今回の物語の舞台は東大阪市にある近畿大学。
通称近大。
主人公は舞台芸術を専攻する近大生10人。
今4年間の学生生活を締めくくる卒業公演に向けて日々練習に明け暮れている。
取り組んでいるのは…クラシックバレエの要素を残しながら抽象的な表現を盛り込んだ演劇だ。
ドンドンで振り向く人は…。
あるテーマを決め大まかなストーリーを作り振り付けの一つ一つに意味を持たせていく。
実は今回の卒業公演例年とはちょっと変わっている。
ほかの大学の学生たちとコラボレーションするというのだ。
それも相手は聴覚に障害のある学生だとか。
(取材者)ワクワクしてる。
何で?何ででしょう。
舞台監督を務めるのは久保絢香さん。
でも初めての試みとあって心配は拭えないみたい。
そのダンスコラボの相手がこちら。
メンバー全員聴覚に障害があるという異色のストリートダンスサークルだ。
高い技術と豊かな表現力。
学外でライブも行うなど実力には定評がある。
それにしてもあまりにも違いのある両者。
耳の聴こえる健聴者と聴覚に障害のあるろう者。
スタイルの異なるコンテンポラリーダンスとストリートダンス。
一体どうやってコラボするのだろうか。
案の定作品作りはお互いに戸惑いの連続。
今の跳ぶ時のジャンっていう音。
コミュニケーションの擦れ違いもしばしば。
それでもめげずに前に進む。
跳〜ぶ!一緒に踊って。
時には笑って。
けど…もうごめんな。
時には泣いて。
う〜ん聴こえてきた!彼らの魂のビートが!眠い眠い。
眠い。
9月下旬近大生たちはダンスコラボの相手先を訪ねた。
茨城県にある筑波技術大学。
視覚または聴覚に障害のある人を対象に作られた大学だ。
この日が初めての合同練習。
両者初顔合わせだ。
今回のコラボを持ち掛けたのは近大側。
しかし障害者とつきあった経験のある者はほとんどいない。
この時近大生たちは相手がみんな耳が聴こえないと思っていた。
座ってもらって…。
筑波技大のメンバーは6人。
どんな学生たちなんだろうか。
早速自己紹介スタート。
はい私の名前は鹿子澤拳なのでダンサーネームはかのけんです。
一見健常者と変わらない事に近大生も驚きだったみたい。
中にはほとんど聴こえない学生もいる。
比較的聴こえるかのけんが通訳の役割を担う。
聴覚障害といっても聴こえ方は人それぞれ。
ふだんはストリートダンスのサークルで活動している筑波技大のメンバー。
息の合ったダンスを見せる。
聴こえないメンバーもいるのに一体どうやって音楽に合わせてダンスを踊っているのだろうか。
その秘密は…練習風景をのぞいてみると…。
大きなスピーカーを抱きかかえるようにしている学生がいた。
重低音が刻むビートを体で感じ取っているのだ。
高い音に比べドラムのような低い音は空気をより大きく振動させるためビートとして強く体に響く。
このドンドンという音がビート。
では低音部を抜いて聴いてみよう。
お分かりだろうか?彼らはこの重低音のビートで音楽を楽しみダンスを踊っているのだ。
さあ合同練習開始!まずは筑波技大生たちがいつも行っているストリートダンスのウォーミングアップ!慣れないダンスに近大生たちは悪戦苦闘。
先行きが思いやられる。
いよいよコラボに向けた練習。
近大生が持ってきた音楽が聴こえるか確認。
なんとかなりそうかな〜?じゃあ肩を組むところから始めます?今回の公演のテーマは…近大が構成を考え振り付けや音楽のベースを作ってきた。
じゃあ次曲流していきます。
最初のパート。
コミュニケーションをうまくとれない2つのグループが擦れ違いを繰り返す。
中間パートでは互いを理解しようと模索する。
そしてやがて両者は調和へと向かう。
今回の近大生が作った構成。
そこには聴覚障害の要素は入っていなかった。
その事に対して筑波技大生たちから意見が出された。
触れてほしいって言ったらおかしいけど。
ストーリーの中に聴覚障害者が戸惑う場面も入れた方がいいというのだ。
そもそも近大生にとっては聴覚障害者と接するのも初めての経験。
日常どんな障害があるのか話し合う事になった。
とりあえずアイデアが欲しくて今。
聴こえなくて困った事とかある?何だろう…。
肩をちょっとトントンってしたり話しかけたりっていうのがいろんなところで行われてる。
でもリアルに考えて今思ったんだけど…普通の健常者に見えるからって事ですよね。
浮かび上がってきたコミュニケーションを巡るさまざまな壁。
ストーリーにどうやって盛り込むのか夜遅くまで議論が続いた。
振り付けは近大生たちが引き取り形にまとめる事になった。
大学に戻って練習。
一人モヤモヤした思いを抱える学生がいた。
舞台監督の久保さんだ。
この指止〜まれ!「この指とまれ」の声に反応するのは近大生のグループ。
