戦後70年
長崎を舞台に山田洋次監督が贈る吉永小百合主演映画『母と暮せば』
(福原伸子)お前はもうこの世の人じゃなかやろ?どこかで僕は運命のようなものを感じたっていうか。
これは一番大事な映画になるんじゃないのかな。
(吉永)あの時起こった事そしてこれから私たちがどんな風に未来に向かって歩いていかなければいけないかっていう事を感じていただけたら…。
一瞬にして大切な人を失った長崎の悲劇を一つの家族を通して描く『母と暮せば』
(歌子)寅さん。
その公開を記念しこの時間は吉永小百合が初めて山田作品に登場した『男はつらいよ柴又慕情』を放送します
ここで山田洋次監督に当時の様子を語っていただきました
なんたってあの頃もう本当に吉永小百合といえばスター中のスターだったよねもう…。
これ大船撮影所で撮影したんだけどね。
大船撮影所中全体がなんとなく興奮してた。
撮影所で生まれて撮影所で育って本当に映画だけ。
だから純粋な映画女優といっていいんじゃないのかな。
そういう意味でも珍しいスターですね。
依然としてあの小百合さんは現役のトップスターだよね。
で今度の『母と暮せば』っていう映画の場合はちょうど彼女のようなキャラクターと彼女の年齢がピッタリだったんでね。
お母さんの役で。
しかも青年のお母さんの役。
どうしても彼女にお願いしたいと最初から思ってました。
そんな山田洋次監督と吉永小百合にとって記念すべき映画『男はつらいよ柴又慕情』どうぞご覧ください
(車寅次郎)バター…!
(男の怒鳴り声)
(さくら)あっ…。
(笑い声)
(博)待ってくれ!なんて事するんだ。
お願いだこれだけは勘弁してくれ。
親方!引っ込んどれ…!親方…親方お願いでございます。
それを持っていかれては今夜から食べていく事も出来ません。
どうかそれだけは…。
せやから言うとるやろ。
これが返してほしかったら借金耳をそろえて持ってこいって。
親方あと10日待ってくれ。
今度こそ必ず…。
(せき)あの子のためにどうかそれだけは…。
お願いでございます親方。
もうそのせりふは聞き飽きました。
おう行こう行こう。
へい!親方…!この野郎!
(親方)何しやがるんでい!バカたれ!
(赤ん坊の泣き声)チクショウ…。
貧乏人だと思ってバカにしやがって。
父ちゃん我慢して。
アホらしい話よ。
おう行こう行こう。
ハハハ…!ハハハ…!なんじゃい?わりゃあ。
おのれは車寅次郎。
(車寅次郎)無駄な人殺しはしたくはございません。
もし金で済む事でしたら…。
こんなもんで足りますでしょうか?いいだろう。
今日はこれで堪忍してやらあ。
おい行こう。
へい。
どこのどなたか存じませんがありがとうございます。
これで私どもも生き延びる事が出来ます。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
その坊やにあめ玉の1つも買ってやっておくんなさい。
もし旅のお方!今確かに寅次郎さんとか…。
わたくしには今を去る20年前行方の知れなくなったたった1人の兄がおりました。
その名を寅次郎と申しましたがもしやあなた様はその寅次郎さんでは?よくある名前でございますよ。
でもそのお顔は確かにわたくしの…。
よくある面でござんす。
お人違いでございましょう。
先を急ぎますんで。
お兄ちゃん!ああお兄ちゃん…。
(すすり泣く声)痛っ…なんだ?お客さん乗りますか?出ますよ。
おう。
すまねえすまねえ。
(笛の音)
(警笛)
(警笛)
わたくし生まれも育ちも葛飾柴又です
帝釈天でうぶ湯を使い姓は車名は寅次郎
人呼んでフーテンの寅と発します
「どうせおいらはやくざな兄貴」「わかっちゃいるんだ妹よ」「いつかおまえのよろこぶような偉い兄貴になりたくて」「奮闘努力の甲斐も無く今日も涙の今日も涙の日が落ちる日が落ちる」「ドブに落ちても根のある奴はいつかは蓮の花と咲く」「意地は張っても心の中じゃ泣いているんだ兄さんは」「目方で男が売れるならこんな苦労もこんな苦労もかけまいにかけまいに」こんにちは。
(満男)こんにちは。
(御前様)やあ。
何見てらっしゃるんですか?ツバメの巣だよ。
今年もやっぱり帰ってこないんでしょうかね?ああこの辺もすみにくくなってしまったかな。
もう片付けるか。
でももし来年帰ってきて自分の巣がなかったら可哀想でしょうに。
うん。
あんたらしい事を言うね。
えっ?こんにちは。
はいこんにちは。
おじちゃんこんにちは。
おじちゃんこんにちは。
おいちゃん?ねえおいちゃん。
(竜造)ああさくら来たか。
どうしたのよ?あの「貸間あり」の札。
あああれか。
あれは2階のな部屋を貸そうと思ってな。
どうして?お前たちのためだよ。
私たちの?
(つね)いくら拭いてもキレイにならないね。
おや来てたの?ねえどうして私たちのために2階を貸すの?
(つね)ん?ゆうべ2人で相談したんだよ。
ほらお前たちもいよいよ家を建てる決心しただろう?それについちゃ俺たちもなんとか応援しなきゃなんねえし。
かといって金はねえし。
だから2階貸してさいくらかでもお前たちの足し前にしようとこういうわけなんだようん。
(つね)不便な部屋だからねいくらも取れないだろうけど。
まあ畳の1枚柱の1本にもなるだろうと思ってさ。
そう。
おいちゃんたちそんな心配してくれてたの。
どうもありがとう。
何も礼なんか言うほどの事はねえよ。
本来だったらまとまった金のいくらかをポンと出してこれで建てなとこう言いてえところなんだけどなあ?金もないくせに格好のいい事ばっかり言いたいんだからこの人は。
誰かさんによく似ているよ。
何言ってやがんだお前仕方ねえじゃねえか。
血続きなんだから寅とは。
何言ってんだい…。
おい。
そういやさもうそろそろ寅が帰ってくる時分じゃねえかな?そうね。
これはいけねえ。
これはうっかりしちゃったぞ。
大丈夫かな?何が?あんなところへ札出しちまってさ。
だけど私たちの金儲けにやるんじゃなくてさくらちゃんたちのためなんだからさ。
いやそれはそうだけどさ…。
どうだい?さくら。
うん。
実は私もそれが心配なのよ。
お兄ちゃんなんと思うかしら。
寅怒るかな?だってもうお前の部屋はないよって言ってるようなもんじゃない。
そうか?おまけに魔よけの下にぶら下げちゃったよ。
魔よけじゃなくて寅よけだよ。
寅さんこんさいこんさい…。
何言ってんのよ。
冗談言ってる場合じゃないよ。
(社長)大変だよ!寅さんだよ!えっ!どこに?ああっ…!
(社長)俺がねゴルフの練習してるとこへ来ちゃってさ見付かっちゃったんだよ。
もうイヤになっちゃうよ。
何度も言うようだけどねさくらさん俺はねゴルフなんか柄でない事はね知ってるんだよ。
でもね仕事の関係上ね仕方なくやってるんだよ。
わかってるわよ…。
(社長)いやだからさその俺の立場をさあんたからね寅さんにね優しく説明しといてくれよ。
中小企業の経営者のつらさをさ。
なっ?頼むよ!
(社長)イヤだなもう…!おいちゃんどうする?何を…?「貸間あり」の札よ。
えっ?どうしようか…?とにかく外した方がいいんじゃないかしら?見付かる前に。
そうね。
そうだそうだ…そうだな。
あっ…!いかんよ来ちまった…!
(つね)知らん顔…知らん顔して。
おいどうした?気が付いたか?通り過ぎちゃったみたい。
来た来た…!さくら!あっ…!お兄…!どうなってんだよおい…。
ちょっとだまってて。
寅さんどうした?行っちゃったわよ。
(竜造)ええ?行っちゃった?
(つね)どうして?
(竜造)どうしたんだよあのバカさあ。
(竜造)あっ痛っ…!
(つね)キャー!お兄ちゃん?お兄ちゃん!ねえお兄ちゃん一体どうしたのよ?てめえの胸に手を当てて考えてみろよ。
なんの事?とぼけるない!あの魔よけの札の下に貼ったあの札はなんて読むんだ?あああの「貸間あり」の札の事…。
ほう?あれが「貸間あり」って読むのか?えっ?俺にはね「もうお前の住むところはないよ」っていう風に読めたな。
ふん!どうせ俺は歓迎されざる男よ。
もうちっと落ち着くとこをてめえで探さあ!達者でな!
