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テロを恐れつつ、アメリカにも距離を取る多民族国家カナダ
今年4月、ハーパー政権が「反テロ法」(Bill C-51)を修正し、カナダ安全情報局(CSIS)の権限を強化したことに対する反感も大きかった Chris Wattie - REUTERS
カナダといえば、オーストラリアと並ぶ「ミドル・パワー」の典型的な国である。カナダは南の国境で米国に面し、北の北極海をはさんでロシアと向かい合う。西は太平洋に面した長い海岸線を持っているが、しかし、歴史的に見るとカナダはずっと東向きの「大西洋国家」であった。かつては大英帝国の植民地であり、いまでも英連邦の一員であり、すべての硬貨と20カナダドル紙幣には英国の女王エリザベス二世の肖像が描かれている。
そうはいっても、国内には英語を話す人々だけでなく、「ファースト・ネーション」と呼ばれる先住民、ケベック州にはフランス語を話すかつてのフランス植民地の人たち、そして多くの移民たちがいる。西部には日本、中国、香港、ベトナムといったアジアからの移民とその子孫たちも多い。2015年10月の総選挙によって保守党から自由党へ政権交代が行われたが、ジャスティン・トルドー新首相は、シリアからの難民も受け入れようとしている。
テロを恐れるカナダ
2015年11月、新政権発足間もない首都オタワで13回目となる日加平和安保協力シンポジウムが開かれ、両国から政府関係者と研究者が参加した。いわゆる「トラック1.5」の対話で、政府間協議の「トラック1」、学術協議の「トラック2」の良いところを合わせて議論するという枠組みである。
いくつかパネル討論が設定されたが、カウンター・テロリズムもその一つであった。カナダというと平和な国というイメージがあるかもしれないが、カウンター・テロリズムのセッションに参加した防衛大学校の宮坂直史教授によれば、カナダはそれなりに多くのテロに巻き込まれている。1985年のエア・インディアの爆破テロでは、亡くなった乗客・乗員329人のうち280人がカナダ人であり、カナダ人には忘れられない事件である。2014年10月には、イスラム教に改宗した男がオタワの国会議事堂近くで衛兵1人を射殺した後、議事堂内に乱入し、そこで射殺されるという事件が起きた。
トルドー首相は、暴力によって問題は解決されないとして、イスラム国空爆の有志連合からの撤退を公約として当選し、公約実現のための対応を進めている。
同じくカウンター・テロリズムのセッションには、カナダ政府の内閣で国家安全保障・インテリジェンスを担当していた元次官補が登壇した。彼女は、プライバシーなどの人権と安全のバランスをどうやってとるかは、非常に難しい判断を求められる、と苦しい胸の内を示した。
例えば、80人のカナダ人がイスラム国のトレーニングを受けて帰国したことが分かっているという。彼らはまだ何も犯罪行為を犯していない。しかし、現下の情勢では、何らかの形で彼らを監視しないわけにはいかないだろう。彼らがフランスのパリのようなテロ行為を計画し、首都オタワ、商業都市のトロントやモントリオールでテロを実行したら大失態になる。
カナダには通信安全保障局(CSE)というSIGINT機関が存在する。カナダは、米国、英国、オーストラリア、ニュージーランドとともにいわゆる「ファイブ・アイズ」を形成する国である。ファイブ・アイズは冷戦中のBRUSA協定、それを引き継いだUKUSA協定に基づくSIGINT活動のための協力枠組みである。
CSEは、カナダに対するテロを防ぐために通信の監視を行っており、2013年のエドワード・スノーデンによる米国の機密暴露では、米国の国家安全保障局(NSA)や英国の政府通信本部(GCHQ)のようなスキャンダルに見舞われることはなかった。しかし、オーストラリアの通信電子局(ASD)、ニュージーランドの政府通信保安局(GCSB)とともに、カナダのCSEも同様のインテリジェンス活動を行っていると見られている。
移民による多民族国家であるカナダでは、一方では、混迷するヨーロッパ諸国と同じ状況になることを恐れ、インテリジェンス活動の強化を求める声がある。他方では、多様性の中の一体性を追求してきた国是を忘れるべきではないという声も根強い。
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