(野添鉄也)おい!
(中山美雪)ハッ!あんたたち!!野本さん火事です!野本さん起きて!!野本さん!!野本さん!!
(消防車のサイレン)
(野本)誰か!お願いだ消してくれ!消してくれ!中に大事なものがあるんだよ!誰か消してくれ…!
(パトカーのサイレン)京平!
(中山京平)美雪!通報したのは君か?うん。
漆器工房燃えちゃったな。
私3人の男が逃げるのを見たの。
3人の男?うん!
(野々村警部補)どんな連中ですか?煙がすごくて人相までは…。
(野本)あいつだ!野添興業の連中だよ!立ち退きを拒否したんで火をつけやがったんだ!…なんてことを!
奈良時代からの1300年の歴史を誇る石川県加賀山代温泉
当地へおこしの折は「ホテル百万石」をご用命くださいませ
私若女将の中山美雪が大女将従業員ともども心よりのおもてなしをさせていただきます
(盆踊りの音楽)灯油をまいてさ…火をつけたんだよ。
まるでギャングみたいなやり口だ。
野本さん一家を追い出すためでしょ?野本さんの漆器工房はさ経営不振でな抵当に取られていた土地や家が競売にかけられてね。
それを野添興業が買い上げた。
でも野本さんは真っ先に弱者を切り捨てる銀行のやり方に抗議してさ立ち退きの強制執行をずっと拒否し続けたらしいんだ。
それにしても火をつけるなんて…。
とんでもない話だよ。
野添興業は銀行の不良債権処理に便乗して土地の買収やったり債権の肩代わりでそれに絡んであちこちやりたい放題やってる。
なんとかならないの?俺たちだってさ厳しくマークしてるんだよ。
なかなか尻尾がつかめないんだよ。
あのときチャンスだったのよね。
私があの連中の顔見ておけばな。
〔ハッ!あんたたち!!〕・
(電話の音)はい中山でございます。
…どちら様ですか?
(野添鉄也)…死神だよ。
死神?命が惜しかったらしっかり口にチャックしておくんだな。
チャックってよけいなことはしゃべるな…あ〜!あんた昨日の夜の!
(電話が切れる音)もしもしもしもし!美雪?あの連中よ!間違いないわよ!私に顔見られたと思ってんだわ。
よ〜し今度こそ野添興業の尻尾をつかむチャンスよ!行くわよジョギング!!勘弁してよ。
夜勤明けで戻ったばっかりなんだもん。
「一生君のことは守るよ」プロポーズのあの言葉いったい何だったの?…えらいこと言っちゃった。
何よ!?脅しのつもり?お面を取りなさいよ!!やめてよもう…!
(雲水)おケガは?大丈夫です…。
助かりました。
あっあの…!美雪!京平遅いよ!放火犯逃げちゃったわよ!ほ放火犯?ねえこのおヒゲは何の願かけでしたっけ?犯人あげるためです。
京平もうちょっとシェイプアップして心と体を機敏にしてホテル百万石の若だんなの刑事稼業はお道楽…なんて言われないようにしてよ!そんなこと言う人いるの?いるわよ。
わかったよ。
大手柄を立てて必ず見返してやる。
ホント?
(花火の音)
(中山高子)大事なときに美雪さんどこ行っちゃったんでしょうね。
(タケ子)ねえ。
まったく何してるんだか。
(車のクラクションの音)あっいらした。
みなさ〜んいらっしゃいましたよ。
きちんとしましょうね。
(拍手)お待ちいたしておりました。
(スミ子)若女将!スミちゃん手伝って!緊張で胸が苦しくなって帯をゆるめたらグチャグチャになっちゃって…。
緊張?若女将が?そうよほら。
胸はバクバク足はガタガタ。
早くやってよ〜。
そんなすごい方たちなんですか?そうよ。
日本のミステリー界のトップスリーよ!私たちマニアにとっちゃ雲の上の人たちなんだから。
私にはそのへんのおじさんおばさんにしか見えませんけど。
おじさん!美雪さん何してるの?やっかいなことになってるのよ!え?
(岡本治)ああ若女将!山室先生のほうから垂れ幕のことでクレームがついてね。
垂れ幕のことで?
(小野田真弓)若女将!名前順については全て五十音順と明記する約束じゃなかったかしら。
ええ。
ただ垂れ幕だけはそれを強調しますと見苦しい気が…。
言い訳はいいの!あなたは事前の約束をやぶって山室の名誉を傷つけたのよ!どうなさるおつもり?お言葉ですけど約束はやぶっておりません。
やぶってない…?あなたこの期に及んで…。
(指をならす音)
(水星次郎)ハハハ…たしかに。
(高木清澄)ハハ…これはいい。
(山室理紗)若女将に一本取られたわね。
いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!お待ちしておりました。
いらっしゃいませ。
野添さん!私の財産を元どおりにしていただきたい!
