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深き沈黙の娘 作者:木綿
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9. 緒貝枝実の調査

 束縛の激しい夫がイタリアへ旅立って早1ヶ月。
 久々の自由を満喫していた緒貝(おがい)枝実(えみ)の精神的バカンスは、昨晩届いた一通のメールで終わりを告げた。

  ◇

Subject: シチリアから愛する枝実へ
From: 巧

Ciao!
滞在が思ったより長引いて悪いね。元気にしてるか?
こちらの生活は思ったより楽しい。初めて会う従姉妹は中々面白い子で、毎日飽きない。

さて、悪いけどひとつ頼み事だ。
新聞記事を集めて欲しい。6年前に、W県で母親が娘に売春を強要したっていう事件があったろう? それの記事が欲しいんだ。
ネットに上がってる分のアーカイブはアドレス書いておくから、どの事件のことかそれで確認してくれ。
http://wshimpo.example.co.jp/news/20xx/11/post_407.html

ハードのデータが欲しいんだ。だから悪いけど図書館でも行って昔の新聞漁って、コピー取ったのを家のスキャナーでスキャンしてメール添付して送ってくれ。
逮捕から裁判まで、経緯全部ね。
出来れば外国語版もあると嬉しい。英字新聞もチェックしてみてくれ。イタリア語版があればベスト。無いとは思うけどな。

それじゃよろしく。

T.V.T.B


  ◇

 さよなら平穏。
 T.V.T.B とは Ti voglio tanto bene の頭文字で、大好きだとかすごく愛してるだとか確かそんな意味だ。げんなりした。
 メールには写真が添付されていた。イタリアの街角を背景に、巧と女性のツーショット。
 女性は枝実より2つか3つ年長に見えた。生粋の西洋人には見えないが、純日本人にも見えない。巧の従姉妹だというから混血なのだろう。
 枝実が言うのも何だが、幸薄そうな顔の女だった。対して巧の顔は輝いている。
 ――この人、巧に目をつけられたんだ。
 日本から遠くシチリアまで行ったのに巧に出会ってしまった彼女の不幸に、枝実は心から同情した。しかも血が繋がっているとは、運命は時に酷い悪戯をするものだ。
 巧と同一戸籍に入ってしまった自分のことは、敢えて考えないことにした。


 そんなわけで、枝実は休日にも拘らず図書館で古新聞を捲ってはコピーを繰り返しているのであった。

  ◇ ◇ ◇

20XX年11月14日

娘に売春強要、両親起訴 「体売ってでもパチンコ代稼げ」

 中学生だった娘(15)に売春させ稼ぎを受け取っていたなどとして、W地検は14日までに、売春防止法違反と児童福祉法違反の罪で、和歌山市に住む実母(36)と義父(47)=いずれも覚せい剤取締法違反罪で起訴=を追起訴した。
 起訴状などによると、実母と義父は一昨年1月ごろから、当時中学1年だった娘に対し「パチンコ代がない。体売ってでもつくってこい」などと売春を強要。今年2月23日深夜から24日未明にかけ、W市内のラブホテルで売春させ、相手の男から受け取った3万5000円を義父名義の銀行口座に入金させたとされる。 


20XX年11月16日

中学生の娘に売春強要 母親と義父を起訴

 中学生だった娘(15)に売春させ稼がせていたとして、W地検は14日までにW市内の母親(36)と義父(47)を児童福祉法違反と売春防止法違反の罪で起訴していたことがわかった。
 起訴状などによると、 母親と義父は共謀し、2月23日深夜から翌日未明までの間に、市内のホテルで男と売春させ、受け取った現金3万5000円を義父の銀行口座に振り込ませたとされる。母親らは、去年3月ごろから「パチンコ代がない。金をなんとかしてこい」「(私は)昔、援助交際をしていた。おまえだって稼いで家に金を入れろ」などと迫り、繰り返し少女に売春させていたという。母親と義父は、9月に覚せい剤取締法違反(使用)の罪でも起訴されている。


