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“孫ターン” 新しい移住の形

12月15日 21時45分

内藤貴浩記者

今、都会で暮らす若い人たちの中で地方への移住を考える人が増えています。こうした動きのなかで、最近、注目を集めているのは、「Uターン」や「Iターン」ならぬ、「孫ターン」です。「孫ターン」の現状について、松江放送局の内藤貴浩記者が解説します。

注目集める「孫ターン」

生まれ育った地元に戻る「Uターン」に、都会から知らない土地に移住する「Iターン」。「孫ターン」は、これらにちなんで作られたことばです。都会で生まれ育った若者が、両親のふるさと、つまり、祖父母が暮らす地方に移住する動きのことです。地方から見れば孫が帰ってくるという意味で「孫ターン」と呼ばれています。国が行ったアンケートによりますと、都内在住の10代から20代のおよそ半数が、将来、地方への移住を予定している、あるいは検討したいとしています。そうした若者の間で「孫ターン」を考える人が増えているといいます。

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地域への溶け込みやすさが魅力

徳島県南部、人口およそ4500人の牟岐町に住む大澤千恵美さん(29)も「孫ターン」した1人です。ことし1月、隣の海陽町で1人暮らしをしていた祖母のひさ子さん(87)を頼って大阪から移住しました。

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以前、大阪の病院で看護師として働いていた千恵美さん。都会での生活から離れ、自然が豊かな場所で暮らしたいと考えたとき、思い浮かんだのが、幼いころから夏休みに遊びに来ていた、祖母の暮らす地域でした。その千恵美さんにも、移住にあたって不安がありました。地域になじめるかどうかです。しかし、地域には、祖母・ひさ子さんと長年つきあいがある人が多く、孫である千恵美さんをすぐに受け入れてくれました。
さらに、「孫ターン」のメリットは仕事にも及んでいます。移住後も看護師として病院で働いている千恵美さん。患者の中にはひさ子さんの知り合いもいるため、親近感を持ってもらおうと、孫であることを積極的に伝えています。看護に欠かせない信頼関係を築くことにつながっていると感じています。

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「孫ターン」してからおよそ1年がたつ千恵美さんは、新しい友だちも増え、祖母の力を借りながら、これからもここで暮らしたいと考えています。千恵美さんは「知らない土地だったら、1人で移住する勇気はありませんでしたが、祖父母のことを知っている人が多くいるこの地域であれば、暮らしやすいと感じています」と話していました。

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「孫ターン」で地域活性化を

「孫ターン」を、地域の活性化に生かそうという取り組みも始まっています。人口およそ2万5000人の島根県江津市です。移住者を呼び込むための対策を進めてきましたが、この10年で人口が1割以上減少しました。

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その影響は地元の高校にも及び、島根県立江津高校では10年以上定員割れが続き、存続が危ぶまれる事態となっています。そこで角英樹校長は県外に住む孫に狙いを定めることにしました。市内で暮らす祖父母のもとに移住してもらい、3年間、高校に通ってもらおうというアイデアです。

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「孫ターン」にちなんで、「孫留学」と銘打ってPRを始めています。角校長は、敬老会などお年寄りが参加するイベントの会場を訪れて、孫と一緒に生活できるメリットや、少人数のクラスを生かして進学や生活面できめ細かい指導を行っていると訴えています。東京に孫がいるという男性は「孫が遠くに住んでいるより、近くにいたほうが安心なので、よく話し合って検討したい」と話していました。

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角校長は「高校時代を江津市で過ごして、孫たちに地域への愛着を持ってもらえば、仮に大学などに進学するために一度は都会に戻ったとしても、将来の『孫ターン』も期待できるので、生徒の確保だけでなく、地域が抱える人口減少問題の克服にもつながるのではないか」と話していました。

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「孫ターン」広がる理由は

全国的に広がりを見せる「孫ターン」。その最大の理由は、移住する地域がどんなところなのか事前に知ることができるうえ、その地域になじみやすいということです。加えて、「孫ターン」をした人たちに、移住を最終的に決断できた理由を詳しく聞いてみたところ、仕事を知り合いから紹介してもらえたり、起業する場合に事務所を安く借りられたりしたことがあったと話している人もいました。移住先が、親の故郷ということもあって、親の理解を得やすかったという背景もあるようです。

人口減少対策の新たな視点

ただ、「孫ターン」は、あくまで移住の“きっかけ”にすぎません。移住して長く住んでもらうには、仕事や生活面での支援に加えて、地域の魅力を高めていく必要があります。地方への移住に詳しい明治大学の小田切徳美教授は、「移住を定住に結びつけるためには、移住後の子育てなどを含めた手厚い支援をできるかどうかが課題になる」と述べ、地域の住民や行政の取り組みの重要性を強調しています。

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今、多くの若者が地方への移住に関心を持っていますが、具体的な地域を決めて移住するまでには至っていない人も多いのが実情です。その一方で、多くの地方自治体は、今、人口減少対策に頭を悩ませています。小田切教授は、「町長や村長が、直接手紙を書いて、移住を呼びかけてみるというアイデアもある」と話していました。
地方の自治体にとっては、「孫」という新たな視点が、人口減少の新たな対策になるのではないかと思います。


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