荒川アンダーザブリッジ〜宝物はきっと、ここにある〜
そんなキャッチコピーまで付けられ、映画化された「荒川アンダーザブリッジ」という漫画がある。今は落ち着いたと思うけど、あそこまであの漫画が一世風靡した理由は、その「荒川アンダーザブリッジ」という名前の語感が良すぎたのも一因だと思うのだけど、どうだろう。
さて、東の荒川様がなんぼのもんじゃい、西には淀川様がおるわい。
ということで、大阪市民なら誰しも敬愛している、もしくは敬遠している淀川。
…の、橋の下。
「淀川河川敷」のことを書きたいと思う。
■どこでもドア
阪急電車を降りて、河川敷の方へ歩く。
キャッチボールをしている若者達、川沿いを走る夫婦達。すれ違う人々は、思い思いのひと時を皆過ごしているようだ。
そんな風景を横目に、だいぶ川岸に近づいただろうか。
こんなものが見えてきた。
右手には人が休憩できるようなスペースと、そして左手には何か建物の入り口のようなものが見える。だが、なにか違和感を感じる。
さらに近付くと、その違和感の正体が分かってきた。
ドアだ。
ドアである。
建物のように見えたそれは、枠組みだけのドアだった。
そのドアの形に、既視感を覚えずにいられない。そう、これは…ドラえもんの秘密道具「どこでもドア」に似ている。だがドラえもんのそれのように、ドアから何処へでも行けるわけではないようだ。よく見るとそのドアの先には桟橋のようなものがあり、淀川の川面へと続いて行っている。
これは、一体、何なのだろうか?
建物のように見えたそれは、枠組みだけのドアだった。
そのドアの形に、既視感を覚えずにいられない。そう、これは…ドラえもんの秘密道具「どこでもドア」に似ている。だがドラえもんのそれのように、ドアから何処へでも行けるわけではないようだ。よく見るとそのドアの先には桟橋のようなものがあり、淀川の川面へと続いて行っている。
これは、一体、何なのだろうか?
やはりというかなんというか、船着場なんだそうだ。ただし作ったのは公ではなく個人。かなり昔からあるらしく、その時代はハッキリと分かっていない。
もう少し下流に行けば、緊急時の貨物の運搬として許可が降りている船着場もあるそうだ。だがここはそれには該当しない…セルフビルド船着場となっている。
最も、水面上にある物件であれば、明確な権利はないらしいが。
藪の中に突如現れるドア、そしてその先の船着場。さらにその遠くに霞むように連なるのは、あの有名なスカイビル等の梅田高層ビル群だ。
淀川越しに、こんな世界が広がっているなんて知らなかった。まるで夢の中の景色のように思える。
ぼーっと眺めていたら、遠く下流の方を阪急電車が滑って行く音が響いた。
ハッと我に帰る。
ハッと我に帰る。
ここはまだ、広い「淀川アンダーザブリッジ」のほんの入口部分だ。
■あいのけもの
先ほどのドアから、東へと歩く。河川敷は、BBQやフリスビーをしている人達で賑わっている。笑い声がいたる所で上がり、とてもとても楽しそうだ。
そこから川辺の方へ歩いていくと、突如鉄パイプの柵が出てくる。
これが更なる異空間への入口だ。
そこから川辺の方へ歩いていくと、突如鉄パイプの柵が出てくる。
これが更なる異空間への入口だ。
たいていの人はこれ以上進まない。来るものを拒むような、何とも言えない雰囲気を醸し出しているからだ。その先に目をやると、自分の背丈を超えてしまうくらいの高い高い藪が広がっている。
航空写真で見てみると、まるで蟻の巣のように、部屋のような丸い部分と、それらを繋ぐ細い通路になっていることが分かる。
実はここ、その筋では有名なハッテン場なのである。興味がある人は、大阪 /ハッテン場などで調べてみるといいだろう、様々な情報が出てくる。
近くを通る大きな新御堂筋や御堂筋線の電車からは、背丈以上の藪によってその場所は綺麗に隠れて見えない。
ガササササ
藪の中を抜ける。尖った草が薄く肌を切る感じがして、ふと、子供の頃の記憶がフラッシュバックした。
ある夏の日、子守してくれていた叔母をまいて、兄弟と近くの山の中を探検していた。深く深く茂る藪。叔母は、大人達は、だれも私達兄弟に追い付いて来れなかった。
ズンズンと藪を掻き分けて、そのまま何処までもいける気がした。お伽話であった夢の場所へいける気がした。でも、切り開かれた山はすぐ抜けてしまい国道沿いへとポンと出てしまった。
