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今年よかった本

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 今年も年末、まとめの季節になりました。今年一番よかった本は、だれもいってくれそうにないから自分でいっときますけど、『「昔はよかった」病』だったのではないかと自負しております。
 歴史にはいい面も悪い面もあって、それを両方知ることが正しい歴史認識へとつながる唯一の道です。でも少なからぬ人たちは、自分がこうあってほしいと思うきれいごとだけを信じて、気にくわない歴史は否定、もしくは無視してしまいます。
 歴史の事実を直視できないのは弱さです。事実を無視して過去を美化するのは卑怯です。被害者意識だけを強調するのは甘えです。
 日本が好きだから悪い点は指摘しないってのもおかしな考えですね。それだと、こどもが好きだから叱りません、としつけを放棄するダメ親と同じじゃないですか。
 先祖や先人を悪くいうなと怒るのは、もっとも愚かな態度です。いい悪いの問題じゃありません。重要なのは事実かどうかですから。
 たとえ先祖が大悪人だったとしても子孫に罪はないし、先祖が偉人だったからといって子孫もエラいわけじゃない。
 戦国武将なんてのは、みんな多かれ少なかれ敵を虐殺しています。それは歴史的な事実だから認めないわけにいきません。だからといって、スケートの織田信成さんを、坊さん焼き殺した武将の子孫だなどと責めるのはバカげてます。明治天皇の子孫だとか自慢してる男がいるけど、だからなんなの? 明治天皇の子孫なんてたくさんいて、なかには大麻所持で捕まったヤツもいるくらいです。先祖の功罪は、子孫には関係ありません。

 『「昔はよかった」病』は庶民史、庶民文化史の通説がいかに美しい捏造にまみれているかを暴き、戦前も昭和も平成も、日本人はたいして変わってないことを歴史的に証明しています。
 私があきらかにした事実が気にくわない人たちは、反論できないから無視を決め込むことにしたのでしょう。具体的な反論は一切ありませんでした。
 もちろん、『「昔はよかった」病』を支持してくれた人たちもたくさんいたことは嬉しかったです。一方で、不愉快な歴史の事実を受け入れられず、美しいウソを信じる人たちはやっぱり多いのだなあと痛感した一年でもありました。

 自画自賛で終わるのもなんなんで、他人の本も紹介しておきます。今年私が読んだ本のベストは新刊ではありません。1998年に出た『戦争と罪責』(野田正彰、岩波書店)でした。
 そもそもこの本にたどりついたのは、この夏、戦争について考えるためにいろいろと本を読み、戦争を扱ったテレビ番組も見ていたからでした。
 私が知りたかったのは、戦時中、些細なことで部下の兵士をぶん殴っていた上官が、戦後部下に謝罪したのだろうかということ。ちょっと服装や行動が逸脱したというだけで隣人を非国民とののしっていた隣組や婦人会の人が、戦後隣人に謝罪したのだろうかということ。
 それに答えてくれる本はみつかりませんでした。映画監督の伊丹万作はコラム「戦争責任者の問題」で、戦時中に外出するときゲートルを巻き忘れたりしただけで、隣人から非国民呼ばわりされたことをつづってます。そいつらは戦争が終わったとたん、「自分は国家にダマされていた」と被害者を装いはじめました。戦時中はみんな熱心かつ自発的に、ダマす側に協力していたではないかと伊丹は欺瞞を告発するのですが、戦争の加害について語ると疎ましい目で見られることも多かったようです。

 テレビ番組で唖然としたのが、BSジャパンで放送された番組。元兵士たちの証言を録画したものをいくつか流してたのですが、驚いたのは証言内容ではありません。
 元兵士の老人が、中国で中国人スパイを拷問した体験を語ります。べつの老人は、フィリピンで地元民から食糧などを略奪した経験を語ります。そんな証言は以前から山ほどあるので珍しくもありません。
 彼らの証言VTRが流れると、画面の端に「個人の体験と記憶にもとづく証言です」みたいなテロップが出たことに、私は驚いたのです。まるで健康食品のCMのように。
 過去や思い出を語る証言は、いいものも悪いものもすべて個人の記憶にもとづいてるに決まってるじゃないですか。それをいい出したら、『徹子の部屋』もテロップ出しまくらなきゃいけません。
 NHKは、沖縄戦で少年兵としてアメリカ兵を殺したという老人の証言を流してましたけど、いいわけがましいテロップは出してません。BSジャパンの番組の配慮は過剰です。ウソだというクレームが来たら、その根拠はなんですかと質問すればいい。ウソだということを証明する責任は、疑う側にあるのですから。
 私は庶民史の通説を疑い否定してますが、自ら裏をとる調査をしています。人の言葉を疑うなら、真偽は自分が調べなければならないのです。

 『戦争と罪責』を読むと、世間の人が嫌う事実、とりわけ戦争の加害について当事者の兵士が語ることがいかに困難だったかを思い知らされ、気が滅入ります。
 いくら戦争で命令されてやったこととはいえ、ほとんどの兵士は、人を殺したり暴行をふるったことに罪の意識を感じてたはずです。思い出したくなくて口を閉ざす人が多かったとしても、そこは責めません。
 なかには戦争中に自分がした蛮行を悔いて告白した人もいます。新聞や雑誌などにそういう証言が載ると、証言者のもとに、全国の元兵士たちから脅迫状や嫌がらせの手紙がたくさん送られてきたそうです。ウソつきめ、洗脳されたのか、そんなに罪を悔いるなら軍人恩給を返上しろ! などなど。いまはネットが荒れるとかいいますけど、むかしはリアルな世界で荒れてたんです。
 実際に、罪を悔いて軍人恩給の受け取りを拒否した元兵士もいたそうです。じゃあその人は称賛されたのか? とんでもない。その人もまた、元兵士たちから批判され、家族まで脅されたといいます。
 自分が気にくわないことをしゃべるやつは脅して黙らせる。みんなと同じことをしないやつは家族ごと脅迫する。どんなねじ曲がった根性の持ち主ですか。
 ほら、むかしからいい人も悪い人もいたんです。あたりまえだけど、それが正しい歴史認識です。
 私はべつに、むかしのことを謝罪しろ、反省しろと強要してるわけではありません。ただ、美化するなといってるだけです。いいことも悪いことも事実は事実として受け入れろと、あたりまえのことをいってるだけなんですけどねえ。
[ 2015/12/16 21:42 ] おすすめ | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

日本列島プチ改造論

コドモダマシ

反社会学講座(文庫)

つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告