サワコの朝【香川京子▽伝説の名女優84歳】 2015.12.12


(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。
今日のゲストは日本映画の黄金時代を彩った…活躍なさった大女優でいらっしゃるにもかかわらずなぜかずっとお母さんというか主婦の香りの…とっても華やかに香る女優さんでいらっしゃいます。
香川京子さんにおいでいただいております。
おはようございます。
なんか失礼なことを申し上げたような気がして。
いやいや…。
そのとおりでございますもう。
今お仕事はでもやってはいらっしゃる…。
演じる方はあんまりないんですね。
そうなんですか?ええ。
まあ語り部ですね。
語り部をやってらっしゃると。
なんかほんとに歴代の名監督の映画に出てらっしゃったというので今その香川さんのお話を聞きたいという方もたくさんいらっしゃるということで今日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
(ナレーション)今日のゲストは…。
17歳のときに…。
映画「ひめゆりの塔」で戦火を生きる女生徒役を演じ一躍脚光を浴びました。
・晴れ晴れと日は輝くその後黒澤明監督や小津安二郎監督更に溝口健二監督など名だたる監督の作品に出演し多くのファンを魅了してきました。
なかでも小津監督の映画「東京物語」では今年亡くなった原節子さんと共演。
へえ〜。
今日は香川さんが日本映画の黄金期に輝いた監督や俳優たちの知られざる魅力を語ります。
で今…さっき伺いましたけれどもその語り部のお仕事っていうのは…。
それはあちこちで映画祭がございますでしょ。
で昔私が出演させていただいた映画が黒澤監督とか成瀬監督とかで今はもうその現場を知ってる方が皆さんいらっしゃらなくなったのでこの監督さんはこういうふうだったとか現場はこういうふうだったとかそういうお話をさせていただくと皆さんが喜んで聞いてくださるのでね。
へえ〜。
まあ徐々に香川さんの歴史をひもといていこうかと思いますけれどもお話を伺う前に1曲目を伺いたいんですけども今でも記憶に残っている曲は…。
あの〜私はとても音楽が好きでねでいつもコーラス…子供のときからあの〜学芸会っていうとコーラスだったんですね。
であの〜卒業間際になりまして戦後ですから初めて近所の中学生…男の子たちと混声合唱をやることになって。
あらドキドキするような。
そのときにモーツァルトのレクイエムの「涙の日」って。
随分難しい曲を…。
そうですね。
でも楽しかったですね。
きゃあ〜!これ歌ってらしたっていうその録音を聴きたいぐらいですけど。
それは残ってないんですか?残ってないですねはい。
へえ〜!懐かしい。
ねえ〜。
じゃあいずれはこうまあ声楽隊というか混声合唱団かなんかで…。
ああ〜今でもできたら入りたいですね。
今でも入りたい?私もそう思うの。
あっそうですか。
で最初はええ〜高校を出られて就職するおつもりだった…。
そうなんです。
あの〜今の「和光」ね。
和光の今のビルはあの〜進駐軍に接収されてて裏でなんか「服部時計店」って…。
服部時計店はい。
小さく知ってたんですね。
でそこを受けましてね。
服部時計店をお受けになったんですか。
そうなんです。
今そっちに行ってればね和光にお勤めしてたかなって。
「いらっしゃいませ」。
時々思いますね。
まあいわゆるOLさんになろうと…。
まあそうしようと思ったんですね。
それでそれが1月ごろに東京新聞にニューフェースノミネーションっていう募集っていう記事が出たんですよ。
それで私は女優になるなんてもう夢にも思ってなかったんですけれどね。
ただなんか…OLもいいけれどこれは私の仕事ですって言えるものを持ちたかったの。
それだけだったんですよね。
でその新聞を見たときにあっこれやってみようって思っちゃったんです。
ご自分で?うん自分で。
誰にも言われたわけじゃなく…。
で私の義理の叔父が実は映画の方が長くて。
宣伝の方が長くて。
映画会社にいらっしゃって。
それで叔父さんに相談したんです映画界ですから。
それでやっぱり大変なことを分かってるからね反対されたんです。
で叔父さんに黙って受けちゃったんです。
反対されても受けちゃったんですか?おとなしそうな顔をして結構意志の強いお嬢さんだったんですか?そうですね。
意志は強い方でしょうね。
頑固っていうか…。
頑固ですね。
人に左右されない?左右されるのが大嫌い。
ふふふっ。
それで「新東宝」っていうところに入ることができたんです。
はあ〜。
でその入った新東宝の宣伝課長が叔父だったんですよ。
あっ反対なさった叔父様が…。
だからまあ「入ったんならしょうがない」って言って応援してくれて。
長く個人のマネージャーをやってくれたりとかそういうことでもねとても恵まれてましたね。
へえ〜!
