第21回 「日本公演があるなら行かなきゃ」とK氏(58歳)は言った。

【アイドル現場日記#10 初BABYMETAL編】2015年12月12日(土)「BABYMETAL WORLD TOUR 2015 in JAPAN -THE FINAL CHAPTER OF TRILOGY-」@横浜アリーナ 8100円

 K氏は、当年とって58歳、妻子あり。翻訳出版業界では有名なベテラン編集者にしてライターでもある。そのKさんが、とつぜんBABYMETALにハマったという。
 かれこれ30年余のつきあいですが、アイドル好きなんて話はついぞ聞いたことがないし、そういうイメージもゼロだったので、これにはたいへん驚いた(あとで確認したら、若い頃はそれなりに興味があったらしい。アイドルじゃないけど、1980年夏のジューシィ・フルーツのデビューコンサート@日本青年館にも行ってたとか)。
 そもそもアイドルの楽曲を聴くような環境にもなかったんですが、その状況が変わったのは、2年前、それまで家族と共用だった自宅のパソコンがKさん専用になり、自由にネットサーフィンできるようになってから。

「前にドラマとかの動画を見たことはあったけど、音楽の動画があんなたくさんネットに上がってるとは知らなくてさ。それで、この5月にたまたまBABYMETALのライブ映像を見たら、一気にハマっちゃって」
「BABYMETALは気になってたんですか?」
いや、ぜんぜん。名前も知らなかった。そんなグループがあったのか、と」
「ゼロからのスタート」
「そうだね。最初に観たのが『Road to Resistance』だったから......。『イジメ・ダメ・ゼッタイ』とかだったらハマらなかったと思うけど」
 要は、アイドル的な部分には反応していないと言いたいらしい。
「ネットには他の動画もいっぱいあるでしょ」
「ももクロはいまさら......って感じで。仮面女子は薦められて観たけど、うーん。Perfumeもなんかなあ......」
 というわけで、5月からBABYMETALひと筋に追いかけてきたという。


BABYMETAL - Road of Resistance - Trailer

 本日は、そのK氏がプレイガイドで購入したチケット2枚のうち片方を定価で譲ってもらい、BABYMETALのワールドツアーファイナル、横浜アリーナ2days1日目に連番で参戦。℃-ute10周年以来、半年ぶりの横アリですが、我が家ではBABYMETALは妻の担当なので、現場に来るのは初めてです。ほら、夫婦で同じ現場に通うと、その間、子供たちだけで留守番することになるから。
 ちなみにうちの妻のBABYMETAL歴は3年ほど。2013年のZepp DiverCity ワンマンから、東京周辺のライブにはけっこうマメに通っているらしい。僕がK氏と連番で入ることになったので(席は1階Cブロックの最後方でした)、妻は香山二三郎氏と西スタンドで連番に(笑)。

 会場に着いてみると、客層は意外とおっさんが多い。中心は40代か。女子率はきわめて低く、男性が8割以上、9割に迫る勢い。その結果、なんと、男子トイレに長蛇の列ができている。びっくり。
 ハロー!プロジェクトの現場(とくにモーニング娘。、℃-ute、アンジュルムの大箱公演)は女性客が多くて、おおむね女性トイレのほうが混雑する。そういえば、先日、モーニング娘。'15秋ツアーファイナル武道館公演で、開演前にトイレに行ったところ、女子トイレに並んでいる若い女性から「大森さん!」と声をかけられ、誰かと思ったら、ハロヲタの先輩にしてSF系アイドルの西田藍さん(ミスiD2013)。おお、今日来てたんだ。席はどこ? などとトイレ前で立ち話したあと、僕のほうがとっとと男子トイレに入ってとっとと出てきても、西田さんの並ぶ女子列はほとんど動いてませんでした......というような状態がふつうだと思っていたので、男子トイレの大行列に茫然。階段の下まで続いてるんだもんなあ。こんな列に並びたくない。結局、トイレは我慢して、シートに着席。開演までのあいだに、さらにいろいろK氏の話を聞く。

「(10月の)Zepp DiverCityのBABYMETALライブにも行ったんですよね」
「偶然、チケットを譲ってもらえることになって。コンサートなんて、20年前に日清パワーステーションで筋少(筋肉少女帯)観たのが最後でさ。どうしていいかわかんないから、さいとうさん(うちの妻・さいとうよしこ)にいろいろ教えてもらって......」