(野添源一郎)元どおり?何のことだ?あんたらが火をつけて灰にした私の家と仕事場を返してくれ!野本さん今日は…お願いします。
君は招待客じゃないはずだ。
帰りたまえ。
いや。
親父の身辺警護も仕事のうちなんでね。
あんたらこそ下手な尾行はやめてさっさと持ち場へ帰ったらどうだ。
なにーっ!!野添さんどうぞお入りください。
本日はミステリー界を代表する先生方を当地にお招きできましたこと本当に光栄に存じます。
今後ミステリー大賞の選考のみならず当加賀山代温泉をお引き立てくださいますよう心よりお願い申しあげごあいさつに代えさせていただきます。
(拍手)路ちゃんだけ特別扱いになんかしてないわよ。
大女将が知り合いからお預かりになった子なんだからしようがないでしょ。
え〜!文句があるんだったら大女将に言ってください!焼き物まだですか〜?はいただいま。
ほら仕事いく!ほらほら早く!何かあった?路ちゃんが仲居部屋にこもって出てこないんです。
路ちゃんが?あの子のおかげで今に反乱が起きますよ。
ははは…。
〔ちょっとわけありの子なの。
大目に見てやってよ。
ね?〕路ちゃん…。
(及川路子)若女将今夜だけは…お願いです。
どういうわけか話してくれないの?わがままばかり言って…勘弁してください。
あや乃さん…。
ごめんなさいね無理を言って…。
(あや乃)とんでもございません。
私のほうこそ…女将さんにはいつも苦しいときに助けていただいて…。
不思議な人ね…。
女将さん…。
あなたと知り合いになって20年以上経つけど会うたびにきれいになっていく。
(太鼓の音)
(会長)ここでいささか趣向を変えまして金沢ひがし茶屋街に伝わる伝統芸能影笛をお楽しみいただきたいと思います。
(笛の演奏)相変わらずの名人芸だな。
恐れ入ります。
しづ乃さんはどうしたんだね?鉄也の話ではあんたが彼女をどこかに隠したと言うんだが。
あんたが私の援助を断るのは仕方がない。
しかし鉄也としづ乃さんのことは当人同士の問題だろ。
しづ乃は鉄也さんとの交際は望んではおりません。
しづ乃の口から聞きたいんだよ。
それが本心ならあきらめるよ。
話させてくれよ。
話し合いで済むのなら姿を隠したりはしません。
どうかしづ乃のことはあきらめてください。
・
(高子)おやめなさい!あや乃さんは次のお座敷があるんです。
道をあけてあげて。
野添さん少し自重なさったら?自重?どっかのお座敷でいずれ「ホテル百万石」も買収してやるんだっておっしゃったそうですけどね。
私の目の黒いうちは絶対そんなことさせませんからね!ほう…。
大女将。
私を殺しかねない目つきだな。
本気ですよ!真弓!?東京から姿を消したと思ったらこんなところに…。
私をだまして巻き上げた300万どんなことがあっても返してもらうわよ!ああ。
そんなはした金いつでもくれてやるよ!じゃあ私がここにいるうちにお金を用意して!また変な気を起こしたらあんたを血眼で捜してる連中に居場所を教えるからね。
いいわね。
そしてこの山代温泉で本物のミステリーが起きてしまったのです
(猫の鳴き声)
(悲鳴)私は誰が何と言おうと熊川さんの『Mの悲劇』を推します。
ディクスン・カーの『盲目の理髪師』を彷彿とさせる本格ミステリーで完成度もナンバーワンだわ!しかし人間描写の甘さはいかんともしがたい!その点この『灰色の箱』は会社の金に手をつけて殺人まで犯す中年男の心理を実に細やかに描いて秀逸だね。
僕は断固『灰色の箱』を推すからね。
最近は人間描写一点張り。
ミステリー本来のトリックや謎解きの醍醐味がおろそかにされてるわ!この賞こそミステリーの原点に立ち戻り選考されるすべきじゃないかしら。
いや読者のレベルが上がってるんです。
絵空事の推理ゲームでは満足できずより文学性の高いミステリーを求めている。
それが時代のすう勢です。
じゃあミステリーなんてジャンル分けは不要じゃないですか。
理紗さんそんなこと言ったら身も蓋もないですよ。
身も蓋もない!?まあまあお2人とも…。
そう感情的にならずに…。
あっ高木先生のお考えはいかがでしょうか?どちらも社会性がない。
時代が描いていない。
論外だね。
まあ今回は該当作なしということにしたらどうだろう。
いや主催者側といたしましてはなるべく作品を決めていただいたほうが…。
なるべく?君はレッドアロー賞の権威が地に落ちても構わんと言うのだな。
我々3人が出版社と手を打って受賞作を決めたと批評家どもに酷評されても構わんというんだな?私そんなこと申し上げているのでは…。
失礼します。
少し休憩なさったらいかがですか?高木先生はブラックコーヒー水星先生はウインナコーヒーですから生クリームをご用意しました。
山室先生は紅茶にブランデー。
よく好みがわかったね。
若女将は先生たちのことだったら隅から隅まで…。
私も歌手の氷川ひろしのことなら何でも言えるんです。
スミちゃん!牛首紬ね…ステキね。
ありがとうございます。
岡本さんはお好みがわからなくて普通のコーヒーをおいれしました。
すみません。
どうも。
『Mの悲劇』…『灰色の箱』…。
最終候補作ですね。
今からどんな作品が受賞するのかワクワクします。
若女将は大の推理小説マニアだそうだね。
読んでもいいよ。
私が!?いいんですか!?まあ読者代表の感想を聞くのも一案だな。
3人の意見が相いれず…もうまいってるのよ。
じゃあ観光巡りでもして気分転換なさったらいかがですか。
グッドアイデアですね。
私がご案内いたします。
いいですね!行きましょう!
(インターホンの音)
(内村久江)だんな様。
もう10時ですけど。
具合がお悪いんですか?だんな様?だんな様?
(悲鳴)
(パトカーのサイレン音)中山君早く早く!早く!
(猫の鳴き声)中山君!
