作家の頭のなかをパブリッシュする?
加藤貞顕(以下、加藤) 今回は、cakesの3周年企画「メディアビジネスの未来」という企画で、お話をうかがえればと思います。佐渡島さんが、メディアとコンテンツビジネスの行く末をどう考えているのかを教えてください。
佐渡島庸平(以下、佐渡島) よろしくお願いします。
加藤 仕事でよく会っているので、こうやってお話をうかがうのはちょっと緊張しますね(笑)。さて、コルクのビジネスは、作家さんのエージェント(代理人)ですよね。
佐渡島 はい。日本ではあまりなじみのない、クリエイターのエージェントというビジネスを立ち上げるためにやっています。
加藤 そこでコルクは、マンガ家の三田紀房さんや安野モヨコさん、小山宙哉さん、小説家の阿部和重さん、伊坂幸太郎さんなど、多数の人気作家と契約をしてらっしゃいます。立ち上げから丸3年経ちましたが、手応えはいかがですか?
佐渡島 じつは3年たって、やっと何をすればいいのかビジョンが見えてきた気がしてるんです。
加藤 おお。順調にビジネスを伸ばしてきている印象があったので意外です。なにが見えてきたんですか?
佐渡島 コルクは、エージェントとして、作家の価値を最大化することが仕事だと思っています。で、それをどうしたらできるのかと考えたとき、「作家の頭の中をパブリッシュする」が基本の方針になるというのがわかってきました。今後コルクは、これをやっていけばいいんだなと思っています。
加藤 3年前に会社を作ったときには、そういう風に考えていなかったんですか?
佐渡島 僕らは、作家がそれまでは出版社とだけ仕事をしていたのを、他の事業会社と仕事をしたり、海外に進出する手助けをしたりしてきました。つまり、作家の取引先を増やす、ということをしていたわけです。これはもちろん、売り上げを増やしたり、影響力を増やしたりすることで、作家を助けることになります。でも、足りなかったなと。
加藤 なるほど。「作家の頭の中をパブリッシュする」というのは、具体的に言うとどういうことですか?
佐渡島 たとえば、ちょうど今朝、打合せしていたのが『宇宙兄弟』の照明器具です。マンガの中に、UFOが牛をさらっている形をした照明器具が登場するんですが、そのシーンのためだけに作者の小山宙哉さんがデザインしているんですよ。それで、実際の照明器具の業者さんとの打合せしたら、そのライトをひとつあたり数万円くらいでつくれるかもしれないということを話してきました。
加藤 おお。ファンにはたまらないですね。
佐渡島 そうやって作家の頭の中にある世界観を現実化して、商品化していきます。
加藤 マンガだけじゃなく、コルクでモノを作ったりするんですか?
佐渡島 はい。そこに挑戦していこうと思っています。安野モヨコさんの『鼻下長紳士回顧録』という作品なら、その中でキャラクターが着ている下着を実際の商品にして販売したり、服を作ったりもしています。『オチビサン』のおさんぽバッグは、オチビサンがマンガの中で出かけるときに持っているバッグを実際に作ったものです。
加藤 キャラクターのロゴを商品につけるのではなく、実際に登場人物が着ている服やモノを作っていくわけですね。
佐渡島 今までのライセンスビジネスはロゴやキャラクターを配した、グッズでした。大量生産で広く安く、売るためにはそれしか方法がなかった。でも、今はキャラクターそのものを押し売りするのではなく、もう少し小ロットでキャラクターの着ているものを着るほうが、より作品への愛着が増しませんか。
加藤 確かに、愛着や親近感がわきそうです。
佐渡島 読者は、主人公のことが好きになる。好きになると、憧れとして主人公が着ている服や持ち物が欲しくなることがある。実写化されたなら、好きな俳優が着ている服が欲しくなるかもしれない。
そして、好きなことを深く語り合える仲間も欲しくなる。仲間と「好き」をうまく共有できると、もっと好きになるわけです。その「好き」の元を作っているのは、全部ストーリー、キャラクターの力なんです。
加藤 はい。
佐渡島 世の中で一番難しいことって、「好きになってもらうこと」だと思います。男女でもそうですよね。結婚相手をみつけるのって、難しい。好きになってもらうって、とてつもなく難しいことです。日用品は、なんとなくいい、で購入してもらえますが、娯楽は好きになってもらえないと、継続して購入はしてもらえない。
つまり、好きになる元を作る価値は、とてつもなく大きい。ストーリーを生み出すことって、すごい価値です。
加藤 マンガは特に、好きにさせる力が強いわけですか。
佐渡島 はい。だから今後は、マンガは最強のビジネスになっていきますよ。マンガにはデザインとストーリーの両方がありますからね。マンガの価値って、まだまだ低く見積もられていると思います。
加藤 作家の頭の中をパブリッシュすることによって、より好きになったりしてもらえるということですか?
