2015-12-19

夫婦別姓に関して、リベラルが無邪気すぎ

夫婦別姓のような難しい問題は、正解がないのだから議論は、相手の主張の最もいいところを取り出してするのではないと、深まっていかないと信じている。そういう意味では、世のリベラルの人たちの主張は全く納得できない。

例:夫婦別姓婚は別にウィルスでもなく、侵略者でもないんですよね。

こういう発言をする人たちは、選択肢存在することの影響について無邪気すぎると思う。一見正しそうだから政治的主張を通すための戦略としてなら考えられるが、そこまで考えての発言でもなさそう。いくつか選択肢の弊害についての例を見よう。

1)アル中の人の治療にあたって、「アルコールがあっても飲まない精神力をつくるためにアルコールをそばに置く」などの方法は間違っている。そもそも患者アルコールを飲むかどうか選べる環境にしことが重要

2)日本語二人称単数(あなた、君、そちら、お前、あんた、貴様貴殿おたく、など)が多く、どれを選んでもある特定意味がついてくるため、二人称単数は使いづらい。日常生活では二人称単数を避け、名前で呼ぶか、お客様部長等の肩書で呼ぶか、省略するかのどれかが一般的英語Youの幅広い利用と全く違う。

3)子供難病にかかって残り半年の命と宣告されたとする。治療方法がなければ、残り半年時間をできるだけよいものにすることに心血を注ぎ、そのあとの夫婦はそのあとの人生を進むだろう。その際に、「一億円かければ一年寿命が伸ばせます」と言われたらどうだろうか。普通の家庭は一年のために一億円準備できないだろうから、その治療は断ることになるだろうけど、そのあと、断ったことを、一生苦しまないだろうか。

これらの例から分かることは、選択肢存在は人を不幸にしたり、問題を複雑にすることもある、ということ。

日本では普通に考えれば男性の姓になるので、そこに特別意味を持たせる人はいない。ああ、結婚したんだね、と思うだけだろう。でも、夫婦別姓が許されて、そこで男性の姓を選ぶのは、保守的価値観を尊ぶとか、家庭を大事にするとか、社会生活はあまり重要ではないとか、何らかのメッセージを周りの人全員に送ることになる。

その結果、おそらく選択的別姓制度がなければ同性になることに何の抵抗もなかった女性は、同性になるべきか悩み、ある程度の数は別姓を選ぶことになるだろう。そこで別姓を選んだときに「嫁に入る」という概念が根強く残る日本社会で、家庭の一体性とか、家庭内での介護の度合いに影響をある程度与える、というのは自然な推論に見える。

id:topyshu さんですら「姓を同じにするぐらいで姑が嫁に優しくなるなら、どれだけ楽か」みたいな乱暴な話をしている。もちろん、嫁と姑の関係においては、姓の他にも影響を及ぼす要因は多数あるから、姓だけで決まるわけはない。ただ、姓というのは重要な要因の一つなのではないか、というのが福島記者の指摘で、田舎の親戚達の価値観を見ている限り、私はそちらの方にある程度の信憑性を置く。

個人的には、それを踏まえた上で、夫婦別姓に賛成だ。理由は2つある。

一つ目の理由としては、今の話は初婚で離婚しない、みたいな話を暗黙のうちに想定していて、子供がいるとき再婚、みたいなのはまったく想定の枠外なこと。でも、離婚再婚は増えてきているし、これからも増えるだろうと思う。そういう社会で姓、特に子供の姓を親の離婚で変えて、再婚さらに変える、というのは子供の人権問題が大きいと考える。女性だって離婚で変わって再婚でまた変わるというのはつらい。

もう一つの理由は、夫婦同姓制度と、それによって暗黙的に求められているイエ制度特にイエ制度のうち子供専業主婦が育てることや介護負担を妻が担うこと、というのはマイナス点が大きいと考えるから、そこまでイエ制度を守ることの価値見出していないこと。現在のイエ制度の主なマイナス点は2つ。一つは、一方的女性負担をかけることを社会として仮定するのは、男女平等をうたう憲法違反すること。憲法改正話題だけど、さすがに男女平等は変えないだろうと思う。あとは、現代日本の最大の問題である少子高齢化と、その背景にある女性の晩婚化は、イエ制度により女性の30代以降の社会的キャリアが閉ざされていることが大きいこと。

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