(野々村)頚動脈をスッパリか…。
凶器は?見つかりません。
これはなんだ?飼い猫の出入口でしょう。
猫の毛らしきものが付着してました。
・警部補!第一発見者です。
私はここで住み込みでだんな様のお世話をしてますが昨日だんな様は風邪気味なので早く寝るとおっしゃって9時には離れに。
それ以後変わったことは?私9時すぎに駅前のパチンコ屋へ出かけてしまったんです。
帰られたのは?11時半です。
12時には自分の部屋に入って休みました。
私がここにいた限り変わったことは何も…。
ドアの鍵のことなんですけどね…。
このドアの鍵は?私とだんな様が。
この番号式の鍵は?その番号を知っているのも私とだんな様だけです。
息子の鉄也さんには鍵を渡されてないんですか?だんな様はたとえ身内の方でも信用なさらない人ですから。
あなたにはどうして?もう15年もお仕えしているからでしょうか。
私にだけは信頼をおいてくださいました。
あなただんな様が亡くなったのにずいぶん平然としてますね。
まったく…絵に描いたような密室殺人だ。
次は法皇山へ向かいます。
こちらには7世紀ごろの横穴式古墳群がありまして奈良時代以前の史跡としましては一見の価値があろうかと思います。
何かしら?事件だな。
おいおい死体が運ばれているよ!止めてください!ちょっとすみません。
夫です。
京平!殺人事件?うん。
野添源一郎が離れで殺された。
野添さんが!?〔お待ちしておりました。
いらっしゃいませ〕就寝中に頚動脈を切られたんだ。
おそらく即死だろう。
犯人は?まだわからん。
だけどね…実に不思議なんだよ。
何が?おっ…お〜!続けて〜!殺人現場の離れはねドアが二重にロックされていて誰も出入りできない状態だったんだ。
誰も出入りできないの!?密室ってこと!?ええ…完全な密室です。
凶器は?まだ見つかりません。
もう少し詳しく話してくれないか?京平!刑事さん!早く〜!第一発見者はですね野添家に15年いる住み込み家政婦の内村久江という女性です。
歳は?えーと…46歳です。
(猫の鳴き声)金沢に〜?ああ。
最近付き合っている女のところか?まあね。
金と暴力でやってきた親父さんには敵は多い。
しかし…殺人事件となると話は別だ。
誰が親父さんをやったのか心当たりはあるんだろう?心当たりがあったらとっくにカタを付けてくるよ。
粋がってるんじゃないよ!何様のつもりだ!?てめえこそ引っ込んでろよ!道楽に付き合わされてたまるか。
道楽!?山代温泉一のホテルの御曹子が何がおもしろくて刑事ごっこなんかやってんだよ。
何だと!?もういっぺん言ってみろ!!ちょっと…冷静に。
中山君冷静に…。
おっ!思い出した!犯人はな…お前のおふくろだ!ハ?あのとき…俺の親父と言い争いになって…。
〔大女将私を殺しかねない目つきだな〕〔本気ですよ!〕嘘だと思うなら本人に訊いてみればいい。
詳しく話してみろ詳しく…な?うん。
でねミステリー作家の先生方に民間捜査の協力をお願いしようということになった。
なにせさ難しい事件や犯罪を飯のタネにしてるその道の専門家だからさ。
何か貴重なアドバイスや知恵を借りられるじゃないかって。
グッドアイデアよ京平!お手柄!!じゃあ私からも頼んでみる。
捜査資料すぐ送ってね。
オーケー!それはそうとママ…おふくろどうしてる?お義母様?相変わらずよ。
どうして?いやいや…別に変わりなければいいんだ。
じゃあね。
そんなにママが気になりますか?あっ。
10時から11時…。
アリバイなんとかしなくちゃ…。
(水星)死亡推定時刻は午後10時から11時の間か。
犯人は被害者が風邪気味でいつもより早く就寝したのを知っていたとみるべきね。
重要ポイントですね!これは偶発ではなく綿密に仕組まれた計画殺人ですよ!犯行をくらますために離れが完全密室であることを利用した。
頭脳も相当だわ。
ガストン・ルルーヴァン・ダインディクソン・カー高木彬光。
ありとあらゆる密室のアンソロジーを頭に思い浮かべているんだがこれほどのものは思い当たらん。
あのー…。
なんだね?意見があるなら遠慮なく言いたまえ。
はい!あの…犯人は野添源一郎さんを離れから呼び出して切りつけたんじゃないでしょうか?それで?それで…野添さんは傷を負いながらも離れへ戻って鍵をかけてから力尽きた…。
素人にしては相当な着眼点だ。
しかしこのような形で頚動脈を切られたらたちどころに失神しおそらく10秒ともたない。
部屋へ戻り鍵をかける余裕など全くないね。
それにそのような場合には外から離れへとおびただしい血痕が残っているはずだ。
ひょっとしたらこれ日本の犯罪史上に残る難事件になるかもしれなくてよ。
史上空前の難事件もいいですがそろそろ本題に戻っていただかないと…。
本題?はい。
ああ…本題ね…。
どうするね。
一人が妥協すれば問題は解決するんだがね。
私の意見は変わりません。
『Mの悲劇』一本。
僕もこれは自分の主義にかかわる問題ですからね断じて妥協はできませんよ!弱ったな…。
ジャンケンやクジ引きで受賞作を決めるわけにもいかんしな…。
ミステリーファンとして提案があります。
推理合戦で決めるというのはいかがでしょうか?推理合戦?はい。
今度の事件の密室の謎を暴いて犯人を言い当てた方の意見に従うというのはどうでしょうか?なるほどそれは名案だね。
最も洞察力分析力のある人間の判定に従う。
これなら誰も文句はあるまい。
そりゃあもう。
ジャンケンで決めるよりははるかに…。
