20年近く前、『インタヴューズ』(文藝春秋)という本を読んだことがある。マルクスからジョン・レノンまで84人のインタビューを集めたものだが、巨星の肉声がこれほどまでに面白いとは、と瞠目した記憶がある。本書は、堤清二×辻井喬という先見性に溢れた稀有な人物の29時間に及ぶロングインタビューを纏めたものである。しかもインタビュアーが3人の気鋭の学者であって、絶妙のボケやツッコミに堤が胸の内を次々に摘出されていく様が何とも凄まじい。オーラルヒストリーは、つくづくインタビュアー次第だという感を強くした。
冒頭、堤は「私のヒストリーは、ある意味ユートピアイズムの消滅の歴史ではなかったか、と感じています」と口火を切る。複雑な家庭環境の下に生まれた堤は、戦後の時代を象徴する人物だった。学生時代の共産党入党、肺結核による闘病生活、その後政治の世界を垣間見て(衆議院議長であった父の秘書)、西武百貨店の店長として財界人のスタートを切る、その傍ら辻井喬として作家活動に入る、西武流通グループ(後のセゾングループ)として鉄道を基幹とする西武グループから独立、しかし最終的にはセゾングループが解体され、堤は経営者としては敗者と見做されるようになる。
僕にとって堤はずっと仰ぎ見る存在だった。シネヴィヴァン、有楽町マリオンの西武百貨店、ホテル西洋銀座、それから「不思議、大好き」や「おいしい生活」、これらは僕が30歳で東京に出てきた時代とピッタリ重なっている。「保険料を半分にするから安心して赤ちゃんを産んでほしい」と思って60歳でライフネット生命を開業したとき、「わけあって、安い」という無印良品のコピーがなぜか脳裏をよぎった。
神は細部に宿るというがオーラルヒストリーはその宝庫である。「マッカーサーはたいした男じゃない」「三島由紀夫の盾の会の制服をつくった」「西暦でないと具合が悪い」「東京は四つか五つの市の集合体」「無印良品は反体制商品」「(経営者としては)功罪相半ばする。ちょっと罪のほうが多いかな」「(弟は)義明氏」「(中内さんなど)羨ましいが、ああはなりたくない」「海外で議論できない財界人」「司馬遼太郎は歴史観と言うかな、納得できない。面白くない」等々見落とせない発言が山ほどある。政治家との交流も奥が深い。何しろ、父の死後、後釜の候補者選定を取り仕切ったのはあの田中角栄だったのだから。
あとがきでご子息が「父の特質は、ロマンチスト、自己批判(自己否定)、反体制的、リベラリスト」だったと分析されている。堤に惹かれるのは、僕にもそのいくつかの要素があるからだろうか。今はもうないが谷間の百合の名を持つおよそ浮世離れしたレストランがあった(ル・リス・ダン・ラ・バレ)。そこで何度かお見かけしたことがある。あれだけの修羅をくぐり抜けたとは思えぬ温顔で、しかしどこか寂しげな翳のある人だった。
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。
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