キングレコード所属女性声優のPPM分析 −小倉唯の今後をめぐって−

1 はじめに

 女性声優の音楽分野での近年の活躍はめざましく、女性声優のアーティストデビューが相次いでいる。そのような環境の中で、2010年にメジャーデビューしたゆいかおりは2012年に人気を集め、同年にソロデビューを果たした小倉唯もまた成功を収めてきた。2015年のアニメロサマーライブでは、ゆいかおり・小倉唯ともに初めてフルコーラスでの2曲枠を確保し、所属レーベルであるキングレコード初の大型フェスであった6月のキングスーパーライブでも、小倉唯は2曲枠を勝ち取った。小倉唯はまた1stソロアルバムのリリースと1stソロライブの開催を成し遂げており、着実に音楽活動を軌道に乗せているように見える。


 しかし、CDの売り上げの推移に目を転じてみると、2015年は必ずしも芳しい結果であったとは言えない。シングルCDの売り上げの年平均をとってみると、ゆいかおりは2015年はじめて減少に転じ、小倉唯ソロは2年連続で減少している。2015年のゆいかおりのCD売り上げの減少は、10thシングル「NEO SIGNALIFE」にリリースイベント応募券が封入されていなかった影響が大きいと思われるが、累計6542枚という数字はゆいかおりのナマの実力を如実に示したとも言える。また最新11thシングル「Ring Ring Rainbow!!」は、自己ベストを更新したとはいえ、ノンタイアップの9thシングル「Intro Situation」をわずか600枚上回ったに過ぎず、満を持してのアニメタイアップもさほど功を奏したとは言えない。小倉唯については、すべてのシングルにアニメタイアップが付いており、同規模のリリースイベントも毎回打たれているが、数字に直結しているとは言えない(第1図参照)。


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第1図 小倉唯とゆいかおりのシングルCDの売り上げ推移


 
 CDの売り上げだけがアーティストの実績を物語るわけではない。ましてや、声優の音楽活動は音楽活動以外の様々な要因に強く規定されており、数字はそのほんの一部を反映しているに過ぎない。声優は聖なる実在であり、そのアーティスト活動は福音であるから、売り上げなどという凡俗な評価軸は全く不適当、いや侮辱とすら言える。しかしキングレコードは経済主体でもあり、利益追求を目的とする企業としての側面をいやがおうにも持たざるを得ない。キングレコードが小倉唯の音楽活動をプロデュースしている以上、キングレコードの企業としての振る舞いを分析することは、小倉唯の今後のアーティスト活動を考える上で避けられない課題である。そこで本研究では、キングレコードのありうべき経営戦略の策定過程をなぞってみることで、声優・小倉唯のアーティスト活動の行方を考察することを目的とする。


2 手法

 研究手法として、経営戦略の立案に長く援用されてきたプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)を用いる。PPMは、ある企業が複数の事業を展開しているとき、それらの事業間での最適な資源配分を考えるために使われる手法であり、これによって特定の事業の強みや弱みだけに焦点を当てるに止まらず、一個の事業体のうちにおける当該事業の位置を評価することが可能になる。

 PPMでは、各事業の相対的マーケットシェアと市場成長率に応じて、それらの事業をマッピングした図(ポートフォリオ・チャート)を作成する。事業はその市場規模の大きさに応じた面積を持つ円で表される。相対的マーケットシェアは、シェア第1位の場合、第2位のシェアに対するシェアの比率、2位以下の場合、第1位のシェアに対するシェアの比率である(例えば、1位が40%、2位が10%、3位が10%の絶対シェアを持つ場合、相対シェアは1位が2、2位が0.5、3位が0.25となる)。ポートフォリオ・チャートの4つの象限はそれぞれ「問題児」「スター」「金のなる木」「負け犬」と呼ばれる(第2図参照)。


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第2図 ポートフォリオ・チャート


 4つのカテゴリは、次のように説明される。

問題児:
高成長が見込まれるが、相対シェアは低い。キャッシュ創出力は低いが、これから投資し、シェアを拡大していくべき事業。

スター:
高成長が見込まれ、かつシェアも高い。キャッシュ創出力は高いが、自らも投資のための資金を必要とする。

金のなる木:
成長は見込めないが、シェアは高い。自らのシェアの維持に必要な分以上のキャッシュを生み、それが他事業の投資拡大の資金源になる。

負け犬:
低成長でかつシェアも低い。撤退を考慮すべき事業。



3 分析

3.1 分析対象の選定

 「キングスーパーライブ2015に出演した女性声優のうち、林原めぐみを除く11名10組+水瀬いのり」を分析対象とする。キングスーパーライブ2015に出演した女性声優を対象とするのは、彼女たちはキングレコードが現在特に注力しているタレントと考えられるからである。林原めぐみを除くのは、キングスーパーライブに出演した女性声優のうち、彼女のデビュー年のみがかなり古く(1991年)、同じ枠組みで評価するのが難しいからである。水瀬いのりを追加するのは、彼女のデビューはキングスーパーライブの後であるが、小倉唯と同い年であり、身長も近いため、比較分析が必要と考えられるからである。
 したがって分析対象は以下の12名11組である(カッコ内はキングレコードでのデビュー年)。彼女たちを本研究での「キングレコード所属女性声優」とする。

