(3人)こんばんは。
さあ「鑑定団」始まりました。
よろしくお願いします。
さあ今日もよろしくお願いします。
あっ今日村山さん。
なんだ急にまた…。
いやお風呂。
お風呂つくってもろうたんで。
もう今年はね寒なってから入ってます結構。
だいたい入ったらなんか湯船のとことかなんかつくでしょ周りに。
ひのき風呂つかないですね。
いいでしょ?いいですね。
全然水でさ〜っと流すだけにしてますよ俺。
掃除が全然楽。
なんか1人で入ると1人で栓抜くでしょ。
せやからそのままお湯が減っていくのと同時に俺の姿勢もどんどん低くしていって体斜め大作戦なんですよもう。
1人で。
最後何してんのやろと思いますよ。
ほんまにお湯の先からちんこだけペローンって出て。
ほんま…。
また改めて風呂を次の日洗うのもめんどくさいでしょ?あとでとかも。
せやからこれくらいになったらシャワーば〜っと浴びてなくなったらそのままふるちんでこうやって…水でこうやって流してほんで体ふいて出るんすよ。
これが情けない。
本日のゲストは…
高熱じゃ。
色が少しずつ上がっておる。
中学生のとき映画に子役として出演した同級生を見るため演劇部の部室を訪れた際顧問の先生に勧誘されたことがきっかけで芝居を始めたそうです。
高校卒業後芝居を本格的に学ぶべく
その頃出会ったのが新進気鋭の劇作家唐十郎さんでその演劇論におおいに魅了された李さんはすぐさま学校を退学し唐さんの
上演したのが李さん主演の…
これは大きなホールも借りられずまた野外ステージは天候に左右されることから考え出した苦肉の策でしたが八角形の毒花のようなテントの中で繰り広げられる猥雑でエネルギッシュな芝居は若者たちに圧倒的に支持されました。
しかし公序良俗に反するとの理由で地元商店組合による排斥運動が起こり花園神社を追い出されてしまい半年後今度は…
その際都の許可がおりないまま強行したため…
更に終演後は都市公園法違反で唐さんとともに
しかしこれを機に状況劇場の存在は広く世に知られるようになり追随者が続出。
その結果李さんは新宿を中心とする…
その後時を経るとテレビからも声がかかるようになり大河ドラマ『黄金の日日』や「金八先生」などに出演。
現在も独特の存在感で名脇役として活躍中です
依頼人の登場です。
東京都からお越しのどうぞこちらのほうへ。
いや激しい時代ですねでもね。
そうですね。
許可はおりないけども行け!っていうね。
赤テント考案したの私なんですよ。
テントでやろうと?だけど座長が唐十郎だからさみんな唐十郎がやったと思って私に質問来ないんですよ。
あら。
その頃お金ないからさ。
工夫して?そうなんです。
スポットがないときは自転車でこいで自転車のライトで…。
ヘッドライト?そう。
さあ今回のお宝ですけどもこちら。
あら。
さっき出てた「腰巻お仙」。
はい。
横尾忠則さんが描いてくれてたんですよ。
すごいな。
そのお仙の仙は私の李麗仙の仙です。
なるほど。
これブツブツですけど私です。
これが唐十郎ですね若き日の。
こっちもですか?横尾さん?ええそう。
『ジョン・シルバー』。
次の芝居くらいのやつです。
なんかかっこいいですね。
タダで描いてもらったんですよ。
なんでタダで描いてくれたんですか?私たちお金ないから。
いやいや…にしてもですよ。
シルクスクリーンですから印刷でお金がかかるわけよ。
だから私たち劇団員が入れ代わり立ち代わり印刷屋のおじさんの肩をもんでたんです。
