が空っぽ。なんか食べるもんがほしい」と言われびっくりしました。よく聞くと、店がなくなってからは、思うように買い物に行けなくなって、とうとう空っぽになったんです。車を運転しない高齢者が買い物に行けるように、なんとか考えていただけませんか』
 こういう意見が出され、西脇市でも買い物が困難な方があるのかと驚いたものです。
 高齢者が買い物にも行け、出歩けて交流できる社会への老人会の役割は大きいものがあります。ただその組織率は年々下がる傾向にあると聞きますが、老人会の会長として、その活動はいかがでしたか。

 (津田)人口約4,2万人の西脇市の高齢化率は約30%、会員数は約5千人。65歳以上の約40%が会員です。高齢者が元気で活動できると事が一番です。その多くはグラウンドゴルフを楽しんでいます。先日も大会がありましたが、700人が参加しています。

 (小嶋)会議録には「八千代(多可町)では、食材を積んで販売に回っている方がいる。(略)そういった事業を行政がやる。あるいは支援するといったことが大事はないか」とあります。行政支援といっても、その内容によってはできるできないがあります。そこで津田さんにお訊ねします。津田さんは、JAみのり組合長の時に、JAコープの店舗再編成に取り組まれました。店舗の撤退で周辺住民が不便になるとの声もあったと思いますが、そのあたりはいかがでした。

   

 (津田)合併にっよって機能的なな支店網、JAコープの編成に着手、不採算店舗の撤退はやむを得ませんでした。地元に何回も出向いて説明会を持ちました。特に八千代には5回も行きました。本来なら撤退するところを地元の熱意もあって、無店舗の町にしてはどうかとの思いもあって、経営は全体で見てのことですから残しました。他の店舗は計画通りに実施できました。組合長を辞めて7,8年になりますから、最近の状況はわかりませんが、なんとか頑張っているのではないでしょうか。成績のよい店には、特徴があります。そこならではの商品を持っています。消費者はよくご存じですから。

(3)コミュニティバス
 (小嶋)旧中町にコミュニティバスが導入されて20年近くなるのではないでしょうか。多可町に引き継がれています。その歩みは、基調講演で説明いただきました。導入当時は、ほとんど人が乗っていなかったので、空気を運ぶ空バス、税金の無駄遣いと批判されたものでした。しかしアンケートでは地域になくてはならないといいながら、必要とする人は先ほどの講義にもあったように20%の人です。多くが車を運転しますから、目線が違います。必要とする人の目線に立たないで、評価しますから批判になってしまいます。
 コミバスの役割はなんであったのか、現状、今後について教えてください。

    
●全但バス・豊岡市コミバス

(清水)では「地域公共交通の現状」を説明(パワーポイントで)します。

 
<@地域公共交通の現状Aモータリゼーションの進展B兵庫県内における乗合バス輸送人員の推移C全国の一般路線バス会社の収支状況D一般路線バスの路線廃止状況>の説明後に典型的な過疎地、高大な地域の全但バスを事例に4コマで説明。5コマ目に「自分達の姿を見つめ直す!として、事業者・行政・地元住民の無関心さがスパイラル現象となって自分本来の姿を見失ったのです。

 事業者は赤字であっても地域の公共交通機関としてなくせないので補助を受ける。補助金ありきの無計画になる。行政は補助金さえ交付すれば後はお任せで無関心だった。住民は空バスが走っているぐらいの認識で無関心できた。気がついたらバスがなくなっていた、そのような感覚でした。全但バスの本社のあるJR江原駅に列車の前後には、大量の送迎の車が数珠つなぎになります。地域の足を思うなら、ここからの発着する全但バスを利用するはず。いかに無関心かです。

 (小嶋)今の厳しい指摘をどう受けとめられましたか。三者の無関心のスパイラル現象、今一度真剣に考えてみることではないでしょうか。






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15/9/12 記



“中山間地における高齢者の生活と暮らし方を考える”
シンポジウム報告(1)


高齢者の今日的課題を包括的にとらえる




●パネル討議のみなさん(知人のFBから)




<打ち合わせでパネル討議のポイントをつかむ>
 北関東、東北に未曾有の豪雨災害が発生、その直後の9月12日(土)、“中山間地における高齢者の生活と暮らし方を考える”シンポジウム(主催 織錦在郷倶楽部・ひょうごふるさとづくり交流会議)を西脇市アピカホールで開催しました。
 高齢者の移動手段(公共交通)がテーマの一つということから、会場までは路線バスを利用しました。料金は片道830円です。コミバスのカードでなら300円です。530円を町が補助することになります。料金の安さが乗車促進になっていることがわかります。乗車区間の長い加美区なら倍の料金です。往復を考えると正規の料金ではそうそう乗れないです。

    
●森本橋手前のバスから

 パネル討議のパネリストは5人。その内わ知っているのは1人で、他の4人とは初顔会わせ、本番前の打ち合わせがトークの出来映えに影響します。しかも2人の基調講演をふまえてのトーク、気が抜けません。昼食をはさんでの打ち合わせで最初の堅さが取れたのは、西脇市老人クラブ前会長の津田さんのキャラのおかげでした。
 JAみのりの2代目組合長でもあって、80歳にして4町も耕作する百姓現役です。その仕事ぶり、健康の秘訣、日々の暮らし方、それは津田イズムでした。その説明にみんなが引き込まれていったのです。まさにこの日のテーマを深める内容でした。飾らない播州弁の語りは、会場を和やかにすること間違いなしと確信しました。トークの流れに津田さんの語りをどう挿入するか、おもしろくなりました。
 また国の神戸運輸監理主席運輸企画専門官の清水さんは、パワーポイントで説明するとその資料を配付されたのですが、パネル討議ではそれはないと聞いていたので、壇上設定も変更になり、時間配分を再考しました。その資料の中に、この日のポイントになるコマがあったのです。
 打ち合わせで展開のポイントがなんとかつかめ、後は出たとこ勝負です。流れだけは崩さないように心がけることにして、会場からは宍粟市の井上さんに200円同一料金のコミバスの運行の説明をもらうことにしました。これもタイミングがあります。
 受付では何人かの知人が来てくれました。なにぶん、強制力のない団体主催で、180人の会場にどれだけに人が見えるかは不安いっぱいでした。しかもこの日同じ時間帯に、西脇市の連合区長会長の告別式が執り行われていました。地元からの参加がほぼ見込めなくなっていました。それだけに知人の参加はうれしさの連続でした。
 この日の参加者は70人あまり、よく集まっていただけました。

   

<パネル討議の前提:神戸新聞広告文面>
 「買い物に行けなくてネ」と、隣のひとり暮らしのおばさんが来られてびっくり。よく聞くと近くの店がなくなってから買い物に行けなくなり、冷蔵庫の買い置きもなくなったとのこと。買い物難民がこんなに身近とは驚きました」。北播磨のまちづくりの会議で出た意見です。
 近所のお友達も運転免許証を返したとのこと。2025年には65歳以上の5人に1人は認知症と推計されています。高速道路の逆送の多くは認知症が原因ですこのため道交法も改正されました。
 最近、高齢者を取り巻く環境のきびしいことがニュースでもうかがえます。車を運転できなくなると、たちまち病院、役所、
買い物に行くのも勝手が悪くなり、こんなはずでなかったと困ってしまいます。
 長年暮らしてきたこの地域が持続可能であってほしいとは誰しも願うところですが、それを阻害する地域課題が多くみられます。移送手段の確保、健康寿命を延ばすことや、その生活を守ることも緊急の課題です。車が運転できなくなって、はじめて知る社会構造です。
 今回、そのような社会情勢をふまえ、交通移送手段と地域医療・ケアの両方から課題解決を探り、みんなで支え合う地域をめざす初の集いです。
 まもなく「敬老の日」。その日に相応しいシンポジウム、一緒に考えませんか。

 ●神戸新聞(84/11/20)より

<はじめに>
■コーディネーターの小嶋です。ふるさとづくり交流会議は、21年前の11月、中町中央公民館を会場に県内41団体が集まって設立しました。今回主催の織錦在郷倶楽部を中心に準備、何回も打ち合わせをもったものでした。そのパネル討議では、パネリストとして登壇、仲間の皆さんとまちづくりに熱く語ったことを記憶しています。その2か月後に大震災に見舞われ未曾有の被害なりました。発生から2日後に六甲トンネルを越え、御影公会堂で炊き出しをしました。危険を顧みず、どこへ行ったらよいのかもわからず、トラックに機材や食材を積んでただ神戸へ向かいました。それを突き動かしたのは交流会議のネットワークへの思いがあったからでした。パネリストだった山田さんの家も全壊、後して芦屋まで見舞いに行きましたが、あのときは兵庫県というバックグラウンドを強く意識したものです。

 あれから21年、今コーディネーターとしてここにいますが、この間、まちづくりは試行錯誤を重ね、その時々の課題に向きあい、多くの仲間と交流を積み上げてきました。
 私たちを取り巻く生活環境は次から次に課題が生じ、主体的に即応する力が求められています。生涯学習では今日的課題、現代的課題といいます。この会のテーマである交通移送問題は、問題そのものには早くから対処されてきましたが、多分根っこにあるものはそう大きく変わらないと思いますが、目に見える現象はまさに社会の変化、法体系の変化が顕在化したもので、関係者にはそれへの対応に追われてきた毎日ではなかったでしょうか。

 たとえば交通弱者といわれる高齢者をみてみると、生活課題はそれだけではなく、様々な課題が複雑にからみあっていいるといえます。
 ひとり住まいの高齢者が買い物難民になっている。すぐ近くの幹線道路へ出ればバス停があるので利用すれば買い物に出かけられる。社会基盤の理屈ではそうですが、そこまで出て行けない体であれば無理な話です。福祉タクシーや移送サービスを利用してはとの声も聞こえてきます。交通体系というハードが高齢者福祉とリンクしていることがわかります。コミバスがそういった高齢者の全てを支えきれないのも事実です。そうなると近所周りの支え合いの仕組みはどうなっているのかと、視点が移動します。民生委員さんや小地域助け合いといった観点を広げると、地域包括ケアシステムに行き着きます。

 要するに、一つの課題はそれだけにとどまらず、包括的、総合的、統括的にとらえなければ解決策はみえ出せないのです。
 今日のシンポは、それをふまえ、交通移送問題と地域医療・ケアとリンクしていることの確認のうえ、解決策を模索する、はじめての会です。
 これからのパネル討議は、先ほど基調講演をふまえやりとりしていききます。







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15/9/6 記



「祝」敬老の集い


   


   





 第4回むらじゅう敬老の集いが、9月6日(日)、コミセンで開かれました。始まる頃には、朝方の雨がやみ助かりました。

    
●区長挨拶

 4回目となる今年も、人情時代劇中村一座がとりを務め、おおいにもりあげました。オープニングを飾ったのは小6の女子4人組のダンスでした。今年初の子供会の参加が実現しました。
 長寿会のカラオケ、大正琴、詩吟、浪曲(飛び入り)、社交ダンス、舞踊、ダンス、時代劇と、3時間に及ぶ盛りだくさんの演目でした。
 演目ごとにおひねりが投げ入れられ、会場がひとつになりました。
なお、中村一座は、15日の町の喜寿敬老会にも出演します。
 今年は他の集落の方の参加が目につきました。
 そのひとりがインタビューに「芝居が好きで、できたらその中に加わりたいほど。せめて今日1日村の人にしてもらえば出られるのに残念です」と、応えられていました。

 今回おひねりを60あまりつくり、演目ごとに投げ入れました。







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15/9/5 記



さすがに迫力







●神戸新聞(15/9/5)より




 地域版下段全段の広告は、さすが迫力がありました。5日の神戸新聞北播版下段に「中山間地における高齢者の生活と暮らし方を考えるシンポジウム」のPR広告です。
 当初、加東市・加西市・西脇市・多可町の北播磨全域に新聞折り込みが計画されていましたが、新聞広告の方が効果的と提案して替えたものです。
 原稿の校正などに関わり、最終稿を掲載前から見ていましたが、実際の紙面になるとやはりインパクトがありました。
 なんとなく大がかりなシンポとの印象です。







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15/9/2 記



社会教育とまちづくりの融合








 生野歴史講座最終回も満室でした。
 隣の知人にどうして毎回いっぱいになるのかと訊ねても、わからないと言います。とにかく生野の歴史好きな方がいかに多いかをまざまざと見せつけられた、そんな講座でした。
 最終回は、山田治信さんの「山はどのようにして掘られたのか?(鉱山の採掘方法)」です。山田さんは昭和6年生まれ、鉱山会社の採鉱課に勤められていました。専門家の郷土史研究家といえます。

    
●生野の銀の谷エキスペリエンスFBより

 坑道を平面と断面からの説明ははじめて聴くことばかりで、山を見る目が変わりました。
奧銀谷の下を坑道が走っています。その昔、まだ採掘しているときは午後10時過ぎにダイナマイトの爆発音が地中から聞こえていたといいます。
 明治以前は露頭からの採掘、遺構は坑道を掘って地下からの採掘と大きく変わっています。どうのようにして掘っていくのかは興味があります。縦に掘り下げ、そこから横に掘っていく。それを繰り返し掘り下げていくのですが、100メートル下がるのも相当な年月がかかっています。坑道は蜂の巣状でないとのこと。立て坑が横につながるのはかなり後のことで、それぞれが独立していたとのことです。
 (上記はメモを頼りに書きましたが、間違っている箇所があるかもしれません。念のために)
 銀山のまちのビジネスチャンス、観光資源開発などの取り組みの中で、社会教育としてなにができるかを検討して歴史講座が起案されました。しかし公民館にはそれを組み立てるだけの情報力がなかったことから、中井武四さんにコーディネートを依頼して企画調整いただいとの報告がありました。この一点に社会教育とまちづくりの融合がみられ、講座では一番印象的な言葉でした。
 その前の8月26日、中村町の生野まちあるきの打ち合わせで、中井さんからこの話を聴いていましたので、公民館からも聴けてより深まりました。
 5回の全べての出席者が挙手しましたが、30人はおられたでしょうか。
 帰り際、27日の銀谷まつりのポスター、持って帰ってはっておいてと頼まれました。






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15/9/1 記



ふるさと交流に看板替え




●丹波の森公苑にて




 平成27年度県民交流広場ふるさと交流会2015は、10月18日(日)、丹波の森公苑で開催されます。それに先だって全県連絡協議会が、9月1日(火)、同公苑で開かれ、アドバイザリーグループのメンバーとして出席しました。
 コミュニティアワードからふるさと交流会と看板を変え、丹波の森フェスティバルと共同開催になっています。
 開催日は地元中村町の事業と重なり欠席になるため、顔出しだけになりました。最後で委員のコメントタイムでは、断りの挨拶にとどめました。
 出展団体には佐用町江川地域づくり協議会など知っている団体もいくつありました。また名簿にご無沙汰の方を見つけました。終了後、相手から挨拶に来られ、互いの健在を確認しました。
 事務局挨拶は、協働推進室長の久戸瀬昭彦さんで、広場事業の制度設計者でもあります。この事業を始めるにあたっては、その段階で随分と議論をしました。とうのは、当時は、生涯学習まちづくりひょうごネット(フォーラムK2)のメンバーであったからです。
補助金のばらまきで、それ目当ての事業になるのとそれまで地道に活動してきた地域のやる気をなくすと危惧したものです。
 今その危惧はどうかです。5年間の補助機関が過ぎればその多くは解散しています。補助の受け皿としてできた組織だからです。ハード事業で整備した施設が残った点はよかったのかもしれません。今なお活動できているのは、元々ある組織が事業を上乗せして活用したところではないでしょうか。補助期間が切れても元に戻るだけのことです。だからこの制度を上手く活用したところはこの期間中の活性化できたのではないでしょうか。
 多可町の場合は現存する広場はありません。整備された会議室は看板を変えて残っています。ハード事業の1千万円が大助かりだったことになります。

 帰路、秋雨前線による激しい雨風に見舞われました。







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15/8/30 記



防災訓練に参加




●報告する隣保長




 午後5時30分、防災無線から豪雨による事前警戒情報が告げられ、防災訓練が始まりました。まず2階への避難の確認を隣保長に連絡、安否確認カードを通用口に掛けました。
 しばらく家で様子を見て店のシャッターを降ろし閉店しました。本部のコミセンへ様子を窺いに行きました。6時に町からの避難準備情報が発令、避難所が開設されました。各隣保長が安否確認を報告にみえ、同時に杉原川沿いの隣保から避難してくる人とで混雑しはじめました。

   

 6時40分頃には全ての隣保の報告が入り、地震・防災ビデオが上映されました。
 7時に終了、解散でした。
 訓練も6回目になります。防災行動計画が5年過ぎたことから見直しの時期に入っています。訓練も夜間に行っていますが、そのプログラムも見直しが必要です。やはり臨場感のある訓練にステップアップを図る時期にきています。
 それでも全員がこの件を認識し、考える機会になっています。コミセンまでの避難もそのルートの確認、近所での声かけにもなっています。
 台風シーズン、なにもないことを願うばかりです。







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15/8/29 記



ごっくんがキーワード


   

                                  ●講座のそより亭小風さん




 口偏に燕と下とで「嚥下」ですが、松中村塾のカリキュラムが提示されて時、読めませんでした。その意味もわかりませんでした。もちろん書けません。調べていく内に嚥下機能、障害の重要性に気づきました。飲み込む機能は普段意識などしていません。飲み込めて当たり前ですから、なにがどうなっているのかなど考えたことがなかったのです。
 松中村塾8月講座(8月28日開催)は、摂食嚥下をテーマに開かれ、はじめてこのテーマに向きあいました。
 その事前打ち合わせに、多可赤十字病院リハビリテーション技術課に講師の頼安浩子さんを訪ね、摂食嚥下について教えてもらっていました。たしかにEテレでもこのテーマを扱い、誤嚥についても考察しています。ごっくんが不十分から食物は期間に入り詰まったりします。ごっくんの力が弱くなるとそういった障害が生じるのです。
 この日はリハビリテーション技術課からは頼安さんだけでなく、6月講座の講師だった足立さん、谷さん、阪田さん、吉浦さんのスタッフも実習補助で来ていただきました。
 講座は、摂食嚥下の領域を説明、その上で飲みやすい飲料の試飲、嚥下体操の実習となりました。

    
●講師の頼安浩子さん

 摂食とは「栄養を摂取すること・食べたり飲んだりすること」。
 嚥下とは「飲み込むこと・飲み込む動作のこと」。
 
 6項目の自己点検を行いました。
 問@肺炎と診断されたことはありますか?
 問A最近、やせてこられましたか?
 問B食べ物、飲み物が飲み込みにくい感じがしますか?
 問C口の中に食べ物が残りますか?
 問Dのどにゴロゴロと痰ががからんだ感じやのどに食べ物が残る感じがしますか?
 問E食事中やお茶を飲むとき、むせることはありますか?


