愛媛県伊方町三机湾。
海を見つめる女性が手にしているのは遺骨です。
彼女がこの地を訪ねた理由。
それは今から74年前に遡ります。
日本軍はアメリカ太平洋艦隊に壊滅的な被害を与えます。
この時大きな戦果をあげたとされたのが2人乗りの特殊潜航艇です。
海に潜って敵艦に近づき魚雷を命中させる。
生還は困難であるとして乗組員は独身の若者に限られました。
海軍は戦死した9人の乗組員の功績をたたえこう名付けました。
国民は熱狂しました。
しかしそれは事実とは全く異なる…残された家族は今もその過去を背負い続けています。
真珠湾に出撃した特殊潜航艇の極秘の訓練基地だった場所があります。
愛媛県伊方町の三机湾。
乗組員たちが宿泊した旅館が今も残っています。
おかみの…母の後を継いで40年ほど前から旅館を切り盛りしています。
旅館を訪れた人たちを迎えるのは9人の遺影。
戦時中九軍神と呼ばれた若者たちです。
当時21歳から28歳。
およそ1か月の訓練期間中にどのような日々を過ごしたのか山本さんは先代から伝え聞いています。
祖母がお抹茶をたててる写真があるんですけど。
休みの日は船で釣りに出かけ釣った魚でお酒を飲む事も。
ここは厳しい訓練の合間に若者たちが一息つく場所でした。
旅館では九軍神を知ってもらおうと写真を展示しています。
最近気になる人が訪ねていました。
九軍神の孫を名乗る女性です。
和田彩さんっておっしゃるんですかね。
独身のまま戦死したとされる九軍神。
子どもや孫がいるはずはありませんでした。
第一印象がですね。
九軍神の孫を名乗る女性は京都市に住んでいました。
歯科医院で働く…旅館を訪ねたのは父の死がきっかけでした。
(鈴の音)
(読経)歯科医だった父志さんは6年前67歳の時に肺がんで亡くなりました。
父の死後彩さんは母の玲子さんから父の思いもかけない生い立ちを聞きました。
志さんには会った事のない実の父がいました。
九軍神の一人古野少佐です。
生前志さんが保管していた手紙。
差出人は海軍です。
志さんは海軍の手によって養子に出されていたのです。
志さんが真実を知ったのは二十歳の頃。
顔が似ていないと詰め寄る志さんに養父は父の名を告げ事実を隠す事が生まれてくるための条件だったと伝えました。
その後歯科医の仕事に打ち込み成功を収めた志さん。
しかし心の中ではずっと亡き父を追い求め続けていました。
志さんの遺言。
遺灰は必ず真珠湾にまいてほしい。
彩さんは生前何も語らなかった父志さんの苦悩の深さを思わざるをえませんでした。
(彩)そういうのは聞いて…。
なぜ海軍は志さんを養子に出したのか。
背景には九軍神を巡る海軍の思惑がありました。
もともと軍神は国民の中から生まれた言葉でした。
日露戦争で部下のために自らの命を投げ出した広瀬中佐に感嘆した人が広瀬を軍神と呼ぶと人々は熱狂しました。
海軍はこの言葉を国民の戦意高揚に利用しようと考えました。
報道機関に向けた資料で乗組員を九軍神と称し美談に仕立て上げました。
戦死した9人の若者を国民の模範に仕立て上げた海軍にとって九軍神の未婚の子どもである志さんは決して認められない存在だったのです。
九軍神と向き合おうと動き始めた家族がほかにもいます。
島根県に住む…祖父吉春さんには家族のようにかわいがった義理の弟がいました。
九軍神の一人佐々木少尉です。
おじいちゃんっ子だった佐々木さん。
祖父と一緒によく見た戦時中の写真があります。
一般の方が。
小学生に大人たち。
佐々木少尉の墓には大勢の人が詰めかけていました。
佐々木さんは軍神は立派な存在だと聞いて育ちました。
ところが祖父の死後九軍神の戦果がねつ造であると報道で知りました。
祖父吉春さんは手がかりとなる資料を残していました。
九軍神のほかの遺族らと交わした300通以上の手紙です。
そこには戦後になって社会から厳しい目を向けられた遺族の苦悩がつづられていました。
