ロールモデルを
――いまは「リケジョ」のような言葉も出てきていて、各大学も広報に力を入れているようです。理系科目を学ぶ女子も増えているのかなと感じていました。
そうですね。今の「リケジョ」のアプローチで少し気になるのは、在学中の学生に焦点を当て、そのライフスタイルが……という話が多いことです。「大学で理系を学ぶと楽しいよ」という感じになっている。これは、日本の状況を考えてみると仕方ないのかもしれません。
でも、本来ならば、学生時代ではなく社会に出てどのような活躍ができるのか取り上げる必要があります。アメリカだと、オイルカンパニーで働く女性の姿などをどんどん紹介しています。
私はいま、カトマンズにきているんですが、発展途上国において、子どもの教育を伸ばす上で重要なのはモチベーショントークなんです。貧しい境遇から教育を受けて社会的に収入が高いポジションについている人に話してもらって、子どもたちの学習意欲を向上させていく方法があります。
リケジョについても同じことがいえて、同じ女性がキャンパスで楽しく活動しているだけでは不十分で、その先に社会に出て活躍していたり、高い給料をもらっている姿がないと、なかなかモチベーションにはつながらないとおもいます。
――たとえば、就職活動では、「女性を受け入れる体制がない」と会社が批判されますが、それだけではなく、そもそも女性が賃金の少なくなるような進路選択や、学部に行っている状況があると。
そうですね。それも一理あるとおもいます。現在の議論は、会社の受け入れる状態ばかりに向いているので、私としては教育にも問題があると喚起したいですね。
たとえば、私はハイパーインフレーション後のジンバブエの教育支援に携わりましたが、なぜこのような惨劇が起こったかというと、白人が経営する農場や会社を接収し黒人に分け与えたのですが、農場や会社を経営する知識もスキルも十分ではなかったため、国全体の生産能力が激減したことも一因です。このことが示唆するように、男女に限った話ではありませんが平等な社会を作るためにはまず教育をしっかりさせないといけないということです。
ですが、もちろん就職したときに女性にとって働きづらい環境になると就職する意欲をそいでしまいます。「ニワトリが先かタマゴが先か」の議論のように、女性が教育を受けていないから、社会が女性の働きすい環境を整備していないというのもありますし、そういう状況だから女性が学ぼうとしない状況もあります。両方の取り組みが重要だとおもいますね。
女子教育の課題ははっきりしている
各学部の女子学生の比率についてみてもらいましたが、もう一つ注目して欲しいグラフがあります。教育系についてです。
日本は、60パーセント以上の女性がいますが、他の国と比べて少ない状況です。「Education at a Glanceから見る日本の女子教育の現状と課題」でも指摘しましたが、特に日本の高校・大学・大学院での女性教員も少ない状態です。
というのも、女性教員というのは、女子学生のロールモデルになり得ます。私は田舎の方の出身なのですが、やはり大学を出て働いている女性というのがほとんどいません。大都会だと、いろんなモデルを見ることができますが、田舎は基本的に人口の流動率が低いので、かつ比較的同質な人たちで固まっているので、女性教員は貴重なロールモデルなんです。
――私も地方出身ですが、とにかく大卒が生かせる職が教員か公務員しかないのが現状だとおもいます。多くの女子は大学にいかず、看護師・保育士・介護の短大・専門学校にいくのがほとんどです。あくまで実感なのですが。
高校の進路指導にも問題があって、女性には「手に職をつけなさい」と指導して、安易に看護や介護を勧めます。でも、看護や介護はこれから、外国人を入れようとしていますし、そうなると賃金はどんどん下がってくるでしょう。「手に職をつけろ」の合言葉で、5年、10年のスパンでしか見ずにアドバイスしています。
――もともと、男女で理系の科目の学力には差があるんですか?