 つづいて30秒間に何回つばが飲み込めるかの飲み込みテストを実施しました。3回以上が基準です。

    
                
             ●嚥下体操

 嚥下体操では、マットを敷いて寝ころんで首の体操を1分間、3回繰り返します。実際モデルでやってみましたが、きつかったです。1日3回とのことです。口腔ケアの手入れの方法もあるのです。
 なによりも楽しく食べるのが一番としめくくり終わりました。質疑では、4人から逆流、食べ物、舌癌術後のリハビリなどの質問がありました。「ごっくん」がキーワード、新しい学びでした。

   
 
 2部の高座では、地元の噺家、そより亭小風さんの創作落語「転ばぬ先の杖」が初披露されました。団塊の世代が喫茶店のモーニングで、2025年問題、認知症についてあれやこれやとしゃべる物語です。むずかしいテーマがはたして落語になじむかですが、約20分にけっこう笑いがありました。これなら啓発落語としてやっていけそうです。
 この日のできは、本人によると甘く見ていてよくつまったと反省しきりでした。9月6日の敬 老の集いの村芝居の練習と重なったため、落語が十分練習ができなかったのです。
 それにしても短期間にあれだけの量の台詞、よく覚えられるものです。
 
 最後に10月の管外研修の募集説明をして終了しました。







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15/8/28 記



この夏のできごとから地域力を確認










 西播磨ゆうゆう学園(院)スポーツ実践コース8月講座が、8月27日(木)、開かれました。この日は、この夏の地域と自身のできごとを通じて防災を考えました。

    
●中村町のぎおんさん夏祭り

 「私のまちの夏祭」では、規模の小さな集落でもなんらかのまつりが開かれていました。しかし盆踊りとなると踊り手は少なく周りで眺める人が多いのが共通点でした。2日にわたっての催事、夏祭りでなく地蔵盆の集落もありました。1人だけでしたが、秋祭りに子ども相撲大会が開かれていました。出場の子どもの数が減ってはいますが、続いています。バザーや夜店を子どもたちが楽しみますが、運営する役員の大変さが伝わってきました。コミュニティのつながり、まずは夏祭りで確認しました。
 「この夏のできごと」では、4人から帰省した孫との遊びが楽しく語られました。孫の存在の大きなこと、よくわかりました。
 子どもたちのふれあい体験の集いでは、約50人が参加、その世話の報告がありました。ハサミが使えない子ども、熱さに気づかず火傷する子ども、切って血が出ても処置のできない親子、そういった事象から今時の子どもを考えることとなりました。

    
●中村町の消火栓訓練

 「私のまちの防災訓練」では、どの地域でも消火栓訓練、消防署員の話がみられました。女性が消火栓訓練を実習する自治会もありました。日中集落にいるのは女性が多いからです。山間の集落では、倒木が心配で、全世帯の間取り、寝室の位置を確認する調査票が作成されていました。この調査票の意義は、中村町の例も引用して災害初動期には必携と指摘しました。避難ルートの確認では実際に歩いてみたのは数人でした。マンションでは数戸の家が火災探知器の点検を拒みなにかと無関心、非協力的とのことでした。特筆すべきことは、寝室を明示した調査票の存在がわかったことです。
 この3点から、現状の把握、今後の課題と地域力が確認できました。
 播磨自動車道が中国道山崎まで延伸、つながるそうです。先日その説明会が開かれ、なんとなく地域環境が悪くなるようで心配と、その対象者の報告もありました。
 今年度のクラスは、7人がチームとしてボランティアで公演に回っているだけに、まとまりがよく、コミュニケーションの基盤がしっかりしています。だから講師の話だけでなく、まずは講座生のしゃべり場になるように組み立てることです。

 講座前の控え室で、豊田館長から「やせられていますが、体の方は大丈夫ですか」と訊かれました。前回で気づいていたがもし病気だったらと気遣い、訊けなかったとのことでした。大笑いしながらセルフケアの取り組みを話しました。この日持参した制作予定の自身と地域のケア絵本原画を、紙芝居風に先に見せました。講座でも披露、終わると拍手が起きました。
 登場人物は230人あまりです。その物語の反響は上々でした。

   

 9月の敬老の日あたりには、佐用町の自治会、特養施設の4か所での公演がつまっていました。中村町の集いも説明、おひねりの効用では大変盛り上がり、導入を勧めました。きっと実現するのではないでしょうか。
 冒頭の私の報告で、生野町まちあるきの下見を話したところ、なんと生野町栃原出身者がいました。この夏孫たちと黒川渓谷の飛び込みに行ったとのことでした。
 次回の10月講座では、いよいよ実践報告の草稿づくりにかかります。






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15/8/27 記



なにがちがうんやろ


 

●神戸新聞(15.7.2)より

   


   





 8月26日(水)、7月1日開館の三木市立図書館へ行きました。
 館は、市役所、文化開館、教育研究所の合同駐車場の南側の三木山際に立地、階段を上がると、その緑陰を広い窓いっぱいに取り込み、山辺の季節の移ろいが大型スクリーン状です。
 高い天井、広いワンフロアーはシンプルです。ここに立つだけで気分爽快です。紆余曲折を経ながら新設にこぎつけた市民の力、それを受け入れた行政、なにも言うことはありません。ただただうらやましい限りです。
 10月には西脇市に新しい図書館が開館します。図書館のつくれない多可町、なにがこうまで違うのかです。






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15/8/26 記



駆け足で生野まちあるき
歴史の深さに感銘



   

●生野書院にて




 10月18日の管外研修先の朝来市生野町へまちあるきのガイドをいただく椿野兵馬さんとの打ち合わせに行きました。
 待ち合わせ先のまちづくり工房井筒屋の玄関で先にみえていた椿野さんとばったり、そのまま一緒に屋敷内に入りました。まず蔵ギャラリーの「さをりstudioゆう」展を観ました。つづいて座敷に上がって資料展示室で吉川邸の説明を受けました。あれやこれやと流暢な説明に一同感激。生野義挙の総大将だった公卿沢宣嘉(のぶよし)公の檄文が印象的でした。
 井筒屋の中井さんが加わった車座で説明を受け、懇談となりました。

    
●井筒屋にて

 まちあるきのコース設定、時間枠などを協議しながら、生野の歴史遺産の説明がぽんぽんと途切れることなく続きました。椿野さんは90歳の高齢者ですが、今なお現役のボランティガイドで郷土史研究家です。その片鱗が伝わってきました。中井さんには井筒屋の運営状況の訊ねました。年間委託料は258万円とわずかです。その半分は人件費に充てられています。といってみてもスタッフには月3万円程度の報酬費です。
 こちらの近況を伝える資料を中井さんに渡すと、目を通してから、赤十字病院という地域医療の拠点を取り込まれているのがうらやましいとの一言です。こちらもいきなりの評価にびっくりです。
 以前は病院勤務だっただけに、病院とこういった形で連携することは容易でないことがわかるだけに、まとめ上げるリーダーの力量が窺い知れるとと言われたのです。
 そのことが生野ではできない。個々にはすばらしい人材があるが、まとめる人がいない。
 たしかに生野には深い歴史や銀山のまちの誇りはあるが、それがつながらないのが悩みとのこと。講師5人によるリレー方式の公民館の歴史講座は初の試みとは驚きでした。歴史は目に見えないだけに、これを核にするのはむずかしいとのことでした。まちづくりのフィールドに立たないと串団子の串役は務まらないだけに容易ではありません。
 その要因は鉱山町の気質にあります。企業が生活全てを丸抱えでしたので、どうしても依存型になってしまいます。他地区が飢饉に苦しんでいても米は配給されていた土地柄です。自治意識の育ちようがありません。かって生野町時代に協働のまちづくりを推進したとき、この住民意識の壁にぶつかっています。
 この日このような談義になるとは思いもしませんでした。
 この後、椿野さんの車に乗せていただきポイントの確認に出ました。コースは生野書院、家康の木像と将軍の位牌のある東西寺、金蔵寺。甲社宅志村喬記念館です。

    
●志村喬記念館にて

 椿野さんの後をついて行くのですが、この方は本当に90歳なんだろうかと、何度思ったことでしょう。
 北播磨ではみられない景観を駆け足で回りました。16年かけて形成された修景です。多可町となにが違うのかです。帰りの車ではこの差異が帰るまで話題なりました。
この後、奧銀谷自治協議会のふれあいサロンの開催日でしたので、その視察を兼ねここでランチをいただきました。
 新町で地域おこし協力隊員の加藤君とばったり、インターシップの関学生を案内していました。「地域おこし協力隊」〜日本を元気にする60人の挑戦〜(学芸出版社)が刊行になったばかりで、1冊買い求めました。
 私たちは歴史の深さ、景観のすごさに感銘しました。生野の方はそれはそうだが、それではまとまれない、リーダー不足を悩まれていました。
 10月18日は午前中にまちあるき、午後は地域ケアの研修プログラムです。今から楽しみです。







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15/8/25 記



ラジオ関西に松浦院長がゲスト出演




●同番組HPより




 ラジオ関西「三上公也の情報アサイチ!」の火曜日枠から、松浦尊麿多可赤十字病院院長のゲスト出演依頼が入りました。火曜日コメンテーターの山崎整氏の紹介です。少し前に枠の確保は伝えられていたのですが、正式に確定しました。ディレクターと院長との日程調整によって、9月29日(火)午前9時からのコーナーに決まりました。ゲスト出演ですからスタジオ入りになります。
 以前08年10月にゲスト出演でスタジオ入りしたことがありますから、状況はよくわかります。なにがあっても時間前に入っていなければなりませんので、JRを利用したものです。スタジオでのやりとりは緊張します。
 ラジオから院長のすごさが伝わると思えば、わくわくします。







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15/8/23 記



15年目に感謝


   





 第15回目の地蔵盆が、8月23日(日)、あかね坂公園南のいっぷく地蔵で開かれました。木陰のお堂前は夕べの風がここちよく、いつにない涼しげでした。
 今年の住職の法話は、特別なテーマではなく、15年続いたことをとりあげ、これも地域の方のつながりを思う心であるとして、さらなる継続を切望されました。住職としての務めは今回が最後、寂しくなるとの挨拶でした。
子どもたちは順次焼香を行い、初めての子もあって少々戸惑っていました。長寿会と子供会による数珠くり、床几談義と続きました。
 平穏無事の内に開かれた地蔵盆ですが、外に目を転じると、子ども取り巻く環境が明るくないことが際だっています。地域あげての子育て、今一度見つめ直す機会ではないでしょうか。
 少し離れたところから参列した地蔵盆、孫たちの成長を祈って手を合わせました。






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15/8/18 記



確認の場


   





 中村町25年防災隣保の集いが、17日から22日までの期間中に5日間の日程で始まりました。防災訓練が29日(土)午後5時30分から予定され、隣保の集いはその前段にあたります。運営にあたる執行部、防災委員会正副委員長はご苦労さんなことです。6隣保は2日目の18日(火)でした。
 6隣保は世帯数が少ないため、7隣保と合同の分科会です。6隣保は5世帯の内4世帯が参加しました。7隣保と合わせると13人になりました。
 全体会では、防災訓練の説明、地震による家具転倒実験ビデオの上映、この後に分科会に分かれます。最終は全体会で各分科会報告、まとめで閉会です。
 隣保の集いは毎年ほぼ同じ形式で進められています。進行役が代わる程度でのことですが、それでも年1回顔を合わすことでテーマ以外にも、けっこうやりとりできます。
 分科会では、@防災の基本項目の再確認、不足していた項目の洗い出しA地震について減災対策を実施されていますか?Bその他:防災にかかわる気づかれた点、の3点が課題です。水害初動期の垂直避難、家族の安否確認並びに隣保長への報告、地震で建物振動がある場合、火の元を注意、ドアーを開けるなどの基本行動の確認、家具転倒防災対策など主に話し合いました。
 転倒防止を設置している家具は開閉がしにくくなって困るとの意見もあって、設置率は低位にとどまっていました。また防災無線機器の扱い、電池の確認などでは初歩的な話もあって、このように確認する場が必要と感じました。
 事業袋の斡旋はないのかの意見が出され、集落でつくってみるのも検討の余地ありになりました。
 全体会の隣保報告はほぼ同じ内容でしたが、夫婦の携帯電話による連絡物を更新する他の隣保もありました。
 一見形式的な集いのようかもしれませんが、一堂に会して話し合うことは確認の場になり有意義と思われます。






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15/8/15 記



ヤンソンさんの反戦画が重なった8月14日


   




 終戦記念日の前日の14日、生誕100周年「トーベ・ヤンソン」展を観にあべのハルカス美術館へ行きました。
 大阪が国内巡回の最後です。早くから孫と約束、はじめてのあべのハルカスです。
お盆の交通渋滞を避けJRを利用しました。久しぶりの環状線です。
 あべのハルカスに着くと、まずは見上げてみました。たしかに天に届かんばかりです。美術館にたどり着くまで3人のスタッフに訊きました。はじめてだけに順路がわからないのです。
 トーベ・ヤンソンさんの作品388点は見応えがありました。ムーミンはコミックなどで焼き付くほど観てきましたが、鉛筆画の習作ははじめて。なによりも画家としての世界を一堂に観ることができました。

    
●「家族」

 小国フィンランドがソ連、ドイツの狭間で揺れ動き、戦渦に巻き込まれます。「家族」はその影が色濃く反映したのが「家族」です。一番心に残った作品です。チェス盤を囲む家族の表情が戦争への不安をにじませています。本来黒の駒が赤く表されています。この日は安倍総理の戦後70周年談話の発表のある日、「戦後」が重なり、しばらく立ち止まって見入っていました。
 他に印象的だったのはパリのアトリエで制作中のスタッフを描いた「グラフィック・アーティスト」、代表的な作品である絵本の挿絵「ムーミン谷への不思議な旅」でした。  我が家のムーミンコミックを愛読してきた孫は「ムーミン作家だけでなく、画家のヤンソンを観ることができてよかった」と、出てから話しました。
 会場の90%が女性でした。ムーミンを世界的に広めたのは母国より日本といわれています。納得できる会場の雰囲気でした。

      

 天王寺駅ビルのミオ内にムーミンスタンドを見つけました。ドーナツとドリンクとグッズの店です。他店でもけっこうムーミングッズが見られました。
 天王寺、あべの界隈ですごい人出で、孫目当ての店を歩き回りました。







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15/8/12 記



特定保健指導より地域ケア談義




●町ぐるみ検診




 8月11日(月)、町の特定保健指導を受けました。事前に案内状は届いていましたが、期日が指定されていなかったため突然の来訪となりました。今までと違って、外部委託の管理栄養士・健康運動指導士さんが担当です。
 特定指導は、まず面接で専門家のアドバイスを受け、計画を立てます。実行してその6か月後に現状を確認、評価する工程です。
 私の場合、はじめての指導ではありません。13年12月に動機付け支援の対象者として指導を受け、3つの約束(目標)を提示しました。当時は中村町区長のためそれを実行できる環境にはなく、退任した日から実行すると話していました。そして14年4月1日から自転車走行、内ビールの自粛、20時までの夕食の生活改善に取りかかったのでした。

 この日の担当者は体重が前年比マイナス5sになっている程度のデーターで、腹囲はどれだけ減りましたかとの質問から始まりました。今までのの積み上げをご存じないため、いちからの説明になりました。外部委託に担当が変わるなら実践段階に応じた個別対応できるバックデーターを提供しておくことです。その対処が担当課でできていないことに、冒頭クレームとして伝えました。もちろん担当者には関係のないことではありますが。
 通知書が届いたときから、疑念がありました。動機付け支援の段階は終えているからです。必要なことは、現状の実践への支援です。ステップアップする指導が必要です。町ぐるみ検診結果表だけを見て機械的な対応はどうかです。今日までのプロセスが断たれているからです。
 この点については理解いただけました。その上でいちからの話です。

      

 3つの約束、その実践といったセルフケア、その上で2025年問題とのかかわり、松中村塾、NPO法人設立への研究などの地域ケアについて説明しました。それは驚きの連続のようでした。指導対象者は体型から一目瞭然のようですが、私の場合は見た感じから意外性が第一印象だったそうです。だから現状を続けてくださいと言うのが指導とのことでした。
 地域ケアからラジオ体操に話題が及びました。ちょうどこの日が2年目に入ったタイミングでしたので、格好の話題です。各月のポイントカードを見せたところ、だれが描かれたのかとイラストが話題になりました。

      

 そこで制作中の絵本の絵を見ていただきました。彩色できたもの、まだのもの13枚です。それまで説明した実践がイラストに表現されています。
 音楽もされていますと訊かれました。店のBGMがA12のクラシックだったことから、そう感じられたのでした。クラシックの流れている店ははじめてで珍しいとのことででした。担当者はフルート奏者で、関心のあるジャンルだったのです。この上もない音痴と笑ったものです。意外な話題に盛り上がっていきました。
 最後は介護保険抑制がテーマになり、地域ケアの確立を話しました。個人だけががんばってもだめで、地域ぐるみで推進することが2025年問題や介護保給付費険抑制になるとして、この分野での取り組みを説明しました。
 危機感のなさについては一致、いかに現状を伝えコミュニティ単位で取り組むかです。

 町ぐるみ検診結果の直接的な指導というより、セルフケアと地域ケアの談義に終始、6
か月後の報告を楽しみにすることで終わりました。







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15/8/11 記



ラジオ体操、2年目に


   


   





 「2周年の記念です。好きなん取ってください」
 「1年続けたんやね」
 中村町のラジオ体操は、2年目の始まる8月11日を迎えました。始まる前に、藤井区長からこの日の参加者23人に記念品が贈られました。1年の節目、2年目のはじまりを記念しての品は高価なものではありませんが、この節目を迎えることができた喜びでもあります。
 品物は一人ひとり違うもので、開けての楽しみとなりました。

    
●どれなと好きなものを

 子供会のラジオ体操は、早々と7日に終了、今は通常の規模です。
 暗い、寒い冬場をしのぎ、春を迎えたときは格別の喜びでした。神社拝殿の照明をつけなくなった朝、その日が冬の終わりでした。
 ラジオ体操はセルフケア、地域ケアの拠点です。神社がいっぱいになることを願いながら新たな節のはじまりです。
 ちなみに私の品はキーボードブラシで、ぴったりです。







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15/8/7 記



8月6日午前8時15分




●神戸新聞(15/8/7)より




 8月6日午前8時15分、今年もテレビの前で黙祷。
 広島に原爆が投下された日と時刻の認識度の調査では、全国では30%、広島市では70%とその風化の深まりが伝えられました。
 その夜、広島と長崎の平和祈念式典の違いがつれ合いと話題になりました。
 長崎では被爆50周年の平成7年の平和祈念式典からは全国公募で採用された「千羽鶴」が市内の高校生によって歌われています。
 広島の式典には合唱はありません。モニュメントの違いも目立ちます。また投下真下の建造物も違います。原爆ドームと天主堂は視覚的にも違います。
 広島を歌った歌は少なく感じます。今も覚えているのは原民喜さんの詩に兄の守夫さんが曲をつけ、遺族の希望で加藤登紀子さんが歌った「永遠のみどり」です。NHKの01年の特番でした。今も鮮明に刻まれています。
 一方長崎の平和を歌った曲は90曲もあるそうです。歌謡曲の舞台によくなっています。藤山一郎の「長崎の鐘」をはじめ、さだまさしの「鐘楼流し」、「長崎は今日も雨だった」、「長崎は雨はむらさき」、「長崎の女」などなど思い浮かびます。それはなぜだろうかと話はふくらんだのです。
 長崎は浦上天主堂に代表される祈りの街、石畳の坂の街、しっとりとした雨の街、小高い坂から見下ろす港町といった雰囲気が絵になる感じです。
 山田洋次監督、吉永小百合主演の映画も制作されています。
 広島といえば、広島カープです。この日カープは全選手は86の背番号のユニフォームで阪神と対戦しました。多くの方に8月6日が印象づけられたのではないでしょうか。
 今は沈静化していますが、なんんといってもコミック「はだしのゲン」です。
 8月6日午前8時15分に黙祷、そして8月9日の黙祷、終わることはありません。






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15/8/3 記



ついに石垣が崩落




●作業終了時の集会




 8月2日は、中村町の2か所の墓地の清掃日でした。以前の清掃といえば、空き墓や消却場などの草刈り、整理に大勢の手が必要で決行時間がかかったものです。7時からの作業の前に個人墓の清掃を終えておかねばなりません。このため早朝からの作業でした。
 最近は、空き墓が減ったこと、ゴミの持ち帰えりを徹底したことから共同作業部分が極端に減りました。8時前に墓地委員が草の処分に出かけると解散となります。墓地委員はお茶配り程度です。

    
●南墓地の立ち会い(13/4)

 ところが南墓地は山の斜面にあるのと水路がないため、最近の集中豪雨に見舞われると、通路が水路になり地面が洗われ、いつ石垣が崩れてもおかしくない状態でした。何度か墓地委員会として改修の協議、業者の見積もりなどを取りましたが、まだ工事には至っていません。とうとう危険箇所が崩れその下の墓地が土砂で埋まったそうです。
 南墓地の改修には重機が使用できないだけに大変です。とにかく墓地の改修はむずかしいです。






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15/8/2 記



祇園祭を絵本原画で


   