20XX年12月4日

裁判官、娘に売春の母親に激怒 母親は無言

 中学生だった娘に売春を強要したとして、児童福祉法違反と売春防止法違反の罪に問われた山上陽子被告(36)の公判が4日、W家裁であり、町内鎮右裁判官が「娘にしたことの重さを考えなさい」と厳しい声で被告を叱りつける一幕があった。
 被告人質問で弁護人から今後の生活を尋ねられた山上被告は「(共に逮捕された)夫と一から出直したい」と答えた。
 この言葉に町内裁判官は「愛人をつくっていた夫に愛を感じるのか。どうやってやり直すのか」と詰問。被告が「感じません」と話すと「それで彼女(娘)が新しい一歩を踏み出せると思いますか」と強い口調で諭した。
 さらに「彼女にできることがあるでしょう。あなたたちが遊びに行っている間、売春させられ、家事も一手に引き受けていた。彼女に言うことはないのですか。娘にしたことの重さを考えなさい」と叱りつけた。
 山上被告はそれには答えず無言だった。
 検察側は懲役7年を求刑、弁護側は執行猶予付きの判決を求め、結審した。
 論告によると、山上被告は夫克彦被告(47)と共謀。2月23日未明、当時15歳の娘に、W市のホテルでわいせつな行為をさせ、3万5000円を受け取らせたとされる。


20XX年12月6日

「子ではなく収入源」娘に売春強要の実母初公判

 実の母親が中学生だった娘に売春をさせ、その金をパチンコや生活費にあてていた。全国的にも波紋をよんだ少女売春事件。W市の母親(36)の初公判が4日、W家裁(町内鎮右裁判官)で開かれた。検察側の論告によると、XXXX年1月ごろからことし3月までの間に売春で200万円以上を稼がされていた少女は、「お母さんやお父さんのせいで私の体は汚れてしまった。今でも夢に見る」と話しているとし、少女に与えた影響の大きさを浮き彫りにした。
 起訴状によると、母親は少女の義父と共謀し、「パチンコ代が払えない。私も昔援助交際をしていたからおまえだって稼いで家に金を入れろ」と売春を強要。 起訴事実に対し母親は「間違いありません」と事実を認めた。
 検察側は、売春のため出会い系サイトに名前を出させ、段々と生活費もあてにするようになるなどの母親の行為に対し「少女が自分たちを恐れていることを利用し、子どもとしてではなく、収入源として見ていた」と主張。被告人質問で町内裁判官は「夫と一から出直したい」と答えた母親に対し、「少女(娘)にできることがあるだろう。その言葉を聞いて少女が出直せると思うか。娘にしたことの重さを考えなさい」と叱りつける場面も。母親は無言だった。
 検察側は、「人道上許されず、卑劣で悪質な行為」として懲役7年、罰金15万円を求刑。弁護側は、「十分反省しており、償う機会を与えてほしい」と執行猶予付きの判決を求め結審した。判決は25日。少女の売春を母親と共謀していた少女の義父(47)の初公判は18日に行われる。


20XX年12月19日

売春:「嫌がっていると思わず」 少女に強要の義父、起訴事実認める

 当時中学生だったW市の少女(15)に売春させたとして、児童福祉法違反と売春防止法違反の罪に問われている義父(47)の初公判が18日、W家裁(町内鎮右裁判官)であった。義父は「間違いありません」と起訴事実を認めたうえで、「(少女が帰宅後に)笑っている時もあったので売春を嫌がっているとは思わなかった」などと話した。
 起訴状によると、義父は少女の母親(36)=両罪で公判中=と「パチンコ代がない」などと言って、一昨年1月ごろから売春して金を稼ぐよう迫り、今年2月23日深夜から24日未明、少女にW市のラブホテルで男性を相手にわいせつな行為をさせた。受け取った3万5000円全額を、義父の預金口座にATM(現金自動受払機)から入金させるなどした。


20XX年12月25日

娘に売春強要、母実刑「人間性踏みにじる」

 W市で当時中学生の娘に売春をさせていたとして児童福祉法違反罪などに問われた母親(37)の判決公判が25日、W家裁で開かれ、懲役5年6か月の実刑判決が言い渡された。
 判決によると、母親は夫と共謀し、2年にわたって当時中学生の実の娘に無理やり売春をさせていた。母親は、娘が受け取った金を自分たちの口座に振り込ませ、パチンコなどの遊興費に充てていた。


