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「すみません、ただのオンナに戻ります」。

「ただのオンナで幸せになれるわけがない。愛されるはずがない」と良い子に徹した結果。ついに何かがプツンと切れ、オンナ人生再出発。

自分を大切にする方法。とっても重症な方にしか役立てないかもしれない、とっても重症だったわたしの実践。

それは先日のこと。
「これだ♡」と心惹かれるカップ&ソーサーを購入でき、今日はそちらで初めて旦那さんとお茶をすることができました^^

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紅茶は、知り合いの方からいただいて棚の奥に封印されていたものを引っ張りだしてきました^^;わたしの性格を見越してか茶葉ではなくティーパックだったので助かりました 笑

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とてもとてもかわいくないですか?*^^*

渋谷ヒカリエでお買い物をしていた時にふっと目に留まって、なんだかとても心惹かれ、二週間さんざん迷った末に旦那さんとペアーで購入しました。
そんなに高級なものではないのですが、なぜそんなに迷ったかというと、お気に入りのカップ&ソーサーを手に入れてそれでお茶をいただくなんていうことが、わたしたちにとっては例の「今までのレール上にない」行為だったからだと思います^^;

・自分を大切にしていなかったわたしの生活観

今までの私たち(というか主にわたし)は自宅にいながらティーカップと、さらにソーサーまで使って紅茶を飲むということはまずない。あって、結婚式のいただきものなどがあれば使う、っていうくらいだったと思います。
しかもそれ以前に、家で水かコーヒーかジュース以外の飲み物を飲むことがほとんどない私たち。なので素敵な紅茶を人からいただいても、棚に永久保存されているというヒドイ有様でございました。

もっと言ってしまえば今までは「飲み物なんて美味しいか、喉が潤えばそれでいい」くらいな感覚でいました。でもそんな生活観(飲み物観?)も「自分を大切にする」ということでにコツコツ取り組み始めてから徐々に変化してきたんです。

・自分を大切にしてなかったから、自分が何が好きで何が嫌いか全然わからない

しかしそれ以前に驚かされたのは、「自分を大切にする!」と決めたものの、当初はそもそもわたしは自分が何が好きで何が嫌いなのか、自分のことがてんでわからん、という衝撃の事実でした。

表現を変えるなら、
・何に心地良いと感じて、何にときめいて、何にワクワクしたり、喜んだり、嬉しいと感じるのか?
・逆に何が居心地悪くて、何をできるなら避けたくて、何にテンション下がるのか?

そういうのがもう、ビックリするくらい全然わからない

何事においてもいつも「別になんでも大丈夫だよ^^♡」ってなってて、これって一見好き嫌いや変なこだわりがなくて良いことのように思えるけど、本当にこだわりのない、何でも受け入れられる人ということでは(わたしの場合は)なかったらしく。

ただそうすることで人とぶつからないで済むし、「あれ欲しいけどお金ない!!」みたいな葛藤に悩む必要がなくなるから楽だったんでしょうね。でもその楽の代償に一番大事な自分のことがわからなくなっちゃって、そうして自分のことを知ろうともしなかったら結局は、自分で自分のことを大切にできるはずがないんです。

・そんな重症なわたしだったので、処方箋は
 → 自分の「好き♡」を思い出す作業から始めてみる

なので仕方ないので、地味に始めたのが上記の
・何に心地良いと感じて、何にときめいて、何にワクワクしたり、喜んだり、嬉しいと感じるのか?
・逆に何が居心地悪くて、何をできるなら避けたくて、何にテンション下がるのか?

を思い出すところからでした。

具体的にはどこか行っては「これ心地良いなあ〜(⇔これなんかやだ〜)」、何かしてみては「これワクワクするな〜(これゲンナリだわ〜)」、人と会ってみては「こういう人、なんか好きー♡(⇔こいつなんか好きくない ※失礼です)」みたいな。
とにかく感じて出てくる感情を止めない。

なんか、別段悪い人でないのに「こいつ好きくない」なんて思っちゃダメだ!!とかって罪悪感感じますよね?(わたしだけ?)で、怖くてフタをしてしまいたくなるんですが、これはその人が問題かどうかじゃなくて、「わたしが」どうなんだっていうのを知りたいだけなので、心がキリキリしつつもちゃんと感じるのです。淡々と、やるのみなのです。

