博士課程相当に進む女子比率、工学系女子学生比率、社会科学系女子学生比率、OEDC諸国の中でいずれもワースト1の日本。しかし、問題意識は共有されず、議論も進みません。国際教育開発に携わってきた畠山勝太さんに、統計を読み解きながら、今いちど日本の女子教育の課題について解説していただきました。(聞き手・構成/山本菜々子)
高等教育の収益率
――本日は、日本の女子教育の現状を畠山さんに伺えればとおもいます。カトマンズの出張中にお引き受けいただきありがとうございます。
いえいえ。よろしくお願いします。
――シノドスでも「Education at a Glanceから見る日本の女子教育の現状と課題」を2012年にご執筆いただきましたが、日本の女子教育は諸外国と比べてどのような状態なのでしょうか。
その前にまず、女性の教育の収益率、とりわけ高等教育のそれの話をしたいとおもいます。今回のお話の土台になる部分だとおもいますので。教育の収益にはprivate rate of return to education(私的な教育投資の収益率)とsocial rate of return to education(社会的な教育投資の収益率)の2種類があります。
――教育の投資によって、どれくらいの見返りがあるのかという話ですね。私的・社会的収益の違いはなんですか?
私的な収益は教育の便益のうち個人に帰着するもので、個人の収入が増えることをイメージすることが分かりやすいとおもいます。社会的収益は社会全体や次世代など個人以外に帰着するもので、たとえば基本的に教育を受けている人の方が犯罪率は低下します。犯罪が起きると、裁判や刑務所の運営にもお金がかかる。だから、政府が教育に補助金を出すことで、結果的に治安維持の費用を減らすことができます。また、教育を受けている方が医療費の少ない傾向があります。医療費は政府の支出の少なくない部分を占めますから、政府が教育に補助金を出すことでそれが節約できると。
――個人にも、社会にも利益があるよと。
はいそうです。ここで強調したいのは、男子教育に比べて女子教育の方が、次の3つの理由により社会的収益率が高いと考えられている点です。
一つ目が保健の観点です。教育を受けると収入が高くなる分だけ健康的な食事や医薬品が購入できますし、健康に関する情報を集めて分析する力が養われるので、結果として全体の医療費の削減につながります。女性には妊娠・出産という男性にはない医療行為がある分、教育の社会的収益率が高まると考えられます。
二つ目は家族計画の観点です。教育によって女性がエンパワメントされ、男性と交渉が出来るようになり、より良い家族計画が立てられるようになると考えられています。
三つ目が次世代への波及効果です。父親の教育水準以上に母親の教育水準は、子どもの教育や健康状況に影響を及ぼします。これらのことから、私的収益率が男女で同じならば、社会的収益率が高い分、女子教育が優先されるべきだとなります。
では私的収益率の世界的トレンドはどうなっているか? そこでこれらの表です。これらの表でなにがいいたいのか。高等教育の収益率がここ10年くらい高まっている上に、高所得国でも、女性の方が私的収益率においても教育の収益率が高い傾向にあります。つまり、いかに女性の高等教育への進学を促せるかが国にとって重要な政策課題となってきます。
――そのカギは高等教育にあるんですね。
そうですね。「Education at a Glanceから見る日本の女子教育の現状と課題」でも指摘しましたが、TIMSS(国際数学・理科教育調査)やPISA(生徒の学習到達度調査)といった学力調査で、小学校4年時、中学校2年時、義務教育修了時の成績をみても、女子教育の状況はOECD諸国の中でもかなり良い方であるといえます。義務教育段階の女子教育に大きな課題はほとんどありません。
では、そのことを踏まえながら、OECDの最新データから現在の日本の状況をみてみましょう。
日本では、専門学校や短大での女性の割合が非常に高くなっています。一方、大学や博士といったより高次の教育段階への進学率が女性の場合低いことが見て取れるとおもいます。
OECDのすべての国なので、メキシコやチリなど日本と比べると経済発展が進んでいない国も入っていますが、博士課程相当に進む女性の割合は日本が最下位です。学部・修士相当でも今は韓国が最下位ですが、最近の両国の進学に関するトレンドから判断するに5年するかしないうちかにすぐ逆転されるでしょう。
教育段階は、収入と比例する関係にあります。男女の賃金格差という点から望ましいとは言い難い状態です。
卒業学部と賃金
さらにいえば、女性が賃金に繋がる内容の教育を受けているかも検討しなければいけません。
――どの学部に行くのか?ということですか?
簡単にいえばそうですね。このグラフをみてください。これは、アメリカでどのような系統を学んだかで、どれくらいの年収があるのかを表したものです。
一番収入の高いのがEngineering/Architect、続いてComputer/Stats/Mathが続きます。どれも、日本でいう「理系」の科目です。これらは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとってSTEMと総称されます。現在アメリカでは、このSTEM系学問をいかにして伸ばしていくかが注目を集めています。
続いて、ビジネスや社会科学など、「文系」の中でも数学や統計を扱う量的な学問が占め、人文科学系の科目になるにしたがって、年収は下がっていきます。
ちなみに、医療、教育出身の学生の多くは公務員として働くことが多いので、市場原理というよりもそれぞれの国の公務員給与が一般と比べて高いかどうかに影響を受けます。ですから、各国で一貫した傾向がないことを留意してください。
では、日本の女子学生はどのような専攻が多いのでしょうか。世界銀行のデータベースから取ってきた統計を見てみましょう。
――STEM系を学ぶ女子が少ないですね。
そうなんです。これは、単に大学に進む女子そのものが少ないからではありません。一方で、賃金に結びつきにくいといわれる人文系やサービス業を選ぶ女子が多くなっていることからそれが読み取れます。
つまり、大学への女子の進学率が低いだけでなく、さらに賃金に結びつきにくい科目を選択している。問題は二重に深刻なのです。【次ページにつづく】