盗作されたことで脚光を浴びているミスチルの『抱きしめたい』
どんなものか確認してみたが、案の定くだらない歌詞だった。
『抱きしめたい』 1992年
出会った日と同じように 霧雨けむる静かな夜
目を閉じれば浮かんでくる あの日のままの二人
人並みで溢れた街のショウウインドウ
見とれた君がふいにつまづいたその時
受けとめた両手のぬくもりが 今でも
抱きしめたい 溢れるほどの 想いがこぼれてしまう前に
二人だけの夢を胸に歩いてゆこう
終わった恋の心の傷跡は僕にあずけて
平凡な言葉が並んだ歌詞。これが2ndシングルらしい。
かつてミスチルファンだった人が、「○年までのミスチルは良かった」「○○○(アルバム名)までの
ミスチルは良かった」などと言うのを聴いたことがあるが、間違っていると思う。
だってミスチルはデビューから一貫して稚拙でダサいのだから。
・街のショウウインドウ
これは「モノクロの毎日」「巡る季節」等と並ぶ凡才御用達のフレーズ。
・終わった恋の心の傷跡は僕にあずけて
無駄な言葉が目立って余韻が生まれない。
「終わった恋は僕にあずけて」や「恋の傷跡は僕にあずけて」のほうが適当ではないか。
加えて、「傷跡」という言葉がどうも引っかかる。
傷跡という言葉は、傷が治ってから結構長く時間が経っている状態のイメージがある。
痛みや重さがあまり感じられないので、双方の内面の葛藤も見えてこない。
『擬態』 2010年
ビハインドから始まった 今日も同じスコアに終わった
ディスカウントして山のように積まれてく夢の遺灰だ
あたかもすぐ打ち消しそうに親しげな笑顔を見せて
幽霊船の彼方に明日が霞んでく
アスファルトを飛び跳ねるトビウオに擬態して
血を流し それでも遠く伸びて
必然を 偶然を すべて自分のもんにできたなら
現在(いま)を超えて行けるのに。。。
『抱きしめたい』から18年。
ミスチルも、ミスチルなりに語彙が増えている様子がうかがえる。
まるで社会派ラッパーのような歌詞だが、センスの無さは変わっていない。
無駄な言葉が多く、比喩がとにかく下手。
・今日も同じスコアに終わった
ミスチル得意の作文表現。「に終わった」の部分は本当に無意味な空白。もったいない。
・ディスカウント
「値引き」を英語で言い換えただけであり、詩的な効果が無い。
「値引き」と意味が変わらないまま文字数が増えており、その分フレーズの密度が損なわれている。
・山のように積まれてく夢の遺灰
山→積まれてく、は捻りが無いし、直喩も野暮ったい。
また、「遺灰」という言葉は堅苦しいし、「夢の遺灰」は意味が一義的で比喩の感触が無い。
・あたかもすぐ打ち消しそうに親しげな笑顔を見せて
あたかもwww直截な表現ばかりで説明的すぎる。
・幽霊船
幽霊船は霧深い夜の海に浮かぶミステリアスなイメージだが、
Aメロやサビの歌詞とは描かれている世界が全然違うように見える。
・アスファルトを飛び跳ねるトビウオに擬態して
まず、トビウオは一般的に飛び跳ねるイメージを持っているので、「飛び跳ねる」とわざわざ
説明する必要は無い。無駄な説明のせいでフレーズの密度が損なわれている。
また、「擬態」という堅い言葉をそのまま使うのは、やはりセンスが無いと思う。
擬態と呼ぶにふさわしい物事を、遠回しに表現するのが作詞というものだろう。
あと、擬態というのはカモフラージュのことだが、この歌詞における「擬態」の用法は、
はたして妥当なのだろうか。