何処までも行けるわけではないのだ、と子供心にそう思ったものだ。
ちなみに叔母には、後からとても叱られた。
ズンズンと藪を掻き分けて、そのまま何処までもいける気がした。お伽話であった夢の場所へいける気がした。でも、切り開かれた山はすぐ抜けてしまい国道沿いへとポンと出てしまった。
何処までも行けるわけではないのだ、と子供心にそう思ったものだ。
ちなみに叔母には、後からとても叱られた。
ガササササ
大きな音を立てて抜けると、そこにはまるでミステリーサークルのように、ぽっかりと不自然な空間が広がっていた。
そして、その中央にはこんな草むらに似つかわしくないものが鎮座していた。
▲青いマット
人が寝転べるくらいのマットだ。非常に生々しい。ここへたどり着いた野獣達は、絡まりながら転がりながら倒れ込むのだろうか。熱い雄叫びを上げるのだろうか。草を踏んできたせいか、緑の青臭い匂いが鼻につく。ここで情事が行われたのは、そんなに遠い昔ではない気がする。
吹き溜まりのような、押し倒された茎による空間はいくつもあった。そして、さらに生々しい情事の跡が残っている所もあった。
▲アナルプラグ
黒光りするその上を、暖かな木漏れ日が静かに揺れていた。
黒光りするその上を、暖かな木漏れ日が静かに揺れていた。
ハッテン場というのは不思議な場所だ。例えば、女対女のレズビアンの世界では、こういう大規模な野外ハッテン場は絶対に出来ないと思う。理由は上手く説明出来ないけども、そこに男女の性差の根本みたいな物がはっきりと表れている気がする。純粋なくらいの性欲が濃縮されて生まれたハッテン場は、男だからこそ到達出来る、ある種の究極の性の形とも言えないだろうか。
藪が茂った中で貪りあう人達。子孫を残す行為ではないのに、想像するその姿は本能に従って動く獣のようだ。
こんなにも都会の側で、人間が獣に戻っている。
淀川アンダーザブリッジ。
■犬と長屋
こう見ていくと本当に淀川には様々な人がいる。何がそんなに釣れるのか、岸辺には釣り人がズラリと並ぶ。
ウナギやシジミも採れると聞いたことがあるが、泥臭い淀川の水で生きるそれらが、果たして美味しいのかは知らない。
勿論ここもセルフビルド物件である。
この長屋、実は結構開かれているらしく、ホームレスもホームレスでもない人も集まっているようだ。
最もここの住民が正式にホームレスなのかと言ったら、それは違うのかもしれない。こんな立派なホームがあるのだから。
長屋に、1匹のヨレヨレの犬が入っていくのが見えた。
なんだかこの詫びしい犬が気になってしょうがなくなった。少し前に実家の犬が死んでから、犬を見ると死んだ犬に重ねてしまう。この犬は、この淀川で暮らしていて幸せなのだろうか。
長屋の前の椅子に座って話している人の中には、女性のような人も居る。
こんなに開かれた場所なら大丈夫かぁ、そう思って、住民である背の高いおじさんに話しかけてみた。
「この犬って何歳くらいですか?」
てっきり高齢犬だと思ったら、そのくたびれた様子は出産疲れのようだった。
「犬、見せたろかぁ?こっちや。」
そう言って、おじさんはホームレスハウスの中に入って行った。
どうしたものかと一瞬躊躇する。着いて行くべきか、着いて行かないべきか。
明らかに着いて行くべきではないのだけども、それよりも、この長屋の中がどうなっているのか気になる。ここの住民が、どうやって暮らしているのか気になる。
明らかに着いて行くべきではないのだけども、それよりも、この長屋の中がどうなっているのか気になる。ここの住民が、どうやって暮らしているのか気になる。
おじさんに続いて、ホームレスハウスの中へ入っていった。
…そのうち私は、好奇心に殺されると思う。
ホームレスハウスの中は広かった。生活雑貨、家具などはひと通り揃っている。
しかも、手前に見える机には網のような物が張ってあり、炉端焼きに興じることも出来そうだ。ここで、淀川で釣った魚を焼いたりしているんだろうか。
しかも、手前に見える机には網のような物が張ってあり、炉端焼きに興じることも出来そうだ。ここで、淀川で釣った魚を焼いたりしているんだろうか。
先日、あの村田らむさんのイベントに出演させていただいた。
ホームレス大博覧会 や ホームレススーパースター列伝 など、数多くのホームレス本を出版されているホームレス界隈の有名人である。