(妻)よいしょ。
(夫)大丈夫か?
(ナレーター)そんなニッポンの暮らしに耳を傾けたら新しい家電が見えてきました。
洗濯槽を浅く取り出し口を広く。
奥の物まで取り出しやすい洗濯機。
世界で一番軽いボディ。
持ち運びが負担にならない掃除機。
これからの日々に上質を。
パナソニック「Jコンセプト」香川京子さんは…。
その3年後に…。
それで早くにフリーになられたっていうのはどうしてなんですか?それもまた自分の意志なんですけれどもね。
またですか。
デビューして3年目に成瀬巳喜男監督の「おかあさん」っていう作品に…。
で田中絹代さんがお母さんをなさって…今でもとても好きな作品なんですけどそれに出たときに私はこういう庶民的な明るい役に向いてるのかなって初めて…こう女優としてね意識した作品だったんですね。
でそのときにあの〜もうこれからは自分の出る作品は自分で選べるようになりたいってそれをまたすごくこう強く思うようになっちゃって。
まだ二十歳そこそこ?二十歳。
そこそこで?でも香川さんがフリーになられたあとに「五社協定」になったんですって?そうなんです。
あとでね聞いたらねその1年後だったんです。
もう〜頭いいっていうんですか。
だから恵まれてるんですね。
知らなかったもう。
だって今の方はもう知らないかもしれないけど五社協定っていったらその自分の所属している会社の映画にしか出られないっていうことですよね。
ええ。
みんなだって役者さん監督さんもそれで苦しんだんですもんね。
そうです。
大変な時代でしたよね。
その苦しみも知らず…。
知らず。
でも逆にフリーになってみたけれどもその五社協定なんかができちゃったら自分の会社の役者さんを使いたがるだろうから話来ないっていう不安はなかったんですか?だから…不安もなかったんですね。
怖いもの知らずですねぇ。
いやいや…。
ただ自由になりたくて。
まああの〜少しずつお仕事させていただいてたんですけど。
でやっぱり「ひめゆりの塔」に巡り会えて…。
ええ。
やっぱり「ひめゆりの塔」あの作品は強烈な…。
私にすごく大きなものを残してくれましたね。
ほう〜。
でそのあとあの〜「東京物語」でしょ。
小津安二郎さんの。
だからんん…どうして私みたいなのを指名してくださったんだろうっていうのは今でも分からないんです。
それは監督からご指名の話が来るんですか?そうです。
私お願いに行ったことは一度もないんです。
ないんですか?ないんです。
で与えられた役がだって小学校の先生役でいちばん末娘ですよね。
はい尾道でね。
で原節子さんと。
原節子さん。
まあ原節子さんが憧れだったものですからもうそれがうれしくてね。
ふふふっ。
どんな感じだったんですか?原さんはあの…小津監督の作品ってなんか神秘的なこう静かな感じだけどすっごく明るい方なんですよね。
であの笑顔がね本当にステキでもうなんか太陽みたいな感じ。
まああの時代の女優さん香川さんもそうですけどもみんななんかやっぱり当時の1950年代のハリウッド女優と引けを取らないっていうこう輝きと…。
そうですねあの先輩の方たちは皆さん…。
先輩じゃないです香川さんが。
いや私は駄目ですよ。
そんなもちろん足元にも及ばない。
なんてきれいなんだろうと。
教えられたこととかありました?やっぱりあの〜先輩の方たちは芝居についてはねこういうふうにやった方がいいわよっていうことは一切おっしゃらなかったですね。
アドバイスとか先輩として。
あのころはほら監督さん絶対の時代だったからそれは監督さんがおっしゃることでこういうふうにした方がいいわよっていうことは一切おっしゃらなかったですね。
ただ脇から拝見しててああ〜こういうふうにするんだとか…。
例えばどんなことを?あの〜「おかあさん」のときの田中絹代さんですね。
あっはい。
田中さんはほんとに私なんかに対しても新人に対してもほんとにほかの先輩の方たちとおんなじように丁寧に接してくださるんですよね。
でもカメラの前に立つとねもうその役に成りきってらっしゃるんですよ。
もうちょっと声かけるのも…。
もうなんかバリアが出来ちゃうみたいな感じなんですか。
これがほんとの女優さんなんだってすごく教えられましたね。
でもねあのころの映画を拝見するとほんとにそれこそ田中絹代さんや原節子さんとかも今やもうそうだいないんだもうこういう人たちって思う人たちが活躍してらした。
言葉では教えられないけどその方たちの生き方とかお仕事のしかたとかそういうことで教えられましたね。
へえ〜。

(妻)あなたには小さくない?