私も異論はありません。
早く決めて早く帰りたいもの。
岡本君どうかね?ええ…え…。
先生方のうちのどなたかが事件解決に貢献なさったとすればレッドアロー賞の宣伝にもなりますし願ってもないことですよ。
願わくば私以外の人間に決めてほしい。
図星だろ?ご明察です。
かないませんな高木先生には。
いらっしゃいませ。
お疲れさまでございました。
若女将は若女将!ああ若女将!いただいた捜査資料をコピーしてたらさちょっと気になることを見つけてね。
まあ。
この警察が作成した参考人リストに大女将の名前が載っているんだよ。
えっ!?何かの間違いだろうね?あっお義母様大変です!ちょっと署のほうへ行ってくるわ。
事情聴取ですって。
京平!どういうこと!?美雪さん!京平は公務中。
さあ行きましょう。
京平!早くしっかり歩きなさい。
そりゃ私だってね「ホテル百万石」を買収するって公言されたんじゃ黙ってるわけにはいきませんよ!ママ…自分の言ってることわかってんの?京平!公務に私情をはさむとは何事です。
もっとピシッとしなさい!はい…。
(せきばらい)あの夜…10時から11時の間どちらにいらっしゃいました?お部屋におりました。
ところがですね営業の方が10時すぎに電話をしたら部屋にはおられなかったということなんですが。
いましたよ。
ヘッドホンでジャズを聴いてたもんで電話の音が聞こえなかったんだと思います。
それより密室のほうはどうなってるんです?いや…そっちのほうはまだ…。
密室に惑わされて捜査の常道を見失ったんじゃありません?捜査の常道?第一に考えられるのは家政婦の内村久江って人が誰かに買収されて離れの鍵を渡し暗証番号を教えたって可能性も…。
はあ…。
それから野添源一郎が死んで一番得をするのは誰?全財産を自分のものにできる一人息子の鉄也こそが第一のターゲット。
それが捜査のセオリーというものじゃありませんかね?私なんかに構ってる場合じゃないでしょ!はあ…。
ねえ…。
…というわけでさ逆に説教されちゃってさ。
まいったまいった…。
〔10時から11時…。
アリバイなんとかしなくちゃ〕美雪?美雪?あっ?何〜?スミちゃん。
大女将のことでタケ子さんに口止めされてない?スミちゃんが私のスパイのようなことをしてタケ子さんからにらまれていることは知ってる。
タケ子さんのご機嫌を損ねたら大変なことも。
でもね大女将のことだけはタケ子さんに口止めされようと私の耳に入れてほしいの。
大女将のことであなたたちが知ってて私が知らないことがあったらあのホテルをどうやって切り盛りしていけるの?そうでしょう?スミちゃん!スミちゃん!やっぱり若女将にだけはないしょにしておけません。
お話しします。
でもタケ子さんには私から聞いたとは決して…。
もちろんよ!約束するわ!大女将のことで何か気づいたことってあります?そうねえ…。
日ごろ元気で働き者で人前に出たがる大女将が部屋にいることが多くなったしたまに見かけてもブツブツ何かつぶやいてるしそれに私に対して強烈な皮肉やいやみを言わなくなったのよね〜。
若女将ドジでおっちょこちょいですもんね。
スミちゃん…。
それだけじゃないんです。
え?大女将は夜な夜な自分の部屋を抜け出して…。
物置部屋に?ある夜なんて…。
誰か連れ込んでるっていうの?私真っ先に若女将の耳に入れようと思ったんですけどついうっかりタケ子さんに口を滑らせて…。
きつく口止めされたってわけね。
物置部屋で不倫相手と密会でもしてるんでしょうか?それならむしろ喜ばしいわよ!恋人でもできてそっちに夢中になってくれたら私がどんだけ楽か…。
ありえないわねー…。
ありえませんね。
じゃあいったい…。
アアッ!お義母様!お義母様!いけません!やめてやめて!何やってんの?何言ってんの?どうやったら包丁で人殺せるか研究してたのよ。
人殺しの研究…!?いったいどうしてそんなことを?ああこうなったらしようがないわね。
実はねここでミステリー小説を書いてるの。
え?蔵にこもってローソクの光ですばらしいミステリー小説をいっぱい書いたアガサ・クリスティにあやかろうと思って。
今にねすごい小説を発表しますからね。
小唄の会で知り合った中嶋忠彦さん。
金沢の織物問屋の社長さんでねその方に推理小説の手ほどきを受けたの。
中嶋さん…。
ご自分でもミステリーを書かれててね何度も懸賞小説の候補にあがった実力のある方なの。
ええ。
存じ上げてます。
1年ほど前東尋坊で入水自殺なさった方ですよね?文学とか芸術にとっても造詣の深い方だったわ…。
ところが商売の方はそのお人好しが災いしてほら密室で殺された野添源一郎。
中嶋さんも野添興業の犠牲者なんですか?生命保険で従業員の手当に少しでもって…自分の命を絶たれたって聞いたわ。
まあ…。
ご遺族は?奥様はとうに亡くなられて息子さんがお一人…。
でもお父様が亡くなられて永平寺へ入山なさったそうよ。
永平寺に…?美雪さん!!なにそのお茶碗の持ち方!!お義母様はどうしてミステリー小説を書こうと思い立ったんですか?さあどうしてかしらね〜?ミステリー・マニアって自称する誰かさんをギャフンと言わせたかったからかな。
どのような出来映えか楽しみにさせていただきます。
・
(スミ子)失礼します。
若女将!水星先生から重大発表があるそうです。
はい。
今そちらに向かってます。
あっあや乃さん。
今日は新しくお座敷に上がる子のお披露目で。