・水樹奈々(2000年)
・堀江由衣(2000年)
・田村ゆかり(2001年)
・ゆいかおり(2010年)
・喜多村英梨(2011年)
・小松未可子(2012年)
・小倉唯(2012年)
・上坂すみれ(2013年)
・佐藤聡美(2014年)
・every♥ing!(2015年)
・水瀬いのり(2015年)

 なお本研究ではキングレコード内のレーベルの違いは無視する。


3.2 市場規模の算定

 通常、PPM分析における市場規模は売上高をとるが、アーティストではしばしば売り上げ枚数がランキング等の指標に使われるため、各声優の市場規模として、2015年のシングルCDの累計売り上げ枚数をとる。シングルに限定するのは、アルバムを発売していない声優がいるためである。同年に複数枚シングルCDを発売している場合は、算術平均をとる。2015年にシングルCDを発売していない場合は、前年のシングルCDの売り上げをとる。結果を表にまとめると、第1表のようになる。


第1表 キングレコード所属女性声優の市場規模

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3.3 相対的マーケットシェアの算定

 声優のCDのマーケットシェアに関するデータはなく、推定も難しいため、ひとまずキングレコード所属女性声優内でのシェアを、2015年のシングルCDの累計売り上げ枚数を元にして算定する。それにあたっては、00年代デビュー組と10年代デビュー組とに分けてシェアを算出する。これは、00年代デビュー組と10年代デビュー組との間にはデビュー時期に10年近い開きがあるため、主たるターゲット層にズレがあり、同じ市場で競争しているとは言い難いからである。結果として、絶対的マーケットシェアと相対的マーケットシェアは、それぞれのグループについて、第2表および第3表のようになる。


第2表 キングレコード所属女性声優(00年代デビュー組)のマーケットシェア

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第3表 キングレコード所属女性声優(10年代デビュー組)のマーケットシェア

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 00年代デビュー組のマーケットシェア1位は水樹奈々、10年代デビュー組のマーケットシェア1位は小倉唯である。


3.4 市場成長率の算定

 市場成長率を求めるにあたり、まずは前年のシングルCD累計売り上げ枚数の算術平均からの売り上げの伸び率を算定する。前年にデビューしていなかった声優の伸び率は1とする。結果は第4表のようになる。


第4表 売上枚数の伸び率

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 次に、TVアニメの出演本数を考慮する。声優のアーティスト活動は、TVアニメの出演に大きく左右されるからである。インパクトの大きい出演のみを抽出するため、Wikipediaの個人ページにて役名が太字で表記されているTVアニメのみをカウントし、また同年に同タイトルの作品が複数回放映された場合、それらは重複してカウントしない(『デュラララ!』『てーきゅう』等)。なお、2014年と2015年に太字の役名がない声優は、キングレコード所属女性声優のうちにはいない。ユニットの出演数については、伸び率が大きくなる方をとる。これは、ユニットのメンバーのうち一人でも目当ての声優がいれば、そのユニットに対する需要を喚起することになると考えられるからである。出演数は第5表のようにまとめられる。


第5表 出演数の伸び率

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 さらに、デビュー年および年齢を考慮に入れる。デビュー自体に注目を引きつける効果があるほか、メーカー側もデビューしたばかりの声優には特に売り込みに力を入れると考えられるため、デビュー1年目の声優の成長率には1.5を掛ける(ピンチケボーナス)。また、声優の年齢が若いと多くイベントが打たれ、イベントの申し込みチケットがCDに封入されていたりと、ヒマな大学生やロリコンのおっさんが群がりやすいため、10代の声優の成長率には1.5を、20代前半の声優の成長率には1.3を掛ける(年齢ボーナス)。ユニットの場合は、最も若い声優の年齢をとる。これらボーナスの値は筆者の体感による。ボーナスは第6表のように設定する。


第6表 ボーナス値

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 第4表・第5表・第6表より得られた、売上伸び率、出演数伸び率、ボーナス値の積を市場成長率とすると、第7表のようになる。


第7表 キングレコード所属女性声優の市場成長率

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 売上枚数の伸び率が最も大きいのは小松未可子、最も小さいのは田村ゆかりであるが、出演数伸び率、ピンチケボーナスおよび年齢ボーナスを考慮した結果、市場成長率が最も大きいのは水瀬いのりとなった。


3.5 ポートフォリオ・チャート

 以上で、市場規模・相対的マーケットシェア・市場成長率がそれぞれ算出できた。これらを元にして、ポートフォリオ・チャートを描くと、第3図のようになる。00年代デビュー組と10年代デビュー組はマーケットシェアの算定方法が異なるため、色分けしている。「ゆ」はゆいかおり、「e」はevery♥ing!を表す。