佐渡島 そうです。本を出す目的って、作家の考えたことを伝えることとマネタイズすることです。作家が思いついたものって、今までは本という1パターンしかビジネスがされてなかった。 でも、その物語や世界観はもっといろんな伝え方や商売がある。
加藤 そうか。翻訳も映像化や商品販売もそのバリエーションなんですね。
佐渡島 はい。今までは、翻訳や映像化は2次利用でした。そういうものも、できる限り本と同等と考えて、作家が生み出した世界観を10パターンとか100パターンでパブリッシュしていけば、すぐにはお金にならないものから額はそこまで大きくないものがあっても、作家の収入が安定しやすいと思います。とにかく一番作家の収入が安定する方法を考えているということです。作家が安定するということは、それはつまり作家さんと契約している、うちの会社の経営が安定するということにもなります。
加藤 普通、カッコいいビジネスの話の中に「安定」という言葉はあまり出てこない気がします。出版、コンテンツという、何が当たるかわかりにくく、当たったらでかいみたいな不安定で博打に近いビジネスの中で「安定させる」というのは、むしろ超イノベーティブですよね。
佐渡島 そう。作家に毎月100万入ってくる仕組みを作ることができたら、今度は150万にできないか、200万にできないか、1000万にできないかと考え続けている感じです。
コルクでは、すべての決断を長期的視野で考えたい
加藤 ちょっと基本的なところから伺えますか。コルクってどういうお金の流れのビジネスなんでしたっけ?
佐渡島 作家からのエージェントフィーと自分たちで立ち上げた商品開発などが主な収入です。
加藤 作家の収入は減らないのですか?
佐渡島 はい。一見、減ったように感じるかもですが、別の仕事が増えたりして、総額も増えるので、実際に減った人は今のところいないかと。少なくとも、同じくらいにはできているかと思います。
加藤 それはすごいことですよね。全体的に出版の売上が減っている中で、作家の売上を大きくして、作家とコルクが儲かるようにしているわけですから。
佐渡島 広告の案件などが決まれば収入も大きくなりますからね。広告の案件は、すぐに作家に確認をとらなければいけないなどスピード感が求められます。そこでベンチャーとしてのメリットと、作家と毎日のように連絡を取り合っていて、すべての情報が担当のエージェントに集まる仕組みのメリットが活かせています。 ウチの強みは、海外の売上の比率が10~15%ぐらいあるところでしょうか。
加藤 海外での販売を重視しているのはどういうことなんでしょう? 出版社の場合、海外での翻訳出版は先方から申し込まれたら行うぐらいのものでした。しかし、コルクの場合は、出版社から権利を譲り受けてまで海外での販売を強めています。
佐渡島 1年単位で売上を区切っていく戦略だと、海外は視野に入ってこないんですよね。だけど、長期的に作家の人生を支えようとすると、海外が視野に入ってきます。
加藤 どういうことですか?
佐渡島 たとえば、日本で売れていたものが、時代が変わったときに海外で売れたりすることがある。ヒットする期間がズレれば、それだけ一つの作品から長期的に収入を得ることができます。日本での売上が落ちたとしても、長い期間にわたっていろいろな国から収入があれば、作家の人生を何十年単位で支えることができますし、会社の収益も安定させやすくなります。
加藤 売れる国も時期も広がっていく。横軸にも縦軸にも広がる話なんですね。
佐渡島 そうです。僕らはいつも、その作家があと40年以上、仕事をするとどうだろうと考えます。そうすると、最初の頃に2億円ぐらいをドーンともらうのが幸せなのか、1000万円の収入がその後ずっと続くほうが幸せなのかというと、後者のほうが人生としては幸せだと思うんですよ。そのベースをどうやって作ることができるのか、そのベースを1000万から1億へとどうやって増やしていくのか。その仕組みを考えると、海外へ売っていくという考え方に行き着くんです。
加藤 作家と出版社の担当者って、作品が終わったり、担当が変わったりで、必ずしもずっと付き合うわけではないですからね。そういう長期的な考え方は難しいと思います。
佐渡島 コルクでは、作家人生は50年あると思って、仕組みを作りたいと思っています。もっと言えば、作家さんが亡くなった後、著作権が切れるまでの100年単位で考える。100年単位で、その著作物から利益を得るための仕組みを今、作りたいです。
加藤 なるほど。それはとても大事なことですね。
佐渡島 才能を信じて、エージェント契約をした作家の人たちなので、新作を作ったときも、すぐのヒットを期待するだけでなく、3年、4年という単位は、一緒に粘りたい。
出版社の人たちだって、そうしたいと思って挑戦して、現実の色々な困難にぶつかってうまくできなかったわけです。ぼくも、威勢良く言っていますが、今、理想と現実の間で苦労をしています。 でも、ベンチャーって、簡単にはできない理想を追いつづけることに価値があるんだと思って、粘り腰で挑戦しつづけています。
次回につづく
佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
1979年生まれ。2002年に東京大学文学部を卒業後、講談社に入社し、モーニング編集部で井上雄彦「バガボンド」、安野モヨコ「さくらん」のサブ担当を務める。03年に立ち上げた三田紀房「ドラゴン桜」は600万部のセールスを記録。小山宙哉『宇宙兄弟』も累計1600万部超のメガヒットに育て上げ、TVアニメ、映画実写化を実現する。12年10月、講談社を退社し、作家エージェント会社、コルクを創業。
構成:大山くまお
ちなみに、cakes1周年を記念して行ったインタビューはこちら。
待ちきれない方は、併せておたのしみください。