徹子の部屋 さだまさし&佐渡裕 2015.12.10


冬らしい景色が広がり始めた保津峡の渓谷を眺めながら、暖かさを楽しめるストーブ列車。
運行は今月29日までと、来年3月が予定され、全席予約制だということです。
(黒柳)今日はこのお二人においでいただきました。
歌手のさだまさしさんと…。
こんにちは。
指揮者の佐渡裕さんと。
よろしくお願いします。
ジャンルの違うお二人ですがお名前が似てるということだけでなく実は大の仲よし。
2人で色々な活動もしてらっしゃるそうですので今日はお二人においでいただいて色んな楽しいお話をしていただきます。
佐渡さんさださんです。
さだです。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
(拍手)本当にすごい音楽家においでいただいてうれしく思っています。
それにしてもややこしいお名前で…。
「ややこしい」…。
うん。
2人では…お互いはどういうふうに呼んでいらっしゃるの?僕は「まっさん」って呼ばせてもらって…。
僕「まっさん」って呼ばれてるんですよ。
僕は「佐渡さん」って言ってます。
あなたは「さだまさし」だから「まっさん」だから「まっさん」でいいわよね。
あなた「佐渡さん」って呼んで?「裕ちゃん」でもいいんですけど。
いいんですよ。
いいんです。
でもこんなに背のお高い方がお座りになるとほとんど同じ高さっていうのはおみ足が長いっていうことなの?そのとおりで…。
僕が胴が長いかね。
だって今歩いてくる時ねものすごい背が違ってたの。
めちゃ違いますよ。
さもなきゃ佐渡さんが猫背かね。
でもびっくりしました本当に。
お元気ででもね。
はい。
ありがとうございます。
東京と外国と行ったり来たりで本当に大変でしょ?そうですね。
今年はもう本当2週間ヨーロッパ行ったら2週間日本に戻って…。
やっぱり世情のことがあるから不安ですよ僕らね佐渡さんのこと…。
そうよね。
とにかくそんなことはともかくともお二人ともとても仲よくていらっしゃるので色んな楽しいお話もと思っておいでいただいております。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
初めてお会いした時?なんかすごい2人でもう…飲んだ?知らない?あー…でも一番最初は『題名のない音楽会』の…。
リハーサルですよね。
そうですね。
リハーサルでお会いして…。
江東かどこかの会場で。
朝お目にかかった時にああもうこの人は僕はよく知ってる人だって勝手に思い込みましたね。
僕はまだ『題名のない音楽会』を始めてすぐの頃だったので自分のジャンル以外の人とそれほどまだ会ってなかったんですね。
あっそうですか。
そういう意味じゃもう…何ていうんでしょうか?好きとか嫌いとかっていうのをはるかに超えてさだまさしという一人の人に会えるというもうすごくミーハー的な感じですね。
だから…何でしょうかね?そういう感じで会って。
でも…。
「あーあー」って歌を聞いた時うわーっと…生で聞けたと思いましたね。
佐渡さんは飲み会の約束を忘れた。
そう?違う。
漠然とね「こんな日はどう?」って話してたんですよ。
そしたら佐渡さんと合うかもしれない…。
「佐渡さん忙しいから無理かもしれないけど」って言ったら…噺家がねみんな集まったんですよ。
みんなが集まるって言うんで念のために佐渡さんに電話して「佐渡さん今日でよかった?」って夕方聞いたら「えっ!今日でしたっけ?今日でしたっけ?」「今ゴルフしてました」とかって。
それで「今行きます。
すぐ行きます」。
「そんな急がなくていいですから」って言ったら誰より先に来ましたね。
すごい。
すごかった…。
いやそれでさださんから…一番最初はね息子さんの結婚式の二次会か…まあまあ終わって「飲んでるんだけど来ません?」とかって連絡があったんで行ってすごい面白かったですよね…。
面白かったね盛り上がりましたねわけのわからないことに…。
その時も落語家さんですけど。
それもうちょっと半端じゃなく売れてる人ばかり…。