(ゆめ乃)ゆめ乃と申します。
よろしくお願いいたします。
こちらこそよろしくね。
大女将は?今お部屋です。
犯行現場の離れを見分しましたが隠し扉や床下から外部に通じるトンネルなど構造上のトリックは一切ありませんでした。
犯人は玄関から出入りするしかなかった。
よって鍵を管理していた家政婦の内村久江が犯行に加わっていたとみるのが自然であり主犯は一人息子の野添鉄也と考えます。
僕の取材スタッフを呼び寄せて彼の身辺を調べさせたところ鉄也が父親の会社の金を使い込んでいた事実がわかりました。
父親に露見するのを恐れたのが直接の犯行動機と思われます。
家政婦の内村久江は15年前能登の旅館で仲居さんをしていた当時源一郎に見初められて野添家の住み込み家政婦になったという経緯があります。
久江は源一郎の妻が病死したあと妻の座へ昇格できなかったことを根に持っているフシがあります。
それが多額の金を報酬とした共犯に駆り立てたのだと推察します。
なお鉄也は事件当時金沢で交際中の女性と一緒だったとアリバイを主張しているようですがその女性とは金銭だけのつながりでありアリバイの信憑性はありません。
以上が僕の見解です。
いやあ驚きました。
水星先生のご意見は我々捜査本部の方針と大半のところで同じです。
今後大いに参考にし捜査を進めていきたいと思っております。
ありがとうございました。
(京平)ありがとうございました。
300万どうなってるの?いい加減にしてよ!親父のことで警察にマークされて身動きとれねえんだよ。
そうやってまた逃げるつもり!?親父の遺産が転がり込んでくるってときに逃げるわけねえだろ。
あんたに法律の話をするのもどうかと思うけどちょっとでも今度の事件に関係してるってわかったらあんたには1円も遺産が入らないからね。
まさかあんた…!?インテリを鼻にかけやがってムカつく女だぜ。
おとなしく待ってろ!
(路子)どうぞこちらになります。
あいつこんなところに…!必ず返してよ。
わかってるよ!
(太鼓の音)おい!キャッ!どこへ逃げたって必ず見つけ出すって言ったろう。
え?しづ乃!離して!俺はもう金欠の鉄也じゃねえ。
何億って金が入ってくるんだ。
そしたら好きなモン買ってやる。
何だテメエは!?ストーカー行為の現行犯で逮捕してもらうわ!
(110番を押す)おぼえてろ!もう大丈夫よ。
さあおいで。
ふざけたマネしやがって!ただじゃおかねえ。
(携帯電話の着信音)もしもし。
…あんたか。
今から?いいけどよ。
わかったすぐ行く。
よっぽど怖かったのね。
やっと事情がわかったわ。
本名は路子さん。
芸名はしづ乃さん。
金沢ひがし茶屋街の芸子さんであや乃さんの娘さんよ。
あや乃さんの!?
(笛の音)あの方の娘さんだったの…。
本当にいろいろとありがとうございました。
明日ここを出ていきますので。
えっ!?出ていく!?どうして?あの男に見つかってここに隠れている意味もありませんしこれ以上ご迷惑もかけられません。
路ちゃんダメよ。
こういうことは逃げちゃダメなの。
闘わなきゃ。
ストーカーはれっきとした犯罪なの。
あんな男の暴力に屈しちゃダメ!でも…。
京平も私も…。
(せき払い)あ主人も大女将もみんなであなたを守るわよ!だからね好きなだけここにいていいの。
あそうだ。
今夜はとりあえず私の部屋へ。
京平のいびきがちょっと…。
(畳をたたく音)若女将…。
あのときの…。
(高子)〔奥様はとうに亡くなられて息子さんがお一人…。
でもお父さまが亡くなられて永平寺へ入山なさったそうよ〕
(悲鳴)
(パトカーのサイレン)野添鉄也が殺された!?ええ。
芝山潟で刺身包丁で胸を一突きにされて。
犯行時刻は昨夜の10時です。
やけに時刻が正確ね。
金沢の女友達と携帯電話で話してる最中に刺されたらしいんです。
水星さんあいにくだったね。
いいやこれも僕の説のひとつの裏付けですよ。
あなたの意見では野添鉄也が主犯よ。
主犯が殺されて何が裏付けられたの?共犯者の内村久江の存在を忘れちゃいけませんよ。
いいですか?内村久江は…。
私が鉄也さんを!?密室殺人なんて小説の中だけの話ですよ。
現実はあなたが実行犯に離れの鍵を渡し電子ロックの暗証番号を教えたんだ。
じゃあ野添源一郎を離れで殺害した実行犯は誰か。
彼の死によって何億という大金が転がり込んでくる一人息子の鉄也だ。
あんたはその分け前にあずかるという約束で鉄也の犯行計画に加わった。
ところが鉄也は約束を守るような人間じゃない。
はなから分け前をやる気などなかった。
そのことでトラブルになりあんたは昨夜芝山潟に鉄也を呼び出してこれであいつの胸を…。
何をおっしゃるんです。
私はそんな人殺しなんかできる女じゃありません!しかしね大金が転がり込んでくる一生に一度のチャンスとなると人間は人が変わる。
とんでもないことをやってしまうもんなんだよ。
刑事さん!どうか私の話を…私の話を聞いてください!いいよ。
話しなさい。
私は何のとりえもないつまらない女ですがひとつだけ誇りに思うことがあります。
誇り?ええ。
野添源一郎を裏切らなかったということです。
世間から鬼だ疫病神だって言われ続けてきた人ですけど私はこの15年その人に一生懸命仕え尽くしてようやく「信頼できるのはお前だけだ」と言われるようになりました。
私が自分の人生で誇れるのはそれだけです。
私はたとえ相手が息子の鉄也さんでもだんな様から預かった鍵は渡しません。
暗証番号も口が裂けても他言はしません。