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第3図 キングレコード所属女性声優のポートフォリオ




4 考察

 キングレコード所属女性声優のうち、水樹奈々のシェアが圧倒的であり、また出演作も増加したため、名実ともに「スター」であることが確認できる。小倉唯は、10年代デビュー組ではシェア第1位であるが、売上・出演数ともに減少していることが影響し、成長率が1を下回り「金のなる木」化している。相対的マーケットシェアの計算方法の関係上、その他の声優は全員必然的に相対的マーケットシェアが1を下回るため、「問題児」か「負け犬」に分類される。しかし一企業内でシェアが1位でなくとも、シェア1位(つまり今回の場合水樹奈々or小倉唯)に対して一定程度のシェアを達成していれば、十分キングレコード内ではプレゼンスを発揮できると考えられるため、相対的マーケットシェアの境界を1ではなく仮に0.75(シェア1位の声優の売上枚数に対して75%の売上枚数をもつ)でとり、水樹奈々をひとまず図から外すと、第4図がかける。


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第4図 キングレコード所属女性声優のポートフォリオ(修正後)



 図を修正した結果、every♥ing!が「スター」に再分類される。したがって、every♥ing!は自ら稼ぎ、それを自分に投資するサイクルが回り始めたところであると言える。小倉唯は、キングレコード内において「金のなる木」の代表格であり、潤沢な利益を生むが、高い市場成長率が見込めないため、今後の投資は手控えるべきである、というのがPPM分析から導かれる結論になる。無論、水樹奈々はキングレコードの稼ぎ頭であるが、「スター」として今後も成長が見込めるため、そこでの利益は水樹奈々への更なる投資に用いられる。他方、先輩である堀江由衣・田村ゆかりも、資金源としては期待できない。小倉唯で稼いだ利益が投資される先は「問題児」の声優であり、その代表は水瀬いのりとゆいかおりである。デビューしたばかりで、弱冠20歳である水瀬いのりは、事業拡大の格好の対象となると推測される。ゆいかおりは、小倉唯より3年早くデビューしたユニットではあるが、石原夏織の出演数の伸びが幸いし、伸びしろが認められる結果となった。

 
 すなわち、水瀬いのりとゆいかおりが、小倉唯の獲得した資金をめぐる競争関係にあることになる。この結論は、小倉唯のソロ活動の観点からすると、かなり不利である。小倉唯のソロ活動は、投資を拡大するevery♥ing!や水瀬いのりの活動との競争を強いられることになる一方、小倉唯の時間的リソースもソロ活動よりゆいかおりに割かれることになるからである。キングレコードの経済合理的な経営戦略の遂行の結果として今後ありうる小倉唯をめぐる展開としては、既に円熟期にはいった小倉唯の音楽活動は一定程度継続しはするが、どちらかと言えばゆいかおりの方に注力していく、というものが考えられることになる。その帰結としてキングレコード内のシェアを奪われていけば、小倉唯が「負け犬」に移行することも考えられる。


5 結論および今後の展望

 PPM分析を用いることで、単に声優のCDの売り上げの大小あるいは増減を比較するだけではなく、キングレコードの経営戦略のうちで、ある声優がどのように評価されるかを考察できた。小倉唯は、ゆいかおりよりも売り上げの絶対量は大きいが、だからといってユニット活動がプッシュされないということにはならない。キングレコードが一事業体として利益を最大化していこうとするとき、小倉唯のソロアーティスト活動は投資対象とならない可能性が示唆された。


 繰り返しになるが、声優は神聖な営みである。しかしその神の領域は、今資本主義の飽くなき衝動に侵食されつつある。本研究は、キングレコードと小倉唯を例にとって、その事象を切り取ってみたものである。声優・小倉唯の分析は、聖なる領域に軸足をおいてなされるのが正着であり、本研究のようなアプローチは亜流であるが、この方法は、小倉唯の輝きの裏側に、非情なビジネスの世界が横たわっていることへの想像力をサポートする。そうした想像力は、我々にとって小倉唯をいっそう尊い存在にする。

 
 最後に、ありうべき今後の展望を示しておこう。

・とりわけ市場成長率の算定は難しい問題を残す。今回は過去1年の伸び率を見たが、少なくとももう1年遡って伸び率を算出した方が正確であろう。また、ピンチケボーナス・年齢ボーナスをどう設定するかもより詳細な分析を要するところである。既に@nori_x2氏からは、他界係数を用いた成長率の平準化の必要性が提起されている。

・筆者は小倉唯ファンのため、小倉唯のみに焦点を当てたが、キングレコード所属女性声優のポートフォリオは、当然他の声優の分析にも用いることができる。例えば堀江由衣はデビュー16年目にして未だ「問題児」であり、興味深い。

・今回は2015年のポートフォリオのみを作成したが、通時的にポートフォリオを作成することで、キングレコードの事業への動態分析が可能になる。小倉唯に関して言えば、ゆいかおりのデビュー年である2010年と、小倉唯のソロデビュー年である2012年が重要になる。




(すべてのデータのソース)

アニソンCD売り上げデータ保管庫
http://anisonsinger.blogspot.jp/
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シングル売上枚数のランキングを重視するのはネタ的なものでは無いのか
ああいう傾向を律儀に受け入れるのが理解できない
アニメ出演数の扱いも雑に思える
適当に考察らしきものをするぐらいなら
売上の数だけ数えているほうが良いのでは