Flashが次のバージョンから「Adobe Animate CC」と名前を変えるらしい。
「html5でできること」にシフトしていくと言われているが、実際それは今でも搭載されている機能だし、名称は変わるが、今、Flashで出来ることは変わらないらしい。
やれやれ、Adobe、あいかわらずやってくれる。Flashという名前に染み付いたネガティブな印象を払拭しようということなんだろうけど、ユーザーは大迷惑である。この名称変更から色々と考えてみた。
●Flashという名前の大混乱
Flashという名称は常に混乱と共にあった。「Flash」と聞いて、どう解釈するかが、人によってバラバラなのだ。開発アプリは「Adobe Flash Professional」、Webで再生させる仕組みは「Adobe Flash Player」。
一般の人はコンテンツそのものを「Flashアニメ」などと呼ぶ。再生ファイル「swf」も、Flashファイルと呼ばれる場合がある。
さらに、Flashはその歴史の中で、できることがどんどん増えていった。イラストから始まり、アニメ、プログラミング、ビデオのオーサリング...それが全部、「Flashを作る」と言う言葉で片付けられていた。
なので「Flash」と言った時に、それが開発アプリを指すのか、プレイヤー環境のことなのか、はたまたコンテンツのことなのか、文脈を読み取らないとわからないのだ。
まぁたしかに、「テレビを見た」と言えば、受像機を見ているのではなく「テレビ番組」を見ているのだし、「鍋を食べた」のは、鍋ではなく、鍋料理を食べたという意味だ。
しかし、テレビ局の中の人が番組を作るのに「テレビを作る」と言ってたらダメじゃないのか。テレビ局のディレクター、カメラマン、音響さん、大道具さんらがそれぞれ、照明や編集のことを「テレビをつくる」と言っていたら、テレビ局は大混乱だ。
さらに機能面まで踏み込むと、もっとややこしい。たとえば「Flashでアニメーション」と言った時、それがアニメーターによるキャラクターアニメなのか、スクリプトでオブジェクトを動かすことなのか、やはり人によって解釈が異なる。まぁ、そういう面倒くさい状況がずーっと続いていたわけだ。
今回、名前を変えるのは、開発アプリの方だ。Adobeのサイトによると「Animate CCは、Flash(SWF)とAIRのフォーマットを今後もサポートします」とある。
えーと、この書き方だと、プレイヤーの方は名前を変えず「Flash」のままってことなの? Flashという言葉を辞めたいなら、Flash Playerという名前もやめて、「swfプレイヤー」とするのが筋じゃないのか。
●Animateという名前だって大混乱
さらに、わけがわからないのは変更後の「Animate」という名前だ。Adobeにはすでに「Edge Animate CC」というアプリケーションが存在する。こちらはどうなるのかというと、今回の発表と同時に「開発中止」だそうだ。
このことは、新しい「Adobe Animate CC」のページには触れられておらず、古い「Edge Animate CC」にのみ書かれている。
ここまで書いてみたが、固有名詞が似通りすぎで、実に読みにくい。
Flashのことをあまり知らない人には、さっぱりわからないだろう。そういうことなのだ。ぼくにもなぜ、Adobeがこんな混乱させるネーミングを続けるのか、さっぱりわからないが、もう少し付き合って欲しい。
さて、このEdge Animate CC(消える方)、その名前から推測すると、Flash同様にアニメが作れるアプリのように思えるが、実はこれ、アニメーションは作れない。
今回ちょっと触ってみたところ、作れるのはモーショングラフィック、文字などの素材を動かしたりするだけのシロモノだ。それよりなにより、このアプリには絵を描くツールがない。円形だとか矩形だとかの図形ツールしかなく、自由に描くことができない。
たしかに、文字が画面上を移動したり、伸縮したりする表現は、アニメーションテクニックの一つではある。セルアニメの時代、宇宙戦艦ヤマトもホワイトベースも、一枚の絵をちょっとづつ移動させて、動いているように見せていた。
しかし、移動させて動かすことができるからといって、「アニメーションができる」とは言わない。
これは照明技術があるから「テレビ番組が作れる」と言っているようなものだ。カップラーメンが作れるから「料理ができる」と言っているようなものだ。
つまり、FlashはFlashという名前を捨て、「アニメが作れない」アプリの名前を継ぐということだ。これはどういうことなんだ?