もしその禁を破ったら私は生きている価値もない人間になってしまうでしょう。
もしそれでも信用できないとおっしゃるなら加賀温泉駅前のパチンコ屋へ行って調べてください。
常連のお客さんや店の従業員が昨夜私が2台打ち止めにしたことを証言してくれるはずです。
(美雪)
またしても内村久江さんのアリバイが証明されかくして水星先生の推理は外れてしまいました
次は高木先生の推理です
結論を先に言います。
密室殺人の真相は自殺である。
野添源一郎は自らの頚動脈をかき切って死亡し第一発見者の内村久江が凶器を始末し他殺に見せかけるよう偽装したものである。
動機についてはいくつか考えられる。
源一郎は長年他者の権利を無視し侵害し他人を傷つけ衝動的行動を取り続けたことを見ても反社会性人格障害を有していたと容易に判定できる。
その反動として表れるのがラカンの言うところの自己懲罰のパラノイアであり自殺によって自分を疎外し続けてきた社会へ報復を果たすというのが最も強い動機である。
一方彼は一代で築いた財産をたとえ実子といえども譲りたくないという異常な占有欲があり自らの生を密室殺人という形で完結することですべてを封印しようとした。
息子の野添鉄也の死も当然この意図の中に含まれるものである。
以上がこの事件に関する私の見解である。
あのー大変興味深いご意見ですが鉄也の殺害についてはどのようにお考えでしょうか?君は何を聞いているのかね。
鉄也を殺さなければ源一郎の計画は完結しないんだよ。
しかしですね…。
(高木)実行犯のことかね?野添興業はならず者の集まりだろう。
なにがしかの報酬で鉄也殺しを引き受けた人間がいるはずだ。
あるいは外部のプロに頼んだか。
そこから先は君たちの仕事だよ。
ははあ。
さっそく検討してみます。
あのー山室先生のご意見は?えっ?ああ…。
申し上げられることは虚構と現実は全く違うということです。
今回の密室殺人は何者かの綿密な計画というよりは単なる偶発の積み重ねの産物のような気がするんです。
現実とはそういうものです。
実際には小説のような犯罪も名探偵も存在しない。
それが私の結論です。
ではみなさま本日はこのあたりでお開きに…。
あの…!山室先生の秘書の小野田さんにちょっとおうかがいしたいことが。
昨夜殺された野添鉄也さんとはどういうご関係ですか?とられたお金の返済をね…。
金額は?300万。
しかもおいそれと返すような男ではない。
どうやって取り返すつもりだったんですか?…あの男の弱みを知ってるんです。
弱み?鉄也にはギャンブルの借金もあった。
取り立ての連中に居場所を知られたら困るんです。
わかるでしょ?それにしてもあんたのようなインテリ女性がなんで野添鉄也のような男に…。
男と女の間のことを説明しろと言われても…。
…当時鉄也は東京でモデルをしていて若さもあり野性的な魅力もあった。
華やかな都会生活が暴力的な性格をカモフラージュしていたんです。
念のためにうかがいますけど昨夜の10時ごろ何をしていたか証明できますか?小野田さん?小野田さん。
私がお話します。
(真弓)先生!あなたは黙ってて。
小野田は昨夜午前3時まで自分の部屋で原稿を書いておりました。
原稿?何の原稿ですか?月刊誌に載せる私の短編ミステリーです。
山室先生の…?あの…それってつまり…。
小野田は私のゴーストライターなんです。
美雪待ってよちょっと。
なによこれぐらいで。
俺はつくづく思ったな。
人間って表面だけじゃわからない。
いろんなモン背負って生きてるんだなってさ。
そうね。
人はそれぞれ影を持っていてそこに真実を隠してる。
それにしても今度の事件の影って何だろうな?ね美雪。
そろそろ本命のご意見聞かせてよ。
えー?いくら私がミステリーマニアでも今度の事件は本物よ?何でもいいからさ。
そう?じゃあさ高木先生の自殺説どう思う?あれはあれでなかなか迫力があったよな。
だけどさ家政婦の内村久江にとっては野添源一郎の存在というのは唯一の生きがいだったんだよ。
自殺に手を貸すとは到底考えられないね。
うーん…。
実はさ私はこの事件は今度のレッドアロー賞の選考会に関係してるような気がするの。
うん…やっぱり美雪はそっちの方から考えるか。
うーん…犯人はねこの選考会に合わせて犯行を計画したんじゃないかしら?じゃあミステリーの大家に密室の謎を解けって挑戦状をたたきつけたとでも言うの?うん。
まさにそのとおり!ほほう。
考えてもみてよ。
単純に野添源一郎を憎んでいる人間ならこんな手の込んだことはしないはずよ。
そうか。
だとすると犯人像は限定されるよな。
たとえば?ミステリー作家志望でなおかつ野添源一郎に深い恨みを抱いている。
ただ実際にそんな人間は…。
いるわよ。
あなたのお母さま。
ええー?それにわ・た・し。
「ホテル百万石」のためなら人殺しだってやりかねないわよ。
わかったわかった。
君とママのことは…ママ?あおふくろのことは置いといて。
そりゃそうだ。
京平が作った参考人リストにちょっと気になる名前があるのよね。
お義母さまに推理小説の手ほどきをした中嶋忠彦さんって人。
ああでもあの人は1年ほど前に東尋坊から身を投げて…。
亡くなったけど彼を愛していた人なら生きてるわよ。
誰?永平寺に入山しているという中嶋さんの一人息子。
永平寺?お坊さんになったの?私その人に会ってるのよ…。
えっ!?京平…私わかったかも…。
え?京平!早く来て!
