コラム

フランスが直面した軽減税率「陳情」合戦の不公平

2015年12月16日(水)20時15分
フランスが直面した軽減税率「陳情」合戦の不公平

フランスでは軽減税率を勝ち取ろうと各業界の陳情合戦が繰り広げられている OfirPeretz-iStock.

 2017年4月に消費税率を10%に引き上げる際に税率を8%に据え置く軽減税率の対象品目を、酒と外食を除く食品全般とすることで合意がなされました。経済学者、まともな有識者のほとんどが反対する中、政府関係者の他、新聞社など軽減税率の対象業界を除いて、軽減税率賛同者を見つける方が大変なぐらいです。

 一般国民の声などぞんざいにしても構わないというのが本音というのはわからなくもないですし、ワタクシのような亜流で末端の発信者の声がスルーされるのも慣れていますのでさほど驚きはしませんが、安保法案しかり、これまで政府寄りだった経済学者や有識者が反対といっても合意してしまうのですから、政治の力ってすごいですよね。

 軽減税率の抱える数々の問題については多くの方が発信されておりますので、今さらここに書く必要もないと思います。ワタクシ自身も早々に寄稿いたしておりますので、参照いただくとして、1点だけ補足を。

 消費税が実にややこしいのは個別の商品1つ1つの税額を計算しているわけではなく、売上げと仕入れの全体の数字を元に計算、つまり年間の売上高に税率をかけた金額から年間の仕入高に税率をかけた金額を控除して納税額を計算する仕組みである点です。したがって、一個一個の品物として計算をすると間違うことになります。

 消費税10%となった段階で食品8%とする今回の決定を前提にしたペットボトルの例ですが、もしある企業がペットボトルだけを製造・販売していたとします。この業者はペットボトルの年間売上高×8%から、中身の水の仕入高×8%とボトルやラベル・電気代・運送代などの周辺取引×10%を差し引いた額を納税します。

 もしこの業者が良心的で消費税納税額が軽減された分を公表し、それに相当する金額を一個一個の商品の値段とすれば、理論的には価格は据え置かれる可能性があります。しかし、周辺取引が10%になったため、この業者の金繰りが悪くなり、ペットボトルの価格を引き上げることもあるでしょう。消費税法は価格決定権を事業者に任せていますから、理論上価格が据え置かれるはずだといってもそうなる保証はありません。

 水などの原価は8%、周辺取引は10%分の控除によって机上の計算では納税額は少なくなるはずです。しかし、わが国は公定価格制ではなく、価格決定は事業者の裁量にまかされている以上、価格は自由に変動します。しかも、この業者の納税額(補助金額になる可能性が多分にある)が決まるのは1年後、決算が終わってからでないとわかりません。1年後にわかる軽減税率による減税分を前倒しして、あるいは翌年以降、ペットボトルの値段に1本ずつ正確に反映させることを事業者はするでしょうか。事務処理の煩雑さやコストを考えても、実際の商取引ではほぼ不可能でしょう。

 消費税は個別の商品についてきれいに把握できる間接税ではないために、非常に不透明な税金であることがご理解いただけるのではないでしょうか。ドイツの軽減税反対の議論や米国が消費税(付加価値税)を採用しない最大の理由はまさにこの点で、この税金が非常に不透明であり、モノの値段に埋もれてしまう性質を問題視しているからです。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

ニュース速報

ビジネス

イエレン米FRB議長の会見要旨

ビジネス

次回米利上げは4月の見方、短期金利先物下落

ビジネス

米FOMC25bp利上げ、「金融危機の打撃ほぼ克服

ビジネス

11月米鉱工業生産、3年半ぶりの大幅落ち込み

MAGAZINE

特集:テロと狂気の時代

2015-12・22号(12/15発売)

続発するISISのテロと欧米に広がる危険な排外主義。世界は「不安な時代」にどう立ち向かうべきか

MOOK

ニューズウィーク日本版SPECIAL EDITION

STAR WARS

『フォースの覚醒』を導いた
スター・ウォーズの伝説

12.9 ON SALE!
購入者特典:表紙ポスタープレゼント

人気ランキング (ジャンル別)