ちょっと安くしてくれたんですよ印刷料を。
肩もみでまけてくれるのがいい時代ですね。
私たちねお芝居するときポスターを作るときから芝居が始まるっていうスタンスだったんですよ。
だからカネないのにちょっと贅沢なことをやっちゃって。
そんでこのポスターをね1,000円で売ったんですよ。
入場料が400円。
そうですね。
男の子がアルバイトして1日300円とか350円の時代ですよ。
1,000円なんか売れないと思ったんですよ。
ところが売れちゃったの。
へ〜でもすてき。
おもしろい。
評価額おいくらくらいでしょうか?50万!50万!1枚25万!わかりましたまいりましょうオープンザプライス!いや高いんじゃないですかもっと。
え?500万!え!?すごい!ええ!?ウソ!?『腰巻お仙』が300『ジョン・シルバー』が200とつけました。
ただ結構焼けがあったり染みがあったりして状態がよければもっとつくんです。
もっと?1970年にニューヨーク近代美術館で1960年代の世界のポスター展っていうのがあったんですがそこで実はこの「腰巻お仙」のポスターが1位になった。
それで横尾さんもともと商業デザイナーだったんですけどこのポスターのシリーズで一躍アーティスト横尾ということで名前が世界的に知られるようになった。
当時アメリカでウォーホルなどが出てきた頃。
ポスター展でウォーホルも出してましてウォーホルよりも評価が高かったんですね。
いわゆる出世作であり代表作。
日本の伝統と土着的なイメージを現代に表現しようと。
コントラストをうまく活かして絵画のなかで見事に表現している。
幻想的なイメージとまたユーモアもあってね見ていて本当に惹きつけられる。
非常に歴史的に価値の高いものなんです。
しかもこれ李さん自身がお持ちだっていうのもまたすごく意味がありますよね。
並んでる構図っていうのが私すごく今感動して見てるんですけど。
写真撮って写真撮って。
貴重なものありがとうございました。
とんでもないですどうもありがとうございました。
番組のほうも最後まで楽しんでいってください。
うっすらと夜のとばりがおり始めた頃ご自宅にお伺いすると中庭で宴会の真っ最中でした。
次なる依頼人は泡盛をおいしそうに飲んでいるこの方…
こうして仲のいい友達としょっちゅう飲んでるんですよ。
泡盛飲みながらこんなしてみんなとねこうやるのが楽しいですね。
20代の頃工事現場の施工管理会社を設立し身を粉にして働いてきましたが5年前緑内障が悪化したためやむなく会社を畳み以来働く妻を支えるため石川さんが炊事や洗濯などを行っているそうです
仕事してない分だけ奥さんに迷惑かけないように家事手伝いしてます。
料理が上手になりました。
ここにある料理は今日自分で一生懸命頑張ってみんなにおいしく食べてもらおうかなと思って作りました。
今日のメニューは
自ら肉をさばき串を刺したもの
やはりこの5年間で腕を上げてるみたいでとても感謝してます。
おかげで仕事に集中することができます。
私の家でもこういうふうにたまにやるんですけど石川さんはね一生懸命人の家に来ても動くのが好きでね一生懸命やってくれますね。
プロ級ですよ腕前は。
ほんとすごいです。
更にテーブルの上にはなんと50年ものの泡盛が
実はこの酒「鑑定団」に出るっていうことでこの酒を今日あけます。
いったいどんな味がするんでしょうか?