 久しぶりに絵本作家で染織家の田島征彦さんの作品展を出かけました。いつもの寺町通りのギャラリーヒルゲートでの絵本「祇園祭」原画展です。今回は「祇園祭 田島征彦の型染の世界」出版記念です。祇園祭に合わせて、毎年染・清流館でそれをテーマにした作家による合同展が開かれ、田島さんの型染めの大作が飾ってきました。本は絵本「祇園祭」をベースにそれらを収録した集大成です。
 7月26日(日)、最終日の閉幕ぎりぎりに駆け込めました。ギャラリーの2階の狭いスペースに飾られて、多くの方が鑑賞していました。
 この日、三木市立堀密美術館で田島さんの作品展の開催中で、その記念講演が新設間なしの図書館で開かれました。
 三木市の方は、以前美山町のかやぶき美術館で観た大作を中心に、最近の作品の原画が展示されているようです。

 ヒルゲートに隣接した額縁・画材店のギャラリエヤマシタで書展で開かれていましたので入りました。なにもわからず入ったところ、いただいたパンフから墨翔会同人の作品展とわかりました。輪の中心で語っているのが主宰者の翔洲氏でした。NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の大事などを手がけた書家で、11年からは小学生の教科書にも登場する墨のアーティストです。どうも雰囲気が、Eテレの趣味の書道教室に出演していた(6月・7月)川尾朋子さんに似ていると思いながら回っていると、なんとなんとその女性が会場に入ってきて、メンバーと談笑、後でわかったのですが、彼女もこの会の同人でした。
 書のアートがはやりのようでした。
 寺町通りを御池通を越えて上に上がると紙司「柿本」です。一度行ってみたい店で、やっと念願が叶いました。手づくり絵本の表紙用の紙を吟味、数枚買い求めました。残念ながら杉原紙は取り扱いがありませんでした。







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15/7/31 記



介護実習でわかること


   


   


   


   





 松中村塾7月講座は、7月31日(金)、介護実習をテーマに開かれました。講師は多可赤十字病院看護師の森本さん、遠藤さんです。
 実習の前に、熱中症予防の説明を多可町地域包括ケアネットワーク・在宅医療プロジェクト作製の冊子「脱水と熱中症」をテキストに受けました。
 高齢者は脱水症になりやすいの一因に、体内の水分が50%と成人より10%少ないことです。最近その初期症状で動けなくなった知人を知っているだけに、身近な課題でした。
 この夏、中村町から熱中症者を出さないとの思いです。とにかく水分補給です。

    
●挨拶の塾長の松浦院長

 実習は介護をする側、受ける側のからだの動かし方、おむつの交換でした。
 からだの動かし方では、2人1組で体の一部が不自由というの条件で移動、起きあがりなどを体験しました。介護する側の環境にあれば覚えるでしょうが、1回の実習だけではとても身につきません。度々このような機会が必要です。
 おむつの交換は、日赤のスタッフがメンバーをモデルに脱着を試みましたが、これもやってみないと実感できません。ただ股間にふれるため同性同士の組み合わせになりますが、ちょっとリアルでもありました。時間の関係でおむつ交換の実習まではできませんでした。地道ながらこの種の学びを繰り返すことです。
 家族を介護する参加者は終了後補習を受けました。

 この日は前宮崎県知事の東国原氏の講演会が開かれ、区長らは参加、受講者が少ないのではと思いましたが、初参加の方も含め30人を上回りました。
 区長の代わりに冒頭の挨拶では、この町の地方創生は地域医療態勢の確保にあるとして、多可赤十字病院の医者不足を取り上げ、集落にできることには限度があるが、なんらかの意思表示をしようと、区長と相談していると話しました。






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15/7/29 記



維新の魁への誇り











 7月28日(火)は生野歴史講座4回目、席について「峠の志士」(植松三十里/中央公論社)を読んでいると、「こんばんは」と、隣の席に小島公明さんがつれ合いと入ってきました。まちづくり仲間として長いつきあいです。この朝メールでやりとりしていましたが、ASAGOのロゴに銀の元素記号Agが含まれているとは気づかなかったと、久しぶりの直接の談義です。

 この日は「生野義挙」がテーマ。講師は生野書院館長の小椋俊司氏。前職は国鉄マンで、早くから郷土史に関を寄せられてきた町学者です。
 生野義挙の果たした役割について語られました。
 なぜ生野で倒幕の変が起きたのかです。奈良五条の天誅組支援ののろしでもあったのですが、それがなぜ生野の地だったのかです。天領で代官所が手薄であったこと、この地には農兵組織があったことなどが挙げられていましたが、それほど生野は注目されていた地域だったことが窺えます。
 長州落ちした公家7人の内の澤宣嘉、奇兵隊2代目総督河上弥一(南八郎)らが、生野に集結するのですから、この地を攻めることに相当な効果が期待できたのでしょう。
 しかし天誅組の壊滅を生野に入る前に知ることになります。大義名分を失って解散組と決行組の内部対立が起きるのです。結局最後までこれは解消されず、3日にして破陣となるのでした。天誅組もそうですが、戦略を巡る内部対立では闘えません。
 大儀を失うと賊軍に一転、惨めです。
 総大将の澤はいち早く敗走、長州に戻ってしまい、農兵の怒りを買うのでした。
 朝廷内部の覇権争い、路線対立、さらには幕府や各藩内部での同様の争いで先鋭化していました。歴史の大きなうねりにどれだけの命が落とされていったことか。
 義挙の参加した浪士のほとんどは壮絶な最期を遂げていますが、決して無駄になっていません。たしかに失敗に終わった生野の変でしたが、5年後には明治維新となり、結果としてはその魁になっています。
 生き残った少数者の中には、明治政府で活躍した方もあります。金融制度を確立させた進藤俊三郎、京都府知事として琵琶湖疎水を建設した北垣国道です。共に池田草庵の青渓塾の門下生です。
 生野の変に関する遺品、資料は生野書院が所蔵、公開されています。節目には記念事業が行われています。最近ですと、13年度に150年記念事業を実施しています。
 小椋さんは生野義挙を時系列で淡々と語られました。
 あらためて生野の深さを実感しました。

<生野歴史講座>カリキュラム
 1)6/16(火)  播磨国風土記の世界            杉浦 健夫 
 2)6/30(火)  信長、秀吉を支えた生野の銀       椿野 兵馬
 3)7/14(火)  日本最大級を誇る間歩(まぶ・坑口)   山田 定信
 4)7/28(火)  生野義挙の果たした役割          小椋 俊司

 
5)9/ 1(火)  山はどのようにして掘られたか       山田 治信






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15/7/24 記



夏休みのラジオ体操に


   





 子供会のラジオ体操が始まり、一挙に境内がにぎやかになりました。子どもだけでなく親がついてきますので大人が増えるのです。境内いっぱいです。
 しばらくこの光景が続きます。
 大人のラジオ体操はまもなく1年、がんばっています。







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15/7/19 記



夜店の本数の減少にびっくり


   

         ●11年のチラシ




 台風一過とはいえ青空は望めず朝から小雨、中村町ぎおんさん夏祭りはどうなるのか心配しましたが、午後からなんとかもち、恒例の夕立にあうこともなく無事終了しました。
 それにしても今までにない数に減少した夜店には驚きました。20本から30本の間でなかったでしょうか。店と店の間が広く空き、店が連なっていません。他の大きな祭事に取られてしまったのでしょう。これでは歩行者天国の値打ち半減です。せっかく出てこられた方々に申し訳ないのです。浴衣姿の子どもたちが楽しみにしていますが、この形態も曲がり角に来たようです。
 神社での踊りイベントは観ていませんが、今回も盛り上がったのではないでしょうか。
チラシは今なお従来のままです。真ん中「祇園祭」は私のフォントです。
区長になる前までは、ステージが役場駐車場に組み立て、上方芸人の演芸、カラオケ大会などが開かれていました。その準備、運営、片付けは半端でなく、特に片付けは早く帰りたい思いの中で汗ぶるぶるでした。帰る頃はいつも日付が変わっていました。
 それが08年度に村まつりを見直し、舞台が神社に変わり負担も相当減ったのでした。
それにしてもこの出役、19年間もこなしました。今思えばよくやったものです。
 執行部から離れ身軽になって2年、この気軽さは格別です。







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15/7/17 記



国会前からの熱風




●7月16日の神戸新聞と朝日新聞1面より




 奥播磨の山里で晴耕雨読の知人は、15日の朝早く新幹線に飛び乗って上京、国会前に駆けつけ、デモに参加したと伝えてきました。ブログにはその様子を伝える写真を掲載、居ても立ってもおれなかったとのことです。駆けつけたとき、すでに委員会では強行採決で法案が可決していました。それでも知人から熱風は届きました。
 テレビニュースで何度も観てきた国会周辺の様子ですが、その反対するうねりの中に知人が加わっていたのです。私の周りにそれを行動にした人がいたのです。
 新聞に月間コラムを執筆したとき、事前に一部草稿を見せていただきました。改憲解釈への警鐘の部分が新聞社にどう扱われるかといったことが話題でした。法案骨子が明らかになってからは読者欄にさらなる危惧を投稿、どこまでも一直線でした。
 安部総理は、祖父がかって述べた「この決断は今わかってもらえなくとも、50年後にはわかってもらえる」との言葉をよりどころに突き進んでいるといわれます。国民の理解が不十分っであっても、先にはそれがわかるはずとの使命感には、周囲の声など入るはずがないでしょう。
 ところで国民は本当に理解できていないのでしょうか。理解の中身によって判断は大きく変わりますが、理解が進み真に反対者が増えているのかもしれません。反対者が多いことが理解できていないとは言い切れるのでしょうか。
それなら堂々と改憲を訴え、議論を起こし、国民の判断に委ねればよいのではないでしょうか。国際情勢、国の周辺環境が激しく変わり、現状の法体系では即応できないのなら、まずそれを明らかにしてわかりやすい議論を重ねてほしかった。
 小選挙区制による二大政党体制が政治改革の旗印でしたが、今や色あせぼろぼろです。昔から経済は一流、政治は三流といわれてきましたが、どうだったでしょうか。
 梅雨が明け、ヒロシマ・ナガサキ慰霊の日がやってきます。今年は安部総理の戦後70年談話が発表されます。知人は夏野菜の収穫、草むしりに汗して次なる行動を練っていることでしょう。







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15/7/15 記



歴史的遺産としての整備








 生野歴史講座(3)は、「日本最大級を誇る間歩(坑口) 間歩の数とその広がり」をテーマに、郷土史研究家の山田定信さんが生野銀山を語られました。山田さんは、三菱マテリアル勤務、姫宮神社などの宮司です。
 生野の方には知られた話の復習編だったかもしれませんが、門外漢にははじめての用語の連続で、江戸時代からの鉱山開発、歴史的遺産としての間歩を学べました。あらためて生野銀山のその価値を実感しました。
 講義は、明かり絵図をベースに考察された報告とも言えました。
 奧銀谷では、歴史的修景づくりが始まりますが、間歩をどうとらえているのかです。地図を見ると、市川を挟んだ香箇瀬山と 山とに坑道が走っています。この資源抜きに考えられないと強く感じました。銀山は南北4,2q、東西6qの広さで、現地調査を実施すれば間歩は1,200あるのでは推計できるとのことでした。絵図や古文書などの文献調査から現在確認できたのは388,その内現地調査できたのは44です。なお歴史的遺産の石見銀山は調査を終えていて600とのことでした。講義中、なにかと石見との比較がみられかなりの対抗意識が伝わってきました。

   

 今後の課題として4点の提示がありました。
 @文献調査の継続
 A現地調査
 B大ジオラマ(スケルトン)の作製
 C主要間歩の復元と道路の整備


 日本最大級を誇るといわれる生野銀山は、歴史的遺産としての整備はこれからの課題であることがわかりました。まちづくりの課題と置き換えられます。
 玉岡かおるの「銀の道一条」を読んでいる最中で、鉱夫雷太が講義に重なりました。
 この日も会議室いっぱいの受講者で関心の高さを示していました。3回受講して強く感じたのは郷土史研究家の深さでした。町への誇りが土台になっています。






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15/7/11 記



資料費に事前協議を




●図書館まつりリサイクル広場




 今年度1回目の多可町図書館協議会が、7月10日(金)に開かれました。
 任期半ばの交代の新委員が2名紹介されました。

 資料費について教育長の考えを訊ねました。
 3月20日の協議会での挨拶で、平成27年度予算案では、資料費についても、当初事業費一縷津10〜15%カットの方針が示されたが、27年度は従来通りの1千万円を要望し折衝の結果、なんとか確保できたが、28年度は減額を受け入れなければならないと報告がありました。

    
●図書館まつりオープンカフェ

 そこで次年度の資料費予算を教委はどう考えるかです。
 町の方針が引き続き一律10〜15%減額方針であるなら、図書館はどのような影響が出るのか、それにどう対処するのかを、まず訊きました。
 その前に教委は予算全体をどう考え、資料費をどう位置づけるのかです。今の図書館の有り様を含め、一律カットの横並びでよいのかです。
 次回協議会が仮に3月に開かれるとしたら、予算案は議会に提案された後になり、資料費減額になっていたとしても単に報告を受けるだけになります。
 町が図書館をどう考え、資料費をどう思うにかに事前に意見を交わすことができません。
 町の台所がそこまでの火の車なら誰しも辛抱するでしょう。しかし本当にそうなのかは説明を聴かなければわかりません。
 査定の段階の前にこちらから先に減額することないのではないでしょうか。
 次年度資料費予算については、教委のとりまとめの前に協議の場を設けていただきたいと提案、考えを質したのでした。
 教育長は、たしかに町の台所をふまえた説明は必要と考えますと答えました。また委員長からは、図書費の要望がまとまる前にその場を持ちますと付け加えました。
 このやりとりから、資料費については事前に協議会や図書館利用者の思いを反映させることができるようになりました。

 多可町図書館は、既存の施設を改修していることから多くの制約があります。資料(本)の貸し出しと閲覧とがメインサービスだけに、どうしても登録率、貸出冊数のサービスの実績数値に意見が集中します。ところが図書館の機能が交流拠点、まちづくり拠点にその領域を広げる今、そのような数値だけでなく、本を借りなくても足を運ぶ市民、ギャラリーだけを楽しむ市民といった層の利用度も評価軸になります。図書館サービスの評価基準が変わってきていることも知らなければなりません。多可町の場合は、そうでない分、数値にこだわりすぎる傾向にあります。

    
●神戸新聞(15/7/2)より

 生涯学習建設構想が頓挫してからは、今なお図書館のビジョンを打ち出せないままです。
その間に、三木市、西脇市では新図書館が誕生、お先にごめんです。







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15/7/10 記



新しいセルフケアプログラム








 やっとの思いで、多可赤十字リハ・ケアセンターのトレーニングに行けました。
 月水金と週に3回も機会がありますが、そのわずか1時間が取れないのです。勝手な用事が詰まっているため、その時間帯が空いていても、そうそう出てばかりおれません。
この日は実質1回目、器具の名称はわかりませんが、自転車など5種類を空いているところに入ります。待ち時間があるので最低60分はかかります。
 松中村塾6月講座で、競うのではなくあくまでもじっくり繰り返すことと教わりましたので、しゃかしゃかとはしませんでした。
 20人弱がみえました。中村町からは区長ら2人が来られました。はじめての知人は3人も誘って来ました。
 この日、待ち時間に足踏みマットを用意いただき、6分試みました。その感触が砂浜に似たもので、不安定ななかでのバランスの保持がポイントのようでした。おかげで心地よい汗を流せました。






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15/7/1 記



信場、秀吉を支えた生野の銀




●朝来市生野支所にて




 第2回生野歴史講座は、郷土史家の椿野兵馬氏による「信場、秀吉を支えた生野の銀」
がテーマの講義でした。
 6月30日(水)、雨にもかかわらず、80人もの聴講者でいっぱいでした。この町の文化度、関心度には驚きました。
 椿野氏は67才で古文書の解読を学び始め郷土史の研究を始められたそうで、87才の町学者さんです。約70分、メモ見ることなく流暢に講義されました。二重、三重に驚きでした。

 話の内容は、信長、秀吉の天下統一までの大きなできごとをなぞるもので、それらを円滑に取り組めたのは生野を支配下におけたからといったものでした。資料には2人の年表もつき、知識内での展開でした。2人の財源が生野銀山であったことです。

 最後の付録の段では、生野の文化度、朝来市全体と生野の歴史的遺産の豊富さ、高山植物の南限地などを語られました。生野は俳諧も熱心だったとのことです。また奧銀谷の浄願寺上の工業用水路は日本最初と説明されました。この件をはじめ奧銀谷の歴史的遺産の再確認の必要性を感じました。







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15/6/27 記



なにのための介護予防か








 松中村塾6月講座は、目から鱗でした。
 足立みゆきリハビリテーション技術課課長の講義は、介護予防とリハビリテーションをテーマに概論とリハ・ケアセンターの2本立て組み立てられていました。

   

 後半のリハ・ケアセンターでは各機器の説明や注意点が話されました。開所2週間6回の利用状況から、利用者がしゃかしゃかやり過ぎでもっとスローペースが望ましいもとがいえるとの説明に一堂驚きでした。
 そうはいうものの、どうしても気合いを入れ、競いがちです。脈拍数が上がりすぎ、落としてくださいと言われたこともありました。5分、10分の時間内にどれだけのレベルに達するかを自身に対して競います。センターはジムでなく、じっくり取り組みそれを繰り返すこととも言われたのです。

    
●リハ・ケアセンター内覧会(たかテレビ)

 測定時間枠が5分では物足りないのは確かです。だからといって15分にするのが最適かというのとそうでもないとのことでした。
 元気な内から介護予防が熱く語られました。そのためのストレッチ体操の指導を受けました。シンプルな動きですが、一気に汗ばみました。筋肉を鍛えることで転ばなくなるのです。
 心身機能の低下パターンでは、若い内からの健康訓練派となにもしない派とでは、加齢による要支援、要介護に達するカーブが全く違います。
訓練派は緩やかなカーブを描いています。
 結局なんのためにこのようなことをするのかです。住み慣れたこの地域で暮らし続けるには、体は確かに加齢で衰えてはいくが、早い内のトレーニングが欠かせないとのことでした。健康寿命を延ばすことです。
 講義後、リハ・ケアセンターに通所したメンバーが感想を述べました。

   

 冒頭、塾長の松浦院長は、CCRCについて説明しました。アメリカで取り組まれているリタイアの高齢者の地方移住、コンパクトシティ構想です。
 院長はこのテーマのセミナーを受講されています。その資料をいただいていましたので、最近よく目にするCCRCのことは理解できました。
 梅雨の雨に見舞われた夜でしたが、30人が受講、熱心に聴きました。







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16/6/21 記



時間をかけてじっくり煮詰めて


   





 中村町ではNPO法人設立に向けた勉強会が始まりました。
 中間支援の宝塚NPOセンター、NPO法人の障害者福祉施設の設立にかかわってきた宝塚市の山本麗子さんを講師にお願いして、6月21日(日)、入門編を講義いただきました。多可町には現在12のNPO法人があるとのことですが、多分その多くは福祉系と思われます。身近にNPO法人がないため、言葉は知っていてもその概念までとなるとあやしいものです。
 今年の集落総会に提案された事業計画は一番に高齢社会適応事業をあげ、NPO法人設立の調査研究とありました。地域包括ケアの学習と平行してこの事案の学習が始まったことになります。
 第6期介護保険事業計画書には、地域支援事業の見込みの章で、「介護保険制度の改正によって、予防給付のうち訪問介護と通所介護が平成29年度には地域支援事業に移行することになっています。従前の介護サービス事業者以外に、シルバー人材センターやNPO、ボランティアといった地域資源での実施も可能となり、(略)しかしながら町の現状では地域主体の活動は少なく、移行の受け皿を構築していくには相当の時間を要することが予想されます。」と書き込まれています。改正によって、NPO法人などの地域主体の準備が望ましいと読み替えられます。
 中村町が、自分たちのことは自分たちでといった地域ケアの確立をNPO法人にまで広げて構築することは、時代の変化に即応するものといえます。
 県のまとめたNPO法人の概要をテキストにしました。A4で21枚もの分厚い資料です。 山本さんは、レジュメに沿ってそれを解説しました。

   

