文/内山 節(哲学者)
パリのアラブ人街にて
パリに足を伸ばしたとき、私には一度は必ず出かける場所がある。そこはベルヴィルという地区で、昔は貧しい労働者たちが暮らすパリの場末の町だった。
ルネ・クレール監督の映画『天井桟敷の人びと』の舞台になったのもこのあたりで、映画のなかでは貧しかった娘が金持ちの家に嫁ぎ、豪邸のベランダに立って遠くにかすむ労働者の町の灯をみながら、あの暮らしの方が人間的だったと振り返るシーンがある。
私がこの地区に出かけるようになったのは35年ほど前で、その頃はアラブ人街になっていた。フランスは主として1960年代に労働者不足を解消するために外国人労働者を呼び寄せた。彼らはフランスの底辺の労働をにない、パリの最下層の町で暮らすようになった。いまにも崩れ落ちそうな3階建てくらいの古い建物が並ぶ場所だった。
だがここでのアラブ人たちの暮らしは長くはつづかなかった。1980年代に入るとパリ市は建物を問答無用で破壊し、再開発をはじめたのである。旧住民は再開発後のアパートに優先的には入れることにはなっていたが、その家賃は高く、ほとんどのアラブ人はこの地区から追放されてしまった。
彼らはパリ郊外の安いアパートを探した。しかしそこで待っていたのは差別であり、ときに右翼の襲撃だった。殺された人たちも何人もいる。
さらに過酷な状況下におかれていたのは、パリで生まれた二世の人たちで、彼らが仕事を探す頃にはかつての高度成長も終わり失業者が増えていて、仕事を探すことも容易ではなくなっていた。
フランス政府はフランス語を話し、フランスの価値観を受け入れることを要求し、しかしそうしたところで最下層の生活から抜け出る道も、差別や迫害から解放されることも保証されてはいなかった。
だか、にもかかわらず彼らにとっては「祖国」はフランスなのである。両親が生まれた国は行ったこともない場所だし、アラビア語も話せない。しかしその「祖国」は自分たちを追い詰めるばかりで、人間的に扱ってはくれない。結局どこにも生きる場は存在しないのである。
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