この健常者だけが声に反応できるという演出に久保さんは疑問を抱いたのだ。
何かそこのリアルを追求するか…。
最初から崩れていくんちゃう?そうやねん。
そうやねん!分かってんねんそれは。
違和感としてうちの中にはあるよっていうだけ。
それはみんなの中にはないのかな?ないならないでオッケー。
あるけどそれやったら演出上分かりづらくなるんやから目をつぶっていこうっていう話ならそれでもオッケー。
どういうつもりなんかなっていうだけ。
筑波技大の学生たちの聴こえ方は人それぞれだった。
それを演出とはいえ画一的に描いていいのだろうか。
健常者にもいろいろあるのに障害者…耳…聴覚障害の人っていうのでガッてひとくくりにし過ぎて…し過ぎてるっていうか…。
久保さんが今回のコラボを是非やりたいと思ったきっかけがある。
今年3月アメリカの障害者劇団の公演を手伝った事だ。
海外公演を行うほどの人気の劇団。
さまざまな障害のあるメンバーが自分たちの強烈な個性を生かしながら唯一無二のドラマを作り上げる。
そのオリジナリティーあふれるステージにすっかり魅了された久保さん。
自分も今回これまでになかった健常者と障害者のコラボ作品を作りたいと強く願ったのだ。
しかし実際に取り組んでみると演者の個性を生かすどころか障害者をひとくくりにしてしまっている。
久保さんは苦悩していた。
筑波技術大学では学園祭が開かれていた。
卒業生など聴覚に障害のある人たちが集まり学生たちの出し物を楽しんだ。
学生たちの多くは卒業後一般社会で就職し生きていく。
高校時代からずっと聴覚障害者の世界で生きてきた…来年は就職活動を控えている。
健常者とどうつきあっていくか。
かのけんは今回のダンスコラボの大切な課題だと考えていた。
11月初め2回目の合同練習。
今度は筑波技大の学生たちが大阪にやって来た。
こんにちは!少しでも互いの距離を縮めようとみんなで食事をする事になった。
じゃあ明日から頑張りましょう。
乾杯!
(一同)乾杯!今筑波技大ではやっているのがこれ。
手話でのグルメリポート。
この表現力お見事!炭酸入ってる。
うちもやねん。
炭酸無理。
どういうところが?痛いよな。
久保さんも筑波技大のメンバーとすっかり打ち解けたみたい。
この調子だと明日の合同練習もうまくいくかと思われた。
しかし事件は翌日に起きた。
おはようございます。
おはようございま〜す。
いらっしゃいませ〜。
近大生が新たに聴覚障害の要素を取り入れて作り直した振り付けをやってみる。
すいません。
駅への行き方って知ってますか?ごめんなさい。
うん。
大丈夫そうだ。
次に音楽が流れるパートを確認。
聴覚障害のある筑波技大生にとって体に覚え込ませるために念入りな準備が必要となる。
ん?何か様子がおかしい。
メンバーたちから「音楽が分からない」という声が相次いだ。
構成が変わったのに伴って曲のつなぎも変更されてしまったのだ。
こちらメインの作品の間に入る小作品。
ここでも筑波技大生たちは悪戦苦闘していた。
ビートの振動がなければほとんど音楽は聴き取れない。
でもそれを言いだせずにいた。
演出を担当する近大生の…タイミングをとればなんとかなると考えていた。
かかっているのはビートのないクラシック音楽。
踊りだすタイミングを計ろうとするがやはり難しいようだ。
今の跳ぶ時の「ジャン」っていう音聴こえる?その「ジャン」で真ん中で2人でジャンプして交差。
空中っていうかジャンプのタイミングの時に「ジャン」。
翼の様子を見かねたかのけん。
筑波技大生たちを集めて緊急会議を開いた。
練習の終わり近大生たちに集まってもらった。
かのけんこれまで抑えてきた思いを語り始めた。
聴こえないと言えずにいた翼もみんなの前に立った。
(拍手)翼君の話を聞いてすごい思ったんがいつもあんまり小作品の練習前の日もしてた時も…全然言わへんくって。
「大丈夫大丈夫」しか言わへんくって…。
ほんまに分からんのんかっていうのを追究しやんままどんどん進めていっとって…ああずっと我慢しとってんなと思って…。
本来筑波技大生にとってのコミュニケーション手段は手話だが今回のコラボでは近大生側に合わせて音声による会話が中心。
そこにも葛藤があった。
聴こえない人たちをつなぐ大切な手話。
かのけんたちはあるパフォーマンスを始めた。
この手話歌。
実はかのけんが手話をアレンジして創作したもの。
手話表現の豊かさを全身で表し歌っているのだ。
本番前にもう一度彼らの話を聞いておきたいと久保さんと松倉さんは筑波に向かった。
再会したのは大きなアンプのある音楽スタジオ。
かのけんと翼がスピーカーを触りながらふだんどうやってダンスの練習をしているか教えてくれた。
