だが、韓国司法当局が容疑者引き渡しの例外となる「政治犯」と認定すれば、条約上、無条件で引き渡しを拒否できる。
実際に、靖国神社の神社の門に放火したとして日本が韓国に身柄引き渡しを求めた朝鮮系中国人の男に対し、ソウル高裁は13年、「政治犯」と認定し、日本への引き渡しを拒否したケースがある。
過去の例をみれば、全容疑者にとって再入国のメリットはなく、逮捕されることを前提にしていれば、事件当日、韓国に帰国する必要もない。また、再入国の際、帰国するチケットを予約していたとの情報もあり、疑問は残る。
現地メディア関係者は「11月初めの首脳会談で改善に向かいつつあったなかで起きた事件で、韓国内では新たな火種を抱えてしまったという雰囲気があった。だが、全容疑者が日本に出国して逮捕され、いま、うまい具合に摩擦が回避されたとホッとした空気が流れている」と明かす。
動機と再入国の経緯は取り調べを待つことになるが、朝鮮半島情勢に詳しい元公安調査庁調査第2部長の菅沼光弘氏は、「本当に個人の意志でやって来たのだとすれば、日本の警察に捕まって、裁判の場で『反日』の持論を披露することを狙っているのかもしれない」と指摘する。
その一方で「事件は、フランス同時多発テロが発生した直後で、国際的にテロへの懸念が高まっているなかで起きた。韓国政府にとっては外交上最悪のタイミングだった。外交問題に発展させたくない韓国政府が何らかの手を打った可能性はある。再入国に政府が関与したと明らかになるのは不都合なため、個人の意志で日本に再出国したという形にしているのではないか」と分析している。