そうですね。
談春だとか三三だとか…。
そこでみんなが落語やったの?落語はやらないですよ。
ただ飲んでるだけなんですよ。
さださんの話をみんなうなずいて聞いてるっていうぐらい…。
この方がやってるの?落語。
僕はやらないけど…。
佐渡さんも落語が大好きだからそういう意味ではもう…。
割と音楽の人って笑いが好きですよね。
そうでしょうね。
落語とクラシックってすごい似てますよね。
似てる。
本があって僕ら楽譜があって…。
どう表現するか。
演台があって指揮台があって。
着物を着るし燕尾服着るし。
何か制約のある中での自由というかね。
そうそうそうそう。
でもそれだけでもってクラシックオーケストラと落語と似てるとは言えないと思う私…。
落語なんか一人でオーケストラやんなきゃいけないから大変ですよ。
それはそうですよね。
それは言える。
なんで俺が落語家をかばってるんだろうって今よくわかんないですけど。
でもあれでしょ?この頃お二人とも顔が売れて…さださんは前からですけど佐渡さんはもうこの頃大変でしょ?みんなが「あっ佐渡さんだ」とか「『題名のない音楽会』だ」とか何とかって…。
「あの人これやでこれやで」みたいな…。
大きいしね。
そうそうそうそうそう。
「あの人これやでこれやで」?「これやでこれやで」って?佐渡さん目立つからね。
背も大きいし。
それで五嶋龍君に譲ってね。
ええ。
五嶋龍君もほら可愛いじゃない。
可愛い可愛い。
7年半やりましたからね『題名のない音楽会』。
大変でしたね。
あれお話もあってですから大変ですよね。
やっぱりもう飛行機に乗って日本に着いたら収録して家に帰れる。
ヨーロッパ行く前に収録してヨーロッパに行くと。
だからやっぱり番組終わって今飛行機のいい時間に飛べる…一日ずらすとかね。
やっぱりだいぶ違うなっていう感じですね。
なるほどね。
ちょうど佐渡さんと…本当に会った時からなんか友達みたいになって。
ええ。
それでやっぱり震災のあとですね。
そうですね。
佐渡さんから電話かかってきて…震災直後に電話かかってきて。
彼泣くんですよ。
号泣するんです。
電話の向こうで「音楽家は無力だ」って。
本当はこっちが泣きたいんですよ。
僕だって無力だなって思ってるから。
先泣いた者勝ちねあれ。
うんうんまあね。
だから僕…「復興の槌音が響く頃には音楽の出番が来るからそれまで耐えて頑張りましょう」って心にもないことを言うわけですよ。
本当はこっちが泣きたいのに。
それででもあそこからやっぱり何かしなきゃいけないっていう思いは…。
やっぱりね…何なんでしょうね?まっさんの存在っていうのは声がすごく聞きたくなるんですよね。
この喋ってらっしゃる声。
うるさいですかね?そんな。
いえいえ。
うるさいことはうるさい…。
同じ音楽家として…それで僕らがやってるオーケストラとかオペラとかねっていうよりもさだまさしのあの歌が聞きたかったあの時ね。
それが一つと。
やはりまっさんが喋ってる言葉…。
あのピアニストの井伸行さんと一緒にコンサートをやっていらっしゃる最中にあの東日本大震災だったんですってね。
横浜でね。
中止になりましたけど。
まあイギリスのオーケストラを迎えててそのホストとしての役割もあったので…もちろん東北が大変なことになってるっていうショックとやはり海外からのオーケストラを自分が連れてきて強制帰国させなきゃいけない悔しさそんなものがありました。
でもやっぱりあの時本当にお医者さんとか警察官だとか自衛隊の方だとか直接命に関わってる仕事の尊さと僕らっていうか音楽家って…指揮者なんて何にも音も鳴らさないしなんてつまんない仕事をしてるんだろうなってまず思ったんですよね。
その時に本当に電話で…まっさんに電話して「悔しい」みたいなことから始まったんですけどもう涙が止まらなくなって。
もう本当に佐渡さんってこういう心の奇麗な人なんだなと思って僕は…。
「何かそのうちできるから」って言って結局半年後ですよね。
兵庫でね一緒に。
兵庫でね。
チャリティーコンサートをやって。
