久能山東照宮博物館所蔵 洋時計
久能山東照宮には、慶長16年(1611)スペイン国王フェリペ3世から徳川家康公に贈られた西洋時計が神宝として残されています。
元和2年(1616)に家康公が亡くなった後、久能山東照宮に納められ、大切に保管されてきました。後、家康公の愛用した手沢品のひとつとして、国の重要文化財に指定されています。
慶長14年(1609)7月、スペイン船が千葉県沖で遭難し、房総半島の岩和田(現在の御宿町)に座礁してしまう事件が起きました。村民たち総出の救援によって、乗組員373人の内、317人の命が救われたと伝わっています。
千葉県御宿町歴史民俗資料館所蔵
その中に前フィリピン総督であった、ロドリゴ・デ・ビベロが含まれていました。当時、スペイン領であったフィリピンからメキシコへの大航海の途中での遭難でした。
乗組員たちは大多喜城主の本多忠朝の歓待を受け、ビベロは駿府に大御所として生活されていた徳川家康公との面会に至りました。
家康公はビベロら乗組員の日本での滞在に便宜を与え、メキシコに帰るために英国人ウイリアム・アダムス(三浦按針)に作らせた小型帆船を貸与します。
家康公は進んだ国際感覚の持ち主であり、スペインからの科学技術の供与や貿易交流を望んだのでした。ビベロらは家康公の温情に感服し、メキシコへと旅立って行きました。
セバスティアン・ビスカイノ
慶長16年(1611)、スペイン国王フェリペ3世からの答礼使としてセバスティアン・ビスカイノが日本を訪れました。
ビスカイノは家康公に表敬訪問し、スペイン国王からの贈り物を届けました。その中に含まれていたのが「洋時計」です。
スペイン国王に仕えた時計師、ハンス・デ・エバロが1581年に製作したものでした。家康公は海を越えてやってきた、光り輝くこの時計を大層お気に召され部屋に飾っていたと伝わっています。
徳川家康公が薨去の後、直ちに久能山東照宮が造営されました。洋時計はどうなったのでしょうか。洋時計は久能山東照宮に神宝として納められました。
当時、日本とスペインとでは暦法が異なった為、時計は日本国内では時計としての機能は果たすことが出来なかったようです。
ビスカイノによって届けられた贈答品の中には「国王・王族の肖像画」などがあったとされますが、これらは寛永12年(1635)の駿府城焼失と共に紛失してしまったと伝えられています。
時計は海を越えて日本に渡り、将軍徳川家康公のお手回りの品として愛用され、家康公の没後は東照宮の神宝として深い眠りにつきました。この事が【奇跡】を呼び込みます。
機械式時計はヨーロッパで開発され、金属加工技術の進化とともに発展していきました。古い時計も外装はそのままに機構・部品を交換することによって機能を向上させていきました。
これは機能が向上していく反面、作られた当初のオリジナルが失われていくという事です。ヨーロッパ製の同時代の時計は50個ほど現存しますが、殆どが「パーツ交換によってオリジナルの姿は失われている」と考えられています。
東照宮に納められた洋時計は作動される事無く、時を超えて眠り続けました。当然、部品交換も行われません。この事は現代に至り「16世紀に作られた時計がオリジナルのまま現存する」という奇跡に繋がりました。
通常、ヨーロッパでは時計を贈答する際、革製ケースに入れて渡したそうですが、革製ケースは殆どの場合破棄されてしまったようです。家康公はどうだったでしょうか。舶来の品を大層珍しがった家康公はケースもそのまま保存されました。外部装飾・内部機構・革製ケース、これらが16世紀オリジナルのまま残っていることは、世界に類例がありません。
日本国内には西洋で製造された古い時計を鑑定できる専門家がいません。
家康公の洋時計は昭和29年と30年に、国立科学博物館の朝比奈貞一博士をリーダーとする調査グループによって機構が調査され、整備を経た上で精密な図面が制作されました。
以来、久能山東照宮博物館にて厳重な管理がなされてきましたが、平成24年に「16世紀の時計がオリジナルのまま現存する」という話が海を越えイギリス大英博物館に伝わりました。大英博物館から調査員として時計部門の責任者であり世界屈指の時計研究者であるデービット・トンプソン主任学芸員をが来日しました。
平成24年5月15日から17日まで、デービット・トンプソン主任学芸員による調査が実施されました。
丹念に分解、調査が為された結論は「この時計には製造された16世紀からのオリジナル部品が99%残っており、革製のカバーまで残っている。また技巧としても当時として最高技術の結晶であり、ハンス・デ・エバロが制作した時計の中でも極めて傑作。世界に類例がありません。」というものでした。
上記「家康公の洋時計」に関する解説は、それまでの資料とこの大英博物館の調査によるものです。
久能山東照宮、落合偉洲宮司は平成25年7月、「家康公の洋時計」の歴史的な背景から、大英博物館の調査までを「家康公の時計 四百年を越える奇跡」(平凡社、定価1600円+消費税)としてまとめました。
「この世界的なお宝を日本の国宝にしたい、というのが私の願いです。ぜひ、この本を手に取っていただき、江戸時代という平和の時代を築かれた、家康公の偉業を象徴するものとして、この時計が久能山東照宮にあることを知っていただきたい、と考えております。
全国の書店、およびAmazonで、お求めいただけます。
家康公の時計: 四百年を越えた奇跡
落合 偉洲 平凡社 2013-07-26
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