あ〜やっぱりまろやかで43度だけどノドからす〜っと入っていくね。
コクがありますね。
30万。
おいしいです。
ついには三線の音色が響きみな踊り始めました。
とても盛り上がり終わりそうもないので続きはまた明日。
改めまして十数年前に
その方の父が大の骨董好きだったため家には数々の品々が残されていたそうです
私も骨董には興味があったので何点か譲ってくれないかということで頼みました。
するとその方は後日数点の骨董を持ってきてくれたそうです。
そこで詳しく調べたところそのうちの1点が…
桃山時代のすごいものだと知りびっくりしました。
もし本物なら売っていつも迷惑をかけている妻に欲しいものを買ってあげたいと思います。
鑑定よろしくお願いします。
スタジオで拝見しましょう
依頼人の登場です。
沖縄県からお越しのどうぞこちらのほうへ。
わ〜すごいのが来た。
おっきいのが来ましたね。
いやでも30万の泡盛を。
もう1本すぐ空いたでしょ?そうですね。
もうぐっとねおいしいんです…。
いっちゃいましたか。
じゃあもうこれに期待しましょうよだから。
また新しくもう1本買いましょうあれ。
そうですねはい。
ねえ。
じゃあ拝見させていただきましょう。
ん?長いなぁ。
これ何ですか?豊臣秀吉につかえた刀の鑑定士。
ほう!私も骨董にはちょっと興味があったので3万ほど…出すと骨董品を持ってきてくれたんです。
3回こうしてやっている間に10点ほどのなかのその1点。
人物のことはご存じやったんですか?いや光徳っていうことで調べてみるとすごいなぁということでびっくりしました。
やっぱり金額も3万とかそんなに高い金額じゃないんで。
パソコン?はい。
購入したいっていうことで私が買ってあげてですね。
3万でえらいええもんをくれたから。
パソコンくらい買うといたろかいみたいな。
実際に家でも広げてみたんですか?そうですね。
もう端から玄関までずら〜っと。
並べて。
いいものでしたら今後どうします?売ってもう…。
奥さんにね。
あっ今日来られてますもんね奥さんね。
ちなみに好きなものを何でもいいよって言われたら何が今欲しかったりするんですかね?新車が欲しいです。
大きく出ましたね。
その初代妙本は足利尊氏につかえた刀剣奉行であった
室町時代貴族の有職故実にならい武家故実が生まれその結果将軍に贈る刀剣は銘により格付けされるようになった。
しかし新興武士にとってこれを熟知するのは至難のわざだったため刀剣の鑑定を専門とする者の重要性が増し本阿弥家が台頭したのであった
鑑定眼に優れたことから同家中興の祖といわれている
安土桃山時代。
豊臣秀吉は農民から武器を没収すべく大規模な刀狩りを行いそれと同時に名刀の収集に血道を上げたため秀吉のもとには天下の名刀が続々と集結した。
その際秀吉から信任を得てこれらを鑑定格付けし豊臣家蔵刀目録を作ったのが光徳であった。
「墨書刀絵図」はその秀吉の蔵刀のなかから65振りを選び絵図にし1594年毛利輝元に刀剣指南書として献上したもので長さはおよそ26mに及ぶ。
このことから推測すると光徳は秀吉の蔵刀からおもだった名刀を絵図にして自らの控えとし必要に応じて描き直し刀剣愛好家に進呈していたと思われる。
しかし絵図とはいえ光徳は銘の文字の特徴を正確にとらえ一方刃文に関しては写実よりもむしろ写意に徹し名刀が持つ品位を余すことなく伝えている。
この「墨書刀絵図」は太閤収蔵品の図解書として極めて貴重なことから現在重要文化財に指定されている。
光徳は秀吉から鑑定眼を高く評価されたことにより…
同時に折紙の発行が許された
この折紙とは刀剣の銘や寸法評価などを記した鑑定書のことで裏には秀吉から賜った「本」の字の角印が押されておりその後折紙の発行は明治維新に至るまで本阿弥家の特権であった
これはこの折紙に由来する
また刀剣のなかには長い時を経るうち短く切り詰められ無銘になってしまったものも多いがこれらの作者を見極め鑑定の証しである金象嵌の銘を施したのは光徳が最初であった
そのひとつがこちら。
これももともとは無銘だったが光徳が鎌倉時代末の名工五郎入道正宗の作と鑑定し銘を入れたことにより比類なき名刀と言われるまでになった
光徳が鑑定した秀吉の蔵刀は残念なことにそのほとんどが大坂城落城の際焼失し行方知れずとなった。
しかし光徳が残した数々の刀絵図が後世にまで伝えられたことにより今日刀剣は人を殺める武器ではなく優れた美術品とみなされるようになったのである
改めて依頼品を見てみよう。
本阿弥光徳が描いた38振りの刀絵図で…
巻末にある「文禄四年」は毛利家所蔵の「墨書刀絵図」が描かれた翌年にあたる。
とするとこれもいずれかの刀剣愛好家に進呈したものか?