(博)義兄さんどうした?怒って行っちゃったわ。
(竜造)どうして止めなかったんだよ。
知らないわよ。
邪魔よこんなとこに…!いやとにかく最近は新婚さんがいいとか学生さんがいいとかって大家さんが申しましてね。
ですからまあ拝見しますとあなたのようなちょっとやわらかいご商売ですとね…。
俺の商売がなんだろうとさ大家には関わりねえじゃねえか。
そうだろ?俺は別に贅沢言ってるんじゃねえんだよ。
なんかねえかい?こういうちょいとした二階家かなんかでいいんだからさ。
そうですか。
ちょっとあんた浦安かどこかないかね…。
それはちょっと離れすぎなんじゃないか?もうちょっと近場のとこでさ。
日当たりが悪くてもいいや。
部屋汚くてもいいし裏が工場かなんかでさ…。
ねえかい?そんなとこ。
そうですね…。
じゃあねこうしましょ。
私がね不動産屋をご紹介しますよ。
ちょっと落ちますよ?程度は。
4畳半でも3畳でもいいんだから。
寝られりゃいいんだからさ。
廊下の隅でもいいよ。
だけど俺ぐらい注文の少ない店子もそうざらにはいないよ。
ごもっともな話ですな…。
まあ強いて言やあさ親切なおかみの1人もいて俺が仕事から疲れて帰ってくる。
「おかえりなさい。
疲れたでしょ」。
そんなひと言を言ってくれりゃそれで十分よ。
(不動産屋)なるほどね。
あっ風呂なくてもいいよ。
俺銭湯大好きだからね。
「ひとっ風呂浴びてらっしゃいな」。
「帰ってくるまでに晩ごはん作っとくから」。
タオル洗面器シャボン。
「どうせあんた細かいお金ないんだろ?」。
40円ポンともらって「じゃあ行ってくるか」「行ってらっしゃい」。
やがて俺は風呂へ行く帰ってくる晩飯になる。
ねえ?俺はねあのおかずなんかなんだっていいな。
どうせ家賃は大した事ないんだからさ。
そうねおつまみに刺し身1皿煮しめにお吸い物卵焼きなんかちょっと付いてもいいしおひたしなんかもあったらいいな。
お銚子を3本ぐらいすっと飲む。
昼間の疲れでついウトウトとなる。
ねえ?おかみはすっとそれを見て「さくら枕を持ってっておやり」。
「ついでにお腰ももんでやったらいいんじゃないかい?」ってね。
さくらっていうのはその下宿の娘ようん。
どうしたんだ?その面は。
どこかね他探してみてくださいよ。
近頃は部屋1つ探すにもね本当にくたびれちゃうんですよ。
わかりますよ。
そりゃ大変だ。
さあお茶どうぞ。
俺はくたびれたよ。
なんでもいいから頼むよ。
…とおっしゃいましてもねまあ旦那のおっしゃるような物件がうちにあるかどうか。
ちょっと見てみましょうね。
えー…。
あっこれなんかどうかな?それでいいそれでいい…。
家は古いんですけどねその代わりお値段の方がグッとお安くなってるんですよ。
お疲れさん!
(博)お疲れさま。
満男アパートに帰ろうか。
イヤだよ〜。
イヤか?さあ帰るぞ。
いいな?よいしょ…。
なあさくら子どものためには庭が欲しいな。
そうね。
しかし20坪の土地じゃあな。
(博)なんですか?今頃。
(つね)あっうん。
不動産屋さんがねお客さんを連れてきてくれるんだって。
(博)お客って部屋を借りる人ですか?
(つね)うん。
(博)いいのか?義兄さんは。
仕方ないわよ。
もともとおいちゃんたちが私たちの家のために考え出してくれた事なのよ。
それを「貸間あり」の札ぐらいの事で訳も聞かずにへそ曲げるなんてお兄ちゃんもあんまりよ。
他に寝る部屋がないわけじゃないんだし。
そうか。
まあそれもそうだな。
(つね)とにかく今度帰ってきたらよく訳を話すんだよ。
そうすりゃ寅さんだってわかってくれるよ。
そうですね。
でもいい人が来てくれるといいな。
(つね)そうだね。
なるべくおとなしくってかたぎの勤め人かなんか。
うん。
公務員なんかいいな。
(車のエンジン音)
(つね)来たらしいね。
(博)あっブーブーだぞ。
ごめんください。
先ほどお電話しました…。
(つね)ご苦労さま。
お客様お連れしました。
いい方ですよ。
(つね)そうですか。
さあお客さん着きましたよ。
さあさあどうぞ。
(あくび)
(不動産屋)狭いから窮屈だったでしょう。
すみませんな車が小さいもんですから。
ここなんですがね。
うん…。
ああ…これはどうもお世話になります皆さん。
皆さんいい方ですよ。
ああそうですか。
おでんに茶飯ああ商いやってるね。
「やらと屋」さんね。
おじさん俺も以前ねこうした家にご厄介になった事あるんだよ。
よく言うよ。
本当だよ。
車の中で笑いっぱなしだったんですよ。
面白いのはあんただよ。
なあ?バカ野郎!ここは俺の家だよ!冗談ばっかり言うんだからね。
本当だよ!またまたまたまた…。
いいかげんにしないとぶっ飛ばすぞ。
来い!来い!ちょっと待ってよお兄ちゃん。
うるせえな!
(博)義兄さんまあまあそんな事言わないで。
なんだよ。
2階の部屋を貸す事についてはいろいろと事情があるんですよ。
とりあえず上がってください。
そのうえで…。
そうよ。
とにかく謝るわ。
だからお願いだから中入ってちょうだい。
(つね)そうそう。
お前の好きなお芋煮てあるからね。
(博)一杯飲みながら話を聞いてください。
私の兄です!そうか?みんながそうして俺に頼むんだな?だったらいいだろう。
ちょっとだけ上がってくよ。
押すなよ押すなよ…。
よう話をするだけだぞ?うんそれでいいわ。
(博)ご苦労さまでした。
いやちょっと…。
話はついたらしいですな。
ついたもつかないも私の義兄ですから。
そうなると私の方の手数料なんですが手数料は家賃の1カ月分の6000円ちょうだいする事になってるんでございます。
はあ?しかし私の義兄なんですから。
義兄であろうとなんであろうと私には全然関係ないんですから。
私はビジネスやってるんです。
では1つ6000円お願いいたします。
おい冗談言うな!俺が俺の家へ帰ってきてどうしてお前に6000円払わなきゃならないんだ…!
(不動産屋)ほう?じゃあ払えねえって言うの?そんなら出るところへ出ましょう。
ねえ?出るところへって面かこの野郎。
出るものが3日も出ねえような面しやがって。
帰れ帰れ。
帰れお前。
なんだこの野郎。
暴力を振るうのか?暴力を。
ああ?おいやるのかてめえ。
ああ?てめえ…やるのか?何!
(博)ちょっと待ってください!おじさんお金は払いますから。
さくらお金お金…。
さくら銭なんか取りにいく事ねえ!こんなやつにもったいねえ!
(不動産屋)何を言ってんだい!てめえなんかにくれるぐれえならドブに捨てた方がいいや!お兄ちゃんよしなさいよ!この野郎!お兄ちゃんやめなさいったら!
(博)お義兄さん!元はと言やあそっちが悪いんだぞ。
ええ?そうだろう?俺のたった1つの安息の場所をよ。
断りもなし見ず知らずの他人に貸し与えて少しばかりの小銭を稼ごうというそういう汚え魂胆だからこういう罰が当たるんだよ。
お兄ちゃん何べん言ったらわかるのよ。
私たちのアパートがだんだん狭くなってきたうえに家賃の値上げでしょ。
そんな事なら思い切って家を建てたらどうだって社長さんが20坪ほどの土地を貸してくれたのよ。
ああわかってますよ。
この際物入りが続くから大飯食らいの俺の部屋をそのままにしておくよりはちゃんとした人にお部屋をお貸しして月々家賃をいただいた方が得策でしょうって。
へっ!どうせ役立たずのおいちゃんが考えそうな事だ。
(竜造)役立たずだと…!そうじゃねえかよ。
だからさね?寅さんに断らずにあの部屋を貸そうとしたのは悪かったよ。
当たり前だよ!俺は部屋貸した事で文句言ってるんじゃねえんだよ。
ひと言あいさつがあってしかるべきだろ。
それが常識ってもんですよ。
じゃあどうすればお兄ちゃんに相談出来るの?何?そんな時どこに行ったらお兄ちゃんに会えるの?
(博)まあまあ…とにかくこの6000円は僕たちで払いますから。
この話はその辺でね。
(社長)そうそう…!この辺でな収めようじゃねえか。
何を言ってんだこの野郎。
なあ寅さん。
お前だって不愉快だろうけどね博さんたちだってあんまりいい気持ちじゃないんだよ。
なあ?肉親のお前が帰ってきたっていうのに金を払わされるんだもんな。
ただでさえ迷惑なのにな。
タコてめえ今なんて言ったんだ?俺帰ってきたらそんなに迷惑か?
(社長)間違いだ間違いだ!
(竜造)そうだ!何が間違いだよ!間違いじゃねえそのとおりだよ。
なんだと?あんた!おいちゃん今なんて言ったんだ?お前が帰ってくるのは迷惑だよって言ったんだよ。
おいちゃん!おいちゃん。
よくそういう事を言えるな。
よくそういう事を言えるな!そうかい。
それを言っちゃあおしまいだよ!ああ俺出ていこう。
出ていってやるよ!へっ!なんだよお前こんなボロ家が。
家賃が6000円だと?誰が払えるんだい。
悔しかったらてめえで払ってみろよ。
どうしてそういう事…!お兄ちゃん!お兄ちゃんやめて!