<レジュメ>
1.NPO法人とは
  ・NPO(Non Profit Organization)
  民間の非営利組織
  ・特定非営利活動法人(NPO法人)
  特定非営利活動促進法に基づき人格を付与された社団(人の集合による団体) 
2.NPO法人の特徴
  ・活動目的は20項目の活動分野に含まれていること
  ・不特定多数のものの利益の増進に寄与
  ・営利を目的としないこと(利益を構成員に分配しないこと)
  ・宗教、政治的活動等の制約
  ・暴力団の排除
3.法人になると
  ・法人としての義務と責任が生じる
   法律に沿った運営、各種の届出、報告など
4.法人の信頼性を高める
  ・情報公開による透明性の確保
5.持続可能な地域づくりのために NPOにできること
  ・参加の“器”として
  ・新たな価値の創造


   

 NPO法人は定款をつくり要件をみたせば認可がおります。しかし自治会を基盤とするなら、時間を掛けて一人でも多くの理解を得て、共有化を図ることが先決と指摘しました。高齢者へのサービスの提供者は、いずれ受給者に代わることから、いかに地域内の循環システムをつくり、持続可能な地域にするかです。
この日の入門編で「NPO法人ゆうたらなになん」は、少しは解消されたのではないでしょうか。
 最後に3年から5年先の社会的サービスはどのようなものが考えられるか。さらにどうのようなことなら提供できるかの2点を、参加者に書いてもらいました。今後の参考になります。
 勉強会の参加者は19人、まさに勉強会でした。






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15/6/16 記



生野は播磨風土記の圏域




●朝来市生野支所会議室にて




 朝来市生野町は、国の「生野鉱山及び鉱山町の重要文化的景観」の選定を受けとことを契機として、滞在型観光を目ざす「鉱山町の観光ビジネス構築モデル事業」に取り組んでいます。
 生野史を後生につないでいくため、地元の町学者4人が講師を務める公民館講座は、いわばその一環といえます。
 7月26日、生野銀山跡の奧銀谷地区に歴史的街並み景観づくりの組織が旗揚げします。
すでに事業計画策定への準備が始まっています。その設立総会で記念講演を依頼されています。歴史講座はその事前学習です。
 奧銀谷は鉱夫の街、口銀谷は会社、金融、商業の街でした。すでに口銀谷では街並み保存や修景が進み、催事も組み合わせ、生野の魅力を生み出しています。まちづくり工房井筒屋もその一つです。
 奧銀谷の誇りをどう形づけていくかです。そのためには歴史の再発掘です。
 このたびの5回連続講座はタイムリーといえます。

<生野歴史講座>カリキュラム
 1)6/16(火)  播磨国風土記の世界            杉浦 健夫 
 2)6/30(火)  信長、秀吉を支えた生野の銀       椿野 兵馬
 3)7/14(火)  日本最大級を誇る間歩(まぶ・坑口)   山田 定信
 4)7/28(火)  生野義挙の果たした役割          小椋 俊司
 5)9/ 1(火)  山はどのようにして掘られたか       山田 定信


   

□播磨国風土記の世界
 @生野は播磨?但馬?
  ⇒播磨風土記では生野は播磨。神埼郡と生野が 埴岡の郷として一つの圏域であっ    た。
  山名が支配した室町時代から但馬に。
  ⇒市川水系からすると播磨。和田山以北の山陰文化とは違う。言葉も、イントネーシ    ョンも違う。
 A風土記とは
 B応神天皇
  ⇒生野の名付け親。 
 C播磨風土記
 D神前の郷
  埴岡の郷(生野・大河内・湯川・粟鹿川内・波自加)の由来
  ⇒埴とは赤土、粘土の土地
  生野の名 (死野 荒ぶる神について考察)
  ⇒荒ぶる神とは市川ではなかったかと推察する。
  埴岡の里の他の地域
  ⇒福本遺跡(神河町福本)
 E生野と関係のある記述
   ・稲種山
   ・三方のの郷 志爾岳
 F揖保の郷の名の由来
 G朝来より移住、円山は先進地?

 2千年前に形づけられたものが今に受け継がれている。それが歴史なのかと、講師の杉浦さんは話され、朝来市が文化風土で播磨と但馬とに分かれているだけに一つになれることを願い、後世に託したいと、冒頭と結びとで繰り返されました。
 確かに銀の馬車道は姫路市の港と結ぶルートだけに、事業は南向き、しかし行政は但馬圏域と、朝来市とはいえ生野町は微妙だと感じました。






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15/6/15 記



新しいチャンネルのセルケアのはじまり








 6月15日(月)、多可赤十字病院の地域リハ・ケアセンターが開所しました。
 内覧会では100人近い人が参加、想定外の規模になったようです。このため、開所の当座は多くの方で待ち時間が出て迷惑をかるのではと危惧して、内覧会参加者に予約制のお知らせをしたほどです。このため、心配した参加規模にならなかったようです。
 中村町でも分散して行くようにしていましたので、この日は私のみでした。

    ●リハ・ケアセンターにて

 まず各機器の使用基準をチェック、その上でトレーニングです。5分でどれだけ歩行したかの距離、歩数、柔軟性などなどです。
 片足でどれだけ立ち続けられるかでは、左足は1分以上でしたが、右足はなんと20秒と、左右でバランス感覚が違いました。
 今後は適当な間隔を置いてトレーニングができます。
センターは単なるトレセンでなく、専門家のチェックやケアを受けながら進めることができます。セルフケアの施設としておおいに活用してほしい。
 同級生の知人が中村町包括ケア研究会のメンバーに教えてもらったので来たと言っていました。このような出会いからなんらかの輪に広がれば嬉しいです。







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15/6/7 記



たまには立ち止まって図書館まつり





   


   


   


   





 第12回多可町図書館まつりが開かれ、多くの人でにぎわいました。
 リサイクル広場はいつものように開館前に行列ができました。一番乗りは午前8時15分だったそうです。テント張りの会場準備を手伝ってもらっています。
 1時間あまりリサイクル広場を手伝い、合間を見てオープンカフェで知人とコーヒー談義、物販にも協力、巻きずしを買って一旦帰りました。
 午後は、私の起案したプログラム「ハードカバー装丁」講座に参加しました。定数10人を越える13人の実習となりました。絵てがみ教室から7人の応募がありました。職員の営業努力のたまものです。布絵本グループから3人、これで10人が確保できていました。実際始まってみると先生は1人だけに、10人そこそこが限度でした。
 部材を全て用意いただき、3工程に分けての指導、なにぶん2時間で完成ですから、待ったがありません。受講者は一生懸命に作業、本当に一生懸命でした。側を通る人もすごく楽しそうですねと言って立ち止まって見ていました。
 要領よく進み2時間で全員が完成、お見事でした。1冊の自分だけの本、、満足げでした。後は、自身で部材を用意してそこからつくってみることです。
 図書館ならではのワークが無事終了、講師の村上祐喜子先生の手際よさでした。
 他でも多くのブースが用意され、フリーアナウンサーの朗読講座も盛況のようでした。
 今回も多くの方に来館いただき、ボランティアのメンバーが活躍、スムーズに運営できました。
 貸出冊数200万冊、利用者35万人の図書館実績値を通過して間なしのまつりでした。







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15/6/4 記



10月から小型廃家電品の収集開始




●コミセンにてみどり園の説明を聴く




 6月恒例のみどり園によるゴミステーションパトロールが、6月4日(木)、開かれました。包装プラの分別や大型ゴミなどの収集は例年の話ですが、この10月から小型廃家電品の収集が始まるという新しい取り組みが加わりました。
 またこの時期、西脇市内の中学2年生のトライやるウィークで、2人同行でした。
 詳細はこれからでいずれ説明会が開かれるようですが、小型の16品目に限定しての開始とのことでした。中区の収集場所は役場前です。中村町にとっては役場のある集落としての利便性があります。
 この日の参加者は11人と、今までにない少人数でちょっと意外でした。もちろん、目新しいことがあるわけではないのですが、復習の機会として、また日頃感じていることの意見交換など、今までその機能をはたしていましたので、どうだったのかです。
 コミセン前のステーションもカラスの標的になり、近くの方がそのつどカバーして防がれています。シートの片付けには行っていますが、これもいつまでも甘えるわけにはいきません。周りから声が出るのを待っているのですが。






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15/5/25 記



地域ケアの集落版の先駆けとして




●松中村塾の光景(15/4)




 多可町社会福祉協議会の地域福祉活動助成申請に伴うヒヤリングが、5月25日(月)、社協で開かれ、区長と委員長の2人で臨みました。
 申請は5団体、中村町包括ケア研究会が一番手でした。
 研究会は松中村塾の運営にあたって、29万円の事業費を計上、その内5万円の助成を申請していました。このテーマで集落単位としては初めての申請です。
 会長、副会長、事務局長の5人が聴き手です。向き合う形で座り、まず申請者が5分間説明をします。それをふまえ、申請書資料から質問が出されました。
 冒頭、集落としての取り組むようになった経緯、多可赤十字への指導、松中村塾の運営、介護保険給付費の歯止めなどを説明しました。
 <主な質問と指摘>
 ・集落が地域ケアに取り組みには町からの助成はあるのですか。
 ・町がこのような事業が全町的に広がるように、積極的な施策を打ち出すべきではないでしょうか。
 ・集落以外への広がりはどのように取り組まれていますか。
 ・将来全ての集落がこの課題に取り組み、社協に助成申請をされては対応できませんが、どう思われますか。
 ・高齢者に住みやすい町として地域包括ケアの取り組みは重要ですね。
 ・地方創生事業に敬老発祥の町としてのメニューもあるようですが、このような取り組みが入ってこその地方創生ではないでしょうか。
 このようなやりとりから、どうしても双方から行政の取り組みの甘さが指摘され、批判的になりました。地方創生には地域ケアの確立が不可欠のはずです。
 その意味から、社協幹部とのヒヤリングは意見交換としても有効でした。あっというまの20分、無事終了しました。







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15/5/17 記



「暮らしに役立つ」図書館サービス


   


   





 多可町図書館の200万冊・35万人通過記念講演会は、5月17日(日)、多可町図書館で開かれ、会場いっぱいの参加者は、講師の松浦尊麿多可赤十字病院院長の話に熱心に耳を傾けました。先生の著書と自分史を交えながらの地域包括ケアの取り組みの話は、自分史だけに笑いも随所にありました。さらに先生がお寺の子どもだったこと、少年時代の故郷(離島)の光景が、将来は医者になろうと思わせたこと、僧侶と医者の関係など、自分史によって先生が身近に感じられたにちがいありません。
 五色町での地域包括医療の取り組みが主な事例でした。生活習慣病第1次予防の小・中学生の健康学習、多岐に及ぶ学習グループなど、はじめての方には驚きの連続だったと思われます。ヘルパー2級レベルのカリキュラムの学習会も実施されていました。地域包括ケアが説かれる以前から確立してきた同町だけに、改めて聴けばすごいの一言です。
 地域包括ケアには2つのコンセプトのあることが示されました。医療・介護・福祉の統合と地域態勢の確立とです。これらの数々のポイントはいうなれば地域の宿題です。2025年問題や介護保険体制の改正をかかえ、これからどう広がっていくのかです。
 その地域の取り組みとして、中村町の松中村塾が紹介されました。
 図書館がこのような講演会を実施できたことは、その領域を広げたにちがいありません。冠事業に相応しい事業になりました。


   

■講師紹介の挨拶より(要旨抜粋)
 図書館が地域包括ケアの講演会を開くことへの違和感の声をいくつか聞きました。それははなぜなのだろうか。では図書館に相応しいものとはなんだろう。そこに図書館のイメージが垣間見られます。
 図書館の理念は「暮らしに役立つ」。ではその暮らしとは、役立つとはなんでしょうか。
 生涯学習では今日的課題といいます。では私にとっての今日的課題を問うと、2025年問題です。 要介護認定者の84%が後期高齢者。この数値が変わらないとなると、団塊の世代が後期高齢者になる10年後には、施設、人、財源が不足して大変なことになります。
 どう向き合うのか。なってからのサービスでなく、それを受けないことがこの問題の核心、では図書館はどうサービス、発信していくのかになります。ただ単に本を書架に並べてどうぞでは公共の貸本屋です。暮らしに役立つという理念を探求していけば今日のような講演会にたどり着きます。著者、著書の紹介、講演会は、図書館本来のサービスだけに、松浦院長の本や自分史を知っていただきたいのです。
 「平座で同座する」は、浄土真宗を教団化した蓮如八代上人の教えですが、松浦先生はそれを地でいく方。いつも同じ立ち位置で周りと輪に中で論じあわれ、患者に接しておられます。
 松浦先生が地域医療の先駆者であることを、多可町の多くの方に知っていただきたく、そのうえで応援いただきたく、図書館の立場から講演会を計画したことに理解いただきたいのです。







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15/5/8 記



1か月後の図書館まつり




●昨年の図書館まつりの本のリサイクル広場




 200万冊と35万人通過記念事業に対する図書館ボランティアグループと図書館との最終打ち合わせが、5月8日(木)、図書館で開かれました。
 記念事業は子どもと大人向け2本です。子ども向けのおはなし会の参加者には万華鏡がプレゼントされます。今年の子ども読書週間標語「本はキラキラ万華鏡」に因むものです。
 「すごい」、「ようこんなんつくったな」、「いつまで見ていてもあきへん」、「夏休みに子ども向けの教室しいよ」といった声が聞かれました。この日、20本が披露され、手にとって覗いてみたみんなが感動したのです。逆さまにしても紙片は落ちてきません。奧にとどまっていました。職員の手づくり、図書館らしさのこだわりのある万華鏡でした。
 大人向きの講演会には、地域包括ケアをどうして図書館がするのかと思う向きもありますから、その経緯、背景をきちんと説明しておきたいと思い、30分あまりのレクチャーを行ったものです。

   

 最初、きっかけとなったNHKスペシャル取材班「老人漂流社会」(主婦と生活社)との出会いから時系列を追って話をしました。

□講義レジュメ
1)NHKスペシャル「老人漂流社会」(13/12)
 ・13/1/25放送 取材クルーが本にまとめた
 ・老人の貧困化 年金額
 ・居場所(カネ・場所・人)のない老人 
 ・家族の介護で生活が一変
 ・人生の最終を異境の地で
2)神戸新聞指針21・村田幸子さん(福祉ジャーナリスト)の小論 
 ・地域包括ケアという用語が今日的課題になった
 ・地域包括ケア=街まるごとみんなで支え合う仕組み
 ・06年に法律用語になった。しかし一般化はまだまだ。
 ・00年に介護保険制度がスタート。介護保険料の変遷
 第1期(00〜02)2,911円
 第2期(03〜05)3,293円
 第3期(06〜08)4,090円
 第4期(09〜11)4,160円
 第5期(12〜14)4,972円
 第6期(15〜17)5,550円
3)第2回多可町地域医療フォーラム(14/2)
 ・基調講演 辻 哲夫先生(東大特任教授)
5)2015年問題
 ・今日的課題として向き合うことになった。
 ・後期高齢者 25年には2,179万人 全人口の18% 12年=1,511万人
 ・介護保険給付額が増え総費用 00年=3,6兆円 13年度=9、4兆円 
  25年度=20兆円
6)中村町包括ケア研究会設立(14/7)
 ・12/11/26 神戸新聞の松浦院長の論稿

   

7)潮騒の町の奮闘記「死んだてか、まだ生きとらよ」(14/9)
 ・全町民の健康度チェック、追跡
 ・各セクターの学び、年1回の発表会
 ・小、中学生の健康チェック
 ・高齢者の移住増
 ・合併後運動が頓挫

   

8)第3回地域医療フォーラム
 ・基調講演 筒井孝子先生(県立大学特任教授)
 ・地域包括ケア2つのコンセプト
 ・介護保険サービスの卒業(和光市) 
   介護保険を“卒業”できる理由 宮下公美子著
 ・介護保険の権利と義務
 ・セルフケアの推進
9)15年度松中村塾開講
 ・セルフケアコミュニティ(SCC)行動計画策定に向けて
 ・NPO(Non Profit Organization)法人設立に向けて
 ・介護保険制度改正
 ・今の課題(地方創生に関連して)

 今の話を多可テレビで事前に流してもらえば、よく分かっていただけるのに残念との感想もあって、共通理解となったのではないでしょうか。
 図書館まつりのプログラムがまとまり、その報告がありました。
 大人向けの朗読は、宮沢賢治の「注文の多い料理店」と藤沢周平の「桃の木の下で」の2編です。
 ハードカバー装丁教室の打ち合わせを春日町の夢工房(村上有希子さん主宰)で、4月18日に行いました。その報告の中で、見本として生野ハヤシライスのパッケージを活用してつくった白い本をサンプルとして紹介しました。
 次は17日の松浦多可赤十字病院院長の講演会です。







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15/5/6 記



根日女・夢舞台

加西市播磨風土記1300年祭


   

●5月4日の開演前の舞台

   

●国立能楽堂にて(15/3)                         ●10回目の塾(14/8)                               

   


   




●神戸新聞(5.5)より                  
   

●神戸新聞(5/5)より



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15/5/5 記



狂言と能を堪能

加西市播磨風土記1300年祭







●神戸新聞(5/5)より




 「今日はどうやった。ちょっとしか出られへんかったからごめんな」。加西市のこども狂言塾の一員だった孫からの電話です。
 そんなことはない、よく1年間がんばってえらかったと返事しました。
 5月4日、加西市播磨風土記1300年祭の新作狂言、新作能公演でした。
 11時30分に、予定通り玉岡公園でするからとの電話が入りました。この連休、この日だけ雨の予報でした。その通りに朝から雨、午後は確率がさらに上がるのでとても無理と思っていたのに、雨が上がったのです。奇跡としかいいようがありません。
 加西市に近づくにつれ道路も乾き、雲行きも変わっていきました。
 特設能舞台が玉岡古墳そばに出現、度肝を抜かれました。少々の雨でもここで公演したいのは当然に思ったほどです。

    
●野村萬斎さんとこども狂言塾の練習風景

 オーディションから1年、子ども狂言塾は練習成果を発揮する日です。なじみのない狂言、能が演じられるのですが、播磨風土記1300年という節目を体感できたことは孫のおかげです。
 この場を観る、観ないの差は計りしれません。
 加西市は、1300年という100年に1度の機会に、藤田六郎兵衛、野村萬斎、梅若玄祥、河合祥一郎、梅原猛と一流の先生方に、根日姫伝承から新しい物語を依頼したのです。この日は、3年間の取り組みの集大成でした。 
 根日明に恋する2人の皇子兄弟の創作狂言「根日女」、牛飼いが天皇になる創作能「針間」を堪能しました。これも台本のおかげでした。
 孫は風役で、風が吹きまわる所作を演じていました。この風集団が雨雲を押し返したのかもしれません。
 また公演前の地元の伝統民俗行事「竜王の舞」、「鬼会」もはじめて観せていただきました。

    
●神戸新聞(5/5)より

 能舞台最後を飾る梅若さんの舞の最後あたりから雨が降り出しました。もうちょっというところでした。あわただしく帰りを急いだため、関係者へのお礼の挨拶を聞くことができず、余韻を楽しむことができませんでした。あの空模様で、これ以上望むことはいけないことかもしれません。
 藤田さんや関係者が提案しているように、これからも狂言「根日女」が加西の子どもたちで演じられることを願うひとりです。このまちのかえがいのない財産です。そして空の神様に感謝して帰りました。






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15/5/2 記



水墨画・南画展に


   





 5月2日、姫路城大手前公園南のイーグレ姫路で開催中の第18回栢豊会水墨画・南画展を観に行きました。会期が4月29日から5月3日までと短期なため、時間が取れるかと心配していましたが、朝いちになんとかなりました。
 12年度西播磨高大院生の中筋美須江さんからの案内です。実践発表会では、水爆画グループを取り上げ、卒業後も制作を続けると語られたのでした。機会があれば観に行くと約束していたのですが、前回のグループ展に行けませんでした。
 約束違反が気になっていました。だから今回は早くから出かけるつもりでしたが、姫路までとなると、正直なかなかです。
 御津町にある水墨画の会で、大盛栢豊氏が主宰者です。
 会場には100点の作品が展示されていました。ほとんどが軸でした。見るからに初心者から巧者まで幅広い作品群でした。中筋さんは2点の出品でした。
 水墨画・南画をどう観るのかわかりません。墨の濃淡、線の運び具合はなんとなくわかりますが、それ以上の深い表現となるとわかりません。
 この日はお城祭りの開幕で、にぎわう前に帰りました。
 つかの間姫路城の入り口まで近づいてみました。すごい人が吸い込まれて行っていました。皐月の空に白亜の天守閣があざやかでした。