その時初めて知ったのだが、ホームレスになる理由の中で意外と多いのは
「財布を無くしたから」というものなんだそうだ。
…そんな理由で、人はホームレスになったりするのだろうか。
ホームレス大博覧会 や ホームレススーパースター列伝 など、数多くのホームレス本を出版されているホームレス界隈の有名人である。
その時初めて知ったのだが、ホームレスになる理由の中で意外と多いのは
「財布を無くしたから」というものなんだそうだ。
…そんな理由で、人はホームレスになったりするのだろうか。
でも確かに分かるかもしれない。
先日、ちょうど財布を無くしてしまった。しかも旅先のことで、お金も新幹線の切符も財布の中である。カードどうしよう銀行どうしよう免許証どうしよう、それよりもここからどうやって帰ろう、と呆然とした。
結局財布は無事に見つかったのだけど、もしあのまま見つからなかったら、どうなっていただろう。
お金もカードもない。身分を証明するものがない。手続きには金が要るが、その手持ちの現金も何も無い。
お金もカードもない。身分を証明するものがない。手続きには金が要るが、その手持ちの現金も何も無い。
そこにあと少し、例えば身寄りがなかったり、職がなかったり等の条件が加わったらどうだろう。
もう人生どうでも良いやと、別に家に帰らなくても良いやと、投げやりになってしまうかもしれない。
思ったよりも簡単に、人は「自分の居場所」を失ってしまうのかもしれない。
今自分が立っている場所は、財布を無くすくらいで壊れてしまう、脆い崖の上なのかもしれない。
おじさんは仔犬を連れ出し、淀川河川敷に放した。そして、日光浴をさせ始めた。
「母犬は、ビーグル犬やからビーちゃんって名付けたんやけど、ビーさんっていう仲間が居るからなぁ、ピーちゃんに名前を変えたんやわ」
「でもそのあと、こぉんなにブクブク太ってなぁ。もうこれじゃ、ピーちゃんやなくてブーちゃんやわ!」
アッハハ、そう言いおじさんは笑う。
なんだそりゃ、と私もつられて笑う。
太陽の下で遊ぶ仔犬からは、獣の匂いがした。
若いカップルが通りかかる。怪訝そうな目で見られたので、視線を逸らして淀川の波間の方を向いた。
「ありがとうございました。」そう言っておじさんの側に行って挨拶した。
おじさんからは、仔犬と同じ獣の匂いがした。
おじさんからは、仔犬と同じ獣の匂いがした。
淀川アンダーザブリッジ。
■猫とピカソ
淀川を行ったり来たり、最初に書いたどこでもドアの付近まで戻って来た。
淀川の河川敷は緑豊かである。新緑の季節にはその木々は生い茂り、高く高くまで藪が伸びる。
そこに、隠れるようにその「ピカソの家」はある。
ピカソの家、という名称は誰が言いだしたのか。
ここも淀川河川敷のセルフビルド系住居のうちのひとつなのだが、群を抜いて奇抜で奇天烈なものなのだ。
森のような茂みの傍らに、なにやら粗大ゴミのようなものが見て取れる。だがこれはピカソの家のほんの一部である。
ピカソの家がその全貌を現すのは、木枯らし吹く冬の季節。
そこには、
想像をはるかに超えるような、
アウトサイダーアート。
見たことがない世界が広がっていた。
ゴミなのか、芸術なのか、ゴミなのか、
まぁゴミなんだろうだけど、その無秩序な見た目は美しくも思えてしまう。
その圧巻の光景を呆然と眺めていたら、中から大きな話し声が聞こえてきた。
なにやら喧嘩をしているような声だ。思わず身構える。
そうして、中から家の主「ピカソ」本人が出てきた。
「ンアー!こんちくしょうめ、たまったもんじゃねぇよ全くこんちくしょう…」
誰かと話していると思った怒鳴り声は、ピカソの独り言のようだった。
どうしようか迷ったのだが、せっかくなので話しかけてみることにする。
「ああぁん?芸術じゃねえよ、なーに言ってんだ!こんちくしょうめ馬鹿野郎…。」
「姉ちゃん、ちゃんと学校いったんか?馬鹿野郎!!これだから最近の若いもんはこんちくしょう…」
それからしばらく怒られ続ける。
わたしはなぜ、この寒い淀川河川敷で、この淀川河川敷住民に怒られているのだろう。
それからしばらく怒られ続ける。
わたしはなぜ、この寒い淀川河川敷で、この淀川河川敷住民に怒られているのだろう。
怒り続けるピカソ、だが怒り続けながらも、教えてくれたのはこうだ。