(博)お義兄さん!なんだこの野郎…!
(博)我慢してください。
我慢してください。
今度の責任は僕にあるんです。
もともと家を建てたいと言いだしたのは僕なんですから。
当たり前だよ。
いけないのはお前たち夫婦だよ。
何?家を建てるって?けっ!10年がとこ早いよお前。
(つね)寅さんそういう事言って。
そうじゃねえか。
いやそのとおりかもしれません。
すみませんでした。
そうだよ。
なんだよお前。
あんちゃんは見なくたってお前たちの家がどんなもんだかよくわかるよ。
割り箸みてえな細い柱立ててよ安いせんべいみてえな壁ペコペコペコペコ周りに張り付けて中へお住みになるんですか?へっ!中へ行ってよっこらしょって座ったらストーンと底が抜けるんじゃねえか?お前。
そよ風がフワッと吹いただけでコロンって転がるような家だよ。
全く…みっともない事はやめろい。
家なんか建てるなんて生意気な事やめろやめろ。
なんだよ?みっともねえ…。
なんだい?どうしたんだよ。
義兄さんひどい事言うなあ。
いくら義兄さんだってそんな…。
そんな言い方は…。
言っていい事と悪い事があるのよお兄ちゃん。
そりゃあ私たちの建てる家なんかどうせ安普請よ。
そよ風が吹いたら倒れるかもしれないわ。
庭なんかないのと同じよ。
でもね私たちが毎日のおかずを節約するようにして5年間かかって貯めたお金をもとにしてあとはおいちゃんに借りたり都の住宅資金から借りたりあっちこちペコペコ頭下げて。
何度も何度も嫌な思いしたりして頑張ってるのよ。
そりゃあ悪い事してお金儲けて大きな家に住んでる人だっているかもしれないわ。
でもね私たちが建てる家は真面目に働いたお金で建てるのよ。
私だって博さんだって自分の家が持てるからうれしくてしょうがないのよ。
お兄ちゃんはどうして「さくら頑張れよ」ってそう言ってくれないのよ…。
(すすり泣く声)ちょっとごめんなさい。
おばちゃんよ。
うん?今日の6000円と残りは博たちにやってくんな。
あんた行っちゃうの?おいちゃん大事にしてくれよ。
ちょっとあんた!
(竜造)寅どこ行くんだよ?大した事じゃねえんだぞこんな事は。
(つね)こんな事にならないようにと思って今日1日中苦労したのにね。
(社長)まあなんだよ。
上を見てもキリがねえし下を見て暮らさなきゃいけねえって話だよ。
なあおばちゃん。
お前の工場より下があるのか?ひでえよそりゃあ…。
言っていい事と悪い事とあるだろ?俺の工場だってな俺が真面目に働いた金で建てた工場だよ…。
(ため息)
(マリ)お嬢さんちょっと振り向いてくれませんか?
(みどり)何やってんの?
(マリ)金沢は初めてですか?そちらのお嬢さんは?
(みどり)あーあディスカバー・ジャパンか。
(マリ)どこ行っても同じね。
家へ帰りたくなっちゃった。
(みどり)ねえさっきマリちゃんに声かけた男あれ何?東京の大学生だってさ。
あれで?うん。
せっかく北陸路旅してるんだからねこう素敵な詩人とかねそういう人に巡り合いたいわ。
(マリ)言っちゃおう。
彼に言っちゃおう。
(みどり)いいじゃない?旅先でのアバンチュールぐらいやらせて。
(歌子)どうだった?全く何もないのよ…。
本日は大変ご苦労さまでございます。
奥様お嬢様へのお土産に金沢名産のめのうはいかがでしょうか?角は一流デパート白木屋黒木屋さんで紅白粉付けたお姉ちゃんにくださいちょうだいでいただきますと1000や2000は下らない品物ですが今日は普段お世話になっております観光客の皆様へ金沢地元民が特別サービスとして破格のお値段でお願いします。
本来ならば無料で差し上げたいところ500円でいかがですか?500円。
おかえりなさい。
うん。
(川又登)おばちゃん酒1本付けてくれよ。
はーい。
(登)一級酒だぞ。
姉ちゃん。
はい。
そんなもんに酒やる事はないよ。
ラムネやってくれよ。
誰だよ!わたくし。
兄貴!登!会いたかったぜ!この野郎!相変わらず足洗えねえのかてめえは!
(寅次郎・登)ハハハハハ…!何してたんだよ!俺は相変わらず地道な暮らしよ。
(笑い声)
(アナウンサー)「気圧の谷が明日から明後日にかけて北日本を通る見込みです」「明日明後日ともに日中は時々晴れますが雲が多く夕方前後…」
(登)楽しかったねあん時は!
(アナウンサー)「日中の気温は海岸沿いを除いて31度…」そいじゃまあお疲れさんでした。
お疲れさまでした。
お待ちどおさまでした。
よっ待ってましたよ。
待ってました待ってました。
待ってるのは私じゃのうてお銚子やろ?両方両方。
(登)みんな呼んでこいよ。
ショウコちゃん!今夜は夜っぴて大騒ぎするか!歌子さんたちと旅行するのもこれが最後か。
あらやっぱり式は秋に決めたの?うん。
だって私みたいな女でもよもらってくれるっていうんだからねえあなたこん時行っとかなきゃもうもらい手ないかもしれないじゃない。
ねえ?みどりさんいよいよ奥様か。
(みどり)一昨年九州行ったでしょ。
そして去年北海道に行ってそして今年は北陸を旅して。
結婚して子どもを産んで女の人生なんてあっけらかんとしてるわね。
ねえその3回の旅行のうちでさどの旅行が一番楽しかった?そうねやっぱり一昨年かしら。
それから?それから去年でそして今年っていう順番でしょうね。
だんだんつまんなくなるんじゃない。
そういう事ですね。
歌子さんどう?やっぱりだんだんつまんなくなっちゃう?そうねえ。
子どもの時の旅行なんて楽しかったもんね。
(マリ)うん。
あれは小学校6年の時だったかな。
多摩川の遊園地に父と母に連れられてって飛行機乗ったりメリーゴーラウンド乗ったりした事があったのよ。
父が珍しく冗談言って笑ったりしてね。
うちの父っていつも着物着てるでしょう。
だからねメリーゴーラウンド乗る時に尻っぱしょりしたの。
そしたらその格好がねまるでドジョウすくいみたいでおかしくておかしくて…。
どうって事ない家族旅行だったけどなんだかとっても楽しかったな。
(みどり)その時はまだお母さん一緒だったんでしょう?うん。
母がいなくなる2年前だったわ。
(マリ)幸せってどういう事なのかな…。
「幸せなら手をたたこう」はいはい!「幸せなら手をたたこう」はいはい!
(一同)「幸せなら態度でしめそうよ」「ほらみんなでキスしよう」もんもん!うわー!気持ち悪い…!あのねお客さん。
もしもし?聞こえる?あのね隣のお人がやかましゅうて寝れん言うとりますがね。
静かにしてくださいよもう遅いですしね。
他の客に迷惑かけちゃいけないから。
静かに語り合いましょう。
(登)お姉ちゃんどうもおやすみ。
はーいおやすみ。
(ふすまの閉まる音)
(マリ)行った行った。
おう。
ぐっとぐっといけ。
うん。
はいはい。
おい。
ああ?伏見稲荷の時もよくこうやって飲んだな。
ああ。
あん時は楽しかったな兄貴。
朝昼晩ぶっ続けに飲んでたから二日酔いなんかする暇がねえや。
1週間ぐらいずーっと酔っ払いっぱなしでさ体中がアルコール漬けみたいにブヨブヨになっちまってよ。
芸者が「危ないから火のそば寄ったらアカンえ…」。
(2人の笑い声)おいおい。
その芸者よお前惚れてたろ?あの芸者に。
あれなんてったっけ?ちょっと出っ歯でほら…。
権太?ポンタか?お前惚れてたろあれに。
やめてくれよその話は…もう兄貴。
その事で俺思い出すんだよ。
お前あれからなんか1人で行って口説こうと思って横ビンタぶっ飛ばされたって言ってたじゃねえかよ。
俺の部屋へ来てよ兄貴悔しいよってお前おいおいおいおい泣いてたろ涙出して。
あの時の酒は辛口でございましたね。
やめねえかもう!本当だもんしょうがねえじゃねえかお前。
やめろっつってんだよもう。
寝てるのにそういう事するんじゃないよ!
(マリ)静かにしてください!バカ!廊下で寝ろお前!アッハッハッハッハ…!あら起きたん?おう。
こいつどうしたい?お連れさんは9時の汽車に乗らないかん言うてさっき出ていったわいね。
これあんたに渡してくれ言うて。
(登の声)「本当はおれ兄きといっしょにいたいのだけど京都の政吉親父に義理があるので先に行きます」「旅の空から兄きのしあわせを祈っています」「それから早く美人のおかみさんをもらって下さい」お世話さん。
(登の声)「きたいしてます。
舎弟登拝」
(みどり)待って待って…。
ああ難しい。
(みどり)難しいどうすりゃいいの?