(夫)いやこれぐらいがちょうどいいんだよ。
(ナレーター)そんなニッポンの暮らしに耳を傾けたら新しい家電が見えてきました。
2人分でもかまど炊きの美味しさに炊き上げる小さな炊飯器。
これからの日々に上質を。
パナソニック「Jコンセプト」
(ナレーター)自分で歩きたい。
自分で食べたい。
年を重ねるとそれが当たり前ではなくなってしまう。
だから私たちはささえ続ける。
よりそうささえるパナソニック。
これからの介護。
これからの暮らし。
パナソニックのエイジフリー。
(ナレーター)たとえ太陽や土がなくても照明空調ネットワーク技術によって鮮度が長持ちする野菜を高速で栽培していく。
世界中に安定した食環境をつくる新しい農業のカタチです。
今日のゲストは今年84歳の大女優香川京子さん。
これまで小津安二郎監督や黒澤明監督溝口健二監督など名だたる監督の作品に出演してきました。
あとだって黒澤明監督の映画にも随分出てらっしゃいますよね?はい。
「赤ひげ」のときは確か香川さんちょっとこう…。
狂った…。
狂っちゃった。
結構怪しい女役…。
そうですよね。
まあ三船敏郎さん演じる「赤ひげ」というひげを蓄えたもうほんとに庶民のためのお医者様がいてそこに弟子入りする加山雄三さんがまた若いんだけどもね。
ねえステキな。
でそこの患者さんの一人がちょっと精神的に病んでしまった…。
やっぱお金持ちの娘でどうして私がこういう役をやるのかしらって…。
結構怪しい女役ですよね。
そうですよね。
ですよね清純とは言えない感じの。
あははっ!かんざしで刺して男を殺すっていう役ですから。
もう形相が最後はもう…。
もうすごかったでしょう?怖い顔でしたね。
へえ〜。
そういう役はそのとき初めてだったんですか?初めてです。
ええ。
黒澤明監督の映画「赤ひげ」。
心を病んだ娘を演じる香川さんが加山雄三さんを殺そうとするシーン。
(香川)このっ!はぁはぁ…。
はぁはぁはぁ…そのとき私はこうしたのよ。
自分が殺されるぐらいなら相手を殺してやる。
このかんざしをグッとやったのちょうどここのとこ…。
はぁはぁはぁ…。
うっ!
(香川・スタジオ)もう自分で鏡見るの嫌でしたねあの顔。
(阿川・スタジオ)あははっ!
(香川・スタジオ)恐ろしくて。
で黒澤監督はやっぱり丁寧なんですか?1つ1つ。
はい。
駄目となったら何時間もってよく噂で聞きましたけど。
はい。
かんざしをこう上にかざしたときにそれがキラッと光らなきゃいけないっていうことでそのかんざしだけで随分時間取りましたね。
でも怖かったですよ。
あの…刺される加山さんも怖いだろうけどその首の所に…。
とんがったものを一応持ってるんですね。
だからもし手が狂ってね本当に刺しちゃったらどうしようって。
だから刺す方も怖かった。
へえ〜。
香川さんの記憶の中でやっぱり今でも忘れられない役者さんとか…。
私はあの…やっぱりフリーであっちこっち歩いてたもんですから。
ああ〜逆にいろんな人と共演ができて。
はい。
あのころの二枚目の俳優さんとは一度ずつぐらいですけど皆さんご一緒してますね。
ぜいたくな女優さんだなぁ。
ふふふっ。
ほかには?雷蔵さんとかね。
市川雷蔵さん。
錦之介さん橋蔵さん高倉健さん。
いろんな方と。
ただ三船さんとねあの〜長谷川一夫さんがいちばん多いんです。
あっ回数としてはね。
三船さんはどんな感じでいらっしゃったんですか?ああ三船さんはね役柄はほんとに豪快なね役をなさいましたけどあんなに繊細な方いらっしゃらないと思います。
へえ〜。
優しい方でしたよ。
今はそんなことないけど例えばロケに行くので衣装部さんが大きな行李に入れて衣装を重そうに持っていくでしょ。
そうすると三船さんがそれをひょっと取ってねバスに運んであげたりとか。
えっそんなことを率先してなさるんですか?もうほんとに。
お掃除はするし。
お掃除もするんですか?すごいきれい好きな方だったみたいね。
あっそうなんですか。
はい。
「三船プロ」なんかをなさって…お玄関で掃除してるおじさんがいるから誰かと思ったら社長だったとか。