ご本人の評価額ですけども。
300でお願いします。
300万で。
それくらいの価値はあるんじゃないかと。
妻も車が欲しいって言ってるんでそのくらいはないと買えないかな…。
そうですね。
わかりましたまいりましょう。
オープンザプライス!あら10万。
あらら…10万。
残念なんですけどもこれは写しものですね。
本物だったら500万円くらいいっていいものなんです。
時代はだいたい江戸後期。
決して写しものが悪いっていうわけではないんですけどもあまり丁寧でない。
光徳の絵図というのは本当に緻密に描いてあります。
製図の烏口で描いたみたいな本当に直線でギリッと描いて。
またカクンと曲げてなかごまできちんと描いて。
細かいところを見ると上手なもんですね。
それに比べますと二重になってたりほつれていたり途中が切れていたりあまり上質な写しものではないんですね。
ただこの年記の光徳の絵図というのは残ってないんですね。
原本がどこかにいっちゃってこれだけ残ったということも考えられますので史料的な価値はあると思います。
ちょっとお車のほうは我慢していただいて…。
ありがとうございました。
お宝列島日本縦断
今回の舞台は…
新潟県との県境三国山脈のふもとに広がる自然豊かな町である
その三国山脈の主峰谷川岳には世界で最も登はんが難しい岸壁一ノ倉沢があり北アルプスの剱岳穂高岳とともに
町を貫く上州と越後を結んでおりかの上杉謙信が関東進軍の際利用したほか江戸時代は越後諸大名の参勤交代佐渡奉行の往来越後米の輸送などによりおおいに賑わった
また町内には水上温泉をはじめ18もの野趣溢れる温泉があり明治時代には与謝野晶子や若山牧水など名だたる文人墨客に愛された。
一方こちらは
天ぷらの老舗銀座天一の創業者矢吹勇雄氏が戦前この地に別荘を構えていた縁で開いたものでここには氏が心血を注いで収集したルノワールや佐伯祐三など世界的名画の数々がずらりと展示されている
その目玉がこの岸田劉生の『麗子像』で劉生は100点を超える『麗子像』を残しているが正面から描いたものは極めて珍しい
その前に佇みときを忘れて見入っているのは本日の鑑定士…
会場は早速いってみよう!
出張!なんでも鑑定団INみなかみ!
まずは30年間毎日温泉に入っている…
どうですか?温泉効果パックン。
どうでしょう?でもお若いですよね。
おいくつくらいですか?いくつに見えますか?すみません。
ここで変な漫才やらなくてもいいですからね。
その割に?
お宝は…
3人姉妹の長女だったおばはゆくゆくは実家の跡を継ぐようにと言われて育ったが4人目で待望の男の子が生まれたため急きょ嫁に行くことになった。
その際実家には数々の骨董があったので…
どれかくれないかって頼んだところ母親は…。
そこでおばはなんとこの皿を無断で持ち出してしまったが嫁ぎ先で飾るとすぐにバレてしまうので…
(一同)え〜!?
しかしやがて申し訳ないとの思いが募ったらしくとうとう実家に返しに来た
本人評価額は埋めてあった年数と同じく…
実家では誰もこの皿がなくなったことに気づかなかったがせっかく戻ってきたからにはど〜んと高くなってほしい!果たして結果は!?
ジャカジャン!
う〜ん残念!
明治時代の有田焼。
染付青い文様の色も明治以降になってから出てきた合成コバルトという人工の顔料の色合いをしています。
裏もですね銘が入っていて「判」という字。
江戸時代の伊万里焼というのはだいたい「福」という字だとか中国の年号とかそういうものを銘に使っているんですけれどもこういった名前かな?というふうに思われるようなマークっていうのは明治以降になって出てくるものなんですね。
とても使いやすい器だと思いますので楽しんでいただければと思います。
続いては酒を飲みすぎて痛風になってしまった…
お酒大好きなんですか?もう好きで好きでね。
医者はやめろって言うんですけども今おいくつなんですか?65ですか?痛風というだけあって風が吹くと痛いでしょ?痛いですね。
いやいや…。
のらなくてもいいでしょ?