(みどり)花より団子。
(マリ)取ったら叱られるわよ。
こんにちは。
こんにちは。
(みどり)おばさんちょっとここ休ませて。
あー疲れた!疲れて歩くのもうイヤだわ。
うーん足が痛い。
ひどい顔してるわね。
よし写しちゃうわ。
はい。
チーズ。
チーズ。
はいもう一丁。
いい?はい…。
(みどり・マリ)チーズ!何よその顔。
歯磨きの広告みたい。
(マリ)はい今度歌子さん。
いいわよ。
フィルムもったいないから。
(マリ)あるんでしょ?まだ。
ほらずるいずるい…。
あっ!
(食器が落ちる音)ごめんなさい。
ああこっちはいいよ。
そちら大丈夫かい?どうもすみません。
(鶏の鳴き声)旅は楽しいかい?ええ。
まあ…。
そうかい。
そりゃよかった。
(みどり)あの…おじさんも観光旅行ですか?フフフフ…。
そんな気の利いたもんじゃござんせん。
当てもねえただの旅人ですよ。
皆さんどっちからかいね?
(マリ)東京です。
ほうけ。
そういうたら旅の人あんたも生まれは東京やったね。
そうだよ。
うちの娘がね東京の巣鴨に嫁に行っとるわいね。
なんとかっちゅう地蔵さんのそばや言うとったけどね。
そりゃあとげぬき地蔵だろう。
ばあさん。
俺の在所はねそこから西へ下る事3里江戸川のほとり柴又よ。
昔流に言うならば葛飾郡柴又村さ。
絶えて久しく帰らねえな。
(店員)そんなら親兄弟は今でもおってかね?そんなものも昔はいたね。
今恐らく死に絶えた事だろうぜ。
なんか深い訳があってかねえ。
フッ…そんなものあるわきゃねえや。
十年一昔というがふた昔いや30年も経ったかな。
あれからどうなったか…。
(店員)へえ…お気の毒にね。
ああ…お嬢さん方。
楽しい旅の最中につまらねえ話を聞かせちゃってすまなかったね。
さあさあ…ばあさん。
(店員)へえ。
こちらのお嬢さん方に何かおいしいものの1つも差し上げてくれねえかい。
あのいいんです…。
いいっていいっていいって。
さあさあどうぞお好きなものを。
(鶏の鳴き声)
(店員)トウトウトウトウ…トウトウトウ…。
トウトウトウトウ…。
(店員)今田楽焼きますからね。
どうもごちそうさまでした。
(みどり)ごちそうさまでした。
おう。
じゃあみんなも道中に気を付けてな。
ええ。
(みどり)あのおじ様もお元気で。
ああ。
みんなも幸せになるんだぜ。
(3人)はい。
じゃあ。
(マリ)あっすみません記念に写真を1枚…。
俺か?
(みどり)そうね。
じゃあ向こうに。
(マリ)ねえそこに並んで。
真ん中の方にどうぞ。
(マリ)いい?あっもうちょっとくっついて。
(マリ)はい写すわよ。
はい笑って!バター…!あれ俺バターって言った?間違えちゃった…。
あれチーズなんだね。
間違えちゃったよ。
おかしいか?
(一同の笑い声)
(マリ)おじ様もう…。
バターだって…。
それだからよ俺写真撮る時はね…。
ところがさいざ撮るよって言われた時ねあれ?待てよ…。
こりゃチーズだったかなバターだったかな…。
でもほら時間がなかったからしょうがないからさバターって言っちゃったんだよね。
でもよく口が開くのはさ「チーズ」より「バター」の方が口大きく開くんだよ。
どっちかわかんなくなったら「万歳」って言やあいいんだからさ。
(3人の笑い声)バター!ってな…。
(一同)バター!
(マリ)あー…!
(カラスの鳴き声)中入ってた方がいいよ。
夕方になったら冷えてきた。
寅さん。
うん?どうもありがとう。
本当に楽しかったわ。
えっ?寅さんに会えなかったら今度の旅行はこんなに楽しくなかったに違いないわ。
会えてよかった。
そ…そうかい?これお礼というほどのものじゃないんだけども記念に受け取ってちょうだい。
えっ?いやいけねえよ…。
それじゃ私…。
よう…。
それじゃ気を付けて帰るんだよ。
なあ。
はい。
東京に帰ったらまた一生懸命働いて父ちゃん母ちゃん安心させるんだぜ。
それに世の中には悪い男がいるからだまされねえように気を付けてな。
はい。
あんた歌子ちゃんっていったっけね。
ええ。
こんなものもらって俺もなんかお返ししなきゃいけねえんだけど…。
いいのよそんな事。
うん…。
これ少ねえけど取っといてくれよ。
(笛の音)何どうせ大した給料もらっちゃいねえんだろ?駅で弁当でも買ってくれや。
なあ。
そんな…。
いいんだよ。
あっ寅さんこれ…。
いいって。
寅さん!
(マリ)寅さんさよなら。
(みどり)さよなら。
(マリ)さよなら寅さん。
寅さんこれありがとう!
(マリ)元気でね!気を付けて帰るんだよ。
さようなら!
(警笛)
(ため息)行っちまったか。
(鈴の音)
(踏切の警報音)
(クラクション)ただいま。
お父さん入ります。
ただいま。
とっても楽しかったわ。
(修吉)うん。
ちゃんとごはん食べてた?うん。
今おなかすいてるんじゃないの?うん?まだいい。
そう。
これお土産。
お菓子あとで開けるわね。
うん。
(ため息)
(時鐘)まあ行ってみるか。
(源公)兄貴!
(みどり)ねえねえ寅さんみたい。
(マリ)本当。
よう!
(マリ)寅さん!寅さん…!
(みどり)寅さん!
(マリ)うわー寅さん!よう!お姉ちゃんたちか。
(マリ)寅さん!
(みどり)うわー寅さん。
夢みたいだわ寅さん!でもね柴又に来たらひょっとして寅さんに会えるんじゃないかと思ってたのよね。
だけど本当奇跡みたいだわ。
本当。
そうかい?よく来たな。
だけどいいとこね寅さん。
ここ寅さんのふるさとでしょ?そうよ。
ねえ寅さん30年ぶりに帰ってきたんでしょ?
(みどり)懐かしかったでしょ?そう懐かしい。
(マリ)そうでしょうね。
ねえ寅さん見覚えない?うーん何しろ20年ぶりだから何もかも変わっちまって…。
(みどり)そうね。
無理ないわね30年ぶりじゃ。
そうそうそういう事。
(マリ)あっ寅さんほら!「とらや」って店があるわよ。
本当だ。
それは何かの見間違いじゃないか…?
(みどり)ちょっとあなた聞いてみたら?
(マリ)そうね。
いや向こうの方…。
どうもありがとうございました。
どうも。
(竜造)毎度どうも。
(マリ)ねえ「とらや」って書いてあるわよ。
(みどり)そうね。
(つね)ありがとうございました。
(みどり)だいぶ古いお店みたいね。
そうね。
30年ぐらいは経ってる感じね。
(みどり)寅さん寅さん寅さん。
(マリ)寅さん。
(みどり)ちょっと寅さん寅さん。
ちょっと早くここここ…。
ほら見てごらんちょっと。
寅さん違うこっちだよこっち…見てごらん。
ねえ何か見覚えない?そうよなあ…。
そう言われてみりゃ昔見覚えがあるような…。
ちょっとあなた聞いてみたら?失礼じゃねえか…?ごめんください。
(竜造)はい。
あのちょっとお伺いしますが車寅次郎さんっていう方ご存じじゃないですか?
(竜造)ええ知ってますよ。
私の甥っ子ですからね。
あら…。
ビックリなさっちゃいけませんよ。
あの人がその寅次郎さんなんですよ。
(みどり)寅さん寅さん寅さん!おじさんあなたのおじさん…。
(マリ)寅さんよかったわね。
生きてた?
(みどり)生きてた。
ああっ…!それじゃお前は俺のおじき?よくもまあ長生きしてくれました…。
こちらのご婦人は?女房だよ。
それじゃあんたは私のおば!
(社長)よう寅さんおかえり。
そういうお前は工場の社長!
(竜造)バカ!もういいかげんにしろよ!
(マリとみどりの笑い声)
(みどり)おなか痛い…。
(マリ)寅さんって嘘つきね。
本当30年も家に帰らないなんてよく言うわね。
それはね言葉のはずみ。
もう言いっこなしだよ。
団子がきました。
(つね)どうぞおひとつ…。
すみません。
ごちそうさま。
ですけど歌子さん聞いたら残念がるわよね。
本当ね。
どうして?だってね歌子さんったらあれからね寅さんの事ばっかり話してるのよ。
あの人があんなに笑ったの見たの私たち初めてよね。
時々ため息なんかついちゃってね「ああ寅さんに会いたいな」なんて言ってるのよ。
へえ。
そ…そうかい?歌子さんってねえこの人?そう一番端のこの人。
この人。
ふーん…。
(みどり)僕何やってるの?
(マリ)何してんの?ほら。
(つね)皆さんいいお嬢さんたちですね。
もうすぐお嫁さんなんでしょ?みどりさんはね今年の秋なんですよ。
ねえ?あのおかげさまでようやく売れました私。
(つね)おめでとうございます。
であの…もう1人の方はどうなんだい?間近かい?