(久江)どうぞこちらです。
こんな時間にすみませんねえ。
すみません。
いいんですよ。
だんな様を殺した犯人を捕まえるためならいくらでも。
どうぞ。
ねえ殺された源一郎さんが寝ていた場所は?ここ。
この印。
ねえ持って。
えーっと…。
2メートル70〜80ってとこね。
何を考えておられるんですか?例えばよ?刃物のようなものを先にくくりつけた長い棒を外からこの小さな通用口を使って差し入れて…。
寝ている人間の頚動脈を一撃で切ることはできないものか。
すごーい!京平何でわかったの?あのね捜査本部には20人からの刑事がいて四六時中事件のことを考えているんだよ。
あなたちょっと警察を見くびっちゃおられませんか?もうテスト済みってこと?もう何度も!通用口が小さすぎて外からだと棒の動きがとれなくて先っちょにどんなに鋭利な刃物をつけたとしても人間の頚動脈を一発で切断することは不可能という結論です。
そうか…。
絶対これだと思ったんだけどなあ。
(物音)
(猫の鳴き声)ごめんね無断で入って。
そっか。
あなたはピラミッドを守るスフィンクスね。
野添源一郎のピラミッドか?
(猫の鳴き声)わっ!キャッ。
若女将。
ごめんごめん。
路ちゃん。
ひとつ訊いていい?はい…。
野添鉄也の暴力から逃れたいためならどこか遠くへ外国にでも行けばいいのに路ちゃんはここ加賀にとどまった。
どうして?永平寺の近くにいたいから。
そうでしょ?えっ。
ごめんね。
脱衣かごにあった写真見ちゃったのよ。
路ちゃんと一緒に写ってた人中嶋忠彦さんの息子さんでしょ?はい…。
真一さんといいます。
ふーん…真一さんか。
永平寺から下山する予定は?…一生俗界には戻らないかもしれません。
それでも待つの?待ちます。
(携帯電話の着信音)はい。
スミちゃん?お客さん遅れるの?わかった。
じゃあ1回ホテルに戻ります。
すみません。
この長さどれぐらいですか?
(店員)1.8メートルです。
1メートル80…。
そうですか…。
でもこうすると3メートルになります。
何かいい捜査方針はないんですか?ええ?
(携帯電話の着信音)私でした!もしもし今捜査会議の真っ最中なんだよ…!ええっ!!高枝切りバサミ!?そうよ!高枝切りバサミよ!京平。
捜査本部鑑識残らず連れてきて。
(猫の鳴き声)中山君いくよ。
いきます!
(悲鳴)警部補。
成功です。
(野々村)よーし!
(猫の鳴き声)
現場近くの大聖寺川から被害者の血痕が付着した高枝切りバサミが発見されました
亡くなった中嶋忠彦さんの息子さん?だから永平寺に…。
ええ。
初めての修業期間が終わって托鉢にも出てるそうです。
動機からいってもかなりのランクに上げられると…。
でも恨みや復讐心の煩悩をなくすために仏門に入られたんでしょう?その戒律を破ってまで敵討ちをしたっていうの?それじゃあ亡くなった中嶋さん浮かばれないわよ。
お母さま。
1日休暇をいただけませんでしょうか?あ金沢行ったらあや乃さんのところに寄ってあげて。
娘さんのこと心配してるでしょうから。
…はい。
復讐か…。
あら先日の…。
あや乃さんいらっしゃいますか?おりません。
東尋坊の方へお出かけに…。
東尋坊へ?はい。
今日は姐さんの大切なお方の命日で…。
ああそうですか…。
お帰りになったら「ホテル百万石」の若女将が訪ねてきたとお伝えください。
はい伝えておきます。
失礼します。
東尋坊…。
大切な人の命日…。
(笛の音)あや乃さん失礼を承知でうかがいます。
この海でお亡くなりになった中嶋忠彦さんとはどういう間柄でしたか?〔忠彦さん…!忠彦さん!!〕中嶋さんは私にとって一生にひとりの人でした。
一生にひとりの人…。
京平!あや乃さんのアリバイは?野添源一郎が殺された夜は山中温泉の座敷に出ていたらしい。
11時まではいたって話だ。
11時まで!?そう…。
ともかく調べよう。
(女将)間違いありませんよ。
東京から外国の方を連れてみえたお客さまがぜひとおっしゃるのであや乃さんにお願いしたんです。
(笛の音)あの…影笛って障子に映るシルエットだけですよね?若女将怒りますよ。
こう見えても私は十三歳のときから横笛をたしなむんです。
あや乃さんの笛の音を聴き分けられないとでも?あいえ…。
一生にひとりの人か…。
一度でいいからあや乃さんのようなきれいな人にそんなふうに思われてみたいもんだなあ。
アイタッ!美雪。
美雪ちゃん。
美雪様〜!お義母さま。
お義母さまじゃないでしょ!大女将でしょ!はい。
…大女将はあや乃さんと中嶋さんのこと知ってらしたんですよね?大女将はあや乃さんのことを早くから疑ってらした。
でもあや乃さんとの長いおつき合いや同情の念が大女将の行動を封じてしまった。
そこで代わりに私をあや乃さんのもとへ…。
中嶋さんの命日に訪ねれば私が何かを察するだろうと判断して…。
違いますか?さすが美雪さんね。
そこまで読み切るなんて。
今私ねあなたをモデルにした推理小説書いてるの。
これがねドジでマヌケでトンマで。
まあ。
あでも少し書き変えなきゃね。
ぜひ!お願いいたします。
お義母さま。
はいはい。
おやおや今日は休戦ですか?はい。
あーでもよかった。
あや乃さんが事件と無関係だということがわかって。
・
(スミ子)若女将!朝から路ちゃんの姿が見えないんです。
えっ?