あははっ!へえ〜。
とてもきれい好きな方で。
だからなんか最後がねお気の毒で悲しかった。
うん…。
でも今だって共演なさる方も随分若い人たちも増えていますでしょ?そうですね。
ねえ。
なんか香川さんに憧れている男性俳優がいらっしゃるそうで。
ああそうですか。
コメントを頂いてるんでちょっとお聞きいただきましょう。
2008年に香川さんと共演した西島秀俊さん。
香川さんのことをとても尊敬しているそうです。
(西島)まああの〜ほんとにこう日本映画史というか…。
レベルの違うところにいらっしゃる方っていうイメージでしたね。
もう実は西島さん香川京子さんとの忘れられないエピソードがあるそうです。
「CUT」っていう映画があってですねその映画でええ〜っと小津監督と黒澤監督と溝口監督のお墓の前で演技をするっていうシーンがあったんですよ。
で僕溝口監督が怖くて…。
あははっ…。
香川さんにマネージャー経由であの〜「ちょっと僕怖いんですけど…」っていうことを酔ってたからこう伝えたらすぐに見たこともない番号から電話かかってきて…。
僕はもうとにかく「あの〜もしできたら香川さん撮影現場に来ていただけませんか?」って言ったんですけど。
すみませんもうちょっと酔ってたんでめちゃくちゃなこと言ってたんですけど。
「行けたらほんとに行くんだけど」っていうことで。
でもあの〜「一生懸命ね作品のために演技してれば大丈夫よ」っていうことで。
あの〜おかげさまで僕も次の日…。
ありがとうございます。
私も西島さんのファンなんですよ。
あっそうなんですか?相思相愛だわ。
ほんとになんていうのかなきちんとしてらしてねあの〜品がおありになるでしょ。
だからそういうことってすごく大事なことだと思うのね。
だからあの…でも西島さんうれしいですそうおっしゃっていただいて。
とにかく私なんかはねあの〜これをやらなきゃっていうその…その気持ちだけでやってきましたからね仕事も家事も。
だからいろんな経験することがあの…そのときは無駄かなと思っても必ずなんかで役に立つから若い方たちはいろんな経験なさった方が無駄はないと思うわよって言うことはありますね。
まあでもその女優さんって最初は娘役から始まってもう最近ステキな女優さんがみんななんか突如おばあちゃん役ばっかりになるっていうのが私もったいなくてしょうがないんですけど。
でもまあ年齢的にしかたがありませんよね。
ただあの〜おばあさんでもやっぱちゃんとこの人はどういう生き方をしてきたかっていうことが分からないと嫌ですよね。
例えば座っているだけでもこの人がこの家に何十年も生きてきたっていうそういうこう過去があって今いるっていうそういう感じが…。
見てる人に説得させる空気をつくらなきゃいけない。
ふん装だけしてもできないでしょ。
だからその難しさがありますね。
ああ〜。
でもそうやって出ていらしておいくつのときに結婚…。
31ですね。
31歳。
はい。
お相手は新聞記者で…。
はいそうです。
同じ業界の人と結婚するのは?あんまりそれは思わなかったですね。
思わなかった?難しいだろうと思ったの。
特に俳優さん同士は難しいだろうって。
その女優っていう華やかさとかお金持ちになりたいとかそういう気持ちまったくありませんでしたから。
仕事として選んだっていう感じだから。
仕事はちゃんとすればいいし家庭は家庭で普通の家庭が持ちたいっていうそういう気持ちだったんですね。
そっか…。
ご主人様は家事を手伝ってくださる方ではないんですか?ほとんどないですね。
あっない。
はい。
女優なのに?奥様が。
ないですね。
ふふふっ。
もうだから時間との闘いって感じね。
家事に追われて?家事に追われて。
取材受けると原稿…あるでしょ?原稿の直しとか目を通して。
ゲラ直しはい。
ファクスがどんどん入ってきたりそういう時間も取られるしなんかもうすごい忙しいです。
すごい忙しいんですか?だから今はねもうとにかく私が進んできた道をあの〜あちこちで上映会があると行ってお話をする。
だから語り部のお仕事。
語り部。