 そうそう、Kさんがベビメタに! という大ニュースはそのとき妻から聞いたんでした。思いがけずナマで観られるというので、そのときKさんのテンション上がりっぷりはたいへんなものだったらしい。ぜんぜんそういうキャラじゃないんだけど、アイドルは人を変える。
 それはともかく、BABYMETALは「アイドルとメタルの融合」がテーマなんで、かつてのロック青年、HR/HM(ハードロック・ヘヴィメタル)ファンが大量に流れてきて、客層の半分以上を占めているなんて話も聞きますが、なるほど、筋少から流れる人も多そうです(実際、2014年には筋肉少女帯とBABYMETALの2マンライブも開催されている)。ロック中年にとっては(Perfumeと並んで)もっとも入りやすいアイドルグループかも。

「アイドルのコンサートっていうより、どっちかというと外タレの日本公演に来た感じなんだよね。日本でやるなら観にいかなきゃ、っていう」と、さらに言い訳するK氏。アイドルにハマったわけじゃないと主張したがるこの傾向はなんなの!? ハロヲタ相手にそういう言い訳はいりませんから! と思いつつ、
「まあ、たしかにワールドツアーのファイナルですもんね」と相槌を打つオレ。
 BABYMETALの今年のワールドツアーは、メキシコシティ、トロント、シカゴ、ミュンヘン、チューリッヒ、ボローニャ、ウィーン、ベルリンなど世界をまわっている。アイドル界ではPerfumeに続く世界的アーティストなのである。

 しかし、たしかK氏のご家庭は、かなり奧さんの締めつけが厳しかったはず。BABYMETALにハマったことは......。
「家族にはもちろん内緒。なに言われるかわからないから」
「今日はなんて言って出てきたんですか?」
「午前中、ちょっと病院に行く用事があって。もともと今日は外出日なんだよ。そのあと新宿あたりをぶらぶらしてくるって言ってあるから......。ライブが6時スタートで90分ぐらいでしょ。ダッシュで帰れば9時前には帰りつくから......外で食べてきちゃったって言えばギリギリだいじょうぶかなあ」
「じゃあ、グッズとかも買えない?」
「買わないよ。今日もTシャツはユニクロ。一応、黒にしたけど」

 ちなみにわたしはかたちから入るタイプなので、妻に借りた公式グッズの「おめかしメギツネさん」Tシャツを着用(8月の女性限定ライブで販売されたものらしい)。BABYMETALの公式Tは黒地にメタルっぽいロゴや模様、もしくはマンガ系のイラストがほどこされたバンドTシャツ風のものが多く、ふだんも着やすい感じ。そのせいか、あるいは女子率が低いためか、客の公式Tシャツ着用率が(ハロプロ現場のハロプロT着用率以上に)高い。
 それにしてもKさん、グッズも買わないのに、2時過ぎから会場に来てたのか(開演は午後6時です)。合流したのが5時半過ぎだから、それまで3時間半も横浜アリーナで何してたんだろう......謎すぎる。

IMG_5486.jpg

「基本、在宅なんですよね。ひたすらネット?」
「毎日2時間くらい観てるね」
「BABYMETALって、そんなに動画あります?」
「海外公演のはすごくいっぱい上がってるから。動画探すのって、昔、渋谷で輸入盤とか海賊版LP漁ってた感覚だね(笑)。あと、もっと過去に遡って、さくら学院時代の活動とかも見るかな」

 BABYMETALは、アミューズがつくったアイドルグループ、さくら学院のクラブ活動(重音部)として2010年に結成。さくら学院はメンバーの中学卒業と同時にグループを卒業するシステムなので、いまはBABYMETALのメンバー3人とも卒業生。メインボーカルはアクターズスクール広島出身のSU-METAL(中元すず香)、左右をYUIMETAL(水野由結)とMOAMETAL(菊地最愛)がかためる。

「中元すず香なんか、アクターズスクール広島時代に(モーニング娘。の)鞘師里保と踊ってる動画とかありますからね。遡りはじめたらキリがない」って、オレは鞘師方面から遡ったんだけど。というか、中元すず香の存在を知ったのは、乃木坂46の中元日芽香の実妹として、が最初だったかも。「でも、さくら学院にはハマらなかった?」
「うーん。そっちには広がらないんだよね......」
「BABYMETALではだれ推しなんですか?」
「強いて言えばSU-METALっすね。MOAMETALはアイドルっぽい感じが強いじゃない? それがな~......」
「箱推しなんですね。BABYMETALは何がいいんですか? 曲?」
「そうだね。楽曲と、あとムリヤリな設定。ライブ中はキツネ様がメンバーに降臨してるっていうのとか......」
「ああ、なるほど。それでMCもないんですね」
「いらない。お客さんサービスとかなくていい。あくまで非日常の存在だから、SeeYou!っていったら消えるの、あれは」