(マリ)もう1人って?ほらいたじゃねえか。
名前はなんつったっけな?あれなあの…。
歌子さん?そうそうそうそう。
そんなような名前だった。
(みどり)知ってくるくせに…。
知らない知らない知らないよ。
(マリ)あの人はまだよ。
あっそう?だけど恋人ぐらいいるだろうさ。
さあどうかしらね。
いるよ。
(マリ)歌子さんって引っ込み思案だからね。
それにね家庭的にちょっと不幸があったりしてね。
自動車事故か?いやそういうのじゃないの。
こっちがひいちゃったんだろ?いや違うんだってねお父さんがね小説家でね…。
小説家のお父さんが自動車事故か?
(マリ)違う…。
ちゃんと最後まで聞きなさいよ。
あのねちょっと変わった人なのそのお父さんって。
なるほどね。
大体小説なんか書くような人間っていうのはね我々と比べると一風変わった人が多いんだよな。
それにねだいぶ前にお母さんが離婚なさってね。
そのあとずっとね…。
歌子さんがお父さんの面倒を見てるんですって。
まあ大変だわね。
まだお若いのに。
(つね)お父さんの世話してるなんてね。
「不幸せ」ねえ…。
(みどり)お団子いただきます。
どうぞ。
(社長)ふーんこのお嬢さんがね。
どう見たって幸せそうな美しいお嬢さんとしか思えねえけどな。
それはそうだよ社長。
お前に比べりゃみんな幸せだよ。
そんなもんかい?見てみろよなあ。
眉と眉の間これを人相学で印堂というんだよ。
ほらここにちょっと陰りがあるだろ。
なあ?俺は初めてこの子を見た時にピーンと感じたな。
その不幸せさを。
なんとかして救ってやりてえな。
出来りゃいい婿さんの1人も探してやりてえってそういう気持ちになるんだよ。
なんだよ?さくら。
お前心配そうな顔してるけどなんか兄ちゃんの言ってる事おかしいか?ううんおかしくない。
そういう気持ちだったらとても安心よ。
生意気な…。
ませた口利くんじゃないよ。
お前なんかにいちいち安心してもらわなくたって兄ちゃんちゃんとやってるんだから。
おばちゃんよう誰かいないかよ。
(つね)はあ?「はあ?」じゃないんだよ。
誰かいい婿さんいないかって言ってるんだよ。
どうなんだい社長。
俺のとこにね1人いい青年がいるよ。
社長のとこにいたらお前…貧乏職工の嫁に出来るか本当に。
おいちゃんよ誰かいないかい。
ええ?心持ちの優しい男がよ。
優しいねえ…。
あっ1丁目の小唄のお師匠さん…。
ダメだダメだダメだ。
あんな男か女かわからないようなやつ。
心持ちが優しいったってねやっぱりこう見てくれはなんていうか日に焼けてさどことなく頼もしい男でなくっちゃ。
じゃあ2丁目の風呂屋のせがれ…。
おいちゃんよくそういう事が平気で言えるな。
あの幸薄い娘を男風呂の見える番台に座らせて平気か?冗談じゃありませんよ全く。
じゃあ3丁目に誰か…。
誰かって言い草あるかよ。
もうちょっと真面目に考えてくれよ。
もっとほら身近にいるだろうが。
ええ?普段なんとなく忘れてるけど名前が出るとあっなんだいそんな人がいたよっていうのよくあるじゃねえか。
なあ?さくら。
ええ?いるでしょう?そうね。
そういえば家にも1人いたわね。
えっ?そう?誰?誰よ。
ほらいるでしょ。
誰だろう?考えられないな。
言ってごらん?満男?満男ちゃん?私の前にいるでしょ。
僕でしょ?はあ…。
そんな風に言われてもな年が離れてるし。
ねえ?社長。
年なんか問題ないんじゃない?しかし会社の経営なんか大変なんでしょ?明朝もまた仕事で早いんでしょ。
さて今夜はお開きにして休みましょう。
ねえ?
(鐘の音)今夜はなんだか未来の幸せについてしみじみ考えてみたい気持ちだな。
「いつでも夢を」「いつでも夢を」
(博)何があったんだ?はあ…やだやだ。
また始まった。
(鐘の音)
(あくび)ふわ〜…おいおいなんだこれ?抜けちゃったよ。
(かしわ手)おはよう!
(満男)おはよう!
(つね)いいとこへ来てくれたね。
今さっきねお寺さんからの急な注文でさ誰もいなくて困ってたとこなんだよ。
すまないけどちょいと届けてくれるかい?近頃お寺のご注文が多いのね。
景気がいいのかしら。
罰当たりな事言うんじゃないよ。
御利益があるんだから帝釈様は。
そう?お前もね早く家が建ちますようにってお賽銭あげて拝んできな。
はいはい。
(つね)頼むよ。
なんだよ邪魔なんだよほら。
まあ…!あっちょっとごはんはどうするんだい?もしもしさくらさん。
おい10円貸してくれよ。
いや50円でいいや。
100円でいいよ。
何するの?パチンコ?バカこんなところにパチンコあるわけねえじゃねえかよ。
お賽銭だよ。
お賽銭?お兄ちゃん拝むの?お賽銭あげて俺が万歳三唱するのか?おい。
ほらほらほらほら…。
でも何を拝むの?それは決まってるじゃねえか。
お前の幸せだよ。
なあ?ほら団子腐るから早くお寺持っていけ…。
やだ…。
へへっ…。
(かしわ手)
(鐘の音)ごめんください。
ごめんください。
(満男)こうやってこうやってるんだけど…。
(満男)こうやって…。
(口笛)あーあ。
たまにお参りしたからいい事あるかな?おばちゃん腹すいた腹すいたい。
いらっしゃい。
お店にお客さんだよ。
寅さん?私よ歌子です。
ああ…歌子ちゃん!来たの?ああ…!こんにちは寅さん!懐かしいわ。
どうぞおかけなさい。
ありがとう。
昨日マリちゃんやみどりさんから寅さんに会った話聞いてね矢も盾もたまらずに来てしまったの。
本当に会いたかったわ。
それからあの時お金までいただいてしまってもうなんとお礼を言ったらいいか…。
どうもありがとう。
いいえ。
そんな事もあったかね。
おばちゃん!さくら!みんな…留守みたいだけどね…。
古いお店ね。
ええ古い…古いお店…。
あの…。
えっ?あの連中はみんな元気ですか?あの連中ってあのみどりさんやマリちゃんの事?そうそうそんなような名前。
どうしてるの?あの…昨日ここへ来たでしょう?そうだ昨日ここへ来たんだよね。
昨日からずっと今日まで元気かな?さあ…。
しかしあれだよね。
えっ?大変でしょう?はあ…。
寅さん汗かいてるわ。
いやありますあります。
はあ…。
どうも季節の変わり目になると体の調子が悪くって。
旅の疲れですかね。
大丈夫?ええ大丈夫です。
(せき)あら…。
さくら!今来たのかお前!歌子さん来てたんだぞ。
歌子さん?そうだよ。
まあ!いらっしゃい!さくらさん?そうです。
こんにちは。
お兄さんにはいろいろお世話になりまして…。
いいえきっとご迷惑をおかけしたんでしょう?とんでもない。
私の方こそ…。
どうしてこんなところにお兄ちゃん。
上がってもらったらいいのに。
ねえ?さあどうぞ。
これお口に合いますかどうかわかりませんけど…。
合います合います合いますよ。
どうぞ上がってください。
そこをずっと上がってもらって…。
よし…。
おじさん団子ある?団子なんかないよ。
帰れ帰れ。
帰れ早く帰れ…。
団子屋じゃねえかよ。
よし。
どうぞ。
うわあおいしそう!今朝とってきたんですよ。
新しいのだけが取り柄でね。
今朝?ええ。
(つね)こんなもんでよけりゃいくらでもありますよ。
どんどん出して。
このトマトもね今朝とれたのよ裏の畑で。
これも?これはおばちゃんご自慢のぬか漬け。
それも今朝とれたの。
(つね)はーい。
これはおいちゃんの手作りのお団子。
これだけはぜひ。
歌子さんやめときなさい汚い汚い…。
(博)いらっしゃい。
ああ亭主です。
博。
歌子です。
どうも。
おい俺の焼きナスは?好きだねお前は!