ビートがある曲ならご覧のとおりノリノリだ。
一方この音楽はリズミカルではあるがドンドンと響くビートがない。
苦戦していたクラシック音楽と同じだ。
何かうちビートが何か分かってなかった。
あの「火の鳥」の曲でもさ「ポロロンポロロン」みたいなんがビートやと思ってた。
…で何かおっきい音がビートやと思ってた。
特徴的な音がもう…。
それがもう…。
ビートなんかなって思ってた。
ああ〜そういう事か…。
本番まで1週間。
音楽を変えるべきかどうか…。
その時翼が切り出した。
ビートを感じて踊るのがかのけんや翼たちの音楽の楽しみ方。
だけど今回は近大生側の音楽に合わせる判断をした。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
こっちの文化を押しつけて…。
こうやってかのけんに手話してもらってるのんも結局健常者の文化に合わせてもらって…。
ろう文化を持ってる人たちの方が圧倒的に少なくて健常者の文化で生きてる人たちの方が多くてだから健常者の方の文化が当たり前に見えてしまう。
けど…もうごめんな。
(すすり泣き)ごめん。
ほんまごめん。
公演3日前筑波技大生たちが大阪にやって来た。
近大生と翼は音楽をかけずに動きを最終確認していた。
聴こえない翼がどうすればタイミングを計る事ができるのか?目で見えるサインやボディータッチ裏方のサポートなど工夫を重ねていた。
あれ?いつの間にか手話歌を覚えている!相手の言葉である手話をみんなで大切にしようとしているようだ。
卒業公演当日。
会場にはおよそ600人の観客が詰めかけた。
いよいよ開演。
あの〜すみません。
あの〜すみません。
ちょっとお聞きしたいんですけど小学校はどこですか?ごめんなさい。
健常者と聴覚障害者を隔てるコミュニケーションの壁が描かれる。
ごめんなさい!擦れ違いを繰り返す様子はこれまでの彼らの姿に重なる。
あの!
(一同)どうすれば伝わりますか?続いて中間パート。
別々に遊ぶ健常者と聴覚障害者。
近くて遠い交わる事のない2つの世界を表している。
ビートのない音楽に合わせて2つのグループが登場する。
やがてドラムの音が加わりビートが響くと聴覚障害者のグループが踊り始めた。
そしてビートがなくなると健常者のグループだけが踊る。
聴覚障害者たちがもどかしさからじだんだを踏むとビートが生まれた。
両者は共に踊り始める。
メイン作品の間に入る小作品。
松倉さんと翼とかのけんが踊るステージだ。
サポートの近大生がタイミングを計ってステージに送り出す。
ステージでは松倉さんがボディータッチでタイミングを合図する。
猛特訓してきたステージに出るタイミング。
果たして練習の成果は?よし!うまくいった。
(拍手)いよいよ最後のパート。
あの〜すみません!ちょっとお聞きしたいんですけど小学校はどこですか?私少し手話ができますよ!小学校はどこですか?あっちにあるんですか!ありがとうございます!一緒に行ってくれるんですか?お願いします!健常者と聴覚障害者両者は互いに向き合い始めた。
あ〜ここに書いてもらっていいですか?そしてフィナーレ。
一人一人違う色を持った多様な人たち。
進むべき未来が示される。
(拍手)あ〜やばい。
お疲れさま。
翼も…。
あ〜ありがとうありがとう。
近畿大学筑波技術大学のみんなすてきなステージをありがとう!2015/12/17(木) 22:00〜22:43
NHK総合1・神戸
ドラマチック関西「揺れるビートが聴こえるか」[字]
舞台芸術を学ぶ学生たち、卒業公演で聴覚に障害がありストリートダンスに熱中する学生たちとのダンス・コラボに挑戦した。次々と壁に直面しながら成長していく姿を追った。
詳細情報
番組内容
近畿大学(東大阪市)で舞台芸術を学ぶ学生たちが、卒業公演で聴覚に障害があってストリートダンスに熱中する学生たちとのダンス・コラボに挑戦した。ダンスのスタイルもコミュニケーションの方法も異なる両者、一つの作品をともに創り上げる過程で次々と壁に直面する。「障害者」とどう付き合えば?他人を理解するってどういうこと?公演に向け、聴こえる学生と聴こえない学生がぶつかり合い、成長していく姿を追った。
出演者
【語り】U.K.(DJ・タレント)
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
福祉 – 障害者
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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