お宝は…
10年ほど前妻の実家に行った際蔵の中で発見しそのまま持ち帰ってきたもの
内緒で?ちょっと待ってください!違います!
しかしやはり後ろめたいのでつい先日妻の両親に告白したところとてもびっくりしていた。
本人評価額は珍品と信じ5万円。
実は昨日前祝いで思う存分飲んでしまった。
痛風がぶり返さないといいのだが。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
う〜ん残念!
5という数字は合ってましたね。
ねぇ。
レプリカです。
鳥かご時計というのはですね昭和8年頃ですね東洋時計というところが作ってすごい人気があったんです。
それにはJAPANって入ってるんです。
戦後も作られそれにはMADEINOCCUPIEDJAPANって占領下の日本製という刻印。
これは残念ながらどこ探しても入ってないです。
ということはどこ産のものなんですか?中国のものでしょうね。
鳥の形だとか顔だとかを見るとそんなには古いものではないですね。
でもとてもかわいらしいしお使いになったりね飾ってかわいいですよねとっても。
続いては骨董好きの庭師これなんていう?これ法被。
これもう何年くらい着ていらっしゃるんですか?これ40年。
40年!
仕事先のお宅で骨董を目にするととにかく褒めて褒めて褒めまくる。
そして…
持ってけよパターンで今までどれくらいいただきましたか?30くらいです。
そんなにですか!?
お宝は
これもタダでもらってきたもの。
とても大きいのでいくらなんでも無理だろうと思っていたが2年前すんなりいただけた。
今日は元の持主が会場に
いったいなんであげたんですか?なるほど!
今までいただいたもののなかでいちばん気に入っており現在は自宅のトイレに飾っている
トイレなら年中見られるからね。
いつも用をたしながらご覧になってるんですね。
本人評価額は自信満々の50万円。
一方元の持ち主は…
身銭を切って骨董を買ったことはないがいくらなんでも3万円ということはないはず。
高値が出てびっくりしても絶対返しませんからね!果たしてどうなるのか!?
庭師として仕事先のお宅に行きこの皿を目にした際とにかく褒めて褒めて褒めまくりタダでいただいてきたもの。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
これはすごい!
今回本人評価額より鑑定額がアップした方にはみなかみ町のマスコットつっきーから新米をプレゼント。
おめでとうございます!
江戸のちょうど末の頃ですね天保年間の頃こうした大皿が非常に流行したんですね。
絵がおもしろいですね。
竹林七賢人というふうにいって竹の林のなかで人々が世俗を離れて書画を楽しむというようなそういう画題が江戸の後期に流行ってます。
それと六歌仙が描かれています。
歌の名手というふうにして言われています6人の歌人ですねお芝居の題材ですとか浮世絵の題材なんかで非常に流行りまして当時のブームっていうことをお皿に盛り込んで描いてるものだと。
裏もきれいな唐草文様が描いてありましてとても丁寧な仕事をされているものですね。
飾り皿で楽しんでいただけたらと思います。
続いては群馬といったらねこんにゃく名産ですもんね。
昭和39年オリンピックの年…。
東京オリンピック。
それのなる頃にね相場が上がったんですよね。
こんにゃくの?はい。
今度2020年に東京オリンピックがきますからそれまではなんとか頑張ろうと思ってるんですよ。
こんにゃく芋を出荷するだけでなく自分でもこんにゃく作りに励んでいる。
あえて気泡を多くし味が染みやすいようにしているためとてもおいしい
おっと!いただきます。
おいしいですよ。
ほんとにすごいご飯が進みそう。
お宝は…
十数年前自宅を整理した際押し入れから出てきたもの。
しかし骨董の知識がまったくなく作者がわからなかったので知り合いの校長先生に見てもらったところ
これはすごいものだと。
高価なものだから大事にしなさいって言われたんですけども。
そこでさまざまな専門書を調べた結果…
本人評価額は堂々の500万円。
本物に近いだなんてまるでこんにゃくのようなふにゃふにゃの言い方をしてしまったが要するに絶対本物。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
あっちゃ〜!