(つね)焼きナス。
この人ね焼きナス食べてればなんにもいらないんです。
おいしそうだわ。
(竜造)はい。
(博)すみません。
マグロの刺し身だのビフテキだのっていいますけど正直なとこ僕はこいつが一番うまいな。
(竜造)安上がりに出来てるんですよ。
結局貧乏暮らしの地が出ちゃうのね。
そういう事だな。
はいどうぞ。
すみません。
さくら。
えっ?なんだよお前。
えっ?食事の最中に痔の話なんかするなよ汚いな。
違うわよその痔じゃないわよ。
その痔じゃないってイボ痔か?違うったら!イヤね。
イヤなのはこっちの方だよ。
兄として恥ずかしいよ。
食事中に下がかった話なんかして…。
わかりました。
ごめんなさい。
さあどうぞどうぞ…。
しらけちゃったじゃねえか。
ええ?博!ボクボクボクボクナスばっかり食ってないでなんかこう上品な話題でも提供しろよええ?上品な話題ってなんですか?なんですかってお前よくあるじゃねえかほら。
あるだろう?幸せについてとか愛情問題とか…。
そうそうそうそう。
それちょっとやれよ。
愛情なら寅が専門だもんな。
えっ?あの…私一度お伺いしたかったの。
何をですか?こんな事伺っていいかな?いいんじゃないですか?どうぞ。
何?どこ行くの?ちょっと2階に…。
寅さんどうして結婚なさらないの?いやどうしてって…。
なんか訳でも…。
いやそんな事はないんだよね。
どんな風になってるんだろうね。
そこら辺りのところはさ俺なんてのは…。
失恋したんじゃないの?そうは言い切れないんじゃないかな?それはまあねいろいろ…いろんな事があったからね。
あっじゃあ昔の話?ええそりゃ昔…。
10年20年もずっと…くだらない…。
じゃあその心の痛手が…。
いやそういうんじゃない…。
つまりあのこっちがそういう気持ちじゃない時ってありますからね。
そういう事ってあるでしょう?ええ。
ねえ?なあおいちゃん。
なあ?さくら。
そうだよね?さくら。
ようさくら。
バカ野郎!何笑ってるんだ!
(つね・さくら)アハハハ…!博!
(博)ぶはっ…!
(一同の笑い声)
(竜造)やだやだ…。
(一同の笑い声)散々ごちそうになったうえにこんなお土産までいただいて。
いやあこんなもの。
いえ本当に田舎のおもてなしで。
そんな事ない。
私あんなにおいしいものいただいてあんなに楽しい思いしたの初めて。
本当よ。
そうじゃあまた来てね。
そうまたおいでよ。
さあ歌子さん。
あら?歌子さん?あの…私来てよかったわ。
本当よ。
そう。
さあ…。
(笛の音)本当に来てよかったわ。
またおいでよ。
なあ?なあ?さようなら。
さようなら!ありがとう!さようなら!さようなら!またおいでよ!また来るって。
(ため息)なんだよ。
ああ…別になんでもない。
なんか言いたいんだろう?なんだよこれは。
え?あらご丁寧に。
そんなに喜んでいただければ私たちもうれしいわ。
ええいますよ。
これから食事なの。
(笑い声)声が聞こえるでしょう?なんだよおいちゃんどうしたよおい。
ええ聞こえるわ。
なんだか楽しそうね。
はいお願いします。
あっ寅さん?先ほどはありがとう。
いえ本当に楽しかったわ。
そうかい。
そりゃよかった。
うん今度来た時はもっとごちそうするからよ。
本当に来るかい?待ってるぜ。
きっとだよ?うんわかったわかった。
うん伝えるよ。
じゃあ待ってるからね。
うんさよなら。
また来るって。
そう。
また来るって。
(博)はあ。
また来るって。
ああそうよかったね。
うん。
ゆうべは仕事はかどったみたいね。
うん。
ペンの音が忙しかったわ。
聞こえるのか?うん。
夜中に目を覚ましてお父さんの部屋からペンの音がサラサラ聞こえるとああお父さん仕事してるなって思うの。
でもペンの音がしなくて歩き回ってる音やせき払いの音なんかする時はこっちまでつらくなるわ。
うん。
コーヒー切らしちゃったけど紅茶でいいかしら?うん。
ああ歌子この間のコーヒーうまかったな。
あああれ高いのよ。
3倍もするんだもん。
今日月給日だから買ってこようか?月給日か。
うん。
お前いくらもらってるんだ?イヤだわ。
この間教えたばっかりじゃない。
そうだったか。
お父さん。
(修吉)うん?あの…もう一度正圀さんに会ってくれない?ダメ?お父さん…どうして?結婚したきゃ勝手にしろよ。
俺は知らん。
皆さんご苦労さま。
ただいまから月給を渡しますから。
はい大山君ご苦労さまでした。
(大山)どうも。
はい伊藤君ご苦労さまでした。
(伊藤)どうも。
はい鈴木君ご苦労さまでした。
はい吉田君ご苦労さま。
(博)ただいま。
(つね)はいご苦労さん。
月給。
まだ出ないよ。
見ちゃった。
義兄さんは?2階よ。
相変わらずね1日中ブラブラしてため息ばっかりついてるんだよ。
(竜造)そうなんだよ。
ちょうど昨日の今時分だったかな。
俺がここで夕刊読んでたらな寅のやつが階段を下りてきてそこにトンと腰を下ろした。
折りから暮六つの鐘がゴーンと鳴った。
そん時寅がなんつったと思う?「はあ…今日も来なかったか」とこうさ。
歌子さんの事ですか?待ってるんだよ。
見てな今日もきっとやるから。
(つね)シーッ!来るよ。
(ため息)ごはんまだ?ああもうすぐよ。
(鐘の音)あーあ…。
とうとう今日も来なかったか。
俺今なんか独り言言ったか?あっううん何も。
博俺なんにも言わない?ええ何も聞こえませんよ。
そうか…そりゃよかった。
(鐘の音)
(社長)あーあ今日も彼女は来なかった。
(社長)うわー!俺がなんか言ったか…。
痛い!痛い痛い…!助けて!
(カラスの鳴き声)
(太鼓の音)いい年をした男が1日中ブラブラしてると目立って仕方がない。
ただでさえお前は目立つ男なんだからな。
やっぱりわたくし目立ちますか?バカ目立っていい場合と悪い場合がある。
こういう世の中だ。
やろうと思えば仕事はいくらでもある。
見ろ。
頭の足りない源でもああやって働いておる。
感心なもんじゃないか。
頭が足りないから働いてるんじゃないですか?御前様にだまされて。
アハハ…。
バカ!なんちゅう事を言うか!うん?本当に申し訳ございません。
こんな事で御前様に気を使っていただいて。
いやいやあれも少しは反省しとったようだ。
うん根は素直な男だからな。
うん。
ありがとうございます。
あの…それでどんなお仕事をいただいたんでしょうか?何寺の掃除だよ。
源と一緒にな。
真面目にやってるようだから心配いらん。
うん…うんじゃあ。
(源公と寅次郎の笑い声)すぐ行けよすぐどんどん…。
(源公)えいっ!それー!
(2人)イエーイ!こら!何をやっとるか!バカ野郎。
そうか御前様とうとう怒っちまったか。
もともと無理なんだよ庭掃除なんか。
どうして本職の行商をやらないのかな?留守にするのがイヤなんだよ。
ほれいつ歌子さんが来るかわからねえと思ってるだろうからさ。
(つね)無理もないよ。
いい娘さんだったもの。
本当に来るのかな?また。
でも駅で別れる時「来てよかったわ」って何度も何度も繰り返してたけどね。
どこか不幸せそうな娘さんだったね。
そうでしたね。
うまくいくといいわね。
えっ?歌と寅子さんがかい?いや…寅と歌子さんがかい?違うわよ歌子さんの悩みが…。
はあ…何言ってるのよおいちゃんイヤだわもう。
バカだね何言ってるのよ。
歌子さんがそんな…あるわけないじゃないのよ。
ハッハッハ…!ビックリした。
(さくらとつねの笑い声)お兄ちゃん帰ってたの。
そうだよ。
な…何してるんだい?そんなとこで。
晩ごはんだよお上がりよ。
さくら。
うん?2階へ行って俺のかばん持ってきてくれ。
どうして?決まってるじゃねえかよ。
出ていくのよ。
そうだろう?たった1人のお兄ちゃんたった1人の甥っ子の陰口利いてケタケタケタケタ笑ってるようなそんな悪魔のすみかみてえなところへ二度と帰ってこられるかい。
あの…お兄ちゃん。
どうしたんだよ。
2階へ行って俺のかばんを持ってこいって言ったろ。
あ…どうぞ狭いところですけどどうぞお上がりくだせえ。
お上がりなさい?ふざけるなよおいちゃん。
今さら下手に出たって遅いやい。
あの…ごめんください。
ごめんなさいって謝りゃ済むってもんじゃないよ。
なんだい…。
寅さん。
来たのかい。
突然来てごめんなさいね。
上野まで出たらどうしてもここに来たくなって京成電車に乗り換えて来ちゃったの。
そうかい。
来たのかい。
あっすみません。
なんかお取り込みのところを…。
別になんでもないんですよ。
ねえ?お兄ちゃん。
そうみんなでね仲よくお話をしてたんだよな?いいんですか?本当にお邪魔して。
ええどうぞどうぞ。
みんな田舎もんばっかりですけども心の優しい人ばっかりがいるとこですからね。
悪魔の巣窟だもんね。
いえいえ。
どうぞどうぞ…。
(一同)あっ!何してんだよ…。
おばちゃんおいしい食事でも差し上げてください。
ちゃんと寝んねしてなきゃダメよ。
(つね)寝たかい?うん。
食べてる?さくらお茶。
なんか気詰まりだな。
おいちゃん。
なんか面白い話ないかよ。
ん?面白え話?そうよこうパーッと席が明るくなるようなおいちゃん得意じゃねえか。
何?何?