楽器を全部流された学校に楽器をプレゼントしようっていう。
兵庫の劇場が阪神・淡路大震災から10年経った復興のシンボルの劇場なんですね。
だからそこでさださんと僕と『さど☆まさし』という…。
そう『さど☆まさし』。
『題名のある音楽会』。
『題名のある音楽会』。
そう。
だけど「風の」…。
『風に立つライオン』。
そこで指揮したんですよ。
これがもう本当にねいい本番でね。
この曲ね不思議な曲だと思うんです。
とにかくイントロが素晴らしい。
そして歌があって情景があって。
普通ね例えば本があって映画になってそれに歌ができていくじゃないですか。
全然違うんですよね。
歌があって…僕らはその歌の中でアフリカの光景とか情景とか音とか光とかを感じてるわけですよね。
それを全く裏切らない…。
本になって映画になって…映画は今年ですよね?今年でしたね。
僕飛行機でねその映画見てたんです実は。
そうなの?それで一番最初に…さださんの映画だからと思って一番最初見てて…。
乗ってすぐ?乗ってすぐ。
あら。
嫌だ…号泣?そう。
それでねものすごく感動するんですけどまだご飯運ばれて…。
ご飯の前?うん。
ぐらいからもうだんだん感動が高くなってきたんです。
メインディッシュの頃にはもうブワーッ泣いてて。
「ビーフ!」とか言って?そうそうそうそう。
「フィッシュオアビーフ?」って聞かれて…「ビ〜フ〜!」って言いながら…。
どれだけビーフ食べたいんだその人。
VTRがあるそうなのでちょっとご覧いただいていいですか?子供のオーケストラでスーパーキッズ・オーケストラ。
僕が兵庫でやってる…。
徹子さんねこの曲をね一緒に演奏会やったでしょ?でその時ビオラをやってた高校2年生の男の子がいたんですけど。
そのあと京大の医学部に…。
すごい!入るんですけど「なんでお前医学部行ったの?」って言ったら「この歌を聞いて医者になろうと思った」…。
偉い。
色んな影響を与えるっていうことがね…。
だから自分で作ったっていう感覚もないですね。
やっぱりいただいた歌なんですねこれ。
だから全然仕事違うけどやっぱり飛行機に乗って海外に行って向こうで自分の古里を離れてやってる人間にとってのもう本当にすごい応援歌ですねこれは。
佐渡さんも日の丸背負ってヨーロッパで頑張ってるわけだから同じことですよね。
やっぱり…なんかこう国を背負ってるっていう尊さって海外で頑張ってる日本人には感じますね。
ちなみに今あなたが歌ってらっしゃるこの辺りってタンザニアのところ行くと…。
ケニアの…ナイロビからナクールですね。
そうです。
ちょっと離れてるんですけどちょうど私が行ったところも全く今の音楽がぴったりのところで。
そうですか。
もうやっぱり…寒いんですよあの辺ってね。
みんなアフリカは暑いと思うけど寒くてじめじめしてて。
栄養失調の子供がいっぱいね…。
脳に障害を起こしてる子が這ったりなんかしてるところを思い出してあれを聞いたらやっぱり涙出ましたね。
本当ですよね。
頑張ってる日本人たくさんいるんですけど…海外でね小さな診療所をやったりそれから小さな孤児院をやったりしてる尊い仕事をしてる日本人っていっぱいいるんですよ。
それで各地でそれぞれ尊敬されてるんだけど一様にねちょっとお金が足りないんです。
びっくりするほどの額じゃないんだけどちょっと足りないんです。
やっぱり円安と物価高でそういう…追い込まれてるでしょう?個人ではどうしようもないんだけれど何かそういう組織ができないかなと思ってこの8月に佐渡さんにも相談して「風に立つライオン基金」っていう財団法人立ち上げてそういう人たちあるいは東日本大震災もずっと恒久的に応援できないかなっていうんでチャリティーコンサートをやったりそれからずっと募金を募ったりして頑張って…。
そうなの?よかったですよねでもね。
そういうことねできるようになってね。
早くやりたかったんですけどもなかなか勇気が湧かなくてね。
でも2人になればさ話し合ってねお互いがさ。
「こんなことがしたいんだ」って言うと佐渡さんが「それはやんなきゃ駄目だ!」っていう…。