終戦を迎えると人々は戦時中の価値観を排除しようとしました。
かつて国民の戦意を高揚させた軍神はその標的になりました。
影響は九軍神の家にも及んでいました。
ある家族は家に石を投げられまたある家族は家を離れて山奥に逃げ延びたといいます。
戦中から戦後への社会の激しい変化。
そんな中祖父吉春さんは若桜会と称し度々遺族の集まりを開いていました。
これは昭和40年に三机の旅館で撮影された映像です。
集まっているのは遺族。
遺影を手に取りかつて訓練した海を眺める。
遺族は互いの境遇を気遣い合っていました。
手紙を書き遺族をつなぎ続けた祖父吉春さん。
後を継ぐ佐々木さんは戦後遺族に何があったのかその真実を明らかにしなければならないと考えています。
この日九軍神の一人片山兵曹長の弟が健在と聞き訪ねました。
片山兵曹長とは年が6つ離れています。
(佐々木)そうですよね。
戦時中兄を誇りにしていた草加さん。
ところが戦後になると軍神の家族である事を隠すようになったといいます。
聞く事ができたのは遺族たちがこれまで語れなかった本音でした。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
うれしいです。
今自分にできる事。
佐々木さんはこれからもほかの遺族を訪ね続けるつもりです。
九軍神古野少佐の孫…父志さんの気持ちをまだ受け止めきれずにいました。
軍神の子どもであるがゆえに悩み続けた父。
九軍神のほかの遺族ともつながりを持てなかった父。
彩さんは時間があれば古野少佐について調べるようになりました。
友達との旅行先に選んだのは古野少佐が真珠湾に向けて出発した呉。
古野少佐の墓が福岡にあると知ると福岡へ。
町を歩いて生家も探し当てました。
しかし訪ねる事なく引き返しました。
父の孤独を思うと彩さんはじっとしていられないのです。
もういろいろありすぎて分かんないぐらいですね。
今でもやっぱりこうやって思い出すと泣けてくるぐらいさみしいですね。
11月上旬。
彩さんは愛媛県伊方町に向かっていました。
かつて祖父が仲間と共に過ごした場所です。
(彩)いますね。
1列目の左から…右下のやつか。
右下の首にタオルかけてるやつなのかな?こういう軍服のシュッとした写真しか見る機会がないんでこういう表情のおじいちゃんは私も初めて見ました。
ほっとしますね。
やっぱり普通の人だったんやなってね。
彩さんは今回の旅で成し遂げたい事がありました。
祖父が訓練を繰り返した海。
父が初めて見る海です。
彩さんはこれからも父と共に祖父のあとをたどり続けるつもりです。
国民を戦争へと駆り立てるために作り上げられた九軍神。
残された家族は今もそれぞれの心の空白と向き合っています。
2015/12/20(日) 08:00〜08:25
NHK総合1・神戸
目撃!日本列島「九軍神〜残された家族の空白〜」[字]
「九軍神」とは真珠湾に特殊潜航艇で出撃し、戦死した9人の若者。海軍が戦意高揚のために付けたこの名は、残された家族に暗い影を落とし続けた。終わらない戦後を見つめる
詳細情報
番組内容
「九軍神」とは、昭和16年12月8日の真珠湾攻撃の際、潜水艇で捨て身の攻撃を行い、戦死した9人の若者。海軍が戦意高揚のために名付けたこの言葉は、残された家族の人生に暗い影を落とし続けている。軍神ゆえに明らかにされない事実、隠された過去。いま、孫の世代が「軍神」と呼ばれた家族がどんな人物で何をしたのか、その足跡をたどることで、埋まらない家族の“空白”と向きあおうとしている。終わらない戦後を見つめる。
出演者
【語り】渡邉佐和子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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