・そうして出てきた本音に、「今できる範囲で」「少しずつでも」応えていくこと。

そうしていくともう、信じられない自分がたくさん出てくるんですね。とんでもなくワガママな自分とか。とんでもなく好き嫌いハッキリしてる自分とか。(※同じです)

でも同時に、その信じられない自分を直視していった暁には、自分が好きなこともハッキリ見えてくる。そうしたら、後やることは、そうして出てきた「わたしこれが好き」の本音に、今できる範囲で(しかし気持ちは全力で)応えていくことだと思います。

お金が1000円しか使えない状況だったら、その1000円でどれだけ自分の「好き♡(心地よい♡)」を満たしていくかの挑戦。
お子さんがいて一日にどうがんばっても1時間しか時間が確保できないないなら(と言っても、1時間だって難しい!っていう方もたくさんいると思います)、その1時間でいかに自分のワガママを満たすかの挑戦。

そうしてできるならその範囲を、初めから「これしかできない」って諦めるんじゃなくて、ちょっとずつでも広げていくことを、一番大事にしようとする努力。なんなら「できないから諦める、ガマンする」ではなく本当はこちらが「自分を大切にするために、本当にすべき努力」ではないかと思うのです。ここについては具体的にはまた今度書いてみたいと思います!

・話がティーカップとソーサーに戻って。「自分を大切にすること」に「今までの自分」で縛りをかけない。

それでですね、話戻って「飲み物は飲めさえすればいい」だったわたしの中にティーカップ&ソーサーがほしいと思う心が芽生えたのは、先日のcafe1894に行った時の自分の感じた心地よさだったと思います。
すごくティーカップのセットがシンプルだけどかわいかったんです。それで、普段だったら飲まない紅茶が、それ単体ですごく美味しく感じました。幸せだな〜♡って感じました。そうしたら、「今」、それを自宅でできないの?と問うたらそんなことはないなっていう事実に気が付き、素敵なものを探していたところ、すぐに出逢うことが出来た、それがこの子たちだったんですね。

前回の記事で書いた”今までのレールの延長線上にないから怖い”っていうのはけっして悪い感情のときだけじゃなくって、こんな風に良い感情に対しても、そこに進んでいくのは慣れていなければやっぱり怖いんです。でも、そのドキドキも含めて一歩踏み出したら(大げさですね)、カップが自宅に来てくれたことだけでなく、お茶を飲む時も「幸せだねえ〜♡」って、他人だったらそこまで?ってツッコミたくなるくらいの深いしあわせ感をたっぷり感じて、その時をまるごと味わうことができるんだと思います。

お金をかけたから、時間をかけたから自分を大切にしてることになっているんじゃなくて、大切なのは「自分を大切にしたい」想いに「今までの自分はこうだから」とか「らしくない」っていう縛りを自分で自分にかけないこと。そうしてその後に、どれだけ自分に正直に、その正直な自分ベースでひとつひとつのモノ・コトを選択していくか、ということな気がします。

・耐え切れないほどに眠くなってきたのでまとめに入ります

・自分を大切にすることは、まず自分が何を好きか、嫌いかを知っていること

・それさえわからなくなっているときは、経験を通してそれを感じる訓練。

・そうして本音の自分が出てきたら、ビビってフタをせずにそれもちゃんと感じる。

・ その後、今できる範囲(お金・時間)でその本音を満たすチャレンジ。

・それをしつつ徐々にでも、その「今できる範囲」を広げるチャレンジも同時並行で。

 

 たぶん、私ほどの重症さんでなければ当たり前過ぎることで参考にならないかもしれないのですが^^;、それでもそうして手に入れたモノ(経験)は本当に、一生かけて大切にしたいと心に残ることと思います♡

それでは本日もお読みいただき感謝を込めて!ティーカップ&ソーサー、大切にします^^ 

 ※わたしの自分を大切にする試行錯誤は以下の記事にも掲載しています!

 

santasantasan.hatenablog.com

 とか、

 

santasantasan.hatenablog.com

 などなど!