"This is a wonderful night where we get to show not just a planeload of new Canadians what Canada's all about, but we get to show the world how to open our hearts and welcome in people who are fleeing extraordinarily difficult situations," Trudeau said.
"Tonight, they step off the plane as refugees. But they walk out of this terminal as permanent residents of Canada, with social insurance numbers, with health cards, and with an opportunity to become full Canadians."
上記のアルジャジーラ記事によると、カナダでは入管当局が率先して、#WelcomeRefugees というハッシュタグを使っているともいう。若くてハンサムでテレビ映えのするジャスティン・トゥルードー新首相が空港で難民を歓迎するという映像は、政治的にももちろん利用しがいのあるものだ。
以前から、「難民受け入れといえばカナダ」というのはあって、日本での難民申請が受け入れられなかった人が第三国としてカナダに渡った例などもある。トゥルードー首相が言っているのは、9年間の保守政権のあとで、(米国との国境のこともあるだろうが)そのような「世界のどこかで困っている人を受け入れる国としてのカナダ」が戻ってきたということだろう。
今年、多くの人々を「難民問題」に向き合わせた「溺死した子供」、アラン・クルディ(日本のメディアは相変わらず「アイラン」と表記しているが、それは彼らクルド人を弾圧しているトルコがつけた名前で、クルドの言葉での本当の名前は「アラン」である。英メディアはそれが判明してすぐに彼の名前を変更している)は、おばさんがカナダに暮らしているので、一家でカナダに行ければと考えて移動中にお兄さんとお母さんとともに海に飲まれた(なお、11月末に、アランの親族の一家がカナダに受け入れられることになったとアランのおばさんが発表している)。
……と、カナダからの、いかにも今どきの「劇場型」ぽいニュースが一段落したところで、英国での受け入れ開始のニュースが流れてきた。それも、めっちゃかわいい。 (*^^*)
かつて、「北アイルランド紛争」のころ、西ベルファストのIRAの活発な地域の(要塞化された)警察署のある通りは、始終ボムが爆発しているということで、「ベイルート」と呼ばれていた、という逸話がある。ベルファストから見れば、「ベイルートのほうがひどい」というねじくれたユーモアがあったわけだ。
実際、ベイルートではブリティッシュやアイリッシュを含む外国人が誘拐されて何年も帰されないということが、1980年代から90年代初めまで続いていた。解放された人もいれば、脱出した人もいるし、殺された人もいる。その数、90人以上。
https://en.wikipedia.org/wiki/Lebanon_hostage_crisis
Stiff Little Fingersの1991年のアルバム、Flags and Emblemsに入っているシングル曲、Beirut Moonは、この「人質危機」に関する曲で、英国政府が人質にされている英国人ジャーナリストの解放に向けた働きかけをまともにしていないことを批判していることで店頭から回収されたともいう。
https://en.wikipedia.org/wiki/Flags_and_Emblems
https://en.wikipedia.org/wiki/Stiff_Little_Fingers#Flags_and_Emblems
そして2015年12月、まだまだ毎日ボムスケアがあるものの(今日も2件くらいお知らせが流れてくるのを見た)、北アイルランドの暴力の停止は本物で、ベルファストには難民が集団的に受け入れられてくる。(これまでにも、個別にベルファストに来ている難民の人はいる。英国が国策で集団として受け入れるときにベルファストが最初になるというのは、今回が初めてだと思うが……といっても前回そのようなことをしたのはたぶんボスニア内戦のときで、ベルファストはまだフル装備の軍人が街にいたころだ。)
The 1st group of Syrian refugees will arrive on 15th in Belfast on a flight from Beirut - among them a baby that's just weeks old @UTVNews
— Judith Hill (@JudeHill_utv) December 3, 2015Syrian refugees who arrive in NI as part of the first group will initially be housed in north, south & west Belfast @UTVNews
— Judith Hill (@JudeHill_utv) December 3, 201515日に到着した第一便は、シリアからレバノンに逃げていた難民51人(うち11人は5歳以下の子供)を乗せ、ベイルートからベルファストに飛んできた。英国が向こう5年間で英国各地に受け入れるシリア人難民は2万人の予定。
BBC記事によると、彼らは到着して数日はウェルカム・センターに滞在し、必要な登録手続きなどを行い、それからベルファスト市内の物件に移動し、住宅や就職口、子供の通学先を見つけるための支援を得る。
といった行政手続き的なことは淡々としているのだが、「シリアの難民の人たちがベルファストに来るよ」となったあとの人々の「歓迎」の暖かさが、もう、かわいい。さすが私の心のオアシス。(*^^*)
Ms Wright said the forum had been "overwhelmed" with people wanting to help.