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15/4/29 記



介護現場の人権意識

〜報告:松中村塾4月講座〜


   






 15年度松中村塾が、4月28日(火)、開講しました。多可赤十字老人保険施設介護サービス課長の畑中活子さんから、介護の基礎知識をテーマに利用者の人権尊重、介護の目的や機能、認知症患者への接遇などについて講義「高齢者権利擁護いついて」を受けました。また同施設の社会福祉士の松本泰明さんもサブとして出席、講義を補足しました。

    
●講義する畑中活子さん

 介護現場の人権意識を身にすることを具体的事例で説明がありました。たしかに利用者の身になって対応すること、たとえば身体拘束しないということはわかりますが、その一方で認知症患者なら会話が成立しないことから暴力的行為が生じることもあります。患者に寄り添うことは理解できても、現実的にはなかなかのように思えました。
 身体的拘束は条件によってはせざるを得ない場合もあって、その判断こそが人権意識の基軸にちがいありません。
 「つなぎは虐待か」と、家族を介護した経験のある方がそう漏らし、この話を聴くと反省しますねとも。虐待の種類は@身体的虐待A介護・世話の放棄・放任B心理的虐待C性的虐待D経済的虐待、の5点です。
 利用者に寄り添うという表現が頻繁に使用されました。身体でなにを訴えているのかをいち早くキャッチすることが介護サービスに従事する者の心得とのことでた。そのために松本さんは紙おしめの実際につけて体験したそうです。しかしおしっこはできなかって代わりに水を入れて疑似体験となったものの、とても寝られなかったそうです。いかに快適でないかがわかり、相手の気持ちに寄り添う意味合いを実感したとのことでした。
 高齢者の尊厳を守るケアの大切さが強調されました。

 この日の神戸新聞「いいミミ」に、初期の認知症状にある夫に難儀する妻からの相談が掲載されていましたが、塾で教材に使用しました。団塊の世代の男性の振る舞いに、妻はどうすればよいかです。
 松本さんも、朝その記事を読んで考えられたそうです。やはりまずは専門医に相談することで、そこから対策が出されるのではないかとの答えでした。また会場からは妻の言うことは聴けずとも、親しい友達(連れ)なら聴くのではないかとの意見がありました。
 この他にも実際に親の介護体験から反省点を含めた意見も出るなど、質疑ではけっこうやりとりがありました。
 畑中さんは、近所周りでは、誰がどの部屋で寝ているかなど、普段から話し合っているご近所づきあいを大事しているので、最後まで多可町で暮らしたいと抱負を話しました。
 初回から他の集落の方が受講しました。事前に研究会委員から照会があって、どなたでも受講できることを再確認しました。この塾の広がりを願うからです。なお参加者は36人でした。神戸新聞の敏蔭支局長の取材も入りましたので、37人です。

 次回は5月28日(木)午後2時から、通所リハビリセンターの内覧会と院長の記念講演とです。天神郷にも呼びかけ、この施設のサポーター的役割を担えることを願っています。






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15/4/28 記



テーマに共鳴する方々による実行委員会形式を




●フォーラム(04年ベルディーにて)




 織錦在郷倶楽部がひょうごふるさとづくり交流会議では存命していることを知りました。同倶楽部は、合併前の多可郡4町のまちづくりグループのネットワークで、まちづくりの情報交流の場になっていました。中町のネットワーク21、加美町のふるさと塾、八千代町の35人委員会、黒田庄町の野外活動協会のメンバーでした。。
 各団体に温度差はありましたが、合併以前から各町の組織活動はみられなくなっていました。事実上の自然消滅状態でした。当然ネットワークも同様でした。ただ一時期、合併枠組みが多可郡3町に決まってからですが、鍛冶屋線記念館で故郷に在って錦を織る人にスポットをあて勉強会を継続して開き、町内のウォッチングバスを出したり、フォーラムまで開くなどして、新町での新しい活動を模索したこともありました。

    
●例会

 ながらく途絶えていた同会ですが、先日集まる機会がありました。中区5人、加美区2人、八千代区1人の8人が集まり、久々の会になったのでした。
 前もって聴いていたのは、秋に北播磨地区の交通弱者、買い物難民をテーマにフォーラムを開きたいので、その相談をしたいとのことでした。
 ひょうごふるさとづくり交流会議の主催だが、所管は織錦在郷倶楽部といわれ、驚いたのでした。いずれにしてもこの件が協議され、9月開催が内定、詳細は次回協議に決まりました。
 別件の会議のため遅れていくと、久しぶりの面々もあって、本論より雑談の方が多かったようです。
 織錦在郷倶楽部という名前はそれとして、実態は今の段階で考えるべきで、テーマに共鳴する方々による実行委員会形式が妥当ではないでしょうか。







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15/4/27 記



「ほのぼの感」のある絵本への共感


   





 26日の朝一番に、川崎市ののかつべすみえさんから電話が入りました。月数回のはがきのやりとりが30年近く続く間柄です。明日(27日)京都へ行くので「春のほのぼの展」に立ち寄るので、会場におられますかと言われたのです。作品展のDMを“こんなことします”感覚で送っていたぐらいで、まさかのまさかです。
 24日の初日に行ってばかり、会期内に再度行く予定がなかっただけに、即答できずどうしたものかと思案することにしました。
 かつべさんには、随分前にサントリーホールで開かれた文化談義で事例発表した時に、会場に駆けつけていただきたことがあります。
 27日、10時30分に来場いただくことにして、午前7時40分に家を出ました。
 時間通り、会場に見えました。友人や弟夫妻も一緒です。最近は古布や着物を洋服に仕立て直しのファッションに凝られているようで、しゃいなおばちゃまといった雰囲気です。作品を丁寧に見ながら、言葉がぽんぽんと絶えないかつべワールドに周りを引き込んでいきました。不思議な間の取れる方でした。

    
●かつべさんと村上先生

 会場はマンション1階のコミュニティルームです。そのオーナーのつれ合いが、私の作品には人と人、人と地域とのつながりの大切さのメッセージがあるとして、町内会の高齢者の買い物困難、認知症など今の問題などを話題にされました。声かけ、安否確認、カフェなどの多忙な日々は民生委員さんとしてのものでした。
 包括ケアや社協との連携事業、町内会への未加入者など話題が広がり、京都に来て地域包括ケアを話題にできるとは思いがけない出会いでした。
 かつべさんがみえる前に、京都銀行河原町支店の得意先係の行員(女性)が集金にやってきたのです。オーナーが「京都銀行の方がみえた」と言われたときはびっくりしました。待ちに待った京都銀行です。オーナーは業務より、座ってと促し、「ながーい おつきあい」を差し出しました。周りからは熱い視線です。

    
●電話する京都銀行の行員さん

 1週間前に着いているはずの張り子の大根はどうなったのかです。彼女は知らなかったので、さっそく店に電話を入れて確認しました。張り子の大根は支店では話題になっていなかったようです。どうやらメッセージが理解されていなかったことがわかりました。
 それでも彼女と「なが〜い おつきあい」談義はできました。あいあい傘のテレビCMはおもしろくなくわかりにくいとの意見で一致しました。
 この絵本が京都銀行の行員の目に触れたことは、初期の目的を達したことになります。
 今回、「ほのぼの感」のある絵本の力を実感しました。絵本を通してコミュニケーションが深まることに気づきました。やはりそばで説明し、やりとりすることでテーマが深まり話がはずむのです。
 正午前、かつべさんを送り出して、私も帰路につきました。







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15/4/25 記



春のほのぼの展始まる


   

●東山クリスタルルームにて




 4月25日(土)、春のほのぼの展が京都東山クリスタルルームで始まりました。
 絵本作家の村上祐喜子(茨木市)さんと母の女川和子(富山市)さんのおやこ展に声がかかり、当初、京都に因んだ作品3点を出すことになりました。せっかくの機会ということで、京都との「なが〜いおつきあいを」を絵本にしてみようと、4月に入って制作を開始、なんとか間に合い展示することになりました。
 京都慕情編の「洛描き」は、このような機会がないと生まれていないだけに、ついつい見入ってしまいます。
 会場は、京都国立博物館、豊国神社近くです。博物館では狩野派の障壁画特別展開催中で、早くから観に行くことにしていました。25日午前11時前に会場に入りました。
 マンション1階のコミュニティスペースで、そんなに広くはありません。その分来場者とは近距離で交歓できます。

   

 たまたま来場の近所の方と「洛入」と「なが〜いおつきあい」の各頁ごとに説明を通して会話が弾みました。
 どうやら自宅に電車模型を300台も展示されている年寄り鉄ちゃんということがわかりました。絵本を間にして京都や鉄道談義を楽しみました。
 「市電の滞留所の看板を持っている」、「市内に当時の電車が保存されていて、それを巡る歩こう会がある」、「清水寺音羽の滝は、昔は滝の行をするところで、祖父も行っていた。行で寒いのは春と秋」、「鞍馬の竹切り会は、豊作を祈願行事で、早く切った方の座が豊作なんや」、その人の周りも含めてのやりとりは、私をしばし京都人にさせました。
 みなさんは説明を聴いたら本がよく分かったと言われたのですが、確かに作者の意図は作品から想像することは当然ですが、レクチャーを受けた方が理解が深まります。
 美術館のボイスガイドと同じことです。
 村上さんの絵本づくり教室が京都でも始まるようで、そのお披露目も兼ねた作品展でもあるようです。
 京都に因んだ作品を観ていただける機会に恵まれ、楽しみがさらにふくらみました。







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15/4/23 記



気合いを入れる




●コミセンにて




 1年の長丁場になる松中村塾の開講前に、運営に当たる地域包括ケア研究会は気合い入れ会を開きました。松浦塾長のカリキュラムの組み立ての概要、行動計画骨子の説明がありました。
 行動計画はあくまでも骨子で、今後1年間の学習を通じて積み上げていけるようにテーマ別に構成され、なにを目指すのか、どのような地域をつくっていくのか、ビジョンとミッションを明示しています。

 骨子は4目標で編成され、さらに事業が細分化されています。
 目標その1. 健康寿命を皆で一緒に伸ばす
 目標その2. 孤立しない、させない生活支援活動を高揚する
 目標その3. 高齢者・障がい者ケアに携わる専門職・専門団体との連携・共同活動を推進する
 目標その4.NPO法人を立ち上げ、区を越えた生活支援事業を行う

 6月1日の開所する通所リハビリの内覧会が、5月28日開かれます。村塾の5月講座はこれが充てられ院長の記念講演があります。その施設の意味するところも聴き、財源確保の難しさを感じました。さらに多可町地域包括ネットワークの財源が不安定になっています。今までは企業財団の助成でカバーできていたのが終了となり、新たな財源確保がむずかしいようです。ネットワークを構成する各施設においても温度差があるようです。
 結局地域包括ケア推進の旗振りはどこがあたるのかです。最終的には行政のビジョン、ミッション、力量にかかっているようです。
 現場は高齢社会、介護態勢の変化に即応しています。それだけに行政との温度差が感じられました。

 ケアマネの吉田さんの委員参加が決まりました。専門職の加入で、委員会に幅ができます。ケアマネの業務をカリキュラムに編入してみたいとの提案もありました。
 塾の運営は委員2人1組の当番制であたります







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15/4/22 記



ええもんができました








 真鍋良子かな書教室「よ」組のはじめての作品展「かきぞめ展」(1/23〜3/5)の記録誌(36頁)ができました。先生と出品者各2点のまとめです。額からガラスをはずして写真を撮るわけでないため、照明が映っていたり、少し傾いていたりしていますが、出品記録としてよくできています。
 「ええもんができたね」と、みなさん喜んでおられました。
 表紙の色の選択では、最終段階になって私に委ねられ、黒を提案しました。できあがったのをみると、黒がよかったです。みなさんにも好評でした。
 いずれ2回目の作品展もあることでしょうから、そのときの参考にもあります。ささやかな記録誌ですが、事業の後の記録の大切さを感じました。







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15/4/20 記





   

●右は改良以前の水路分岐点

   





 中町中学校体育館そばの水路の分岐点からベルディーホール東の雨水幹線への接続工事は、道路横断部分を残していますが、完工部分は以前と比べてみちがえるように変わりました。今までは運動場西水路は土砂が堆積して流れが止まり、突き当たりではほとんどが左側に流れ込み、結局奥中で一度は分流した水は町道1047南水路で合流して杉原川へ流れ落ちていました。今回の工事の主眼は右側へ流すことにありました。運動場の土砂が流れ落ちていたのも防止策がとられました。
 今回の工事で排水路がどう変わるのかをみて、2期工事が検討されます。







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15/4/17 記



11年間事業費2,2億円に対して
30億円のサービス実





●神戸新聞(15/2/2)より



 多可町図書館の前身の中町図書館は、平成16年(2004年)3月1日に開館、平成17年(2015年)11月1日誕生の多可町に継承されました。その図書館がこのたび貸出冊数が200万冊、利用者が35万人に越えたか越えるかの線上にあることが確認できました。
 11年間のこの実績数値をどう読むかです。評価は、同規模の町、施設、概要との比較、また事業費総額との費用対効果があります。そこで開設準備の平成15年から平成26年の12年間の図書館費は、総額220,775,000円でした。(千円以下は各年度切り捨て。図書館調べ)
 図書館サービスは、貸出冊数に蔵書単価を掛けた額ですので、この場合は約30億円(1,500円×200万冊)になります。したがって11年間に2,2億円投資して30億円のサービスを提供したことになります。この数値、比率がどれだけのものかはわかりませんが、投資額の約14倍ものサービス実績を創出した公共施設といえます。
 これだけの数値をこの町の住民が評価できるかです。もちろん受け止め方は様々でしょうが、まずは館からの発信、伝えなければなりません。

 先日、図書館職員と話をする機会がありました。
 図書館勤務になって2年、異動前の図書館のイメージが大きく変わったとのことでした。
 むずかしい堅い本ばかりで、敷居の高い場所とのイメージが、来てみるとなんと軟らかい本の多いことに覆されたというのです。それは図書館を利用してこなかった世代に共通した先入観です。だからそうでないことをどう伝えたよいのかが、図書館の課題というのでした。書店には時間つぶしに立ち寄って立ち読みできるのに、図書館には来ないのは、やはり先入観のせいではとも言いました。
 職員が図書館勤務にならなかったら、今のような評価にならず足を向けることはなかったでしょう。多分役場職員の多くが似たり寄ったりではないでしょうか。業務に参考になる本がそろっていますが、どれだけ活かされているかです。
 その壁を突き破るにはどうすればよいかです。情報の提供はその大きな力のはずです。
 いつも思うことは公共の貸本屋にはならないことです。






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15/4/13 記



ビジョンがないため政策形成力が弱い




●神戸新聞(15/3/31)




 中村町包括ケア研究会は、4月13日(月)、健康福祉課へ昨年度の事業と今年度の事業計画の報告に行きました。区長、民生委員の3人と一緒です。
 同課からは安田課長、藤本地域包括ケア支援センター所長ら5人です。
 昨年度の事業として研究会委員会活動と松中村塾を、計画としてヘルパー2級レベルのカリキュラムの松中村塾を、さらには予防介護へのよりきめ細かい計画を説明しました。
 また区長からは村としての思いを説明、民生委員からは感想や要望などを述べました。
 町はむらづくり支援制度はあと1年あるので、その後は包括ケアシステムづくりなど介護要望の取り組みへの支援制度の要望しているとのことでした。この件は1年前からも聞いていることです。
 地域のあり方が問われるので、次の区長会で説明して松浦日赤院長の講演会を開いてもらうように呼びかけるつもりとありましたが、講演会ではその場限りになるおそれがあるのではと指摘しました。この対応が一番肝心なところです。集落の理解をどう広げていくのかです。そのデザインが見えません。区長さんは忙しいからといって、一歩も二歩も引いていては風穴は開きません。

 この4月から介護保険体制が改正され、向こう3年間に新たな態勢の構築が義務づけられています。要支援1、2のサービスが介護保険で受けられなくなります。各地域が工夫してサービスの提供に変わるのです。この場合、自治体が事業者になりサービスの全国画一化は避けられますが、差異の出ることの覚悟が必要です。そのベースになる人材や拠点は確保できるのかです。NPO法人や民間業者などがどこまで対処できるかです。
 どうやってカバーするのか、むずかしく取り組みはこれからで、2年目の16年度が鍵とも言いました。
 65才になると第1被保険者で高額な保険料を払うが、どれだけの人が保険の概要を知り、義務と権利を理解しているか。今までは認識する機会はなかったので、そこから始めなければ、2025年問題の課題を抑制できないのではないかとも指摘しました。
 医療フォーラムの町長挨拶で、最近地域包括ケアの学ぶ集落が増えてきましたが、参加者の集落ではどうなのか検証してくださいと言われたが、中村町以外に同じように取り組んでいる集落はあるかと訊くと、サロンの開催はあるが、中村町のような取り組みをする村は聞いていないとのことでした。

   

 地域医療ファーラムで筒井先生の講演を聞いて、どれだけの方が和光市の介護保険サービス卒業式を掘り下げて考えてみたことか。仮に区長会が松浦院長の講演を聞いてもその次にどう進めばよいのかです。忙しいと言われても何回も何回も食らいついて啓発していかないと集落は動かないのではないでしょうか。
 全集落がいっせいには無理な話です。最初にアプローチすれば、後は関心を寄せる集落が出てくれば支援すればよいのです。結局町にビジョンが欠けているからで、まずはそれを示してほしいと言いました。
 地域ケア会議に関して、同会議は政策形成の場になるが、今のところそれが弱い。その要因は構想がないからとの説明でした。
 これだけ2025年問題が緊急課題というのに、5年先、10年先の工程が見えません。なぜ見せないのでしょうか。それがあってこその様々な施策のはずです。
 今年度、集落巡回の健康づくり運動事業では中村町も対象になっていることの説明がありました。

 終了後包括ケア支援センターの事務所へ行きました。外で所長に、センターの事務所は健康福祉課のフロアーに移動するように提案しました。ドアつきの単独室です。現状では目的のはっきりした方しか入れません。しかもドアを開ければいっせいに視線が注がれます。外には気軽にお入りくださいとありますが、これでは気軽に入れません。気軽に立ち寄れ、来たついでに喋って行こうかと思える雰囲気が大事なはずです。ワンフロアのどこかのセクションと入れ替えるなど工夫するべきです。

 1時間の話し合いでしたが、単に中村町からの報告に終わりました。町からの報告には目新しさはなく、従来からの再確認でした。熱いやりとりはありませんでし
た。最後は、現状では構想がないため政策形成力が弱いので今後調整会議で検討したいとのことでした。






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15/4/4 記



浦安の舞を奉納


   






 はじめて北条節句祭り宵宮に行きました。中の孫が浦安の舞を奉納するのを観るためです。舞台の住吉神社は数回参っています。しかし節句祭りはじめて、しかもこちらとは規模も、雰囲気も違う北条だけに、興味がありました。
 舞は4人1組の一番手、緊張しながらも無事終えました。連日の練習はなかなかだったと思いますが、祭りの晴れ舞台に登場でき、新6年生の貴重な体験だったことでしょう。

 13台の屋台の本社乗り入れは勇壮そのものでした。それにしても屋台の豪華なこと、
それに書担き手や囃し手の多いこと。まさにお祭り野郎の見せ場です。
 本宮には竜王の舞、鶏あわせが行われます。
 なんとなく北条の心意気を感じたひとときでした。







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15/3/31 記



通学路交差点をカラー舗装




●カラー舗装された交差点




 区長時代、町に要望した地内の通学路交差点のカラー舗装工事が、3月30日、3年越しで行われました。なかなか実現しなかったのが、ようやく形になりやれやれです。
 通学路は高岸、奥中の子どもたちも通う道です。1車線のため安全運転は申すまでもありませんが、地元としてはできることはしておきたいとの思いから、子供会の意見もふまえ安全対策の一環として要望したものです。