そうそう。
「俺はやるぞ!」って言ったら「やりなさい!」ってこういうふうに…。
そうですね。
ですからこれからが大変ですけどね。
でもそういう「ライオン基金」っていうのをお作りになったんだけど。
お医者様やなんかには?大きな組織に属してないと情報がいきにくいんですよね。
ですから開業医とか勤務医には情報がいかないんでそこみんなつないじゃおうかと。
「風に立つライオン」…なんか医師団みたいな。
それでそういうのを作って…音楽団はもちろん佐渡さん中心に作るし古田敦也さん中心にスポーツ団も作ろうとか言って。
そうなの?それでみんなで応援していこうという思いで…。
例えば火曜水曜なら行けるっていう勤務医もいるし日曜だけなら行けるっていう歯医者さんもいるだろうし。
そういう人たちを…つながっていざという時に備えようっていうことですよね。
泉谷さんも誘ったでしょ?それはねこの間鬼怒川の堤防が決壊して常総に…。
大変大変。
1カ月後に…10月の11日かに僕行く…第1回の出動だったんですよ「風に立つライオン音楽団」の。
えー。
そしたら泉谷さんがね「俺も行くぜ」って言ってもう…すごい勢いで来てくれて。
面白かったです。
あの人めちゃめちゃだ。
「風に立つライオン基金」から100万円持っていったんだけど「100万円じゃバカ野郎お前屋根の修理もできねえじゃねえか」「1000万ぐらい持ってこい」って言うから「じゃあ900万ちょうだい」って言ったら「そんな金はねえ」って…。
じゃあしょうがねえからこの100万でどう盛り上がるか考えようよっていう…。
もうすごかったですよ泉谷のステージは。
最高ですよあの人。
へえー。
だって被災者の人に「おめえらがよ」って言う…「てめえらが」とか言って…。
そのVTRをちょっと見ていただいていいですか?この間です。
えっこれこの10月ですか?はい。
9月の10日にこの災害が起きて1カ月と1日後だったんですけどね。
「皆さんこんにちは!」避難所へ行くとまだ二百何十人…。
「まさか…」
(泉谷)「リズム合わねえんだ…ババア」「こうやってここやりゃいいんだ。
こうやれ!」「ああもう面倒くせえ!ワンツースリーはい」「踊れっつってんだよ!」「
(笑い)」「がんばれ」
(一同)「がんばれ」「がんばれ」
(一同)「がんばれ」「がんばれ」
(一同)「がんばれ」「みんなおなかの底から!」「
(拍手)」よかったね…。
結局ねここでみんなで…。
避難してる人っておにぎりはいただけるけどおいしいものってなかなか食べられないんですよ。
だから100万円しかないからみんなでステーキを食べようと。
盛り上がったんです。
最高。
「みんなでステーキを食うぞ!」って「どうだ!」って「ウオー!」って盛り上がって。
市長さんにお手渡しする時に市長さんちょっと遅れて来られたんですよ色々あってね。
ちょっと僕ら盛り上がってる最中だったんだけど…。
これね。
うん。
「これお手渡しするセレモニー先にやろう」って言ったら泉谷が「ふざけるなコノ野郎。
あとで来やがって」「待たせとけ!」とかって言って。
「すいませんね泉谷口が悪いんで」って。
「泉谷さん本気で仰ってないのわかってますから」と仰るんだけど本気で言ってるんですよね。
そうそうそうそうそう。
それでどうしたの?ステーキ。
でステーキ…「これでみんなでおいしいステーキをいただきます!」って市長さんが言ったら「てめえは食わなくていいんだよ」って泉谷が言うの。
それで最後市長さんの首根っこをつかまえて「てめえ他に回すんじゃねえぞ。
みんなで食ってる写真を送ってこい!」とか言っちゃってもうひどいことになっちゃって。
あの人でも本当にそう思ってるのよね。
そう。
あのね心のまんまだから…優しい人だから。
そうそうそう。
本当に優しい人ですよあの人。
でもほらその100万円あればあれも買ってこれも買ってって思うけどおいしいものが食べたいだろうからさ…。
そうそうそう。
すき焼きでも何でもお肉を食べたいってね…ねえ。
ステーキの嫌いな人は金目鯛にしようとか言ってね。
いい話でしょ?