よく、女子は文系が得意で、男子は理系が得意、というイメージがあるとおもいます。確かに国際学力調査を見ると統計的に男子の方が数学の良い国もありますが、同様に女子の方が良い国もあり、女性の方が数学やサイエンス分野で劣っているというはっきりとした証拠は出てきません。
ですから、義務教育の段階で数学分野の能力が劣るという証拠はありません。言語に関していえばほとんどの国で女子の方が、成績は良いのですが。
――畠山さんは女子大への理系の学科の設置を提言されていますよね。
日本の女子大では、STEM系の学部があるところはかなり少ないんです。ということは、そこにSTEM系の学部が入ることはアファーマティブ・アクション的に有効でしょう。共学の理系学部に「女子枠」を設けることには反発が強そうですが、女子大の理系学部を拡充することに反対する人は少ないはずです。
途上国だと、女の子が学校に来ない理由として、設備の不十分と安全性の問題があります。女子トイレのようなサニタリーの整備が必要ですし、安全性が確保されている必要があります。一つの基準として女子学校にフェンスがあるかどうかが重視されるんです。
現在、理系科目に進む女性は少ないですから、設備としてトイレが必然的に少なく整備が十分でないでしょうし、男性が多いとセクハラ関係のことが起こった場合、どれだけフォローされるのかが難しい。
そして最後に、日本の場合、ダントツで女性の政治参加が弱い。上の図は世界銀行のデータですが、やはり女性の議員の数が少ない。教育は地方分権的な営みですが、地方の議会に行くとほぼ男性です。やはりそうなると女子教育を議論する人が少なくなってしまいます。
このように、日本の女子教育は課題が非常にクリアに見えていると私は考えています。ぜひ重要な政策課題として議論されていってほしいですね。
補足: ジェンダーギャップ指数レポート2015から
今年も世界経済フォーラムからジェンダーギャップ指数レポートが発表された。日本の順位は145カ国中101位と今年も低迷し、多くのメディアがこの結果を取り上げた。このレポートは4つのサブカテゴリーを持つが、日本は経済活動への参加106位、教育水準84位、健康42位、政治参加104位と、健康分野を除いたすべての分野で下位に沈んでいる。
この結果を解釈する前に、まず国際的なジェンダー制度・政策評価について説明する。国際機関が実施するようなこの種の評価には2×2の次元がある。一つ目の次元は、インプット対アウトプットである。国のジェンダー問題に対する取り組みが結果に結びつくのにタイムラグが発生するため、インプット評価は現在の国の努力を評価しているのに対して、アウトプット評価はこれまでの国の努力を評価していると言える。
出典:世界銀行 世界開発指標2015
もう一つの次元は女性のエンパワメント対ジェンダーギャップである。両者の違いについて高等教育を具体例として用いて説明する。前者は女性のエンパワメントという観点から女性がどれだけ教育を受けているかを重要視するため女子高等教育就学率を指標として用いるが、後者は男女間格差という観点から男性と比べて女性がどれだけ教育を受けているかを重要視するため高等教育就学率の男女比(Gender Parity Index: GPI)を用いる。
上の表ではボツワナ・日本・韓国を例として取り上げた。女性のエンパワメントという観点から見た場合、上記三カ国の順位は韓国・日本・ボツワナという順番になる。一方で男女間格差から見ると順位はボツワナ・日本・韓国と全く逆のものとなる。
一般的に国の経済状況が良くなると、女性の教育状況・健康状況も良くなるので、女性のエンパワメントで評価すると高所得国はジェンダー問題に対する政策努力にかかわらず高い評価を得がちになる。しかし、男女間格差に焦点を当てて国の状況を評価するとこの効果が現れづらくなり、ジェンダー問題への取り組みがより公平にモニタリングされると言える。
ジェンダーギャップ指数レポートはリソースの投入よりも実際に格差が縮小しているのかどうかに焦点を当てていると記述しているので、最初の次元ではアウトプットを採用している。
次の次元についてはレポートの名前にも現れているが本文中にもエンパワメントではなくジェンダーギャップで評価していると記述があるので、ジェンダーギャップを採用している。つまり、このレポートはこれまである国がどれだけジェンダー問題に政策努力をしてきたか、その結果男性と比べて女性の状況が現在どうであるか、をランキングしたものだといえる。
以上を踏まえた上で、レポートがランキングを作成するために採択した指標ごとに日本の状況を見ていく。上の図はレポートがランキングを作成するために使用した指標における日本の値と参加国の平均値を示したもので、指標の上部に記した数値は各指標における日本の順位である。
上の図から読み解ける日本のジェンダー問題の特徴は、1)成人識字率・中等教育就学率・健康寿命が首位と、女性の基礎的な人的資本面は優れている、2)しかし、労働参加率・同種の仕事での賃金格差・所得格差が中位前後で、基礎的な人的資本が経済参加に結びついていない現状がある、3)さらに、高等教育就学率・シニアポジション人材・国会議員が下位25%以下に沈んでおり、基礎的な人的資本は充実しているものの、高度な人的資本を持つ女性が不足している、という3点に集約できる。
教育分野の詳細についても少しだけ触れておく。インタビューの中では女子学生の比率を学部ごとに示したが、レポートは教育のサブインディケーターとして博士号取得者に占める女性の割合と、STEM系を一つにまとめてSTEM系高等教育卒業者に占める女性の割合を報告している。
日本の博士号取得者に占める女性の割合はOECD諸国の中で最下位なのはインタビュー中にある通りであるが、参加国全体に対象を広げても日本より下位に位置する国はわずかに10カ国(アルメニア・ブルキナファソ・ブルンジ・エルサルバドル・エチオピア・ガーナ・ホンジュラス・モザンビーク・ネパール・サウジアラビア)しかない。これらの国の中等教育・大学教育の状況を考慮すると、世界的に見ても日本の女性の男性と比べたときの教育水準は極めて低いことが分かる。
また、上の図はSTEM系高等教育卒業者に占める女性の割合であるが、やはり日本はOECD諸国で最下位に位置する。さらに、参加国全体に対象を広げても日本より下位に来るのはカンボジアただ一国のみである。
中等教育までは日本の女子教育は質・量ともに世界トップクラスであることに疑いの余地はないが、高等教育となると世界でも最低クラスになることをこのレポートも示している。中等教育から高等教育への女子のトランジションを如何に改善するか、日本の女子教育は数ある社会問題の中でも明確に課題が分かっているものであるにもかかわらず、それに対する政策努力は十分になされてこなかった。このレポートからもそのようなメッセージを読み解くことができる。
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