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15/3/30 記



松中村塾淡路研修報告(2)
春爛漫 花見の庭i琳派


   

●木村英輝氏の作品

   





 「えっ!まさか、木村英輝では」
 やはりそうでした。還暦を迎えてから壁画に取り組んだ作家です。いきなり入り口から2階までのエントランスは「今琳派」として同氏の屏風絵が数点展示されていました。
 その数日前、京都八坂神社石段下の同氏のスタジオ兼ショップでトートバッグを買ったばかりだったのです。同氏の世界にふれたばかりというのに、淡路でも「今琳派」としてその世界に出くわすとは。
 夢舞台にある奇跡の星植物館の琳派400年をテーマにした「春爛漫 花見の庭i琳派」
をどうしても観たかったのです。松中村塾の管外研修の花博見学で実現しました。

   

 神戸新聞に紹介された同館総合プリデューサーの辻本智子さんは、珍しい植物ばかり集めるような植物館に疑問を感じ、「ガーデンルネッサンス」をテーマにしているというのです。江戸時代には花見のための着物や弁当箱などを作ることで生まれた産業があったといいます。琳派400年のつながりを感じました。
 本阿弥光悦が鷹峯の麓に工房を構えて400年、京都ではそれを記念しての記念祭、催事が目白押しです。琳派という美意識が淡路でも演出されました。
 木村デザインのトートバッグを提げることがさらに楽しくなりました。







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15/3/29 記



松中村塾淡路研修報告(1)
五色の灯は中村町に分火


   

●研修交流会場にて                                     ●講評の松浦先生   




 なぜ五色の取り組みは合併と共に絶えたのだろうか。中村町包括ケア研究会を立ち上げたときからたえず参考にしてきた五色町への疑問でした。もちろん洲本市との事実上の編入合併が大きな要因であったことはわかりますが、しかし地域特性をどう活かすか、それ以上に全国に誇れる五色の地域包括ケアを全市に拡張していくことこそ合併の成果でなかったのか、疑念がふくらむ一方でした。
 ウェルネスパーク五色に着くとまず高田屋嘉兵衛の顕彰館(菜の花ホール)を見学、そして研修交流会の開かれるレストラン浜千鳥に向かいました。
 この日交流するのは暮らしと健康を考える自主組織連絡協議会(元)のメンバーです。
 16年続いた組織ですが、合併と共に解散となったようです。バスを下りると出迎えの方々の中に木下義寿市会議員を見つけました。合併前からの議員で、合併協議時代には議長でした。中村町にも研修で来町され、また議員研修では先方からご挨拶にみえ親しく交歓してきた方です。

   

 研修会では五色から3人の報告がありました。NPO法人共生ごしきの概要、旧五色町の地域包括ケアシステム構築の経緯、くら(暮)けん(健)の概要です。
 継続は力なりをモットーに活動されてきましたが、今となっては後継者を育てなかったことが一番の反省点と語られました。
 小さな学びのグループができ、幾層ものセクターができ、互いが切磋琢磨、連絡協議会としてつながり、11月にはその発表の場が開催されていたのです。その活動は松浦先生の「死んだてや、まだ生きとらよ」に掲載されています。
 一連の報告は、過去の実績で継続は力なりにんれていないと、正直な意見も述べていただきました。また市民と行政とが協働する課題は、行政のトップによって左右されるとの意見も述べられました。そういう意味では一世代上の方々の苦渋の報告は反面教師でもありました。

    
●NPO法人共生ごしき

 NPO法人は現在も活動されていましたが、70才の年齢制限とか人材確保など課題山積とのことでした。事務局は理事長の自宅、電話も一緒、全てボランティア(無償)でカバーされています。
 中村町からはむらづくりの一端を小林千恵さんが花回廊を軸に報告しました。つづいてそより亭小風さんの落語「堪忍袋」が一席披露され、大受けしました。今まで聴いた中で最高のできに思えました。

      

 0時15分から3時30分までの長丁場の交流会、あらためて松浦先生の存在感を実感することとなりました。
 さて疑問ですが、氷解はしませんでした。閉じこめたままで帰路につきました。そこまで突き詰めて確認したところでどうにもなりません。むしろ松浦先生を慕うくらけんのメンバーの笑顔にふれたことで思いは十分伝わってきました。
 五色の灯は中村町で分火されようとしています。それに思いを馳せることとなった研修会でした。







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15/3/27 記



この広い京都でばったり







●神戸新聞(15/3/27)より




 久しぶりの東山魁夷の青い作品群です。わが愛しのコレクション展を観にJR京都駅のえき美術館へ行きました。いつだったか思い出せないほど昔に作品展を観ています。青の世界です。しかし物足りなかったです。一番観たい絵がなかったからです。
 あのときの感動をもう一度味わいたくそれだけで出向いたというのに、がっかりでした。
 もちろん図録には掲載されています。閉会寸前でしたので途中で入れ替えかとも思いながら会場を何度か回りました。
 1年が終わろうとする京都の夕時に雪が舞い、ところどころ灯りが漏れ、静まりかえった家並み、雪のつもった屋根が青一色に包み込まれているのです。甍の下で1年が暮れていく「年暮る」です。
 結局B5サイズの印刷物を買ってなんとか治めました。

    ●東山魁夷の「年暮れ」

 「村田さんでは。去年の祇園での個展であつかましくお話しさせてもらった小嶋です」
 着物でなくショールを巻いたラフな格好の挿絵作家の村田涼平さんが、なんと出口のグッズ売り場の雑踏の中にお子さんと一緒に立っていたのです。思わず声をかけました。
 祇園では随分贅沢な時間をいただいたものでした。来館者は私たちだけだったことから挿絵界の語っていただき、その上会場を出ると追いかけてきて栞を持って帰ってほしいとたくさんいただきました。葉室麟の「紫匂う」の挿絵を本にしてはとも提案しました。帰ってからネット上に公開されていた挿絵30点ばかりコピーして製本化しました。一つはハードカバーの演習でもありました。
この広い京都で、しかもえき美術館でばったりとは、驚き以外にありません。

    
●村田さんの個展会場で(14/11)

 現代アートはわかりづらいものがあります。国際的に活躍する現代アート作家45人が京都に集まってはじめての国際芸術祭「2015・KYOTO PARASOPHIA」を開催しています。
 主会場の市立美術館へ行きました。有料と無料の区分されています。観たかったのは長安の楼閣をイメージした竹のオブジェ「京都ザ・ヴィンチ」、美術館正面の部屋に突き刺さらんばかりの大きさで、こんなんようつくったと関心のみでした。創ったのは北京五輪開会式の花火演出を手がけた作家蔡國強(ツァイグオチャン)さん、その制作過程はテレビで観ていましたので、わかっていましたが、やはり実物です。とにかくでっかい。
 京都の都市づくりのモデルの長安とのつながりを意識したとありましたが、やっぱりようわからんのです。







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15/3/23 記



役立つミニ


   

●串団子を手にする平山委員長                   ●左は井戸知事               




 昨年12月25日、東に西の播磨ビジョン委員会の合同研修会で地域づくりとコミニュケーションをテーマに講義しました。終わりで、個々の客体をつなぐ串役の機能の説明に張り子を提示したところ、大受けとなりました。
 3月22日開催の東播磨夢会議の模様が、委員長の平山彰さんから届きました。なんとミニ串団子が小道具に使用されていました。このミニは正月明けにビジョン委員会事務局のビジョン課に送っていたものです。役立っています。
 その模様は委員長の文章から窺えます。
              ◆    ◇    ◆    ◇
 平成26年度東播磨地域夢会議が、本日(3月22日)9時30分から兵庫県加古川総合庁舎2階会議室で開催されました。
 ”聞かせてあなたのビジョン””語ろう地域のビジョン”のテーマで、80名の参加のもと12のGrに分かれて、グループデスカッションを行いました。東播磨地域を誇りに思える地域にするためのアイデアが多く出されました。出されたご意見を大切に今後のビジョン委員会の活動に活かしていきます。
 井戸知事も駆けつけていただき、激励のコメントを頂きました。
 閉会のあいさつでは、小嶋明さんの講演内容「串団子はりま物語」を引用させてもらって、人と人、活動と活動、地域と地域を串刺し(つながる)にして、皆さんが地域の中心になって行動を進めましょうと訴えました。
 3市2町と県民局を串ざし(つなぐ)にしていくこともビジョン委員会のミッションの一つである。地域の夢に向けて現実を近づける活動をこの串団子をイメージして、楽しく活動を進めましょうと重ねてお願いしました。(以下省略)







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15/3/22 記



「高齢社会対応調査研究事業」がトップに




●議案説明の藤井区長




 平成27年度定例総会が、3月22日(日)、開催されました。普段着での出席は20年ぶりのことでした。
 区長改選期でないため開会は午前10時。区長の平成26年度事業報告では、まず基本方針の4項目目に「高齢者に安全、安心して住み続けることができるむらづくり」を加えたことが報告されました。
 今までにないものはD事業計画の「高齢社会対応調査研究事業」が実施され報告されたことです。包括ケア研究会、松中村塾の事業が広く伝えられたことで、今日的課題に向き合っているメッセージが発信されました。
 町道1047問題では、あいかわらず事務が片付かず、町に誠意が見られません。このため約束の履行を求める一方で、公営駐車場と1047沿いの駐車場の確保)(使用料)との相殺を通告してたことが報告されました。

    
●パワーポイントで説明

 決算では、一般会計の収支規模が1,491万円でした。コミセン改修基金に100万円、消防ポンプ車更新時の費用のために20万円を積み立てることができました。コミセン改修基金は500万円になりました。
 平成26年度事業には、その前からの継続事案が含まれていて片付いたもの、目処が立ったもの、引き続き継続のものとありました。
 この議案への質問はなく、満場一致で承認されました。
 引き続き事業計画案と予算案が提案されました。
事業計画の1項目目に「高齢社会対応調査研究事業」が提示されました。その中身にNPO法人の調査と明記、いよいよそれに向けた取り組みが始まります。
 予算規模は約1,500万円です。「高齢社会対応調査研究事業」に50万円充当、その内包括ケア研究会に20万円です。(これは予算案には明記されていません)
 協議費改正によって財政規模が縮小するとみていましたが、堅実運営で乗り切ってきています。
 この議案も質問はなく満場一致で承認されました。
 什長改選では7人が交代、新たに選出されました。
 午前11時30分に全ての議事が終わりました。

 中村町の定例総会では昼食に婦人部のつくるまぜご飯が出されてきた。今時、こんなことする村ないでと言われます。婦人会の時代から長年の伝統になっています。正午前後に総会が終わるとしばらく歓談の昼食です。区長になってから区単位の座席指定にしたため、今まで以上に残る人が多くなりました。年に1度とはいえ、婦人部は前日から具材の仕込み、当日は朝早くから調理にかかります。
 今回その習わしを辞めようと、役員会で検討したと聞きました。区長に止めると伝えたそうですが、それは困ると押し返されたのです。結局つくることに思い直したそうです。






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15/3/20 紀



現代の学問所:内向志向にどう応えるのか








 「日本人は深く物事を考えられなくなっている」と、日本総合研究所理事長の寺島実郎さんのコメントが、3月20日のNHKラジオ「あさいちばん」から流れてきました。
 2000年から15年までの勤労者世帯の可処分所得の変動の分析に耳を澄ませました。15年前に比べて年額約60万円の減額というのです。趣味教養費、小遣い、交際費などを減らし内向きになって深く学び考えなくなってきたのです。本も買えなくっています。それだけにメディアが外へ目を向くようにカバーすることを説かれたようでした。
 内向き思考は今の社会事象につながっているのかもしれません。
 早速ネットでそのことを確認してみると、勤労者世帯の可処分所得のデーターを見つけました。2000年=43万円、14年=38万円で、11%の減少、5万円の減額です。
 実収入がこれだけ減り続けているのです。
                
◆    ◇    ◆    ◇
 同じ日の夜、第2回図書館協議会が開かれ、意見交換のセッションで、これを論点にして図書館サービスを問いました。
 実収入の減額で学びが浅くなっている社会事象をカバーする一つが図書館ですが、それに応えられているだろうか。内向き思考の層に向かって情報提供してきただろうか。図書館に立ち寄ってみようと思わせるような仕掛けをしてきただろうか。
 たとえばいずれのまちの課題である地域包括ケアシステムの構築を考えてみます。他の市町に先駆けてその仕組みができている多可町ですが、その推進者の日赤病院の松浦院長の著書が何冊か図書館にありますが、ケアにかかわっている人たちはその本を知っているでしょうか。読んだことがあるでしょうか。館は本の存在を知らせたでしょうか。

   

 地方創生がやかましく言われていますが、増田レポートに関する本も同様です。
 日本史が必修科目になるようだが、私たちは近代日本史は学んでこなかった。日本人でありながら多くは自国の歴史を知らないでいます。ところがその時代の本を読むと、いかに知らないことの多いことを思い知らされ、目から鱗の連続でいかに無知かということです。私たちは無知に気づかず物事を組み立て知ったかぶりしています。そのことを気づかせてくれるのは図書館、現代の学問所です。
 この町は図書館は今の施設でよいと判断しましたが、どうもまちづくりのコンセプトからずれているような気がします。
 この1年間の図書館をみる限り、ボランティアグループとのコミニュケーションが不十分であったことは否めません。まちづくりの拠点機能が低下しているような気がしてなりません。このことは生涯学習センター建設の白紙化が原因と考えられます。







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15/3/19 紀



まさか地域包括ケアが話題になるとは








 「多可町なら友達がいますよ。ご主人が病院の先生で、松浦さんといいます」と、テーブルの向かいの方が言われたのです。松浦先生の名前が出たことにびっくりしました。丹波市の手づくり絵本の会を主宰する村上祐喜子さんの教室でのことでした。
 はじめて訪ねる教室のカリキュラムは雛飾りのカードづくりでした。その合間に絵本製作の仕様書のチェックもあって、絵本づくりが進んでいました。
 制作終了後はお茶タイムです。メンバーとは、昨秋柏原のギャラリー「るり」で開かれた会の作品展でご一緒させていただいていましたので顔なじみです。

 松浦先生のつれ合いと知人との発言から、先生が多可日赤病院の院長で地域包括ケアの先駆者として全国的に名だたる医者と説明したところ、座の話題が地域包括ケアに変わりました。話が深まるとどうしても地域コミュニティのありように及び、それぞれの自治会が俎上にあがっていきました。女性参画、防災コミュニティ、自治会の未加入世帯などと、丹波市のまちづくりへと広がり、思いがけない展開になったのです。

 このような話題提供して良かったのか悪かったのかわからないまま帰りました。ただみなさんとのやりとりから丹波市の一面を垣間見ることになりました。

 この日の夜、村上さんから「今日はすばらしいゲスト到来でした」とのメールが入り、安堵しました。







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15/3/18 紀



変質したのでは




●昨年の図書館まつりのリサイクル広場(「14/6/7)




 【サポート・ねっと】例会が、3月18日(水)、図書館で開かれました。
 この日の主な議題は図書館まつりの企画でした。すでに館からのたたき台の6月6日開催に沿って進みました。
 プログラムは昨年の実績を参考にしながら検討しました。1昨年実施して好評だった大人の朗読が復活、内容はこれからです。
 オープンカフェは館から提案があり、特産品グループに依頼することに。当日の実績を見て今後の継続を判断することに。大型パラソルなどの備品購入が予算化されているとのこと。しかしそれを運営するのは館の職員でなく最初から第三者を当てにするもので、計画自体が甘い気がしました。

 この後、館から新たな団体貸し付けの提案がありました。学校や公的施設以外に枠を広げ、PRしようとするするものです。その思いは分かりますが、公共財の取り扱いはむずかしいのとそれを職員でなくボランティアが担うことには慎重論が多く、継続協議になりました。
 今年度の管外研修は見送っています。9年続いた研修はその時々に目的がありました。図書館界を代表する館長に出会いたく訪ねた年、新たな図書館づくりの参考にとの熱いものがあふれていた年、原画展などの催事を組み合わせた年と多彩ですた。次年度についても「行こう!」の声は聞かれませんでした。ここにも生涯学習センター建設計画の白紙化が影響しています。
 ところが27年度に実施がないと、2年連続の不用額になり今後予算取りができなくなるとの説明がありました。その原因は町がつくったのではないでしょうか。

 「読者手帳」の件で、3月上旬ラジオ関西の放送で館に電話インタビューがありました。放送前に館から例会案内のメールが届いていますが、放送の案内はありませんでした。情報発信のとらえ方がとがうようです。
 最後にこの日のやりとりから、あるメンバーがボランティア活動が変質しているように思うと発言、さらに他のメンバーからは10年前に戻った感じがするとのことでした。
生涯学習センター計画の白紙化を引きずっていますので、どうしようもありません。







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15/3/17 紀



「昔の人は偉かった」に遭遇


   





 毎日放送のちちんぷいぷいの「昔の人は偉かった」(毎週木曜日)は、川田直也アナ、“くっすん”こと楠雄二朗さんの2人組による街道歩きの企画コーナーです。
 目下、菅原道真公をキーワードに桜満開の姫路城を目指しています。雪に見舞われた京都北野天満宮を出発したのはつい先日のように思われたのが、3月17日、神戸での会議の帰り、新神戸トンネルを出て少しは走ったところのローソン前の歩道を歩く河田アナらのクルーに出くわしました。ハンディカメラ、録音スタッフが2人を囲みながら歩いていました。先行して遠景を撮る別働隊も見ました。車から下りて「がんばってください」と声を掛けたのです。ここから姫路城はまだまだだ。今日は三木までか。27日の開幕日にあわせているのではまいでしょうか。







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15/3/14 紀



松中村塾3月講座
高齢期の健康管理と心身機能低下への備え









 松中村塾3月講座が、13日(金)、コミセンで開かれました。
 今年度最終講座は、塾長で日赤の松浦尊麿院長の「高齢期の健康管理と心身機能低下への備え」です。
 講義の前に研究会委員長の私から、11日開催の第3回多可町地域医療フォーラムの報告を行いました。筒井孝子県立大学院教授の講演から中村町に関係するポイントまとめたものを配布、その説明としました。
 地域包括ケアの2つのコンセプトは、今中村町が取り組んでいる領域で、その方向性を示すものです。セルフケア、セルフマネジメントでより全容がわかります。より具体的事例として富山県砺波市、埼玉県和光市を紹介しました。いかに地域コミュニティの小集団の取り組みが大事かがわかります。今回訪問する五色町はその先進事例でした。たくさんの学習小グループが活動していました。
 和光市の介護保険サービスからの卒業は実にわかりやすい展開だけに、今後の参考になります。
 筒井先生からの宿題を地域の方に伝えることで、今後の展開のベースになります。
 また自己評価にもなります。松中村塾がどういう位置にあるのかです。定期的に情報が共有されている段階にあります。
 3月29日の管外研修(淡路花博見学と五色町研修)を説明、参加希望者を募りました。

    
●講義する松浦院長

□明日は我が身
 要介護者の発生要因のトップは48%のリスクなしです。ではリスクなしとはなにかが投げかけられました。生活習慣病と答えました。正解で、脳卒中がトップにあがりました。そこから高齢者に多い疾患の事例が提示されました。
 高齢者の病気の特徴は完全治療が望めないことでした。対処療法しかできないのです。また日常生活の留意点では水分補給です。脱水状態を自覚できなくなっているだけに、意識的に入浴前後、排尿後などことある度に水分を補給することを認識しました。
 明日は我が身の話でした。
 つづいて五色町での取り組まれた「介護保険料(税)負担の低減」と「ケアの充実」では、矛盾するものと批判の集中砲火を浴びられたようです。しかしそれをやり抜けられたのです。その試行錯誤は今も有効で、取り入れたいものです。
 閉じこもりの要介護移行も追跡調査にもとづくデーターだけに説得力があります。特に60歳代の閉じこもりの移行率が高いだけに、早い時期からの学習がいかに大事かです。 <非とじこもり>=4,0%、<閉じこもり>=24,1%。
 ふるさと創生では「敬老の日発祥のまち」として、実際の仕組みをつくる必要性が説かれました。
 最後に「地域医療・包括ケア基盤づくり」が表で示されました。筒井先生の言われた2つのコンセプトが示されていました。地域医療・ケアネットワークと住民活動ネットワークとです。