 新曲(とあとで知った)で開幕したライブは〝紙芝居〟と呼ばれる映像をはさみながら進行してゆく。そのナレーションが絶妙に頭の悪い感じですばらしい。
「真っ赤に燃えるメタルの魂は、紅炎を放ちながら大きな Rising Sun を描き、魂の叫びが Wow Wow と鋼鉄の調べを奏でるとき、我々は一つになる」
 などなど。なんとなく『ニンジャスレイヤー』っぽいというか、ダサかっこいいギリギリのラインを狙ってやってますね。なにせ"ウォール・オブ・デスの乱"だもんなあ。

 今日お披露目の新曲のひとつは、「燃えよ、ドラゴン」風の紙芝居映像と文章が流れ、3人はカンフーっぽいポーズを披露。ブルース・リーはメタルと合うの? あ、ブルース3の「メタル・ドラゴン」とかあったから、これはこれで正解か。
 BABYMETALはライブでいきなり新曲を披露することが多く、なかなか音源が出ないし、ライブ中にMCもなく、ビジョンにテロップも出ないので、誰にも曲名がわからないという事態がしばしば発生するらしい。カンフーな新曲は、紙芝居に松岡修造そっくりの男が出ていたという理由で、ファンの間の通称は「修造」(笑)。

 BABYMETALといえばモッシュ(BM用語ではモッシュッシュ)で、ファンのことを「モッシュッシュメイト」と呼んでるくらいですが、横アリのセンター席(武道館とかで言うアリーナ席)を見下ろすと、2、3箇所でサークルモッシュが発生。モッシュというのは客同士が体をぶつけあう押しくらまんじゅう状態のことで、場合によっては相当激しく、踏まれたり肘がぶつかったりで怪我人が出たりする場合もあるようですが、今日のBMのモッシュッシュPITは、エリアが広いこともあってか、もっと穏やか。ぐるぐる輪を描いて走りまわるサークルモッシュも(上から双眼鏡で見てるかぎりでは)楽しそうです。


BABYMETAL - Ijime,Dame,Zettai - Live at Sonisphere 2014,UK (OFFICIAL)

 まわりを見渡したかぎりでは、アイドルのライブと違って、振りコピするおっさんは皆無。妻に訊いたら、女性では振りコピする人もいるそうだけど、客層はドルヲタとはかなり違う感じ。ペンライト/サイリウムなど光る棒を持つ人も皆無で(あとで聞いたら、オフィシャルに禁止されてるらしい)、ケチャとハンドクラップ(手拍子)、ときどきコールが入るくらい。
 K氏は、在宅学習の甲斐あってか、コールも完璧。ふと足もとを見ると、いつのまにか靴を脱いで裸足になってました。BABYMETALのライブは何かからの解放なのか?

 今日の主目的はK氏の取材。BMについては前々から興味はあったものの、ほとんど予習しないまま来てしまったので、知らない曲ばっかりかも......と思ってたんですが、そこは大箱らしく、「ギミチョコ!!」とか、「ド・キ・ド・キ☆モーニング」とか、「メギツネ」「ヘドバンギャー!!」あたりの代表曲(たぶん)をちゃんとやってくれたので、初参戦でも安心。「イジメ、ダメ、ゼッタイ」のXジャンプ......じゃなくてダメジャンプ(両腕をXのかたちに交差させて跳ぶ)もできたし、ヘドバンもやれて大満足。
 アイドル界でもトップクラスの歌唱力とも言われるSU-METALのハイトーン・ボイスは、生で聴くとさすがの迫力で、キメ顔も超かっこいい。鬼気迫る「紅月」(Xの「紅」にオマージュを捧げたソロ曲)とか、すばらしい仕上がり。もっとも、中年の耳には高音域の歌詞が思いのほか聴きとりにくいという問題が......。ライブ以外ではそんなの感じたことなかったんだけど。あるいは耳の老化が進んでいるのかも。

 曲数は、アイドルのライブとしてはかなり少なめの15曲。時間にして95分くらいで終了。アンコールもなく、最後はまた紙芝居が流れておしまい。なるほど、あっさりしてるなあ。

 K氏は奧さんに怪しまれないために、終わるなりダッシュで帰ってしまったので、終了後は、さいとうよしこ・香山二三郎ペアと合流し、五右衛門新横浜店でパスタを食べて帰還。考えたら、夫婦で同じホール・コンサートを観たのは結婚生活28年ではじめてかも。K氏がいつかお嬢さんもしくは奥さまとBABYMETALを観る日が来ることを祈りたい。