Updated: Tokyo  2015/12/16 13:49  |  New York  2015/12/15 23:49  |  London  2015/12/16 04:49
 

あなたはどう死にますか、入棺体験に電子墓地-2兆円市場に続々参入

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    (ブルームバーグ):「暗い?」「怖い?」。岡本みわさんは(27)はひつぎのふたを閉め、中に横たわる父、明さん(57)に話しかける--。5分後、みわさんがふたを開けると、明さんは「なんだかすごく落ち着いた」と言って体を起こす。続いてみわさんがひつぎの中へ。いつか訪れる永遠の別れの予行演習だ。

岡本さん親子は東京・江東区に2月にオープンした「ブルーオーシャンカフェ」が開催する有料の入棺体験セミナーに参加した。明さんは当初抵抗があったが、「閉鎖された空間というだけで世界が違って、自分を俯瞰して見ることができた」と話す。外観はハワイのリゾート風の喫茶店。「『生き方』『逝き方』『活き方』について考えるコミュニティカフェ」をうたい、海洋散骨を手掛ける会社が運営。アロハ姿の店員はカウンセラーとして、客から死ぬことへの準備、いわゆる終活の相談に乗る。

オーナーの村田ますみさんは、ひつぎに入り「一度自分の最期を考えると、一日一日大切に生きようと考えるし、自分にとって何が大切か気づく」と、高齢者以外にも終活を勧める。これまで50人以上が入棺を体験。泣きながらひつぎから出てくる人もいれば、汗でぐっしょりになる人もいたという。セミナーでは他に、希望する死に場や最期を誰にみとってもらいたいかなどカウンセラーとノートに書き出し、死とじっくり向き合う。

就活や婚活をもじった終活という言葉が誕生したのは2009年ごろ。新人納棺師の葛藤と成長を描いた映画「おくりびと」のヒットや、1万5000人以上の命を奪った11年の東日本大震災は、人が死を身近に考えるきっかけとなり、終活の認知度を高めた。ビジネスとしても、シンクタンク試算で約2兆円の市場規模に、さまざまな業種からの参入が相次ぐ。

国内初の展示会も

流通最大手のイオンは09年、葬式サービスを一括して提供するサービスを開始。昨年には同事業をイオンライフとして分社化し、葬儀だけでなく相続・遺言相談や墓の販売まで拡大した。国内ネットポータル最大手、ヤフーは終活に関連する総合ポータルサービス「Yahoo!エンディング」を去年7月に立ち上げた。

今月8日には国内初となる「エンディング産業展」が都内で開かれ、葬儀、供養などのサービスを提供する220社が出展。3日間で約2万2000人が訪れた。広報の富永真由実氏によると、高齢化や単身家庭の増加で需要の裾野が広がったことから専門見本市の開催に至ったという。

会場内にはさまざまな形の霊きゅう車が並び、ロケットで空に散骨する宇宙葬も紹介された。ステージ上では6人の納棺師が火葬前に遺体を浴衣から死装束に着せ替える様子をモデルを使って披露した。遺族が見守る中、硬直した遺体を傷つけないよう極力動かさず、かつ肌が露出しないようにする特殊な技術だ。

船井総研で冠婚葬祭業界を担当する光田卓司チーフ経営コンサルタントは、伝統的な葬儀でなく、「自分らしいお別れがしたい」という多様なスタイルを求める層が増えているという。背景には寺社とのつながりの希薄化などがあり、「従来のビジネスモデルとは違うやり方で入れば、いろいろな業種の企業に参入余地がある」と指摘する。

2兆円市場

光田氏は終活市場を2兆円と試算する。推計によると、年間死亡者数は15年に131万人、40年には団塊世代の高齢化に伴い27%増の167万人に達する見込みだが、一方で、光田氏は葬儀や供養を安く済ませたい層が増えているため、市場規模は頭打ちになると予想する。ただし、相続など付随する市場を含めれば2兆円を優に超えるという。

イオンライフは、終活を「人生の後半戦を楽しむための準備」と位置付け、全国に広がるショッピングモールの店舗網を強みに商機を伺う。広原章隆社長は、自身の父親の葬儀で料金体系が不明瞭だと感じたり、一夜のうちに段取りをすべて決めなければならなかったりした経験をもとに同事業を始めた。

セットプラン型「イオンのお葬式」(49万8000円)の家族葬が現在の主力商品。約500社の特約葬儀社と組み、遺体の搬送、通夜・告別式、火葬から法要までを追加料金なしで行う。また、ショッピングセンターで終活フェアを全国で年間100回開き、相続や遺言の悩みを専門家に相談するコーナーを設けたり、プロカメラマンによる遺影写真の撮影やひつぎに入る体験ができるサービスを提供する。