(2人)ええ話やな。
そこのところは息が合うんですね。
でもまだまだあの…。
東北も駄目ですよ。
東北だってさ…。
全然駄目ですよ。
そうでしょ?立派になったところもたくさんあるけれども手付かずのところもたくさんありますから。
何回も行きましたけれどあの臭いというものが何にもテレビを通しては何にもこないじゃないですか。
ああいうところを見てもねなんかもうちょっとみんなに色んなものを伝えたいと思います。
うまく言えるかどうかわからないけど東北の大震災のあと徹子さんもさださんも一緒にサントリーホールでチャリティーコンサートをやって募金箱を持って…。
泣いて…。
すごいたくさんの人が来てくれたでしょ。
やっぱりもう5年じゃないですか。
そうそう。
なかなかねこれ本当に募金することも難しくなってきたんですよ。
だから何に使ってるかが見えたらね応援しやすいんですよね。
どこに使われてるかわからないからみんな募金しにくいんでね。
この基金はどこにどういうふうに使いましたっていうことがみんな目で見てわかるように…。
元気が出る募金活動をしようかなと思ってます。
そうですよ。
あなたのようなね正直そうな人がさ…。
「正直そうな人」…。
やってくだされば…。
大丈夫です。
もう借金返しましたからね。
借金返した?よかった。
借金返した。
もう回しませんからよそへ。
よかったね。
大丈夫ですよ。
ハハハ…。
よかったね。
よかった。
それで佐渡さんは新たな挑戦…。
そうですね。
今度ね。
この9月からあの…。
これすごい。
はい。
ウィーンのトーンキュンストラー管弦楽団っていう108年の歴史があるオーケストラですけど…。
黄金の間ですよね?はい。
楽友協会ってニューイヤーコンサートをやるところですね。
あの金色の。
あそこで練習をしあそこで本番をし…。
すごいですよね。
ここです。
おおかっこいい。
就任の最初のコンサートですね。
ブラームスの4番。
『ブラームス4番』?はい。
奇麗なホールでしょ?金色!本当にこれは宝物ですね世界の。
本当ね。
またこのね音がね…。
いい?もう…何ていうんでしょうね?すっきりしてるんだけど非常に豊かで。
特徴はね僕の2列向こうには管楽器が並んでるんです。
本当だ。
日本のステージだったら間に3列ぐらい弦楽器が入るんですよね。
だってね…。
僕バーンスタインのアシスタントしてた時がウィーンだったんですね。
そうなの?ウィーンが一番最初の海外生活した街なんです。
じゃあ故郷に錦を飾る?28年前。
でもその時は全然僕は仕事なかったわけですね。
だからバーンスタインのアシスタントとして…。
これね。
これベートーベンハウスですね。
だから88年ですね。
本当だ。
28年前。
この頃仕事なかったんですか?なかったです。
だからバーンスタインのそばで素晴らしい音楽会ばかり聞いて練習見てレコーディングを聞いてそういう意味ではそばにいさせてもらって…。
財産になった。
財産ですけどもう指揮がしたくてしたくて。
まあね。
バーンスタインがいない時は立ち見席ですよ。
150円とか300円なんですけど。
それを例えばカラヤンとかだったら何日も並んでチケット買って毎日過ごした。
だからもう本当にすごい宝物がいっぱい詰まった3年間でしたけどやっぱり自分が…指揮台がなくてこのウィーンの街は僕を必要としてなかったしだからもう追い出されるみたいにね。
「ブザンソン」ってフランスのコンクールで優勝するのでフランスにそこから移るんですけど。
だからそういう意味ではウィーンには何の未練もなくこんな自分を必要としていない街は早く出たほうがいいと思って出たのがまたこうして二十何年もかかって…。
あれでしょ?来年の5月にオーケストラと一緒に日本にいらっしゃるんですってね?はい。
日本ツアーを早速。
すげえな。
色んなところで。
トーンキュンストラー。
トーンキュンストラー管弦楽団というんですね。
かっこいい。
あらすごい。
えーそうですか。
それから『第九』もおやりになるでしょ?『第九』は今年がですね兵庫の県立芸術文化センターが10周年なんですね。
それで十何回…14回ぐらい12月はずっと…。
関西方面ですけどね。
岡山とか徳島とか和歌山とかそういうところ行きますけど。