  • 最新記事
  • コラム
  • ニュース速報
  1. 1

    米利上げはなぜ世界にとって大きな問題なのか

    中国の景気と合わせ、為替相場や輸出入、原油価格…

  2. 2

    世界一「チャレンジしない」日本の20代

    意識調査によるクリエーティブ志向・冒険志向の比…

  3. 3

    米軍に解放されたISの人質が味わった地獄

    イエスと言えば処刑され、ノーと言えばイエスと言…

  4. 4

    【マニラ発】中国主導のAIIBと日本主導のADBを比べてわかること

    アジア開発銀行(ADB)の歴史から考える、アジ…

  5. 5

    やがて中国が直面する「国際的代償」、南シナ海の紛争に国際裁判所が手続き

    裁判自体を否定する中国だが、不利益な裁定が出れ…

  6. 6

    生涯未婚率は職業によってこんなに違う

    男女差が最大の医師では、女性の未婚率が男性の1…

  7. 7

    台湾ではもう「反中か親中か」は意味がない

    「台湾市民は対中接近を嫌う」という思い込みを覆…

  8. 8

    それでも中国はノーベル賞受賞を喜ばない

    100年前に魯迅は拒否し、今年は医学生理学賞の…

  9. 9

    一隻の米イージス艦の出現で進退極まった中国

    米海軍の活動を黙認すればメンツを失うが、排除し…

  10. 10

    郊外の多文化主義(1)

    「同胞」とは誰か…

  1. 1

    日本の新幹線の海外輸出を成功させるには

    日本と中国はインドネシア・ジャワ島のジャカルタと…

  2. 2

    「イスラム国」を支える影の存在

    パリ同時多発テロの後、国連の安全保障理事会は過激…

  3. 3

    現実味を帯びてきた、大統領選「ヒラリー対トランプ」の最悪シナリオ

    共和党に2カ月遅れて、民主党もようやく今週1…

  4. 4

    「現代のパトロン」クラウド・ファンディングの落とし穴

    アメリカではすっかり定着した感のあるクラウド…

  5. 5

    嫌韓デモの現場で見た日本の底力

    今週のコラムニスト:レジス・アルノー 〔7月…

  6. 6

    レイプ写真を綿々とシェアするデジタル・ネイティブ世代の闇

    ここ最近、読んでいるだけで、腹の底から怒りと…

  7. 7

    vol.4 東北大学原子分子材料科学高等研究機構准教授 一杉太郎さん高性能次世代電池「全固体電池で変わる」、次世代モビリティの未来とは

    現在、HV(ハイブリッド車)、PHV(プラグインハ…

  8. 8

    パリ同時多発テロを戦争へと誘導する未確認情報の不気味

    パリ事件の前日のベイルート連続自爆テロ フラン…

  9. 9

    乱射事件、「イスラム教徒の容疑者」に苦悩するアメリカ

    今週2日、ロサンゼルス近郊のサンベルナルディ…

  10. 10

    自宅に届いた、マイナンバー「カード交付申請のご案内」を熟読する

    マイナンバーの通知カードの配送が遅れている。当初…

  1. 1

    アングル:不正見抜けなかった東芝の監査法人、業務停止の可能性も

    東芝の不正会計問題で、証券取引等監視委員会が…

  2. 2

    中国外貨準備、11月末は3.44兆ドル 13年2月以来の低水準

    中国人民銀行(中央銀行)が7日発表した11月…

  3. 3

    北京市、大気汚染悪化で初の「赤色警報」

    中国・北京市政府は7日、深刻な大気汚染が続く…

  4. 4

    トルコ、ロシアとの関係緊張で90億ドルの損害も=副首相

    トルコのシムシェク副首相は7日、ロシアとの「…

  5. 5

    アングル:来年のドル/円、強気派と弱気派が綱引き

    11月米雇用統計を受け12月米利上げは確定的…

  6. 6

    ロンドン地下鉄駅で3人刺される、警察当局「テロとして捜査」

    ロンドン東部レイトンストーンの地下鉄駅構内で…

  7. 7

    仏与党、3区で地方選第2回投票進出を断念 極右議員の当選阻止へ

    フランス与党社会党は7日、地域圏議会選挙の第…

  8. 8

    利上げ時期来た、資産バブルの可能性には注視必要=米連銀総裁

    米セントルイス地区連銀のブラード総裁は4日、…

  9. 9

    米銃乱射事件を「テロ行為」として捜査、イスラム国に忠誠

    米連邦捜査局(FBI)幹部は4日、カリフォル…

  10. 10

    物価2%とGDP600兆円、何としても達成したい=菅官房長官

    菅義偉官房長官は5日都内で講演し、全国の都道…

定期購読
楽天スーパーセール|対象店舗で楽天ID決済を使ってお買い物すると、ポイント10倍!
ニューズウィーク日本版2016冬 特別試写会「ブラック・スキャンダル」特別試写会
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

コラム

辣椒(ラージャオ、王立銘)

「毒ガス」をまき散らす病める巨龍

パックン(パトリック・ハーラン)

過剰反応はダメ、ゼッタイ