広原社長は、65歳以上の「一番お金を持っている世代にお金をもっと使っていただく。そして、できればそれをイオンのショッピングセンターに少しでも落としていっていただければ」と話す。「そのためには生前に最終的なことまで全てを考えておくということが大切じゃないかということで、今ショッピングセンターのど真ん中で終活フェアをやっている」と述べた。

5年前にフェアを始めた当初、ほとんど客は集まらなかったが、「今は待ち時間ができるくらい、座席がいっぱいになる状況」だと広原社長はいう。イオンライフの会員数は今年7月時点で8万人で、20年の目標を20万人としている。

生前準備

ヤフーはより若い層の取り込みを狙い、終わりの字を含む終活という表現を避け、生前準備と位置付ける。死後に最大200人に向けて送付されるメッセージを作成できる機能(月額180円)や、ネット上の墓地として友人・知人などにお別れメッセージを表示し、訪問者が追悼メッセージを残すこともできるスペースを提供する。公的な証明書による確認により、クラウドに保存された個人データの削除も可能だ。

ヤフーで同事業を担当する高橋伸介氏は「もしもの時のために備えるという文化を広めたい」という思いで同企画を立ち上げた。利用者は30-40代が中心で、実際に亡くなってサービスが利用された例はまだない。同氏によると、会員数は現在「4桁の初めの方」で、5桁の早期達成を目指す。

同サービスをヤフーと共同運営し、情報サイト「いい葬儀」を手掛ける鎌倉新書は、今期(16年1月期)の営業利益で前年同期比14倍の1億7536万円を見込む。4日に東証マザーズに新規株式公開し、株価は公開価格1000円の2倍を超える水準で推移している。

終活で最も広まっているのはエンディングノートだ。万が一の時でも自分らしい最期を迎えるため、家族へのメッセージや終末期医療の方針、葬儀や墓の希望、保険や財産に関する情報などを書き留める。文具メーカーのコクヨは10年9月、「もしもの時に役立つノート」(税抜き1550円)を発売。広報担当の脇寛美氏によると、15年4月末までに50万冊を売り上げた。

遺言信託

金融機関もブームに乗る。三菱UFJ信託銀行では13年、独自に作成したエンディングノートの配布を始め、円満な相続に活用する。リテール受託業務部企画課の谷口俊彦課長は、エンディングノートは顧客が財産の棚卸しをする第一歩としての役割のみならず、家族構成などの情報を書き出すため、銀行が顧客のプロフィールを把握しやすいという面もあるという。

死後に自分の財産を遺言によって処分・分配する遺言信託の同行の受託件数は9月末で3万504件となり、過去5年間で27%増加した。相続税の改正で課税対象となる人が広がった影響もあるが、「終活ブームが追い風になっている」と谷口氏は話す。

死がより身近な高齢者の間では、終活の必要性に現実味が増す。千葉・松戸市の常盤平団地は大規模団地の先駆けとして、1960年に建てられたが、今や住人の4割以上が65歳以上の高齢者。誰にもみとられずに亡くなる孤独死が相次いだ。対策として、団地自治会が中心となりエンディングノートを作成。1人暮らしの高齢者を集めて終末期医療や葬儀についての希望を書き出す会合を催すようになった。

迷惑を掛けたくない

1人暮らしの宮内辰夫さん(87)は、ノートを持って北村弘子さん(77)の部屋で開かれた集まりに参加した。妻を18年前に亡くし、子供もなく常盤平団地に1人で暮らす。自分の最期に「どうやったら人に迷惑かからないかって、それだけですね」と宮内さんは話す。団地の高齢者仲間が、姿を見かけないと思ったら亡くなっていたことがあった。「人間とろけるほど腐ってしまってね。そういう風にはならないように私も気を付けているけれど」という。

宮内さんは足腰も丈夫で、近くのスーパーに惣菜を歩いて買いに行く。「90くらいまで生きられるかな」というが、先日お気に入りのスーツを着て遺影用写真を撮りに行った。エンディングノートに挟んだ、そのときの写真を取り出すと、他の参加者に「表情が硬い」とからかわれた。今もノートの残り半分を書き続ける。

記事についての記者への問い合わせ先:東京 油井望奈美 myui1@bloomberg.net

記事についてのエディターへの問い合わせ先:大久保義人 yokubo1@bloomberg.net; Sheridan Prasso sprasso@bloomberg.net 宮沢祐介, 中川寛之

更新日時: 2015/12/16 07:00 JST

 
 
 
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