20XX年12月26日

中学生娘に売春強要の母親に懲役5年6月
「許し難い犯行」と裁判官・W家裁

 中学生だった娘に売春させたとして、児童福祉法違反と売春防止法違反の罪に問われたW市の母親(37)の判決公判が25日、W家裁で開かれた。町内鎮右裁判官は「あまりに卑劣で非人道的」として懲役5年6月、罰金15万円(求刑懲役7年、罰金15万円)を言い渡した。
 判決理由で町内裁判官は「自分たちの遊興費のために娘の気持ちを踏みにじった許し難い犯行」と指弾。そのうえで「彼女にとって、あなたは世界でたった1人の母親だ。何ができるのかよく考えなさい」と説諭した。
 判決によると、母親は夫(47)と共謀し、当時中学生の娘に「体売ってでも金をつくってこい」などと繰り返し売春を強要。W市のホテルで今年2月下旬、男性客相手にみだらな行為をさせ、現金3万5000円を受け取らせた。


20XY年2月5日

「体売って金つくれ」…中学生娘に売春強要の義父に懲役8年

 中学生だった娘に売春を強要し、娘にみだらな行為を繰り返したとして、児童福祉法違反と売春防止法違反の罪に問われたW市の義父(47)の判決公判が5日、W家裁で開かれた。町内鎮右裁判官は「卑劣で非人道的」として懲役8年、罰金15万円(求刑懲役10年、罰金15万円)を言い渡した。
 判決などによると、義父は娘の母親である妻(37)=同罪で懲役5年6月、罰金15万円の実刑判決確定=と共謀し、「体売ってでも金をつくってこい」などと娘に言って、繰り返し売春を強要。XXXX年1月から20XX年3月ごろまで売春をさせた。またYYYY年10月から20XX年3月ごろの間、自宅でみだらな行為を繰り返した。
 判決理由で、町内裁判官は「被害者が拒絶しているにもかかわらず、長期間にわたり深い影響を与えたことは人格を根本から破壊し、その精神的苦痛は筆舌に尽くしがたい」と指摘した。


20XY年2月6日

中学生の娘に売春強要などの父親に懲役8年

 中学生だった娘に売春を強要したとして、児童福祉法違反と売春防止法違反の罪に問われた義理の父親に対し、W家庭裁判所はきのう(5日)、懲役8年の実刑判決を言い渡した。
 この事件は、W市に住む47才の男が、中学生の義理の娘の母親と共謀し、去年2月にW市内のホテルで娘に売春させ、受け取らせた現金3万5000円を自分名義の口座に振り込ませたとされるもの。義理の父親は娘の母親と共に「パチンコ代がない。体売ってでも金をつくってこい」と繰り返し売春を強要したとされ、W家庭裁判所は懲役10年の求刑に対して懲役8年、罰金15万円の判決を言い渡した。町内鎮右裁判官は判決理由で、被告が娘に性的虐待を繰り替えしてきたことに触れ、「被害者の人間性を完全に無視し、金づるや性欲のはけ口として扱った」と指摘し、「犯行はまさに鬼畜の所業と言うほかなく言語道断」と厳しく非難した。そして「裁判の中で話がころころ変わり、反省の態度ではない。自分の都合ではなく、過去の自分と向き合い、それを変えるのが反省。刑務所で傷つけた娘に何が出来るのか考え直す機会にして欲しい」と、厳しい口調でさとした。

  ◇ ◇ ◇

 枝実は溜め息を吐く。
 こんな記事ばかり相手にしていたら気が滅入るというものだ。しかも、ひとつふたつ被告人の実名が出ている記事があったが良いのだろうか。確か性的虐待等に関しては、被害者のプライバシーのために容疑者や被告人の氏名は明らかにしないものではなかっただろうか。
 そして思考は計算を始める。添付ファイルの写真に巧と一緒に写っていた女性は二十歳そこそこに見えた。そうすると6年前は中学を卒業したかしていないかという頃。
 ――絶対に、名は聞くまい。
 巧と深く関わってしまったというだけで、枝実の人生に厄介事はもう充分だった。君子危うきに近寄らず。何も知らなければ、余計な良心の呵責を感じることもない。
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