   

 今年度の松中村塾が修了しました。次年度はヘルパーの学習カリキュラムを学んではと提案されています。住民の多くがその知識を習得することで地域包括ケアシステムの基盤が厚くなります。
 日赤病院の指導の下、このような学習ができました。感謝、感謝です。

□研究会の経緯
 1)8月  講義:安田健康福祉課長
 2)9月  講義:桑村包括支援センター長
 3)10月 講義:松浦日赤病院院長
 4)11月 医療・介護・福祉研究集会
 5)12月 講演:松浦日赤病院院長
 6)1月  講演:遠藤良介社会福祉士(日赤)
 7)2月  講演とワークショップ
       遠藤由佳社会福祉士(日赤)
 8) 3月  講演:松浦日赤病院院長
       多可町地域医療フォーラム
       管外研修(淡路花博・五色町視察)







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15/3/13 記



バベルの塔は立つか
第3回多可町地域医療フォーラム報告(2)





●講演の筒井孝子先生




□和光市の介護サービス卒業式
 セルフケア・セルフマネジメントの概念を教わりました。
 <セルフケア> より広義かつ包括的に、自らに対するケア全般を指す。
 <具体的内容> 
 ・健康を維持する
 ・不健康を予防する
 ・薬剤をより上手く使用する
 ・軽度の疾患
 ・長期にわたる健康問題の管理およびケアの改善
 <セルフマネジメント> 慢性的疾患に由来する様々な問題を自ら管理すること。
 <セルフマネジメントのサポート> 
 ・人々に情報提供および支援を行い、当事者が自らの症状について理解し、適切な行動に移すことによってより優れた自己管理を行うことができるようにすることである。
 ・サポートする介入は、医療の一連の流れの様々なポイントで実施することが可能で、その対象は長期的症状を持っていないひとから、重度の長期症状や複数の長期症状を持つひとまで含まれる。

 <セルフマネジメントの事例>
 ・埼玉県和光市の介護サービス卒業式
 先生は介護保険の卒業式といわれたので、その意味がわかりませんでした。保険を掛けなくてもよくなるのかと短絡的に受け取り、そのようなことなありえないので、帰ってから調べてみました。
 介護サービスの卒業という意味でした。14年5月21日のNHK「クローズアップ現代」が紹介しています。その映像を観ました。要支援の高齢者がその課題解決に努力してサービスを受けなくともよい状態になることです。このような市民が増えることで介護保険の給付金が減額していきます。掛け金を値上げすることも不要になります。
 要支援認定を受けている方の改善策が関係者全員の会議で議論され、一人ひとりの目標が設定されるのです。このままでは2025年に介護保険体制が崩壊するとの危機感から生まれた仕組みです。
 あらためて地域包括支援センターの役割の大きさを実感しました。これを評価軸にして多可町を考察するとどうなんでしょうか。

 一度下記にアクセスしてご覧ください。
  http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3494_all.html

□自律した市民
 先生は工学博士でもあります。実に多様な方です。国際会議には300回以上出席、最近の傾向としては日本の国力の低下が顕著とのことでした。
 地方創生に関しては、地方への誤った情報を是正すべきと強調、その上でグローバルとローカルの成長戦略も語られました。興味深い展開でした。
 講演後会場からの質問では、シルバーエイジの貯蓄高が論点になりました。高齢者がお金の使い方を知らないのが問題とのことでした。老後の不安から貯め込んでいる面が強いのでしょうが、使うことの楽しさが分かれば話は別で、成長戦略の鍵ともいえるかも。
 西脇市民病院(急性期病院)あり方の質問では、過去1年間の救急患者搬送例の分析を行い、本当に搬送が必要とみられる例を数値化することから始まるのではと。また市民にはその是非の判断を求めるべきで、この程度でなら救急車を呼ばないようにしようとの基準的な物差しが要ると。
 これは柏原で始まった小児科を守るためにコンビニ受診自粛運動にもみられることですが、市民の自律できるまでの学び、気づき、実践はどこでどう確保されるのでしょうか。
 市民の自律は、地域包括ケアの一方のコンセプト「地域を基盤としたケア」にかかわってくるのでしょうか。五色町で展開された小グループの学習が格好の事例です。中村町なら隣保単位です。要は学びのシステムが問われるところです。だからコンセプトには2つあるとのことが目から鱗でした。


□おわりに
 町長は挨拶で、地域包括ケアや見回りの取り組む集落がみられるようになりましたが、今日参加のみなさんの集落はいかがですか。その点を検証くださいと述べました。
 検証自体は大事なことですが、突然集落ではどうかといわれてもその意味するところはわかるでしょうか。検証したとしてもその先はどうなるのでしょうか。仕組みのないところで一住民が検証しても先につながるでしょうか。ではそういう立場にある区長ならどうでしょうか。町は集落が取り組むことをどう考え、どう支援するのか示してこそ、この課題が理解できるのではないでしょうか。
 どうすれば自律した市民が増えるかです。行政の役割を語ってほしい。まさにビジョンとミッションの問題です。







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15/3/12 記



バベルの塔は立つか
第3回多可町地域医療フォーラム報告(1)





●事業報告の森本さん




□はじめに
 1年前の第2回目のフォーラムに参加しました。そのときは中村町区長でした。
 その少し前の集落役員会で、「これからこのままでは介護保険体制が崩壊しかねず国が大変な時代を迎える。集落自治もこの問題を真ん中に据えて取り組まないと安心で安全な共同体が維持できなくなる。次年度の事業計画にこれをあげて取り組むことにしたい」と提起していました。小さい社会の集落、ひいては隣保の近所力が問われるのです。
 辻哲夫先生の講演は地域包括ケアシステムの最終段階は地域と指摘され、中村町が取り組もうとしている計画を追認するものでした。
 その1年後の3月11日(金)、第3回フォーラムでの連絡協議会事業報告では、専門職と地域の連携事例として中村町の「松中村塾」が紹介されました。(びっくりしました)
 中村町ではこの1年間に、総会に提案、包括ケア研究会を立ち上げ、日赤病院の松浦院長を塾長に「松中村塾」を開塾しました。
 この1年間で立ち位置が強固なものになりました。予感から実感に変わっています。

第2部講演 講師 筒井孝子県立大学大学院経営研究科教授
 「地域包括ケアシステムを構成する概念の基本的理解と実践にあたっての戦略」

□2つのコンセプト
 厚労省のキャリアとして介護保険の制度設計の中核をなされた方です。自己紹介では20年間現場と接したこともなく、市民に向けた話などは禁じられていたと言われ、演題からも、この日は学者先生のむずかしい講演になると覚悟して臨みました。
 内容は以下のコンテンツです。パワーポイント資料はA4サイズ13枚両面という分厚いものです。これに目を通すだけでも骨が折れます。
 地方創生にまで及び、実に示唆に富み宿題も多くありました。

 §T:地域包括ケアシステムについて
 §U:介護保険制度の改正について
 §V:地方の現状からみた地域包括ケアシステムについて
 §W:セルフケア・セルフマネジメントについて

 これだけのボリュームだけに1回の講演だけではとても及びません。

 講演から:日本で用いられている地域包括ケアには、2つの独立したコンセプト(地域を基盤としたケア&統合型のケア)がある。
 この両方を取り組もうとする議論が世界的に活発化していますが、バベルの塔をたてる試みともいわれているそうです。
 私たちが認識してきたシステムとは、医療・介護・福祉を統合するケアではなかったでしょうか。地域を基盤としたケアは「一定レベルの住民の地域参加によって保障される」とあります。
 具体的には今ひとつ分かりませんが、なんとなくこの1年間、中村町が取り組んできた先にあるシステムのような気がします。「地域の健康上のニーズに応えるという点から運営されるという性質がある」とのことですから。
 この指摘は後の課題に関連します。







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13/3/7 記



を堪能








 3月7日(土)、八千代寄席へ行きました。ただし全演目は聴けていません。中入りを挟んで、光屋細鶴さんの「抜け雀」、後藤綾さんの「white lion」、そより亭小風さんの「阿弥陀池」の3演目でした。
 光屋さんは八千代南小学校校長の近藤先生、この日はなんなとしても聴きたく馳せ参じました。おちの箇所ではきちんと笑え、さすが安心して聴けました。筆に見立てた扇子に墨を付ける所作に感心しながら、早朝の犬の散歩でのネタ合わを想像しました。中山道の駕籠かきのおちの笑いで締めくくれました。
 「white lion」(動物園)は、ゼスチャーたっぷりで、すごいの一言でした。英語の分からない私でも話が理解でき笑えたのです。外国での生活体験があって日本の話芸を伝えたく講座に参加している後藤さんですが、その表現力は英語落語にぴったりでした。最後のおちは分かっていましたが、うまく運びました。
 そより亭さんは地元中村町の上原さん、最後まで気が気で落ち着いて聴けません。もちろん上手ですが、それでもどこかですべるんじゃないかとか、台詞が飛びはしないかなど、ついつい思ってしまいます。前節で燃焼してしまいがちだけに、調子に乗れば乗るほど気が気でした。最後のおちの「阿弥陀池」の前でちょっと滑ったように聞こえたが、それにしてもむずかしく長い噺を間違わずよくこなすことには感心します。
 早くからこの日を楽しみに待っていました。3演目、堪能しました。
帰ってから演目を調べてみると、その歴史、背景がわかりました。同じ演目でも東京と上方とでは違うようでした。

 デジカメで撮ろうとしたらバッテリーの充電サインが出ていてアウト、なんというイージイミスなことか。バッテリーだけにサインの見落としは痛い。







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15/3/6  記



やっぱり交流会せなあかんな




●松浦院長の著書表紙




 たとえば認知症の方が近所におられる場合、地域の見守りはどうあるのがよいのかです。
 近所は気づいていても干渉されたくない家もあるでしょう。周りに知ってもらっていて日常的に気をつけてもらいたいと望む家もあるでしょう。しかしその家がどう思われようが、周りはそれとなく気遣うはずです。ただそのやりとりのむずかしいことはわかります。
 先日の包括ケア研究会(例会)でそれが論点になりました。まずはその情報を共有のため周りに伝えてもよいかの確認は必要とのことでした。知られたくない家もあろうが、これからは増えていくだけにそのような考えはなくなるのではないかとまとまりました。
 現在進めている地域包括ケアの輪が広がれば広がるほど、それへの思いは醸成されていくから、研究会や勉強会が必要との共通認識です。
まずはそのことが確認できました。
 8月の防災りんぽの集いでは、この問題をテーマに加えることになります。
 その流れで要介護の家族を抱える委員から日々の対応が語られました。
 寝返りを補助するのも大変、こけた家族を起こすのもひとりでは大変、その作業にはコツがあってなかなか体得できない。その実習が必要とのことでした。家族が車いすを使用するにあたっても、どの機種でもあうのではなく、適合するまで時間がかかった。それも体験してはじめて知ることで、それまでは車いすならどれも一緒との感覚でしたとの話も、この場ならではの報告でした。
 次から次に介護の苦労話が出されました。話せばすっとするとのこと、やはり交流会が必要です。それも大規模でなく、小規模です。集落を民生協力委員さん単位に分化してみるのもひとつです。まずは手はじめに進めてみてはと思います。
 
 7月に準備、8月に設置した研究会ですが、12月からは松中村塾の開講となりました。例会ではこの経過をふりかえり、その中で地域包括ケアの先達の松浦日赤院長についても再度報告しました。
 その集約したものが五色町への管外研修(3/29)です。
 この1年間、地域包括ケアを学ぶことで新たな波動を生み出せました。それを確信する委員会でした。





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15/3/2 記



こちらの方がむらづくりの参考に

〜「01年全国ふるさとづくり大賞」振興精励賞受賞の
堺活性化委員会(五色町)と研修交流〜



   


   





 3月29日(日)、松中村塾管外研修で淡路の五色町を訪ねます。松浦日赤委員長の前任地で、包括ケアシステムの先進地です。その町から以前に研修に見えたことがあります。 中村町の古いHPからの転載です。


 さる11月11日(日)、五色町堺活性化委員会27名が、中村町の新しいむらづくりを研修に来村されました。あいにく長谷川区長は、区長協議会の研修で不在でしたが、むら協9名で対応しました。
 互いのコミュニティづくりを報告、意見交換を図りました。しかし、同会は県ふるさとづくり最優秀賞にとどまらず、全国の振興精励賞に輝く実績の団体です。藤野事務局長の報告を聞いて、そのすばらしい取り組みに感激しました。
 平成3年度、少子化によって堺小学校が複式学級に追い込まれる可能性がクローズアップ、このバネを契機に活性化委員会が設立され、家族連れ入居の町営住宅の建設、宅地分譲、引越祝い金など、独自のユニークな施策を打ち出し、マスコミの支援もあって、大反響を呼んだそうです。この成果で複式学級は阻止され、児童数が15名も増えたのです。

 また、堺八幡神社の秋祭りには「ふるさと里帰り提灯」が披露されます。地区出身者の秋祭りへの里帰りを促す企画で、 約760戸の名前入りの「おかえり」提灯が点されます。
 脱陳情型の地域づくりへの転換、町婦人会の解散、リーダー像、トライやる・ウィークなどについての質問や感想がありました。
 
 意見交換会の後は、あかね坂公園を見学いただき、次に研修先に向かわれました。


                 (中村町ふれあい広場01/11より)






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15/2/28 記



素人の耳からこぼれる用語


   

●加美プラザホールにて




 地域包括ケアネットワークなどの合同学習会が、2月27日(金)、加美プラザで開かれ、中村町包括ケア研究会から6人参加しました。
 青木佳之氏の講演「地域包括ケアシステムの構築に向かって」を聴きました。
 氏は、医療法人青木内科小児科病院(岡山市)理事長の傍ら全国地域包括・在宅介護支援センター協議会会長としても奔走されています。今回主催者の日赤病院の松浦院長とのつながりで、来町いただけたようです。
 講演後帰宅するなり、おつとめ帳を出してきて般若心経の「受想行識」を読み返しました。「亦復如是」とで一つの意味を成しています。
 この8文字を調べると「人間の行動認識という、精神活動も、実体のある、肉体や脳、と一体の、実体のない、能力、内側からの縁によって、行動をし、認識や妄想が、想起する。という同様の在り方、起こり方。になっている」とあります。
 講演は地域包括ケアシステムの概論、制度設計、運用など総括的な内容でした。時間の関係もあってその多くがコンテンツにとどまりました。最後は包括ケアは地域づくり、人づくりに帰結したのですが、それには地元の文化、地域性を大事にすることと説かれました。今に残る5つ風土記の1つの播磨風土記が何度も語られたことが印象的でした。
 「受想行識」は精神論として語られました。色即是空(物)と対置しての話でした。
 システム構築の現状と課題がびっしり提起され、はじめて聴く用語もあって、専門職と違って素人にとっては難解な箇所が多くありました。

 走り書きメモからです。
 ・介護保険制度サービスが自治体主導に変わっていくので、行政、特に議会の理解が必要になっていく。議会を巻き込むこと。
 ・在宅の概念は家だけでなく居宅施設を含む。
 ・これからは一番最初に取り組むのは認知症対策。
 ・何度も繰り返されたの用語が「イノベーション&マネジメントサイクル」
 ・「地域包括ケア」は御調総合病院の山口医師が提唱した用語だったが、13年12月の法律ではじめて使用された。法律用語となった。
 ・介護保険の保険者が自治体に移行する中で、要支援サービスがどう変わるのか。財源不足を住民がどうカバーしていけるか。要は人材。
 ・してあげるから、学び、人づくり、地域づくりへ。


 最後まで素人の耳でした。この日の話を中村町にどう組み込むのかです。周りになにを伝えていくのかです。
 帰りの車中で、認知症カフェが話題になりました。その中で認知症の方に社会福祉協議会の住民ボランティア2人がチームになって、月に1回訪問されていることを知りました。
 ところがその活動はあくまでも社協内部にとどまって地元集落との連携が不十分にみえました。民生委員の指摘を受け報告があったようですが、これだけ包括ケアシステムが論じられているのに、どこまでわかっているのかです。
 中村町のような動きがなければそれですみますが、多様なセイフティネットがバラバラでは困ります。







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15/2/22 記



クリーンキャンペーンで今年度の終止符








 杉原川クリーンキャンペーンは春を迎える準備です。
 6年間は前夜から雨を気にして、きわどいときは何度も天気図を見たものでした。中止の場合は放送しますので、朝一に川に行って確認もしました。作業中は堤防を何度も行ったり来たり、状況の把握に努めたものです。
 今年は久しぶりに中区の持ち場で草刈り機での作業に専念しました。普段しない作業に腰が痛くなりましたが、満タンの混合油がなくなるまで2時間、枯れ草と格闘しました。
 この日は朝方の小雨でラジオ体操、自転車走行も中止でしたが、作業前にやむというきわどい空模様で、途中からも降り出しました。それでもこの日に片付けたいので、かまわず続行しました。対岸の岸上も9時から作業開始、両岸から草刈り機の爆音に包まれました。ただ刈り取った草の消却は雨のため残ってしまいました。

 村にとっては大きな事業は終わり、後は定例総会の準備です。






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15/2/21 記



松中村塾2月講座報告(2
多様なセクターを


   





□松浦院長の講評
 介護保険体制が変わりますが、財政的なこともあってまだ全体像が見えません。介護は専門職が行う時代ですが、昔は素人(家族)がみんなで行っていたものです。助け合う共助の心の低下という弊害もみられます。医療と介護だけでは生活支援はできません。要支援1・2の軽度の方が介護保険から切り離されていきますので、どうカバーしていくのかです。地域の方のボランティアだったり、NPO法人を立ち上げるとかそれぞれが得意分野を活かして多様な受け皿をつくっていかなければなりません。
 認知症患者を取り巻く人の問題はなく、地域の問題です。恥でもなんでもない。認知症とは文学的にいえば「帰ってこられない過去への戻り旅」です。

□委員長のおわりの挨拶
 松浦院長の話には「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」という言葉がよく出てきます。私たちの社会の豊かさは道路、公共施設など多くのハード系の社会資本の集積度で計られます。近年は人間のつながり、絆の度合いがその資本に計上されるうになりました。人がどれだけの頻度で寄り合い、施設を利用しているかです。コミセンの電気料金、事務費はそのバロメーターです。中村町はコミセンの利用度が高いことからけこう電気料金がかかっています。それは活発な活動の指標といえます。人が集い、語り、笑うことがコミュニティ力の源泉です。
 その資本の豊かさが、認知症の発症率を抑えるのかもしれません。あるいは発祥しても地域でカバーできるのではないでしょうか。そのためには、このような機会を何回も継続してつくることです。
 2025年問題は頻繁に出てくる言葉ですが、本当に大変な時代が目の前にやってきています。昨年8月に包括ケア研究会を立ち上げたのも、そのときになってからでは遅いからです。これからもこのような勉強会を続けていきます。
 松浦院長の話にもありましたが、多様なセクターが必要になります。NPO法人の設立はその一つの選択肢と考え、研究を始めます。中間支援組織によるカバーが現実的な気がします。すでに書類の雛型も院長からいただいています。
 中村町には多様なセクターによって安心を確保したいものです。

   

 昨年5月に発表された増田レポートは、2040年の人口推計から896自治体が消滅する可能性があると公表、全国に衝撃が走りました。20才から39才までの出産可能な若年女性人口を10年と40年を比較、その減少率が50%を超える自治体が消滅といわれたのです。ちなみに県内で多可町はどれほどか、ご存じですか。減少率約60%で7位にランクされています。これも大きな社会問題です。
 このような課題をみんながよく知り、よく学び、みんなで対処していくことが大事やなと思います。

□家族会の段取りを
 終了後、認知症の家族を抱える方から、同じ環境にある者が集まる機会をつくってほしい。当事者同士の情報交換が必要ですと指摘を受けた。早速対応したい。