全部『第九』ですか?『第九』です。
そりゃあ暮れは『第九』…。
暮れは『第九』なんですね。
私の父が言ってましたけどどうしてか知ってる?暮れに『第九』やるのって。
歌の人たちの応援ですか?ううん違う。
うちの父が始めたことですから本当なんだと思うんですけど…N響が始めたんですけどね。
やっぱり暮れになるとみんなお金がいるから。
お金が入る方法って別にないじゃない。
コーラスが出るじゃない。
コーラスはみんな出てタダで出て揚げ句の果てにコーラスが親戚に切符を売るじゃない。
ああそうか。
すると日比谷公会堂満席になるじゃない。
なるほど。
そういうお金はコーラスにあげなくていいからそれをみんなで分けて…。
餅代?餅代です。
餅代コンサートだったんだ。
だから日本は暮れになると『第九』をやる。
ところがこの頃外国も多いよね。
『第九』を暮れにやりますよね?そうですね。
日本から逆輸入したわけ…。
でもそんなふうに若いユースオーケストラのメンバーが京都大学へ入って医者になりますとかねそんなふうに自分の将来を音楽によって考えることができるっていうのそれも素晴らしいことですよね。
そうですね色んな出会いがあって…。
もちろん音楽家になっていくのもたくさんいるけど…一緒に過ごした時間がやっぱり一生思い出になってそれが色んな…それぞれの人生に役立つっていうのは大きなことですね。
あのスーパーキッズは素晴らしい活動だと思います。
でも本当にさださんっていう方もご本はお書きになる映画はお作りになる借金はお作りになる…。
借金はいいんですから。
借金はもう返したね。
借金いいですからもう。
それからほらもっと色んな…色んなことをやってらっしゃるじゃないあなたも。
こんなに色んなこと…。
夢があってなんかやっぱり男の憧れですよね。
本当本当。
いやいや…。
頑張って元気でやんなきゃ駄目ですね。
そりゃそう。
元気で頑張りましょう本当にね。
大体あなたいくつぐらいの人なの?えっ僕ですか?僕今63です。
もう63にもなったの?「もう…にもなった」ってどういうことですか?でもそうですよ。
そんなになっちゃったの?知らなかった。
私もっと若いと思ってた。
えっいくつぐらいだと思っていらしたんですか?56〜57かと思ってた。
じゃあ56で通します。
56です。
56ぐらいでいいと思いますよ。
はい。
ありがとうございます。
人は歳じゃないですからね…。
そうですね。
だけど大体いくつぐらいかなってちょっと思ったわけ。
フフフ…。
面白いなもう。
でもあれですよねバラバラに分かれて仕事してても東京でこういうふうにバッて一緒になるのってうれしいでしょ?はい。
僕はすごく刺激を受けることいっぱいあるし夏に武道館でも一緒に演奏会やらせてもらったんですけどもうその大きさっていうんですかね?会場じゃなくて考えていらっしゃることの大きさ…。
一緒に武道館でやったのね?そうですね。
色んないいことあります…お気を付けて。
ありがとうございました。
本当にありがとうございました。
ありがとうございました。
2015/12/10(木) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 さだまさし&佐渡裕[字]

〜新コンビ結成!?“さどまさし”が日本を救う〜さだまさしさん&佐渡裕さんが今日のゲストです。

詳細情報
◇ゲスト
人気シンガーソングライターと世界的指揮者という異色の組み合わせ!さだまさしさんと佐渡裕さんが登場。
◇番組内容
音楽番組で知り合った2人は最初から意気投合し、電話をしたり飲みに行ったりするようになったというが、お互いの意外な素顔の暴露に黒柳さんも大笑い!また、さださんの名曲『風に立つライオン』が大好きという佐渡さん。海外で奮闘する実在の医師をテーマにしたこの曲に感銘を受けた佐渡さんの協力で、さださんはこの曲の名をつけた基金を設立。被災地の復興支援などに取り組んでいる。さださんならではの意外な支援活動とは?
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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