泣いちゃった。
酒井抱一は姫路の大名酒井家の次男。
当時からやはりとても評価が高かった人なので作品見ますと全体的に優美さと言うんでしょうかやはりそういう美しさがない。
ただ琳派独特の垂らし込みなんかも使っていて描いているというところは努力のあとが見えるな。
抱一は独特の書体を持った人なんですがそれとしてのとげとげしさというかそういうところがあるなと。
続いてはこて絵が得意なこて絵というのはどういったものなんですか?左官業で使うこういうこて?そうです。
何年くらいやられてるんですか?もう60…二十歳頃から。
そうです。
気づいた?
5年前78歳で現役を引退したが今でも自宅でこて絵を描いて楽しんでいる。
こちらはこて絵の全国大会で入賞した星野さんの自信作
うわ〜っすごい!この花びらほんとに繊細ですよ。
本物みたい。
素直にこのまま鑑定してもらいましょうよ。
お宝は福田祐太郎がこの地の旧名を冠して始めた皆さんもご存じ?知っていらっしゃる方?
実はこれ2年前リサイクルショップで発見したもの。
こて絵をやっているのでひと目見て名品に違いないと確信したが…
お金がないものだから予約入れてすぐ家に帰って。
リサイクルショップにね。
予約制あるんだ。
購入価格はいくらなんですか?そのとき財布に入ってたのはいくらだったんですか?
上毛三山の1つ赤城山を表現したものだと思うが鮮やかな赤がとても気に入っている。
本人評価額は期待を込めて30万円。
こんな名品をたったの2万円で手に入れることができて本当に幸せこれもすべてこて絵をやっていたおかげ。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
よかった!
リサイクルショップの店長さんえ〜って今言ってますよ。
月夜野焼の福田祐太郎さんの作品間違いございません。
上越新幹線の工事が始まりましてでその工事で出てきた土に非常に焼物に適したものがあるっていうのを発見されまして月夜野焼っていうのが始まったんです。
上毛高原の駅ができましたときに壁画を作ってそれを記念してミニチュア版ですよねそれを20点くらいかと思いますけれども作ったものなんです。
赤い色すごく印象的かと思います中国の辰砂の壺っていうのに出会ってその赤っていうのを再現することを非常に力入れられたんですね。
そういう確かに彫刻的な作品も非常に優れたものを作られた方なんですよね。
こて絵をされていらっしゃるということでお目が高いなというふうに思います。
最後は古いものならなんでも集めてしまうこのお衣装はこれは?私古いものが好きなんでね今時期にいいかなと思って着てきました。
これ「ハリー・ポッター」に登場するやつですね。
古い蔵に残されていたものなど頼まれればこけしだろうとソロバンだろうとなんでも買い取ってしまう。
そのため家の中はご覧のありさま
奥様からストップとかかからないですか?もうかかってますよずっと。
痛風になってもビールを飲み続ける…。
お宝はこちら
お店の看板ですよね。
そうです。
明治時代の酒屋の看板である。
もともとは代々酒屋を営んでいた方が持っており30点まとめて30万円で買い取ったなかの1つ。
よく見てみると坂東一と書かれた文字の部分の細工がとても手が込んでおり…
触ってもらうとわかるんですよ。
あっ本当だ!木になめした革が張ってあるんですよ。
すごい。
本人評価額はこのくらいはするはずと10万円。
こんな大きな看板を掲げるからにはよほど繁盛していたに違いない。
自分も商売をしているのであやかりたいが果たして結果は!?
ジャカジャン!