□今後の予定
 1)3月講座   3/13(金) 高齢期の健康管理と心身機能低下への備え
                    講師 松浦尊麿多可日赤病院委員長
 2)管外研修  3/28(土) 五色町のグループとの交流







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15/2/20 記



松中村塾2月講座報告(1
はじめの一歩が大事



   





 松中村塾2月講座が、2月20日(金)、中村町コミュニティセンターで開かれ、40数人が参加、講義とワークショップで互いに学びあいました。
 講座は認知症養成講座を兼ねていましたので、終了後にオレンジリングと証明書を配布しました。

 1)はじめに (挨拶)藤井区長と南畝社協会長
 2)講義:「2025年問題と認知症」 
   講師:遠藤由佳さん  社会福祉士(日赤地域医療支援センター)
 3)ワークショップ:2025年問題と認知症 (4グループ)
 4)各グループ発表
 5)講評 松浦日赤病院院長
 6)おしまいに 小嶋包括ケア研究会委員長
 7)司会進行 真鍋副委員長

 遠藤さんの講義は認知症サポーター養成カリキュラムを取り入れ、2025年問題と認知症の2つのテーマを考察しました。
 2025年には65才以上の5人に1人が認知症との推計は多くが知るところですが、軽度では3人に1人との推計の説明には、会場から思わず声が上がりました。
 その軽度(MCI)の内に発見、対処することが大事で、放置すれば5年後に半数の人が認知症に進むとの報告がみられます。早期の対処がポイントです。
 ところが15年度から3年猶予を経て要支援1・2は介護保険から除外になります。その受け入れは自治体が代替します。自治体間でのサービスの差が生じるといわれていますが、最初の一歩が大事といわれるのに、介護保険から切り離されることでその先の医療費、介護保険給付の増加につながると懸念されています。
 しかも認知症患者の増加が見込まれるだけにマンパワーの不足は否めません。どのようにカバーしていくのか、まちがその全体像を示さなければなりません。第6期介護保険事業計画にどう書き込まれているかです。
 認知症については、その発症原因、周囲の対応など入門編を教わりました。

    
●遠藤さんの講義

□ワークショップから
 ワークショップは4つに分かれて意見交換を行いました。
 2025年問題では今のままなら介護保健体制が崩壊するとの前提で臨まなければならないと提起、特に団塊の世代はどうするのがよいのかです。
 私の担当のグループ4では、親が認知症で夜中の家屋内での徘徊に疲れ果てた報告、親が診察を受けるまでの苦労話、ケアマネさんのアドバイスで乗り切れた話などが出され、具体的事例から話に入っていけました。
 いかに最初の一歩がむずかしいかでした。予防外来の存在の質問には、日赤に毎週水曜日に開設されていると説明がありました。
 従来は医療機関に出向くことでしたが、要望の観点からたとえば70才の節目になれば、認知症チェックに自宅訪問するシステムをつくってはどうかとの提案がありました。
 早期発見には有効ではないでしょうか。NPOがあれば訪問チェックを担えます。
 職場での話として、母親が認知症で元気なため動き回って目が離せない同僚は、妻が病弱のため介護全てがかかってきて、仕事に支障が出てきているとのことでした。家族に介護が生じると暮らしが大変になります。
 グループ内には現に親の介護に当たっている方もあって、この問題は現在進行形で深刻さが窺えました。

    
●グループ1の発表

□他のグループの報告から
 1)2025年になってからでは遅いので、今が大事。このような機会は多く持ってほしい。
 2)周囲の方の理解を得られていることに感謝する。(認知症の親の介護者)
 3)2025年問題も大事だが、親の介護の今が大変です。
 4)地域でといわれても、その情報をきちんと把握できないと半端なことはできない。
 5)認知症の判定がわかりにくい。一定の時になるとチェックしてほしい。
 6)認知症にならないためには予防が大事で、そのための運動とか自分でできることをやるべきだ。
 7)防災りんぽの集いでは、防災だけでなく認知症もテーマに入れてほしい。






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15/2/18 記



一番印象的だったのは


   

●MBS「VOICE」より




 なにげなく毎日放送の「VOICE」をかけてみると、小野高校放送部の神戸電鉄粟生線存続番組づくりが特集されていたのです。そういえば朝読んだ新聞の番組欄には「救え!廃線危機のローカル線立ち上がった高校生!」とあったことを思い出しました。

    
●小野高放送部の取材

 同行放送部から昨年9月に2度目の取材を受けていましたので、関心を寄せて観ていました。なんと、なんと鍛冶屋線存続運動の中心人物だったとして私が映りだしたのです。
 取材の中で一番印象的だったのは、小嶋さんの言葉「なくなってはじめてわかることで、その時はもう遅い。いっぺん無くするともうつくれない」でしたとの部員のコメントをカバーする映像でした。
 20数年前、毎日放送から取材を受けた映像が出ました。「えつ!」と思わず声が出てしまいました。店内で鍛冶屋線がなぜ廃線になったのかを語っていました。続いて昨年9月に放送部の取材光景の際、絵本「ゆめ列車」を紙芝居風に読んでいるところが流れました。
 事前に聞いていませんので、思いがけない映像にもうびっくり仰天です。
 それにしても20数年前の映像が残されていたのですから、これも驚きでした。頭髪がふさふさしていました。(笑い)
 粟生線存続は、乗って残そう運動だけではむずかしいです。それについては小野市長改選前の神戸新聞企画記事で、この事案には上下分離方式を選択せざるをえないのではないかとコメントしています。







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15/2/16 記



宝物を見せていただく




●神戸新聞(2/7)より

   

                        ●感想文の一部




 さる2月6日(金)、佐用町立幕山小学校5・6年生合同の総合学習で披露された杉本國昭さん作の紙芝居「いのちづな」への児童の感想が寄せられ、私の方にその本文を見てほしいと届けられました。
 同校の校区にはいわゆる限界集落といわれる小規模な集落が点在して、紙芝居の題材は子どもたちの生活の場そのものです。
 「幕山地域の課題の買い物困難の様子がよく分かりました。高れい者の方には本当に『いのちづな』だと思いました」といった一節もあって、子どもたちは移動販売が高齢者のいのちづなになっていることをはじめて知ったようで、印象深い授業になったのではないでしょうか。
 7日の神戸新聞にも紹介されています。杉本さんは私の宝物と言われています。

 同行は3月1日に閉校式を挙行します。






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15/2/15 記



声援を送る




●あかね坂公園北にて

   





 第7回西脇多可新人高校駅伝競争大会が、2月15日(日)、開催されました。
 この大会は区長1年目に始まり、折り返し点の中村町としてオリジナル小旗で声援を送り、盛り上げてきました。今年も500本の小旗がつくられ沿道で配布されましたが、今やなくてはならないグッズになりました。
 あかね坂公園北で男女ランナーに声援を送りました。あらためて小旗のふられる沿道の光景を満喫しました。
 今年の参加チームは、男子77チーム、女子52チームでした。






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15/1/30 記



紙芝居、閉校直前の小学校で初演




●神戸新聞(1/4)より




 杉本國昭さん(たつの市新宮町)の紙芝居「いのちづな」が、2月5日(木)、佐用町立幕山小学校で演じられます。観るのは、5年生12名と6年生7名です。
 杉本さんは、昨年8月25日の神戸新聞に買い物困難問題をテーマにした絵本づくりが紹介されましたが、それを読んでぜひ紙芝居をつくりたいと申し入れされてきた方です。もちろん大歓迎です。紙芝居用の文章をつくられ、素稿の段階で目を通しました。11月末に完成、12月5日、佐用町海内での山下祐介先生を囲む会で発表されました。1月4日に神戸新聞に紹介され、それを見た幕山小学校の先生の目に留まったのです。
 「いのちづな」の舞台になった大日山には子どもはいませんが、幕山小学校の近くで、その昔、炭焼き、繭、紙漉など里山の資源を生業にしてきた地域です。
 紙芝居は過疎の勉強の一環だそうです。子どもたちはどう反応するかです。
 杉本さん自身、旧佐用町出身で廃校になった長谷小学校が母校です。
 幕山小学校はこの3月で閉校です。旧上月町の3小学校が1校に統廃合されます。






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15/1/25 記



社会教育振興のNPO法人の設立を視野に








 生涯学習まちづくりひょうごネット買い物困難問題調査グループのミーティングが、篠山市日置の県民交流広場「中立舎」で開かれ、県内各地のメンバーが集まりました。
 事前に素稿が送られチェックを終えて臨んでいましたので、原稿一つひとつのチェックはなく了解が得られました。後は、神河町の買い物困難の現状、空き家対策、定住対策などの論稿だけになりました。
 この問題も含め、社会教育力の低下が議論の中心になりました。まちづくりの基盤がもろいため、問題意識、気づきがなく、社会教育の猛者にとっては歯がゆい思いばかりです。
 確かにメンバーは社会教育で鍛えられた経歴の持ち主ばかりです。近況報告ではそのことに集中しました。
 神戸新聞への執筆や「随想」への寄稿ではその裏話が話題になりました。
 市議、議会事務局長もメンバーですので、その世界も話題にあがりました。特に行政職員が議員に転身することには、天に向かってつばすることであってはならないとの意見が強く出されました。
 東北被災地への支援の続行も報告され、その資金の確保など苦労話もありました。
 グループは異業種交流会だけに、それぞれの現場の課題をめぐって議論となります。
 最終には各自のライフワークが論じられ、これからもどう続けていくかになります。
 人口減少社会、地方消滅といった今の社会問題に向き合える社会教育の振興をミッションに、平成の合併の検証、小規模集落の応援などにあたるNPO法人の設立を検討することになりました。
 報告書は写真を加え、1月中に最終稿をまとめあげ、2月に製本化します。

 <中立舎とは>
 中立舎は一七九六年、同地区の大庄屋だった波部六兵衛が、石門心学の祖である石田梅岩の弟子、手島堵庵(とあん)を招いて開いたとされる。現在は県民交流広場の施設として再生されている。







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15/1/22 記



書き初め展、はじめての教室展


   


   

   





 多可日赤病院1階ロビー前の展示スペースを借りて、真鍋良子かな書教室「よ」組の書き初め展が1月23日(金)から始まります。
 22日の午後、準備に行きました。ところが壁面には西脇市高齢者大学有志の写真作品が飾られたままです。書き初め展は23日開催とすでに案内を出しています。今更変更はできません。一方写真展は31日までとのことで、こちらも動かせません。写真の展示者に連絡を取って事情も聴きました。
 このミスは事務局担当者の不注意から生じたもので、今更どうしようもありません。何度も連絡、確認してきています。そこで写真と併設することにしました。
 なんとか11人の作品を並べ終えることができました。写真のあることでにぎやかにも見えます。書き初め展は中間で入れ替える予定でしたが、写真展が終われば後半の作品を展示できそうです。
 額に入った作品はやはりみちがえるように映えていました。初めての作品展、どれだけの方に観ていただけるかですが、まずは形にできたことで半歩前進です。
 作品展は当初より長期の3月5日までです。







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15/1/17



非常食の配布


   

●ラジオ体操の前に非常食を配布




 1月17日(土)、穏やかな朝でした。中村町ラジオ体操の会はあの日から20年ということで参加者に非常食<ドライカレー>を配りました。あの日の大地震の犠牲者は6,434人、全半壊(焼)は448,929世帯。いつ起きるかわからない地震だけに、日頃の備えが求められます。

 正午に黙祷、その後非常食をいただきまいsた。






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15/1/16 記



どうなるこれからの介護保険制度


   





 次年度から3年かけて介護保健制度が大きく変わります。事業者が国から市町村に移行するため、要支援者のメニュー、料金などのサービスに違いが出てきます。行政だけでカバーできない分野、すきまを埋める力が地域にあるかないかの差とも言い換えらます。NPO法人、地域が鍵です。
 保険料の見直し、負担増は避けられません。
 松中村塾は、1月16日(金)、そういった社会背景から1月勉強会テーマを「介護保健」として、婦人部と連携して開催、50数人が参加しました。
 勉強会は介護保険の入門編として、日赤病院介護福祉士の遠藤良介さんが「介護保険の制度の仕組みお上手な活用法」を講義しました。
 あらためて介護保険制度を学ぶ機会となりました。
 また地域医療支援センター、地域包括ケア病床の説明が、各担当からもあって、日赤の取り組みもよく伝わりました。

      

 日赤を医療機関としてみると、患者が増える方が経営的には好ましいはずです。予防医学が深化すれば、健康寿命が延び、病院を訪れる人が減るのではと思います。しかし現実には高齢者の認知症増加、それに伴う介護、スタッフや病床不足といった地域課題が深刻化し、さらには2025年問題を控え、このままでは介護保険制度の破綻を招きます。
 松浦院長が赴任と同時に、地域包括ケアシステムの積極的構築が始まり、地域課題に取り組み始めました。

    
●松浦院長

 介護保険の活用にしても、それが必要になった家庭は必要に迫られて理解できますが、活用しないひ保険者はよくわかっていないのが普通です。今回の講義で被保険者としては一定の知識を持ち合わることとなりました。周りに相談する機関があることの確認だけでも半歩前進です。
 家族にいつ介護を必要とする者ができるかわかりません。だから日頃から運動、交流などから心身の健康保持が大事と指摘されているのです。
 医療費、介護費の軽減化は社会問題、集落としての啓発、学び、実践です。
 松浦院長のブログが久しぶりに更新、この日にあわせて「松中村塾」がテーマでした。
 さっそく参加者に配布しました。幕末の志士のようになれるかです。(笑)
 厚労省が2025年には認知症が700万人、65歳以上の5人に1人との推計を発表しました。新たな2025年問題です。
 これだけみても早い時期からの対策が求められます。
 さらには2025問題に絞った学びの必要性に感じました。アウトラインはわかっても一人ひとりにとってはどうなのかがあやふやです。まずは共通理解からです。
 公務から一端抜けて顔を見せていただいた塾長の松浦院長は、地域と専門職が連携してこれからの高齢社会を乗り切っていかねばならないが、そのためには気づいてやる気のある地域が先行して、その成果を他に広げることがこの町では大事と、中村町への期待を語られました。

 松中村塾の2月は「地域で暮らし地域で支え合う 認知症とケア」、3月は「高齢期の健康管理と心身機能低下への備え」です。



  ●松浦院長のブログ

      http://www.taka.jrc.or.jp/mblog/recent.html






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15/1/11 記



一生懸命さの伝わったコンサート


   


   

●アンコールタイム




 西脇市民オーケストラの第2回定期演奏会「ニューイヤーコンサート」が、1月11日(日)、市民会寒中ホールで開催されました。150人ほどの観客が暖かいまなざしで聴き入りました。
 つれあいがメンバーのためこの時間帯だけ店を閉めて聴きに行きました。
 中ホールにはステージはなく、観客は演奏者と同じ高さです。しかも接近しています。きっと奏者もしづらいのでは思いながら、開演を待ちました。
 わずか結成1年の団の演奏会です。約2時間の演奏が終わったときは、安堵とお疲れさんが入り交じっていました。音楽音痴でそのうえ楽器をさわったことのない者には、どう評価してよいのかわからないのです。つれあいが参加してからは、よくテレビでコンサート番組を聴くようになりました。そのレベルでどうのこうのではなく、1年経過の習熟度とか、個々のレベルとか、地域貢献度とか、なにを基準にするのかです。
 指導者の横山先生が挨拶の中で、「楽器をさわったことのない方がほとんどで、音を出すだけでも大変、その方々が1年でここまでできるようになった。こんな近い距離で演奏するのは緊張します。聴く側もそうだと思います。続けることで成長していきたいので暖かく見守ってください」と言われました。だから猛練習も含めよくがんばったと思います。
 最後の「ラデッキー行進曲」では、手拍子で楽しみました。
 団員の一生懸命さの伝わってきたコンサートでした。
 アンコールでのヒツジの冠は絵になっていました。50枚つくるのは大変でしたが、応援できてよかったです。







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15/1/9 記



コンサートを盛り上げるために





   





 西脇市民オーケストラが。1月11日(日)、ニューイヤーコンサートを市民会館で開きます。メンバーのつれ合いから「メリーさんのヒツジ」はオケの原点ともいう曲で、今年は干支でもあって演奏が楽しみとのことでした。
 東京交響楽団のカウントダウンニューイヤーコンサートでは、新年開幕と同時にヒツジのかぶり物での演奏シーンがあって楽しめました。これをヒントにヒツジの冠をつくってみてとの提案でした。
 試作品をつくってみると好評で、一部のメンバーだけでは話しにくいのでとりあえず団員全員に配れないかと、話がふくらみました。全員となれば50個は必要になります。
 もう乗った舟です。観客からすると受けるに違いありません。50個つくることに。途中からデザインを変えてはとの話になり、2種類になりました。
 コンサートを盛り上げるために強力となりました。
 さてコンサートではの反響は。その前に団員がどう反応するかです。







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15/1/8 記


地方創生で人材派遣支援要請




●妙見山




 まちづくり仲間から地方創生人材支援制度に多可町も申し入れしてるよとの連絡があって、国の地方創生本部のHPを見ました。
 地方創生事業に、国から人材を派遣するものです。

□事業概要
 要望する自治体の条件です。
 ア 市町村長が地方創生に関し、明確な考えを持ち、派遣される人材を地域の変革に活用する意欲を持っていること
 イ 市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略を策定し、実施する市町村であること
 ウ 原則人口5万人以下
 派遣者は、地方創生に関し、市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略の策定や総合戦略の施策の推進を担います。

 派遣者は、@国家公務員2大学もしくは民間のシンクタンクスタッフで、いずれかを希望します。派遣者は国が公募しています。
 多可町は常勤の国家公務員を希望しています。その常勤者の派遣期間は、原則2年間です。
 なお派遣規模は、100市町村規模です。
 @ 副市町村長、幹部職員(常勤一般職)(25人程度)@ 副市町村長、幹部職員(常勤一般職)(10人程度)A 顧問、参与等(非常勤特別職)(65人程度)

□多可町の地方創生に関する施策の目標と基本的方向
 多可町まち・ひと・しごと創生本部(本部長 戸田善規町長)を平成26年10月21日に設置しました。構成員は、副本部長に副町長、教育長を配置して、本部員に理事、課長級12名で構成しています。現在、町内外を問わず、町ホームページと広報誌で多可町まち・ひと・しごと創生戦略の提案募集をしている状況です。
 また、第1次多可町総合計画後期基本計画において、重点プロジェクトとして、次の成果指標を設けて人口減少の抑制を取り組むこととしています。

【H22年度→H28年度】
 ・アクセス道路整備事業の道路延長整備率(%)31.0→100
 ・住宅助成事業の助成件数(件)31→315
 ・空き家等情報バンク事業の契約件数(件)1→8
 ・宅地分譲事業の契約件数(件)5→13
 ・子育て・若者向け町営住宅の供給戸数(戸)12→12
 ・乳幼児等医療費助成事業の助成者数(人/年)2,355→2,001
 ・男女共同参画事業の審議会等女性委員登用率(%)21.8→37.8
 ・結婚応援事業の独身男女の出会いの場参加者数(人/年)44→200
 ・保育サービス事業の放課後児童クラブ利用者数(人/年)186→245
 ・保育料第3子減免事業の保育料減免者数(人/年)133→133

□本部のホームページをご覧ください。
    http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/cm/

□自力でやり抜く覚悟
 多可町はシティマネージャー職を希望しているようです。
 確かにまち・ひと・しごと本部はいち早く立ち上げていますが、地方創生をどうデザインしているのでしょうか。アイディアや提案を公募していますが、町として何をしなければならないのかです。成果指標を掲げていますが、地方創生は今に始まったことでなく、旧中町時代から地域づくりを進めてきました。その時々の地域課題に向き合って全国に通じる事業展開もみられました。地元の人材でまかなえる確信もあり、人材もストックされていました。
 まずは安易に国に頼らず自力でやり抜く覚悟が基本です。その上で制度を活用しようというなら話は別ですが、今のところこの町にはそれがみあたりません。
 県内から他の申請は、加西市、朝来市の2市ですが、特に朝来市の戦略は眼を見張るものがあります。定住促進策として地域おこし協力隊をうまく活用しています。都会に打って出ています。まずビジョンありきです。

 申請が採択されれば4月から配属になります。






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