それを皆さんが喜んでくださるからそれをしようと思ってます。
へえ〜。
じゃあそろそろ2曲目をご紹介いただきたいと思います。
私はあの〜唄がずっと好きで今でもレッスン受けてるんですけど。
今でも受けてらっしゃるんですか。
それは唄の教室かなんかに?いえあの〜個人の先生です。
へえ〜。
ええ。
であの〜岸洋子さんっていう方があのシャンソンのね。
はい。
大好きだったんですよ。
それであの〜「夜明けのうた」。
「夜明けのうた」ヒットしましたね。
なんか歌詞もほら希望があるでしょ?この唄の中にはね。
唄ってても気持ちがいいんですか?気持ちいいですね。
ほう〜。
ちょっと聴きながら二人で唄いましたが。
ステキな唄でしょ。
なんかこのテンポといい。
ねえ。
あの〜日本のいい唄を叙情曲を上手に唄いたいっていう気持ちがあって。
ただこうね唄ってるよりやっぱりちゃんと教えていただいた方がいいですものね。
ご家族の前でも発表なさらないんですか?時々まあうちで唄ってるから聴いてるんでしょうけどね。
でも今お孫さんもいらっしゃるんですか?ええおります。
じゃあお孫さんにやっぱりそういう昔の日本のいい唄を。
そうですねでもなんかすごく忙しそうでそんな余裕もないみたいね。
あははっ!高校生になるとね。
もう高校生!?お孫さん。
うん。
もうおっきくなっちゃって。
でもそういうふうにして結婚なさってまた仕事をなさって演じるっていう仕事に対して今香川さんはどういうお気持ちですか?そうですねいつもそうですけどなんかこれだけ長くやってきたけどまだなんか自分の新しい面を出せるものがあるんじゃないかっていう気持ちはありますね。
へえ〜。
だからそういう作品に出会えたらやりたい。
2015/12/12(土) 07:30〜08:00
MBS毎日放送
サワコの朝[字][解]【香川京子▽伝説の名女優84歳】

ゲスト・香川京子/女優▽「原節子さんが憧れ…」数々の名監督に愛された女優・香川京子と日本映画黄金期を振り返る。阿川佐和子がゲストの意外な側面や表情を引き出します

詳細情報
番組内容
ゲストは、女優の香川京子さん。17歳のときに新東宝に合格し銀幕デビューし1953年に公開された映画「ひめゆりの塔」では、女生徒役を好演し一躍脚光を浴びました。その後、小津安二郎や黒澤明、溝口健二など名立たる監督の作品に出演し、日本映画黄金期に多くのファンを魅了してきました。そんな香川さんは、デビューからわずか数年、20歳のときに当時では珍しいフリーに転身。早くに決断したその理由とは!?
番組内容2
幾多の名監督に愛された香川さんは、現在も多くの共演者たちの憧れの存在です。番組ではその中でも特に香川さんを尊敬してやまない俳優・西島秀俊さんからのメッセージVTRを紹介。高倉健さんや三船敏郎さんなどの名立たる二枚目俳優との共演話や偉大な先輩女優との思い出話を通して日本映画を紐解いていきます。穏やかな雰囲気の中に抱く確固たる信念に阿川が迫ります。
 
出演者
【司会】
阿川佐和子
【ゲスト】
香川京子(女優)
1931年、茨城県生まれ。
1949年、「ニューフェイス・オーディション」で新東宝に合格。専属女優としてデビュー。
1952年、フリーに転身。
1953年、映画「ひめゆりの塔」、翌年には小津安二郎の映画「東京物語」に出演。
1954年、溝口健二の映画「近松物語」に出演。
1963年、31歳で新聞記者と結婚、第一子を出産。翌年に第二子を出産する。
出演者2
1965年、黒澤明監督の映画「赤ひげ」に出演。その後7年間女優を休業。
1979年、「男はつらいよ」で22代目のマドンナに。
 
音楽
【番組テーマ曲】
「Tea for Two(二人でお茶を)」歌:ドリス・デイ
お知らせ
【解説放送あり】
制作
【製作】MBS TBS
【制作協力】TBSビジョン

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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