"Obviously these are only 10 families that are coming. There are only so many buggies and so many bags of clothes we can take so we had suggested that people might send us welcome cards," she said.
"We've been completely inundated, hundreds and hundreds of them, just to show that real sort of Belfast, Northern Ireland, welcome."
http://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-35098540
ウェルカム・センターには、小学生が一生懸命描いた歓迎のカードはもちろん、シャンプーや化粧水、乳液のようなものを詰め合わせたバスケットも用意されている。記事にある写真を見ると、「全部同じ」ではなくひとつずつ内容が違うようで、「選ぶ」ことや「別の人のと交換する」こともできるよう配慮されているのではないかと思う(そういう何でもないようなことが、「人間の尊厳」にとってとても大事だったりする)。
歓迎のメッセージカードにはアラビア語で書かれたものもあるし、ホスピタリティ(「おもてなし」)の精神があふれている。
Toys, cards...& a Christmas tree await first Syrian refugees arriving at undisclosed Belfast welcome centre tomorrow pic.twitter.com/DmPMwDAcnX
— Sam McBride (@SJAMcBride) December 14, 2015……のだが、そこは北アイルランド。子供が描いたカードに「北アイルランドへようこそ」と「アイルランドへようこそ」の2通りあったりもする。(^^;)
'Overwhelming support' as Belfast centre prepares to welcome Syrian refugees https://t.co/3BqPik9KdS pic.twitter.com/j6WQ3oNsLx
— The Irish News (@irish_news) December 14, 2015このようにして、北アイルランドの「正常化 normalisation」は、2005年のIRA活動停止宣言と英軍の撤退(オペレーション・バナーの終了)以降、着実に進んできているということがまた改めて、示されているわけだ。
でも、BBC記事にも少し書かれているが、「難民受け入れ反対デモ」みたいなのももちろんある。ただし、大手メディアはそれを宣伝してあげるようなことはしていない。
ベルファストのプライド・パレードでのキリスト教根本主義者による「同性愛者は神のみ心に逆らう存在」云々の反対デモも、ベルファスト・プライドが始まったころはニュースになっていたが、今では完全にスルーされている。(この点での転機は、たぶん、2010年のアイリス・ロビンソンの「婚外交渉」騒動だった。「聖書」を掲げ、同性愛者を「矯正すべき」と主張していた彼女が、聖書が禁じている「夫以外の男性との性的関係」を持っていた。しかも相手は19歳、アイリスの年齢の半分というより3分の1に近い。あの一件で、いろいろと、「建前」が崩れたことは否定しがたい。)
というわけで、それらの「移民反対」デモのオンラインでの写真報告(この夏に日本で話題になった、ええと、なんて名前だっけ、難民キャンプの女の子の写真を「邪悪な笑みを浮かべるずるがしこい悪人」として描いた恥知らずの漫画家、あの人の言ってたこととよく似ているので、関心のある方は注目)なども含め、ベルファストの「難民歓迎」のムードや、現場の受け入れ準備のことなどを1箇所にまとめておいた。
シリアからの難民が、ベルファストに到着。
http://matome.naver.jp/odai/2145020945361300101
この中に入っているが、1922年、アイルランドの英国からの独立が成立した際に、北アイルランドが無理やり英国に残留したとき(南北の分断)、プロテスタント独裁の専制政権が成立した北アイルランド(ベルファスト)からは、カトリックの人々が大勢、脱出してダブリンに移住した。
同じようなことは、1969年にプロテスタント過激派が、自分たちの暮らす住宅街のカトリックの人々の家(つまり隣人の家)に火を放ち、カトリックを追い出したときにも起きた。アイルランド共和国前大統領のメアリ・マカリースは、このときにベルファストからダブリンに逃げたカトリックの子供のひとりだ。
(一方、ダブリンを含む「南」では、プロテスタントにとっては非常に居心地の悪い「カトリック国家」が成立していた。それもそんなに古い話ではない。U2やヴァージン・プルーズの詳しい伝記などを読むと書いてある程度にリアルタイムの「宗教国家」。)
そういう歴史を思うとき、ベルファストが難民の受け入れ地になっているというこの現実は、非常に深く響くものがある。
さらにいえば、「難民にNO」とか言ってるのが、イングランドで宗教的に迫害され、アルスター入植で移住してきた非国教会派のプロテスタントたちの子孫だというのが、何とも言えない。
だが、このような「移民反対」は、アメリカやオーストラリアでも起きているし、欧州大陸でもアジアやアフリカから移住した人やその2世が「新たな移民には反対」という考えを抱いていることは珍しくないし、etc, etcで、アルスター入植云々にはあまり意味はないだろう。ただ、皮肉だなあというだけである。
※この記事は
2015年12月16日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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