なんと3倍
とてもすばらしい看板です。
欅の一枚板で作られたものでこれだけの大きな看板っていうのはそうはないですからね。
あんまり傷んでないんですよね。
店の中に置かれていたか蔵の中にそのまましまわれていたか。
それから「坂東一」というのはお酒の名前と思います。
僕も看板もかなりコレクションしているんですけどでも革を張ってあるっていうのは初めて見ました。
なかなかないですよね。
出張鑑定INみなかみはこれにて無事閉幕
続いては静岡県富士市から。
早速ご自宅にお伺いしました。
次なる依頼人は新聞を熱心に読んでいるこの方…
笑みがこぼれていますが何かおもしろい記事でも?
見てみて。
うわそれはすごい。
篠原さんは昔から文章を書くのが好きで地元の新聞が毎年お正月に掲載する読者の随筆欄に投稿。
これまで何度も採用されたそうです。
なかでも特に思い出深いのが10年前65歳で富士山に登ったときのことをつづったものだそうで
そういったものはね頭の中に残って同時に文章に残りますからね。
それが醍醐味ですね。
夫の学さんは生前スーパーを営むかたわら銘木を買い集めさまざまなものを作るのが趣味だったそうです
こんな大きな機械まで買ってきて
へぇそうだったんですか。
でこんな大きな機械でいったい何を?
これなんです。
なんと臼でした。
しかもこんなにいっぱい
こんなに残ってしまってね。
今田さんお正月用にいかがですか?
だそうです。
今回のお宝は30年程前学さんが森林組合の木材競売センターを訪れた際たまたま手に入れたそうで
最初見たときはねびっくりしました。
ひょっとしたら価値があるかもしれませんので鑑定のほどよろしくお願いいたします。
とっても大きいお宝の登場です
依頼人の登場です。
静岡県からお越しのどうぞようこそ。
どうぞこちらのほうへ。
どうぞ。
いや〜不思議なんで本当に臼作りにハマったんですか?ねぇ困りますね。
ねぇ。
どうするんですか?あれだけの大量の臼。
新聞に広告入れようと思って。
臼お譲りしますと。
ですね文章も書かれてるんで。
そうですね。
なぜこんなにあるのでしょうみたいなね。
見てみましょうか。
わぁすごい。
うわ。
立派な木だ。
すご!これ何の木ですか?神代杉です。
普通の杉とはまた違うんですか?えぇ宇治市に須津川って川があるんです。
昭和59年頃その川の護岸工事のときに川底から…。
出てきた?えぇ。
ご主人はおいくらくらいで買ってきたんですか?20〜30万くらいじゃないかと思うんですけど。
よくこの子は臼にされませんでしたね。
土がついていてボロボロになっていて真っ黒かったんですよ。
これきれいな状態にされたんですか?じゃあ。
えぇそうです私がいろんな道具を使って削ったんです1週間くらいかね。
1週間かけてきれいにしたんですか?はい。
こういうきれいな模様もあんまり最初…。
全然ないです。
今回すごい高いものやったらどうします?これ。
そんなに高く売れるかな。
わかりませんよ。
もし値段がつきましたらば孫が留学したいって言ってます。
どこの国へ行きたいとか言うてるんですか?カナダって言ってましたね。
カナダ。
でも1週間かけてきれいにした愛着どうですか?寂しくないですか?もう散々見ましたからね。
散々見た!あぁもう十分。
十分です。
かしこまりました。
でもこれはなかなか選びますよ場所。
ねぇ。
困ってるんです。
家も無理だな。
神代杉は太古に自生していた杉が火山の噴火活動や地震などで地中あるいは水中に埋没しその後腐敗することなく奇跡的に掘り出されたものをいう。
神代杉がごく稀に発見される場所は当然かつて地殻変動が盛んだった地域であり本州中部を南北に縦断する富士火山帯もこれに該当する。
事実箱根の芦ノ湖には大量の神代杉が沈んでいるがこれはおよそ3,100年前大地震が発生し山崩れにより仙石原を流れる川がせき止められ芦ノ湖が出来た際周辺にうっそうと茂っていた杉がそのまま埋もれたものである。
箱根神社に祀られているこの杉はその一つで大昔この地方を襲った台風の影響で芦ノ湖が荒れた際湖底から浮かび上がりこの地に流れ着いたといわれている
