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12:00
いい半生でしたね!それじゃあ、いい次の半生を!

悔い、なし。惜しみ、なし。とことんやり切って、すべてを成し遂げて、女傑がピッチを去る。後ろ髪引く者など誰もなく、すでに次のステージでの新しい澤穂希への期待感で満ちあふれるような明るさ。笑顔と拍手しか必要のない幸せな引退会見。澤穂希が英雄としてこの日を迎えられたこと、本当に喜ばしく思います。

わずかな驚きはあったものの、これはとうの昔に覚悟していた日。むしろ、予想外にゆったりとその日がやってきたような感覚さえあります。澤さん本人が「夫の支えがあったから、この一年頑張れた」と語っていたように、もしかしたら本当はあと1年早くくるはずの日だったのかもしれない。それがここまで伸びたのですから、大満腹大満足です。

1年余計に見られたアンコールのような時間。そこで手にしたワールドカップの銀メダル。あれは素晴らしい有終の美だった。2011年の金より眩しくはないかもしれないけれど、澤穂希の物語を閉じるにふさわしい輝きはあの銀だった。英雄が最後のチカラを振り絞り、振り絞ってももはやすべての野望を叶えるほどの偉力はないと感じさせ、それでも仲間たちが銀色の土産を握らせてくれた。「ここで終わろう」と物語を締めくくれる納得の瞬間だった。

完璧な幕引き、完璧なサッカー人生。

選手として残した数字はどれをとっても日本サッカー史上最高のものであり、勝ち取った栄光もまた最高のものでした。男女通じても史上最多となる国際Aマッチ205試合出場、83得点という突出した個人記録。ワールドカップ優勝&バロンドール獲得という栄誉。澤穂希以上のサッカー選手を日本がもう一度輩出するのは極めて難しいでしょう。それほどにこの頂点は高い。

そして、栄光に満ちただけならば単なるハッピーストーリーに過ぎないけれど、澤穂希の物語には色濃い影もある。苦難に満ちた女子サッカー冬の時代。怪我や病気に見舞われた挫折の時。平板な道を歩む勝者としてだけでなく、澤穂希は苦労人でもあり、ときに敗者でもあった。むしろ、歩んだ道のりの長さを思えば、影のほうがこの物語の本編とさえ言える。その影が栄光を際立たせ、澤穂希物語に深みを与えている。

女子サッカーというものが世間に認知される前の時代から、男子に無理やり混ざってサッカーを始め、道なき道を自分で切り開いてきた。15歳で代表入りしてからの足掛け23年で種を蒔き、水をやり、実りを育んできた。今の栄光は、誰でもなく澤穂希が自力で勝ち取ったもの。もちろん先人の礎がゼロだとは言わないけれど、足りない土台を継ぎ足して、上に御殿を建てたのは澤穂希その人です。

栄光のなでしこJAPANを見れば、それがよくわかる。彼女たちは澤に憧れ、澤を追いかけてきた。憧れの澤とサッカー教室で出会い、記念写真を撮ってはしゃいだ宮間あやや川澄奈穂美らが、やがてワールドカップを勝ち取る盟友にまでなった。「苦しくなったら私の背中を見なさい」という言葉は試合にだけあてはまるものではない。見えない未来に向かう女子サッカーにおいて、澤は常に「背中」を提供してきたのです。澤の背中があとを追う者の道標となって、女子サッカーの「今」を作ったのです。サッカーがチームプレーであることは百も承知のうえで、それでも澤無しには「今」はないと断じられる。それだけ大きな「背中」を澤はずっと提供してきた。



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澤穂希はいつもありのままでした。楽しそうにサッカーをやり、サッカーと同じくらい人生も楽しみ、勇者のような振る舞いを見せたかと思えば、子犬のように震える弱さも隠さなかった。PK戦はやりたくないと言って逃げ出し、手を震わせながら仲間を見守る仕草や、名誉の舞台でカチコチになる姿は、とてもとても人間らしかった。

幸せな家庭を築きたいという希望がある。今まではまったくやる気を見せなかった指導者への意欲もわいてきた。これからもサッカーに関わって仕事をしたいという願いがある。新たな夢を探したいと思っている。サッカー選手として過ごす二十数年だけで人生を燃やし尽くすのではなく、澤穂希は「素晴らしい人生」へと向かっている。そこに澤穂希の完璧さがある。

どれだけの栄光を勝ち取っても、栄光はやがて過去になります。過去だけを愛している人は、カッコ良くない。未来への意欲に満ちた澤穂希の引退会見のカッコいいことったら。これから迎える人生の後半戦が、もしかしたら「完璧なサッカー選手」としての前半戦以上のものになるんじゃないかという期待感さえあるじゃないですか。

2011年のワールドカップで勝ったことで、澤穂希は英雄になりました。現役引退を新聞が1面で採り上げ、ニュース速報がテレビで流れるような存在に。それはとてもめでたいことです。不世出の選手が、日本サッカー史上最高の選手が、正しく評価され、盛大に見送られるのはとても喜ばしい。

ただ、澤穂希は英雄でなくても幸せにこの日を迎えていただろうと思うのです。「マイナー競技で頑張る女の子」のままであったとしても、精一杯サッカーを楽しみ、満足して終え、よき人生を築いていっただろうと。彼女の飾らない人柄が、諦めない強さが、未来を信じる気持ちが「不幸な澤穂希」をまったく想像させないでしょう。

これからも澤穂希は「背中」を提供しつづけるはずです。サッカーを通じて、スポーツを通じて、実り多い人生を過ごせるのだという見本となる背中を。とりわけ、多くの女子たちに対して。栄光を勝ち取り、英雄となったから澤穂希は澤穂希なのではない。何もなくてもきっと今と同じような傑物で、人生を謳歌していたはず。その生きざまは、英雄になれない多くの人にとっても道標となるものだと僕は思います。

これからの半生でもまた、「澤さんのようになりたい」という夢を多くの女子に与えるような活躍を願っています。「参院選に担ぎ出される」「殺伐としたSNSで日々ケンカ」「いろいろ揉めた末にDNA鑑定」などだけ気をつけてもらえれば、きっと大丈夫。

お疲れ様でした、後半戦も楽しんで!



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まるかりさんもきっと幸せになれると思うんで、前半戦頑張ってください!