(竜造)あるある。
何よ?え?この間ねお駒で社長と飲んでたのね。
おお面白そうじゃねえか。
社長の野郎小便に立って便所の中でブーッとでかい屁たれやがったんだよ。
そしたらなおかみがビックリしてさ「あら今の音なんだろう?」って言うからさ俺がねヘヘヘヘ…。
「あれは社長の屁だよ」っつったらね「へえ」だってクククク…!おかしかったねあれはね俺は…。
え?つまんないでしょう?おじちゃん長生きしろよ。
えっ?さくらは痔の話おじちゃんは屁の話。
もうちょっと上品な話題はねえのかよ全く。
おいなんかさくら面白い話ないかよ。
え?ちょっと言ってみろよそれを。
早く。
じゃあお兄ちゃんの失恋話でもしたら?誰がそんな事言えって言ったんだよ。
お前人のそういう事なんで言うんだよ…。
歌子さんなんか失恋した事ないでしょ?いいえありますよ。
(つね)あら。
うんと小さい時でしょ?片思いかなんか。
いいえ小さかった時もあるしね大きくなってからも。
(竜造)嘘でしょうあんたみたいなキレイなお嬢さんが。
いや本当です。
その時は父も気に入ってて結婚するところまで…。
私なんでこんな話するのかしら。
ねえよかったらその話聞かせて。
ある日私その人の家へ遊びにいったの。
お庭が広くてね垣根に真っ赤なバラの花が咲いてるような家だったんだけどね。
そしたらその人がね…。
恥ずかしいわ私こんな…。
いいじゃない。
それでその人が?その人が私にこんな事言うのよ。
「結婚したら君はバラの手入れだけしてりゃいいんだよ」って。
(つね)ふーん…。
その時私なぜだか急にイヤな気持ちになっちゃってね。
なんて言ったらいいのかな?バカにされたみたいな…っていうのかな。
それで家へ帰って父に話したらそんなやつやめちまえって言うもんだから結局それっきりやめちゃったの。
そうか。
それじゃ失恋じゃなくて相手の人がフラれたってわけだ。
そうだよ。
そいつがいけないんだよ。
その男は悪い男だよ。
そうかしら?私は自分の方が失恋したみたいな気持ちになっちゃったんだけど。
私よくわかるわ。
今おっしゃった事。
そう?
(つね)そうかね。
私は一度でいいからそういう事言われてみたかったね。
ヘヘヘヘ…。
何よあんたなんて「おい来るか?」ってそう言ったきりじゃないのよ。
バカ!俺だって相手によったらそれぐらいのせりふ吐くよ。
なんだいバラの花って面かい!あらじゃああんた一体何よ!ようよう。
よしなよ人前でケンカなんか。
お互いにバラの花って柄か?せいぜい鼻の穴ぐれえじゃねえか。
「君は1日鼻の穴の掃除をしてればいいよ…」。
(一同の笑い声)いろんな事言うやついるなおい。
何言ってるのよ。
ああ面白かった。
それじゃあ私そろそろ。
(つね)あらまだいいじゃありませんか。
いえいえでももう遅いですから。
あのよかったら泊まってらっしゃらない?えっ…。
お父さんに叱られるかしら?でもねお一人じゃねえ。
電話してあげりゃいいんだよそんなん。
そうね。
どう?歌子さん。
そうね…。
じゃあ泊めていただこうかしら?よし!おばちゃん布団敷いて布団敷いて。
でもなんだか厚かましいかしら?そんな事ない。
さくらすぐ風呂沸かせ。
よし。
おばちゃん早く2階布団敷いて。
さくらお前風呂沸かしなよ風呂風呂。
どんどん立つ。
すみませんどうも…。
敏速よし。
ごめんね寅さん。
よし。
よし。
(ハーモニカ)こっちよ。
汚いのよお兄ちゃんが使ってた部屋だから。
これ。
何かいるものがあったら言ってちょうだいね。
どうもありがとう。
あのねさくらさん。
うん?実はね私今日最初からここに泊めていただくつもりで来たのよ。
厚かましくてごめんなさいね。
ううんいいのよ。
私そんな感じがしてたわ。
そう?なんかあったの?父と…ちょっとね。
歌子さんちゃんと寝られそうか?なんかいるもんあったら持ってこようか?俺。
大丈夫。
この辺とっても静かだからよく眠れそうだって言ってたわ。
明日の朝何時に起きるって?朝飯遅れちゃまずいぞ。
明日は日曜日じゃない。
あっ日曜日か。
ゆっくり寝かせてあげなきゃダメよ。
お天気がよかったらねお兄ちゃんに散歩に連れてってほしいって。
俺に?そうかよし。
おばちゃん博さんまだ?
(つね)まだだよ。
俺呼んできてやる。
おう博!女房が呼んでるぞ!おう労働者諸君。
今日も1日ご苦労さまでした。
明日はきっとからっと晴れたいい日曜日だぞ。
バカだねえ本当に。
(ため息)
(風鈴の音)
(歌子の声)「お父さんと黙って顔を見合わせている近頃がつらくてなりません」「2〜3日友達の家に行ってきます」「冷蔵庫の中に食べるものが入っていますから不自由でしょうけれど我慢してください」「どうしてもお父さんが相談に乗ってくださらないのなら私1人で結論を出すより仕方ありません」「歌子」弱ったねえ。
ハハハハ…!帰ってきた。
ただいま。
ご苦労さまでございました。
おばちゃん俺腹すいた。
飯だ飯。
おい博上がれ上がれ。
飯食おう。
寅さん私今日さくらさんたちにお呼ばれだったの。
ごめんなさい遅くなって。
すぐ来ますから。
俺も博んち行って飯食うわいいよおばちゃん飯は。
いやいや招待したのは歌子さんだけなんですよ。
ねえあの…たまには私たちだけでごはん食べようよ。
お前の好きなお芋煮てあるよ。
結構だよ。
どうせ俺の事なんか誰も呼んじゃくれねえんだ。
へっ!芋の煮つけでも食って屁でもたれて寝るか。
はあ…!君そろそろ鐘をつく時間だぞ。
実は最初は義兄さんも招待するつもりだったんですよ。
いいよ。
ですけどね義兄さんがいちゃ歌子さんだって話しづらい事もあるでしょう。
俺がいちゃ話しづらいって事はどういう事なんだよ。
例えば愛情問題なんか…。
愛情の問題でどうして俺がいねえ方が…。
俺がいない方がいいなんてお前考えすぎだよバカだな。
お待ちどおさま。
じゃあ寅さん。
行ってくるかね。
どうせ職工風情のとこだからねろくなごちそうはねえだろうけどどんどん食ってきなよ。
あとで寅ちゃんを迎えにやりますからね。
わかったわかったわかった…。
じゃあ気を付けてね。
いってらっしゃい。
(つね)いってらっしゃい。
さてじゃあおばちゃん。
芋の煮つけでも出してちょうだい。
あいよ。
「星よりひそかに」
(鐘の音)焼き物っていうとこういうお皿とかお茶碗とかそういうもの作るお仕事?ええ。
ろくろにかけて素焼きをしてそれから絵付けをして。
なかなか大変な仕事なんだけど彼はねまだ修業中で一人前じゃないの。
じゃあその方と結婚するっていう事は愛知県のそれも窯場のあるような田舎で暮らす事になるのね。
ええ。
父は彼の将来性がないとか口の利き方が気に入らなかったとかいろいろ言ってるんだけど結局私をそばから離したくないのよ。
そりゃそうでしょうね。
何しろ普通の男の人と違ってうちの父は1人じゃお湯も沸かせないのよ。
そう。
今頃どうしてるかしら。
ちゃんとごはん食べてるのかしら。
ごめんなさい。
なんだか愚痴こぼしに来てしまったみたいで。
そんな事ないわよ。
僕にも一人暮らしのおやじがいますからよくわかりますよ。
じゃあお母様は?去年亡くなったの。
どうぞ。
しかしなさくら。
えっ?誰かが傷ついたり寂しい思いをしたりしたとしても仕方がない事だってあるんじゃないのかな?どういう事?うん。
仮にだよ歌子さんがお父さんのために結婚を諦めたとしても誰も幸せになるわけじゃないだろう。
それは…それはそうかもしれないけど。
でも私の場合は母がいないしそれに父があんなわがままな人間でとても一人暮らしなんか…。
そういう事の出来ない人なんでしょう?それが出来るぐらいならね。
ねえ。
そうかな?僕はそうは思わないな。
あなたが出来ないと思い込んでるだけなんじゃないんですか?あなたのお父さんはそれに耐えていけるはずですよ。
大丈夫ですよ。
そうかな。
でもつらいわよね。
えっ?私の時なんかねその点両親ともいなかったからそんな苦労はなかったけど。
(博)義兄さんがいて反対したじゃないか。
あんなお兄ちゃんなんか…。
でもあの義兄さんが反対したのがきっかけみたいなもんなんだよ。
だってむちゃくちゃ言ってただけじゃないの。
むちゃくちゃ言って反対したからこそ僕はカーッとなってプロポーズしたんじゃないか。
何言ってるの今頃あなた…。
バカだな!つまりさ今の歌子さんに必要なのはそういうきっかけみたいなもんじゃないかって…。
ああ…そりゃそうね。
そうだろう?フフ…。
私さくらさんがうらやましいわ。
何が?あなたたちから見たら私なんて意気地のない女でしょうね。
くよくよ迷ってばっかりいてなんだかみっともないわね。
そんな事…。
いいじゃありませんか。
みっともなくったって。
そりゃあなたが優しい人だからですよ。
ねえ。
幸せだなあなたのお父さんは。
そうかしら…。
しかし考えてみたら歌子さんがこうしてたとえ2〜3日でも家を空けたという事は行動を開始したという事ですね。
離れて暮らしたのは大変でしょうね。
でも好きなんでしょう?好きです。
それさえはっきりしてれば大丈夫よ。
ねえ?ああ。
あなたのような人が幸せになれないはずありませんよ。
そうよね。
どうもありがとう。
私今日は本当にいい話を聞いたわ。
あっ!ビックリ…。
あれ?なんだい。
ここはお前んちか。
そうか。
何言ってんのよ。
早くお入んなさいよ。
お迎えね。
よう。
それじゃ私そろそろ…。
(博)まだいいじゃありませんか。
お帰り?もう帰るの?それはよかった。
おばちゃんにね迎えにいってきてくれって言われてたんだ。
どうもすみません。
さくらさんいろいろありがとう。
そう?じゃあ帰る?
