あの日から丸3年。石巻女川のでの水中捜索閲覧無制限
南三陸から南へ約70km。
海は石巻女川へと移りました。
3月12日は、震災後故郷石巻の地へ戻り、水中瓦礫撤去やファンダイビングを復活させようと奮闘している、ハイブリッジのマサさんこと高橋正祥さんの元を尋ねました。
震災前は神奈川県の葉山にあるダイビングショップNANAでガイドをしていたマサさん。
幼いころから育った宮城の大好きな海を多くの人に訪れてもらい東北の海を元気にしたいと、震災後すぐに帰郷。
ハイブリッジはオープンからまだ1年半しかたっていないにも関わらず、すでに1500人以上もの人がボランティアやファンダイビングをしに訪れている、人気ダイビングショップです。
朝7:30、ハイブリッジに集合し、マサさんより本日の予定のブリーフィングを受けます。
私は昨日もボランティアとして参加していた2人と一緒にマサさんのところに向かったのですが、到着してみると、既に昨日まで一緒に南三陸で捜索活動をしていたTSUNAGARIのかっつんさんもお手伝いに来ていましたし、炊き出しでお世話になったmove 4 Japanのお二人も駆けつけていました。
3.11の様子はこちらからご覧いただけます
総勢10人で捜索活動が出来ることになり、マサさんも「こんなに集まってくれるとは思っていなかったから嬉しい」と笑顔をこぼしていました。
ハイブリッジでブリーフィングをします
捜索場所は海上保安庁でさえ今まで一度も手を付けたことのない「塚浜」。
塚浜は、震災時に一番遺体や遺留品が流れ着いた場所で、「生存者が流れ着いたのも、塚浜なんです」とマサさんは言います。
本日探すものは、持ち主の手がかりのありそうなものを中心に引き上げようということになりました。
例えば、写真やアルバム、鞄や衣類などです。
なぜかと聞いてみると、
「アルバムは業者に持って行くと復元可能なものも多いんです。
そうしたら持ち主がわかるかもしれないので、写真は一番見つけたいもの。
また、鞄や衣類は名前や団体名が書いてあることもあるので、引き上げようと思います。」
と普段から捜索活動をしている人たちは口をそろえて答えてくれました。
ハイブリッジから車で約30分。
塚浜に到着すると早速海に入る人たちは準備を開始。
バディを決め、各々潜っていきます。
この日、ハイブリッジからは5人が海に潜り、残りは陸でサポートします。
バディを決めて各々潜ります
3月12日は水温7度、透明度3m、海底にはヘドロ、陸では雪も降り、気温はもちろんマイナス。
さらに曇っていて日差しもないので、水中はライトがないと何も見えません。
経験値と自己安全管理能力がないと、そうそう簡単に潜れる海ではありませんでした。
足元にはナイフを装着していきます
ダイビングは、1本約50分を予定していました。
全員がエントリーすると、陸でダイバーが上がってくるのを待ち受ける人と、そこから車で5分ほどのところにある夏浜というビーチで手がかりになるのものはないかとを探す人で分かれました。
夏浜には大量の大木が打ち上げられ、中には靴や生活用品なども見受けられました。
大木の中を何か手がかりになるものはないか探します
その間の水中の様子はこちらです。
写真提供:三陸ボランティアダイバーズ・クマさん
写真提供:三陸ボランティアダイバーズ・クマさん
潜水開始から約20分、エントリー口に戻ると、見つけたものを陸に上げる作業が行われていました。
ここからは陸のボランティアの出番です。
海底から持ち帰られたものを、ひとつずつ洗います。
ヘドロにまみれて腐食が進んでいるので、丁寧に扱わないと壊れてしまいます。
ひとつずつ丁寧に洗います
ダイバーはというと、捜索品を陸にあげるとすぐ「まだ時間もエアもあるから」と海底に戻っていきました。
1本目が終了するとすぐ、あそこらへんは何があった、ここらへんは何があったなど情報交換をします。
実は、南三陸の勝又さん・女川の高橋さんとはお会いできたのですが、東北でボランティア活動をされている方で、今回会えなくてとても残念に思っていた方がいます。
陸前高田にいるオーシャナでもお馴染みのクマさんこと佐藤寛志さんです。
クマさんにも会いたかったな~なんて思っているとどこからともなく見覚えのある車が走ってくるのが見えました。
そしてその車には「三陸ボランティアダイバーズ・Rias」の文字が。
奇跡!!
なんとクマさんが女川まで捜索ボランティアのお手伝いに来てくれたのでした!
三陸ボランティアダイバーズ代表のクマさん
「前回、陸前高田までお手伝いに来てもらったのでね、僕もお手伝いにきました!」というと、目にも止まらぬ早さで支度をし、海に飛び込んでいきました。
2本目の潜水作業にはクマさんとクマさんのバティも参加し、ダイバー7名の手によって1日の作業で引き上げられたものはご覧の通りです。
2回の潜水捜索作業で引き上げられたものです
左から、南三陸のかっつんさん、女川のマサさん、陸前高田のクマさん
引上げられた捜索品をみて顔が少しこわばっていたのですが、東北の強い絆を目の当たりにし、目元と口元が少し緩んだ瞬間でした。
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ハイブリッジのマサさんに当日の感想を聞いてみました。
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今日はいつもの捜索と比べてどうですか?
高橋
今回は海上保安庁も潜っていない、初めての場所を潜りました。
いつも絶対なにか見つけてあげたいという気持ちで潜っていますが、今回は身分の分かるものは少なかったと思います。
――
今日引き上げた捜索品を見て印象的だったものと理由を教えてください。
高橋
今回のものでは、携帯電話とアルバムと写真は印象的でした。写真は3年たっても何枚かは復元可能とのことです。
被災した方の中には昔の思い出も全部流されている人もたくさんいます。1枚でも多く思い出が取り戻せればと思っています。
引き上げた青い携帯電話
――
引き上げたものはどちらにもっていくのですか?
高橋
女川町役場に持って行きます。
役場の方にはすごく丁寧に対応して頂いています。
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「引き続き、捜索活動は続けていきます」と力強く語ってくださったマサさん率いるハイブリッジでは、ボランティアダイバーだけでなく、ファンダイビングも受け付けています。ご興味のある方、またお問い合わせはこちらよりお願いします。