ある娘と、その家族の話。
父
父はちょっと変わった人で、いつでもひとりで行動するのが好き。
親戚付き合いや近所付き合いをする気は全くといっていいほどない。
娘の祖父(母の父)のお葬式があった。
父はお葬式にはしぶしぶ出ていたけれど、その後の親戚の集まりには参加せず、疲れたから帰る、と言ってひとりでとっとと帰ってしまった。
よくいえばマイペース、悪くいえば空気が読めない。
遊園地だとかキャンプだとかに連れて行ってもらった思い出も、娘にはない。
一度だけ、娘は父と一緒に、海岸に初日の出を見に行ったことがある。
だけどそれも、父がひとりで早起きして見に行こうとしていた所を、トイレか何かで起きた娘がたまたま発見して、「連れて行って」と頼んだからなのだった。
だからそれは家族全員ではなく、父と娘2人だけの思い出。
母
母は明るくて社交的だけれど、見栄っ張りで世間体ばかり気にする人でもある。
Fという大学出身。お嬢様学校というイメージがある大学のようだ。
ちなみに母は全くお嬢様ではない。
だからなのか、その大学の出身であることを余計に鼻にかけているようだった。
父と母はお見合いで結婚した。
父はKという大学出身である。
娘は幼稚園に上がる頃には、「パパはK大、ママはF大」という言葉をオウムのように繰り返していた。
人前でこれをいうと母が喜ぶので連呼していたのだろう。
兄
それと娘は「お兄ちゃんはAに行くんだよ」とも言っていた。
Aというのはその界隈では有名な私立中学校のことだ。
兄はAではなく別の私立中学校に入学した。Aには落ちたのかもしれない。
兄は中2の時に不登校になった。
理由は知らない。
父母の期待が大きすぎて、プレッシャーに押し潰されたのかもしれない。
ある朝、父が兄を平手打ちして、それから兄は部屋に引きこもってしまった。
家の雰囲気は日増しに冷たくなっていった。
娘
高校生になった娘はほんのちょっとだけ非行に走った。
母は「私の娘がそんなみっともないことをするなんて許せない」と娘を責めた。
「危ないから」とか、「心配だから」とかではなく、「みっともない」と言ったのだった。
娘はその言葉を何年経っても覚えている。
その後実家を離れて暮らすようになり、たまに母から連絡が来るが、本当は心配なんかしていないくせにと娘は思っている。
みっともないことをしていないかの確認か、ただの義務感からだろうと考えてしまうのだった。
母の手術
その母がある大きな病気になって手術をすることになった。
手術は朝から晩までかかるかもしれないということで、母の兄弟やその子供……娘にとってはイトコが早朝から病院に来てくれた。
父の姿はそこにはなかった。
お昼くらいにノッソリやって来た。
親戚はいい顔をしなかった。
しかし娘は、今父にまで倒れられたら大変だから、父にあまり無理をしたりストレスを感じたりしてほしくなかった。
父の好きにさせた方がいいと思っていた。
父にもそういう合理的な考えがあったのだと思う。
娘はその頃広汎性発達障害だということが判明していた。
娘の発達障害は恐らく父からの遺伝。
娘には父の考えがおおよそ理解できる。
しかし母にも兄にも父を理解できない。もちろん親戚にも。
ただ大手術であったから、母がそのまま命を落とす可能性は十分あった。
「何十年も連れ添った妻にもう会えなくなるかもしれない」という手術の間際に、病室にやって来なかった父は、やはり人間として何かが欠落しているのだろうか……と娘も思わなくはなかった。
手術は成功した。
母の愚痴
その後しばらく母は入院していた。
お見舞いに行くといつも父についての愚痴をこぼしていた。
父にもっと優しくなってほしい、と母は言った。
人に変われといってもそう簡単には変わらないよ。
いやなら離婚した方がいいと娘は母に言った。
すると母は今更そんなことは出来ない、と答えるのだった。
今更、とはなんなのか。
ただ世間体が悪いからというだけの話ではないのか。
父の涙
父は父で、病院の帰り道に、娘と2人で立ち寄った喫茶店でいきなり泣き出したりする。
あるテレビ番組を見て感動した……という話をしていたと思ったら、それを思い出したのか突然泣き始めたのだった。
娘はビックリしながらも思わず吹き出してしまった。
そういう話を家でもしたらいいのに、と娘が言うと、家ではこんな話は出来ない、と父は答えた。
もう何年も家族らしい会話をしたことがないので、きっとこういうことを話すきっかけがつかめないのだろう。
その後
その後母は無事退院して、現在は父と母、父と兄がいがみ合いながら3人でひとつ屋根の下に暮らしています。
娘から見ても、こんな人とは結婚したくない、という父だけど、娘はなんだか父を憎めないようです。
へんなオッサンだなァと思うものの、母よりウマが合うのだとか。
傍から見れば母の方がいい人で、父はひどい人間なのかもしれないけど、娘は母の「みっともない」の一言がどうしても忘れられない。
許してはいるけれど、忘れることは恐らく一生出来ない。
父にも母に対してこのようなわだかまりがあるのかもしれない。
でももちろん父にも非がない訳ではない。
娘から見ると父も母も自分のことばっかりで、思いやりが足りない。
どっちも結婚に向いていなかったんだろう。
今の時代だったら、父も母も結婚しないで好きに生きられたのかもしれない。
……と、娘は思ったとか。