大江紀洋(Wedge編集部)
「若者を殺して賠償を減らす殺人行為」「直ちにやめろ。殺す気か!」「こんな企画をするなんて悪魔のよう」「美談にすり替えた子どもへの虐待」……
10月10日に行われた「みんなでやっぺ!! きれいな6国(ろっこく)」。福島県の沿岸部、浜通り地区を縦断する国道6号のゴミを拾おうという清掃活動だ。地元を中心に中高生200人を含む1440人ものボランティアが集った。
当日、あちこちで見られた清々しい笑顔の裏側で、主催者事務局を務めたNPO法人ハッピーロードネットには冒頭のような言葉が寄せられていた。理事長の西本由美子さんは、2011年のうちにいち早く広野町の自宅に戻り、浜通りの復興に心血を注いできた人物である。苦情FAXの束を記者に見せた西本さんの表情は、いつもの活力に満ちたそれとは全く違っていた。
抗議のロジックはこうだ。
「国道6号は車外に出ることが禁じられているほど高線量で、放射線の影響を受けやすい子どもは危険」
「既に小児甲状腺がんがたくさん発生しているのに、掃除で土ぼこりを吸い込めばさらに内部被ばくする」
国道6号が通るいわき、広野、楢葉、南相馬、相馬、新地には現に人が住んでいる。我が町の我が道のゴミを拾う事がなぜいけないのか。車外に出ることが禁じられているのは確かに高線量地点があるからだが、それは帰還困難区域の話。避難指示が残る浪江と富岡は大人たちで掃除することは情報開示されていた。多くの子どもたちにとって国道6号は通学路でもある。
結果を先に示そう。主催者によればボランティアが身につけた30個ほどの線量計は、全て3時間ほどの清掃活動の積算値で1マイクロシーベルト(μSv)未満だった。記者も線量計を持って同行したが、示す値は大抵毎時0.1~0.3マイクロシーベルトで、たまに0.5がある程度。時々わざと道端の茂みに入ってみたが、最高は瞬間値で毎時1マイクロシーベルトだった。3時間の積算値が1マイクロシーベルトに満たないという測定結果は、記者の線量計の測定値とも符合している。
原発事故によって追加される被ばく線量は年間1ミリシーベルト(mSv=1000マイクロシーベルト)以下とするというのが国の掲げる長期的な目標だが、今回の被ばく量はその1000分の1にも満たない量だったということである。
これがどの程度の値なのか、福島県外の人にはピンと来ないかもしれないが、不幸なことにおそらく放射線量に世界で最も詳しくなっている浜通りの人たちは、0.23マイクロシーベルトを基準に考える。
住んでいる地域の空間線量が毎時0.23マイクロシーベルト以下であれば、原発事故によって追加される被ばく線量が年間1ミリシーベルトに収まるというのが、国が示した換算式だからだ。
※詳しく説明すると、0.23から自然放射線0.04を除いた0.19マイクロシーベルトを基に、1日のうち8時間が屋外で16時間が屋内で暮らすと仮定し、さらに屋内は遮蔽効果で屋外の4割の被ばくで済むと考えて、0.19μSv×(8+16×0.4)×365=998.64μSv≒1mSv)
同じように考えて、除染目標も毎時0.23マイクロシーベルトとなっている。だから、3時間の積算が1マイクロシーベルト未満(つまり毎時0.33マイクロシーベルト未満)という値なら、地元の人のほとんどは心配しない。
それでも「ゼロ」でないと心配だ! そんな方は、震災前の日本各地の自然放射線量のばらつきを示した図を見ていただきたい。もともと年間1ミリシーベルトに近い、赤色のエリアは結構存在する。有馬温泉などラドンの温泉は放射線が出ているので、細かく見ていけばもっと放射線量の高いところはたくさんある。
原発事故後5年が経過し、多くの実測データも集まっている。各市町村がガラスバッジ(個人線量計)を配布し、個人ごとの被ばく量を調査しているが、この個人線量実績値がほとんどの場合、空間線量から想定されていた被ばく量を下回っていることも分かってきている(1日のうち8時間が屋外で16時間が屋内、さらに屋内は遮蔽効果で屋外の4割の被ばくという仮定が厳しすぎたということ)。
例えば、南相馬市の結果をみると、配布後は約9割が年間1ミリシーベルト以内に収まっている。ガラスバッジ配布前の初期被ばくの推定結果も99%が累積2ミリシーベルト以内である。また、屋外クラブ活動への参加、通学時間といった屋外活動に関連する生活様式は、被ばく量と有意な関係は認められないことも分かってきている。
つまり、そもそも、避難指示が出ているエリアを除いた、人々が生活している地域において、福島の外部被ばくは全く問題になるような値ではないのだ。だから国道の清掃活動をすることにも、地元の人は多くが抵抗を感じない。
いやいや土ぼこりによる内部被ばくが心配だという人々には、10月9日に発表されたある喜ばしい事実を挙げておきたい。事故後、世界にない小児用のホールボディカウンターをメーカーに開発させて、徹底的に福島の人々の内部被ばくを検査してきた研究者グループによるものだ。
「福島第一原発事故後、Babyscanを用いた内部被ばく検査では2707名の小児、乳幼児全員から放射性セシウムは検出されず」(東京大学大学院の早野龍五教授、南相馬市立総合病院の坪倉正治医師ら)。この論文タイトルが内部被ばくの実態を端的に言い表している。ちなみにBabyscanの検出限界は全身で50ベクレルという恐るべき低さである(1ミリシーベルトの内部被ばくのためには万ベクレル単位のセシウムの摂取が必要)。