神代杉の木肌は長い年月を経るうちにしみ込んだ水と化学変化を起こし黒褐色や茶褐色を帯びておりまた木目は雅趣に富み実に美しい。
自然が作り出した枯淡の味わいは江戸時代から好事家に珍重され贅を尽くした建物の欄間や手の込んだ細工物に用いられてきた。
そのため驚くほどの高値で取り引きされ明治時代から大正時代にかけて盛んに採掘が行われた
例えば富士山西麓の
現在大小さまざまな池が点在しているがこれは大型の重機がなかった時代に大勢の人々が人力により神代杉の大木を掘り起こしそのあとに水が溜まったものである。
改めて依頼品を見てみよう。
高さおよそ2m30センチの神代杉でその木目色合いともに実に見事である。
依頼人の篠原さんによるとこれは昭和59年富士山南麓の愛鷹山を水源とする須津川の護岸工事の際掘り出されたとのこと。
そこで詳しく調べたところ富士市立博物館に同じく須津川から発見された神代杉の年輪標本が残されていることが判明した。
その説明書きには…
とすると依頼品はこれとほぼ同じものか
本人評価額おいくらくらいでしょう。
100万円くらい。
100万でいいですか?はい。
それではまいりましょうオープンザプライス!高いんちゃうの?これ。
はい350万!すばらしい。
神代杉っていいますとね一般的に知られてるのは火山灰の中に埋もれてる黒神代って言われてグレーっぽい色のものが多いんですけどもこれはいわゆる水神代。
杉の木の色がまだ残っている。
味の残っているものっていうのはごく稀にしか出てこない。
樹齢が800年くらいのすごく大きな木だと思いますよ。
これは赤身といわれるほんの一部ですね。
台風であるとか土石流でいいとこだけが割けたんです。
3,500年もの間川底に入ってたもんですからバクテリアとかキノコとかそういったものに分解することなく今までずっと生き延びてたっていう。
非常にいい木目です。
雄々しさがあるというか勢いがあるというか長い年月を感じるといいますかすばらしいですね。
現在はほとんど出てこないです。
ぜひ飾られてですね…。
もうね十分見ました。
いかがですか?嬉しいです。
ねぇ行けますね留学ね。
ありがとうございました貴重なものを。
どうもありがとうございました。
「鑑定団」また来週ですさようなら。
2015/12/15(火) 20:54〜21:54
テレビ大阪1
開運!なんでも鑑定団【秀吉も絶賛!天才鑑定士が遺した謎の絵図】[字]
部下から譲ってもらった古いお宝。調べてみると作者は豊臣秀吉の下で活躍した天才鑑定士だと分かり、ひょっとしたら貴重なものではないかと期待している。果たして結果は?
詳細情報
番組内容1
【秀吉の下で活躍した天才鑑定士のお宝】
お宝は10数年前、会社の部下から数万円で譲ってもらった骨董の一つ。なんと8メートルもの長い巻物だったが、調べてみると、作者は豊臣秀吉の下で活躍した天才鑑定士だと分かり、ひょっとしたら安土桃山時代の貴重なものではないかと思うようになった。もし高価なものなら売って、妻に日頃の恩返しをしたい!
番組内容2
【川の底から出現した超巨大なお宝】
亡くなった夫は臼作りが趣味。その関係で、たまたま木材競売センターを訪れた際に手に入れたのが今回のお宝。それはなんと数十年前、護岸工事の際に地元の川底から出現したという超巨大な木材!臼の材料にもならず、置き場所にも困るデカブツに、果たしてどのような鑑定が下るのか!?
出演者
【司会者】
石坂浩二、今田耕司
【アシスタント】
吉田真由子
【ゲスト】
李麗仙
【出張リポーター】
パックンマックン
【ナレーター】
銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)
永井龍之介(「永井画廊」代表取締役)
柴田光隆(「刀剣柴田」代表取締役)
村山元春(「マテリアル」取締役)
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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