新鮮なピルスナーが好き——。大手ビールのピルスナーを飲む機会が多い日本人にとって、これは自然なことだ。またビールに関する本を少し読めば、ピルスナーはいくつかのスタイルに細分化されることを知ることができる。そのうち3種類ものスタイルのピルスナーを高いレベルでつくり続けているのが、牛久ブルワリーだ。
牛久ブルワリーはその名の通り、茨城県牛久市の「シャトーカミヤ」の中にある。合同酒精という酒造会社の一部門で、オエノンホールディングスという持ち株会社の11ある傘下企業の一つだ。このオエノングループでは焼酎、清酒、ワイン、リキュールなど実に様々な酒類が製造されている。
こうした企業が地ビールに進出するのは不思議ではなかった。まずは焼酎づくり、商品開発、清酒づくりに従事していた3人を、醸造設備の仕入れ先のツテがあったドイツに派遣し、ビールづくりを学ばせた。この研修では140日間にわたり大小のブルワリーでの製造実務や、世界的に有名なデーメンス醸造アカデミーでの講義受講、そして隣国のチェコ、オーストリア、ベルギーのブルーパブ視察が行われた。それらの経験を基に1996年7月に醸造免許を取得し、製造・販売を開始。茨城県では第1号の地ビールブルワリーとなる。シャトーカミヤにそれまであったワイナリーとレストランなどに新たにビール醸造施設が加えられ、シャトーカミヤ全体のリニューアルが図られた。
ブルワリーオープン当初のラインナップは、へレス、デュンケル、ブラウマイスターオリジナル(ドルトムンダー)で、そのほか季節限定があり、スタウトを除いてはドイツスタイルを作り続けてきた。
スタート以来、改良を続けてきたというへレスは、穏やかな麦の甘味を最大の特徴としつつも主張しすぎず、苦味とのバランスがよく取れている。同じく、デュンケルは、一般的なこのスタイルのなかでは香ばしさが強めで、麦の味わいを存分に楽しむことができる。ブラウマイスターはへレスよりも苦味が強く、飲みごたえがある。いずれも炭酸ガスの発泡が優しく、飲み疲れしない。
オープン当初は他のメーカーと同じく、レストランからお客があふれるほどの盛況を得ていた。ほどなく落ち着くが、シャトーカミヤ自体に年間40万人もの観光客があるため、地ビールブームの急速な冷え込みと同時に客足が大きく落ちるということはなかった。
シャトーカミヤは、電気ブランが飲める浅草の「神谷バー」をつくったことでも有名な神谷傳兵衛によって1903年に設立された。シャトーの名前の通り、ブドウ園を持つワイン醸造所としてスタートしたが、実は傳兵衛はビールも作ろうとしていたという。傳兵衛は1873年から数年間、横浜で働いており、キリンビールのルーツとなったスプリングバレー醸造所のビールを飲んだことがあるのではないか、と想像がふくらむ。傳兵衛が作ろうとしたビールは「トンボビール」と言い、製品化こそされなかったもののそのラベルは現在「多摩の恵」というブランドのビールをつくる石川酒造(東京都福生市)の資料館で展示されている。
現在ブルワリーの醸造長を務める角井智行は、大学でバイオテクノロジーを学んだ後の1999年、様々な酒が好きだったこともあり、合同酒精に入社。酵素医薬品研究所に配属され、大腸がん検診のための試薬の研究・開発に従事するなど、研究員として働き続けた。その一方で、社内でつくられていたクラフトビールに興味を持ち、ビアフェスのボランティアスタッフとしても積極的に活動し始めた。そして異動希望を出し、2004年ブルワ—として牛久ブルワリーへ配属。
「うちの『ピルスナー』はホップ由来のハーブのような香りが他にないくらい強く、ブラウマイスターはとてもバランスがとれていると思います」と言うように、角井は配属される前から牛久ブルワリーの質は良いと思っていた。だからこそ他に取り組みたいことがあった。
角井の異動とタイミングをほぼ同じくして、シャトーカミヤ内のレストランではビールサーバーを4本から8本に倍増していた。ビアフェスに参加することで様々なスタイルのビールに触れてきた角井はそこで、ドイツスタイル以外のビールもつくることを提案。その第1号はアメリカンペールエールだった。当時カスケード種のホップを使ったビールは、日本ではまだ珍しく、ビアフェスでその華やかな香りに魅了されていた角井は、いつか使ってみたいと思い続けていたのだ。そうしてドイツ以外のスタイルのビールも積極的につくり続け、今では年間で30種類ものビールをつくっている。おかげで常連客は来るたびに違ったビールを楽しむことができる。