(博)よく考えて。
うまくいく事を祈ってますよ。
何が?何?まあねいろいろとお話ししたの。
いろいろと?うんそうか。
それはよかった。
じゃあ寅さん行きましょう。
行きましょう。
どうもありがとう。
おやすみなさい。
(博)おやすみなさい。
ああどうもありがとう。
お兄ちゃん気を付けてね。
大丈夫だよ。
なんの話してたんだ?ええ?ええ?また俺の失恋の話だろ?それに決まってるんだよ。
そうだろう?ええ?まあいいよ…。
あとで必ず聞くからな。
(ため息)また1つ失恋話が増えるんだな。
寅さんと旅をして楽しかったな。
バターかい?あれはおかしかったねえ。
みんな笑って。
寅さんに会った人はみんな楽しかったって言うんじゃない?そうね。
性格はどっちかっつうと明朗な方だからねハハハハ…!あの福井の茶店で寅さんに初めて会った時にはまるで昔の侠客みたいな人だと…。
またまたまた。
もうそれ言いっこなしってそりゃねえ。
でもあの時はこうして柴又でとらやの皆さんたちとも親しくなるなんて夢にも思わなかった。
何度も言うようだけど本当に会えてよかったわ。
へへ…そうかね。
今夜もさくらさんたちといろいろ話し合えたし。
え?な…なんの話したの?あいつら俺がいなきゃ俺の悪口ばっかり言ってるんだから全く。
油断も隙もありゃしねえ…違うわそんな話はしないわ。
そう?何?どんな話してたの?実はね…。
え?結婚の相談してたの。
誰の?私の。
父が反対してる事もあってね長い間…もう5年もの間私悩んでたのよ。
でも今夜私決心がついたわ。
彼と結婚する事を。
彼ってどこの人?愛知県の方でね焼き物焼いてるの。
愛知県…?うん。
(ため息)じゃあ俺のように遊び人じゃないんだね。
うん。
黙って1日中泥をこねたりろくろを回したりしてるような人だけどでも寅さんが会ったらきっと気に入ってもらえるわ。
彼だって寅さんの事大好きになるに決まってるわ。
そうかい。
それはよかった。
あのね寅さん。
うん?私って意志が弱いどっちつかずの中途半端な人間で自分でそんなところがイヤでたまらなかったんだけど今夜さくらさんたちと話し合ってるうちにねとってもはっきり決心がついたの。
私結婚しよう。
明日の朝の汽車で彼に会いにいこうって。
もし私が幸せになれたらそれは寅さんのおかげよ。
だって寅さんに会えなかったら私結局自分1人で悩んで諦めちゃったかもしれない彼の事…。
(すすり泣く声)ごめんなさい泣いたりして。
変ねうれしいのに…。
(すすり泣く声)いいよ。
よかったじゃねえか決心出来てよ。
寅さん何見てるの?おっ?おお…星よ。
今夜は流れ星の多い晩だぜ。
あっ流れた。
大きかったわ。
今のだったら願い事がかなったかもしれないわね。
うん。
今度は頼んでごらん。
うん。
あっまた流れた。
幸せになれそうでよかったね歌子さん。
うん。
いつかの晩言ってたもんねお兄ちゃん。
いいお婿さん探してやりたいって。
そのとおりになりそうね。
うん。
そうだよな。
やっぱり寂しいの?なんで?どうして俺が寂しいのよ。
じゃあどうして旅に出てっちゃうの?ほら見な。
あんな雲になりてえんだよ。
(ため息)またフラれたか…。
あら?俺今なんか言ったか?ううん。
何も。
うん…。
(ため息)満男さあこっちへいらっしゃい。
(風鈴の音)
(つね)あの家内でございます。
先ほどは結構なものをちょうだいいたしまして…。
娘が大変ご厄介になりまして。
(つね)いえとんでもございません。
なんのお世話も出来ませんで。
でもあのお幸せそうで結構でございますね。
(満男)ダメ。
お孫さんですか?いえあの私姪ですから…。
なんていうんですかね。
要するに孫みたいなものですよ。
なあ満男。
うん?じゃあわたくしはこれで。
(つね)何をおっしゃいます。
あの今…。
(歌子の声)「皆さん暑い夏をいかがお過ごしですか?」「私も元気で毎日土をこねたり薪を運んだりして過ごしております」「まね事ながら茶碗などを作ってみたりしてるうちにとても面白くなって今は夢中です」「それにしてもなんという暑さでしょう」「何しろ1000度近い窯のそばで働くのですから1日の終わりには汗で水を浴びたようになって思わず彼と顔を見合わせて笑ってしまうのです」「ところで寅さんはどうしてるでしょうか?」「実はこの間私の留守に訪ねてきたという男の人がどうも寅さんらしいんです」「本当に残念な事をしました」「私とっても寅さんに会いたい」「今頃どうしてるでしょうか?」「相変わらず旅の空でしょうか?」「そういえばそろそろ盆踊りの時期ですものね」
(祭りばやし)
(祭りばやし)
(登)痛っ!ああくそ!おい兄さん。
ケツちゃんと拭いたか?ハハハハ!バカっちょな…。
兄貴!あー兄貴!やあ!こんなところで何してんだい?痛てて…。
野グソしてたんだよ。
なんだよこの野郎よたよたしやがって。
ろくなもんも食っちゃいねえんだろ全く。
兄貴そうなんだよ。
ちっともいい事なくってさついてねえよ。
バカ野郎…。
(クラクション)
(ブレーキ音)気を付けろおい!危ねえな。
ちょうどいいや。
そこまで2人面倒見てくれよ。
すぐそこだからな?行こう行こう。
よいしょ。
よいしょ。
よし行こう行こう。
皆様お楽しみいただけましたか?
そして吉永小百合二宮和也主演山田洋次監督が贈る最新作『母と暮せば』がいよいよ公開
お前はもうこの世の人じゃなかやろ?戦後の長崎を舞台にした心に染みる映画です。
ぜひたくさんの方にご覧いただきたいと思います。
映画『母と暮せば』。
ぜひ劇場でご覧ください。
浩二…?あんた浩ちゃん?
(福原浩二)諦めの悪かねえ母さんは。
他のみんなはどげんしとると?あの子は元気よ。
小学校の先生になってね。
町子が小学校の先生か!
(伸子)そう。
はあ幸せだな!あの子が受け持ちの生徒たちは。
教室にあの子がおるだけでパーッと明るうなって子どもたちはみんなさあ勉強すっぞ!って気分になるよきっと。
諦めてもらっていいの。
あの子の事は。
(佐多町子)そがん事言わんで!絶対イヤだ!お前はもうこの世の人じゃなかやろ?
(浩二)町子が幸せになってほしいっていうのは実は僕だけじゃなくて僕と一緒に原爆で死んだ何万人もの人たちの願いなんだ。
町子は僕たちの代わりにうんと幸せにならんばいかん。
2015/12/12(土) 01:59〜04:07
ABCテレビ1
映画「男はつらいよ 柴又慕情」[字]
山田洋次監督の最新作「母と暮せば」公開記念!吉永小百合が初めて山田作品に出演した記念すべき作品を放送!北陸で寅次郎が出会った少し寂しげな歌子。2人の恋の行方は?
詳細情報
◇番組内容
「男はつらいよ」シリーズ第9作。妹夫婦の不吉な夢を見て、葛飾柴又の“とらや”に戻ってきた寅次郎。しかし、なんと寅の部屋は貸間に出されていた。むくれた寅は自分で下宿を探すと言って出ていってしまう。そして向かった金沢で、歌子・マリ・みどりの3人組に出会うのだった。
◇出演者
渥美清
倍賞千恵子
吉永小百合
◇監督
山田洋次
◇脚本
山田洋次 朝間義隆
◇音楽
山本直純
◇おしらせ
☆山田洋次監督作品『母と暮せば』12月12日(土)ロードショー!
☆公式HP
http://hahatokuraseba.jp/
ジャンル :
映画 – 邦画
福祉 – 文字(字幕)
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日本語
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