心当たりは一つしかありませんでした
(笛の音)しづ乃さん。
今はそう呼んだ方がよさそうね。
いつごろからお母さんのあや乃さんから笛の手ほどきを受けてるの?…5歳のときからです。
まったく同じ音色…。
てっきりあや乃さんが吹いているんだと思ったわ。
つらいでしょうけど答えてくれる?野添源一郎さんが亡くなった夜あや乃さんから影笛のお座敷を代わってほしいと頼まれた。
そうでしょう?あとになってあや乃さんのアリバイ工作だと知った。
でも誰にも打ち明けられない…。
つらかったね路ちゃん。
(路子の泣き声)東尋坊でお会いしたときからきっとこうなると思ってました。
「ホテル百万石」でレッドアロー賞の選考会が行われると決まったときにあや乃さんはこの事件の犯行を思い立ったんですね。
目的は中嶋忠彦さんの二つの恨みを晴らすため。
一つはとうとう中嶋さんの才能を認めなかった日本のミステリー小説界への恨み。
そしてもう一つは中嶋さんを死に追いやった野添親子への恨み。
野添源一郎のやり方は冷酷非情でした。
経営不振で苦しんでいる彼の友人をエサに忠彦さんを借入金の保証人にして会社や家を抵当にとったうえ彼の全財産を根こそぎ奪い取ったんです。
全従業員を救う最後の手段に彼は…。
〔忠彦さん…!忠彦さん!〕父親だけではなく息子の野添鉄也まで…。
(路子)〔離して!〕〔逃げなさい早く!〕野添親子が存在していたらしづ乃も真一さんも幸せになれない…。
そう思いました。
愛する人と添い遂げられなかったあなたにとってそのことが一番許せなかったんですね。
野添鉄也を放っておいたらいずれしづ乃はあの男に殺されていたでしょう。
真一さんだってどうなっていたか…。
本当に…本当にギリギリの選択だったんです。
私自身あの父親から許しがたい暴力を…!〔いいじゃないかあや乃!〕私人の死を願うために生まれたとは思ってもいませんでした。
心の底から人を殺そうと思い続けていました…。
それであの夜あなたの代わりにしづ乃さんを山中温泉のお座敷に出してアリバイを作ったあと野添のところへ…。
(悲鳴)その3日後今度は息子の鉄也を柴山潟に呼び出して…。
(携帯電話で話をしている鉄也)
(あや乃の嗚咽)あや乃さん。
あんな密室殺人をどうやって思いついたんですか?あの密室トリックは忠彦さんの未完のミステリー小説の中にあったんです。
中嶋さんの小説の中に…。
あの高枝切りバサミのハンドルを握ったもう片一方の手は忠彦さんのものでした…!忠彦さんと私は心をひとつにして野添源一郎を…!!あのトリックを解いたのは推理作家の人たちではない。
しづ乃と真一さんの幸せを願ってくださる…あなただった…!忠彦さんも…忠彦さんもあの世で…さぞかし…。
(あや乃の嗚咽)えっ!私に!?本当ですか!?君の名推理で事件が解決した。
それで3人がそうすることにした。
君が受賞作を決めたまえ。
二作とも読んだんでしょ?もちろん読みました。
でも…。
どっちだね。
早く言いなさい。
あはい…。
どちらも傑作で甲乙つけがたいんです。
二作とも受賞というわけにはいきませんか?二作とも!?いやあそれに決定!それにしましょう!いやあさすが若女将最後も決めてくれましたね。
私もうこれでホッとしました。
(笑い)いやいや最高ですよ。
(拍手)
(笛の音)
(笛の音)来年の大賞は大女将だな。
(高子)まっうれしい!事件ですよ。
ちょっと失礼します。
あなたは…!真一さん…。
本日は「ホテル百万石」をご利用いただきましてまことにありがとうございます。
私大女将の中山高子でございます。
若女将の美雪でございます。
みなさまの日ごろのお疲れを癒し楽しいご旅行ができますように私ども従業員心を込めてサービスをさせていただきます。
どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ。
(拍手)
埼玉県草加市に昭和の風情を残す喫茶店があります
2015/12/08(火) 14:00〜15:51
ABCテレビ1
温泉若おかみの殺人推理[再][字]
加賀山代温泉〜東尋坊〜永平寺に殺意の哀歌…密室トリックが解く“影笛”の謎
詳細情報
◇出演者
東ちづる、岡田茉莉子、中村梅雀、星由里子、戸田麻衣子、宇津宮雅代 ほか
ジャンル :
ドラマ – 国内ドラマ
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
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日本語
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