牛久ブルワリーの中に入ると、珍しい光景が広がる。それは分析などのための様々な機器が並んでいることだ。角井やブルワ—の佐野理恵は合同酒精のなかの研究所出身なので、こうした機器を使いこなしてビールを様々に分析し、厳格な品質管理に役立てることができる。酵母の培養もできる。そうしてできたビールの一つが「桜酵母ビール」だ。園内の桜から採取した酵母を使うと、まるでベルギービールのような豊かな香りが生まれた。
コンペティションには2007年から出し始め、インターナショナルビアコンペティション(日本地ビール協会主催)では出品したうち3銘柄が銅賞を得た。角井は移動中のバスの中で受賞を知り叫んで喜んだ。ピルスナーは多くのブルワリーで作っているし、ゴクゴクと飲める親しみやすいビール、それだけにコンペでは激戦の部門となる。角井はビアフェスのボランティアを通じてそれをよく知っていたので、思わず叫んでしまったのだ。
ピルスナー、へレス、ドルトムンダーと近いスタイルを作っていて、ニーズの食い合いは起きないのだろうか。「大手ビールが並んでいても『私はA社のBという銘柄しか飲まない』という人がいるでしょう。それと同じように『僕はへレスがいい、私はピルスナーがいい』というように、皆さんお気に入りをお持ちのようです」と角井は言う。ピルスナーのなかの微妙な違いを感じ取ることができるのは、もはや日本人の長所と言えるのではないか。確かに牛久ブルワリーのへレス、ドルトムンダー、ピルスナーは似たところを感じさせつつも、はっきりとした違いがあり、いずれも優しさをともなうおいしさを持っている。
しかし最初からお客が銘柄の違いをはっきりと分かってくれたわけではなかった。例えばデュンケルはピルスナーよりも濃色というだけで「黒ビール」としか呼んでもらえなかった。しかし現在では、このドイツ語が耳慣れないにもかかわらず、「デュンケルください」と注文してくれる地元のお客が増えてきたという。
去年から今年にかけては一部のビアパブで、牛久ブルワリーのビールが飲めたが、実はそれ以前も現在も、外部には出荷していない。「牛久に、そしてシャトーカミヤに来て、雰囲気と一緒にビールを楽しんでほしい」という思いがあるからだ。実際、シャトーカミヤ内にはブドウ園や洋式庭園、そして重要文化財に指定されているレンガ造りの建物(現在は修復中)があり、散歩するのにちょうどよく、観光スポットとして大勢のお客が来るのもうなづける。
牛久ブルワリーでのつくり方の特徴の一つである「ワンタンク醸造」は、発酵と熟成のタンクを分けずに、一つのタンクで発酵・熟成を行う。この方法のデメリットは酵母による濁りであるが、凝集性の高い(互いに集まりやすい)酵母を使うことにより解決している。そしていま、シャトーの中にあるブルワリーとして新たに挑戦しているのが、ブドウ果汁と麦汁と糖をワイン酵母で発酵させたビールだ。この号が出ているころにはシャトーカミヤ内のレストランで飲めるだろう。
近年ではシャトーカミヤをもっと知ってもらうためのイベントも開いている。まずは毎年秋のワイン祭り。この日はワインが2,500円で飲み放題になるほか、ビールも2,500円で飲み放題になる。そして毎年ゴールデンウィークに開催している「地ビール祭り」では、10種類以上のビールが、開始から終了までいても2,000円で飲み放題になるという。
さらに近隣には、カッパが出るという伝説を持つ牛久沼や、世界一大きい大仏としてギネスブックにも載っている牛久大仏がある。特に大仏は中に入ることもでき、内部では宇宙を感じられそうな演出もあるので、是非一緒に訪れたい。そして何よりうれしいのは、シャトーカミヤは駅から近いことだ。JR牛久駅から徒歩10分以内で着く。牛久駅は上野駅から常磐線で乗り換えなしで1時間以内でアクセスできる。駅からこれほど近いブルワリーは珍しい。
何もない休日に家族や友人と一緒に訪れたら、誰もがきっと楽しめるだろう。
This article was published in Japan Beer Times #16 (Autumn 2013) and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.