ここに書かれているのは全て「辞世の句」であるということ。
面白き 事なき世を おもしろく (高杉晋作)
覚めて一眠 浮世の夢は 暁の空 (徳川家康)

露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢
(豊臣秀吉)
―夢の中で夢を見ているような、はかない一生だった―
おそらく粗大ごみの中から拾ってきただろう、電球の傘のようなものに辞世の句を書いて掲げるピカソ。この河川敷で、世を捨て人を捨て生きるピカソ。どういう気持ちで辞世の句を書いたのだろう。頭が良かったのかもしれない。頭が良過ぎて、生きにくかったのかもしれない。
わたしは、もう一度ピカソと対話を試みることにした。
「どうしてこれを作りはじめたんですか?」
「なーーに言ってるんだ馬鹿野郎めこの野郎め…」

話は通じなかった。
ピカソは、もう、誰も届かぬ夢の中で、夢を見ているようだった。

ここに書かれているのは全て「辞世の句」であるということ。
面白き 事なき世を おもしろく (高杉晋作)
覚めて一眠 浮世の夢は 暁の空 (徳川家康)
露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢
(豊臣秀吉)
―夢の中で夢を見ているような、はかない一生だった―
おそらく粗大ごみの中から拾ってきただろう、電球の傘のようなものに辞世の句を書いて掲げるピカソ。この河川敷で、世を捨て人を捨て生きるピカソ。どういう気持ちで辞世の句を書いたのだろう。頭が良かったのかもしれない。頭が良過ぎて、生きにくかったのかもしれない。
わたしは、もう一度ピカソと対話を試みることにした。
「どうしてこれを作りはじめたんですか?」
「なーーに言ってるんだ馬鹿野郎めこの野郎め…」
話は通じなかった。
ピカソは、もう、誰も届かぬ夢の中で、夢を見ているようだった。
それにしても、このピカソの家には猫が沢山いる。
ピカソの話は右から左へ流して、猫の写真を撮り始めた。
猫は可愛い。

可愛いけど、臭い。

「猫、可愛いですね。」
「ああ?猫は、そりゃ可愛いよ…」
それまで何を話しているか分からなかったピカソだったが、猫の話題になると普通の対話をすることができた。
「この猫は、ミーちゃんっていうんだよ。ミーちゃん。」
「これは、ムーちゃん。」

ピカソの話は右から左へ流して、猫の写真を撮り始めた。
猫は可愛い。
可愛いけど、臭い。
「猫、可愛いですね。」
「ああ?猫は、そりゃ可愛いよ…」
それまで何を話しているか分からなかったピカソだったが、猫の話題になると普通の対話をすることができた。
「この猫は、ミーちゃんっていうんだよ。ミーちゃん。」
「これは、ムーちゃん。」
何処かで聞いたことがあるような話だ。
ピカソは猫をワシャワシャと乱暴に撫でる、でも猫の方も嫌がらずにピカソに近寄っていく。
「ありがとうございました、寒いけど風邪引かないようにね」
そう言うと、またピカソは怒鳴った。
「馬鹿野郎こんちくしょう!まあ、せいぜい勉強するんやで、姉ちゃん…」
ピカソからは、猫と同じ獣の匂いがした。
◾︎淀川アンダーザブリッジ
家に帰る。
何度も何度も淀川河川敷へ行ったけど、その度に、河川敷から色んな匂いを持って帰ってしまうみたいだった
淀川の、水の臭い。草の臭い。犬の猫の臭い。獣の匂い。鼻の奥にこびりついて、いつまでも消えない感じがする。
淀川の、水の臭い。草の臭い。犬の猫の臭い。獣の匂い。鼻の奥にこびりついて、いつまでも消えない感じがする。
そういう時は、洗濯をするに限る。着ていた服を全て脱いで洗濯機に放り込み、スイッチを回す。
何もかも洗って、洗って、リセットだ。
そんなに汚れていないと思ったのに、河川敷の土ぼこりが混ざったのか、洗濯水は汚い灰色に淀んでいった。
何もかも洗って、洗って、リセットだ。
そんなに汚れていないと思ったのに、河川敷の土ぼこりが混ざったのか、洗濯水は汚い灰色に淀んでいった。
グルグルと回る洗濯物を真下に見つめながら、ぼうっと、どうしようもない「淀川アンダーザブリッジ」のことを考える。
草むらで交わる男達。
ミーちゃんムーちゃん。
ビーちゃんピーちゃんブーちゃん。
辞世の句を掲げて生きるピカソ。
どれもこれも、みんなみんな臭い。獣臭い。
世間という扉を抜けて、世を捨て、人間という服を脱ぐことで、
人間は獣に近づくのだろうか。
それにしても、あの時財布見つかって良かったなあ、と思って頭を上げた。
汗をかいた自分の頭からは、ぷうんと、獣のような臭いがした。
▼私が幸せになるスイッチ▼
0 コメント:
新しいコメントは書き込めません。