●Adobeのネーミングはキラキラネームだ
考えてみれば、Adobeのアプリには名前に首を傾げるものが多々ある。「Photoshop」はたしかに「写真屋」なのだが、イラストを描いたり、アニメを描いたりする用途でも使われる。
「Illustrator」でできるのは作図であり、たしかに作図的イラストは作成できるが、絵的なイラストを作画するのは苦痛な環境だし、なにより実際の用途としては、イラストよりも印刷レイアウトの方が多いだろう。
写真屋、挿絵画家、架け橋、アクロバット(曲芸)にプレミア(華やかで値打ちのある初演)……そういえば「夢を紡ぐもの」なんてのもある。
そこで、それぞれのアプリの本質を考えて、新たにネーミングを考えてみた。
「Adobe Photoshop」→「Adobe Image Editor(画像編集)」
「Adobe Illustrator」→「Adobe Drafter(ドラフター=製図器)」
「Adobe InDesign」→「Adobe PageMaker(なつかしい……元の名前)」
「Adobe Bridge」→「Adobe Image Cabinet(画像収納閲覧)」
「Adobe Acrobat」→「Adobe PDF Master(PDFのことならなんでも)」
「Adobe Premiere」→「Adobe Non-linear Editor(ノンリニア編集)」
「Adobe Dreamweaver」→「Adobe html&CSS Editor」
まぁ、どれも味も素っ気もない名称だが、できることを考えるとこんな感じだろう。つまり、Adobeの作っているアプリの本質は、事務机であったり、製図板だったりという、業務用の質実剛健な道具に近いものなのだ。
それなのに、なんだってこんな、内容とずれたネーミングばかりになっているのだろう?
このネーミングセンス、何かに似ていると思ったら「キラキラネーム」だ。ディズニーキャラみたいな名前に、難読漢字の当て字をしてしまったりする、アレである。
「将来どういう人間になるのか未知であるのに、過度に具体的なイメージを想起させる命名はいかがなものか」とか、「はたしてその言葉や漢字の意味を理解して、命名しているのだろうか」とか、「難読すぎる名前は生活上の不利便性が高いのではないか」とか……。
キラキラネームだって、思想があれば悪いとは思わない。印象だけで安易に非難すべきことではない。
しかし、人間と違ってアプリは人間が仕様を決め設計するのだから、もうちょっと中身や先の展開を考えて名付けられるのではないか。Adobeのキラキラネームはチャラいだけで、中身とは全く合っていない。その名前がどういう意味を持つのかという知識すらない。「反知性」的な感じがしてしまう。
逆にFlashの新しい名前が「Adobe Animate」というのは、ものすごくまともな名前に見える。だから怖いのだ。なんか名前と中身が違う方向に行ってしまうのがAdobeのネーミングセンスだとすると、Flashはアニメが作れない、なんだかわけのわからないものになってしまう予感がヒシヒシとする。
ちなみにFlashという名前は前身であるFuture Splash Animaterの短縮から来ており、Future Splashの名前は開発元がFuture Wave社だったからで、その名前は会社がカリフォルニアのサンディエゴ、サーフィンのメッカにあったからだ。さらに創立者はシリコンビーチという、これまた海にちなんだ名前の会社出身だった。
まぁSplashには「目立つ記事」という意味もあるが、それがFlashになってしまった途端、全く意味を喪失している。やっぱりキラキラネームだ。
●新機能に期待できるのか
「Adobe Animate CC」(次のFlash……ああ面倒くさい!)で予告されている新機能に「360°回転可能なカンバス」というのがある。
欧米のアニメーターが使う作画机は、埋め込まれているトレース台が円形で、ぐるぐると回せる。日本では動画用紙そのものをぐるぐると回しながら作画す
る。線画を描くのに、紙を廻すのはとても大切なテクニックであり、Photoshopでは以前から搭載されている。
Flashで絵を描くユーザーは、この機能を20年以上切望していた。それ自体めでたいことなのだが、これにより、Flashは本格的なアニメーション作成環境にシフトしていく…… イヤイヤイヤ、騙されてはいけない。
なぜなら、この機能は「イラストを描くため」にあるIllustratorにも搭載されていない。カリグラフィブラシで筆圧タブレットでドローイングができるのに、カンバスを回転させながら描くことができない(そもそもイラレは、手描きについて全くといっていいほど無頓着)。
このことからも、Adobeが「描くこと」と「カンバスを回転させる意味」について、理解しているとは思えないのだ。
Adobeはあまり深く考えずに、新機能を搭載したり、必要とされる機能を搭載しなかったりしているのだ。
●Adobeは平気でアプリを退化させる
Adobe ideasというiOSアプリがあった。ガシガシと手描きでベクターが描けるアプリで、線と塗が分かれていた。線と塗を分けるというのはFlashの描写環境の根幹で、要はFlashと似ているのだ。
基本はスケッチメモなので、機能は最低限だったのだが、これが進化していけば、Flashのようになるのでは、と密かに楽しみにしていた。
このideasが、今年になってAdobe Illustrator Drawというアプリに進化した。筆圧にも対応、ベタ塗り(バケツツールのような機能)にも対応し、これは!!と思ったのもほんの束の間。
よくよく見てみればなんと、線オブジェクトが描けなくなっているではないか。実際、旧Ideasから持ってきた画像の線シェイプは消すこともできない。
さらに、このアプリには、ideasの頃から選択ツールが存在しない。オブジェクトを選択できないのでは、せっかくのベクタードローイングも真価を発揮できないではないか。
Flashでも、以前あったボーン機能を一時期、廃止してしまい、ヒンシュクを買ったのか、今のバージョンでは復活させている。
iOSアプリでは、これ以外もリリースしたり、廃番にしたりが激しい。タブレットアプリはまだ黎明期だからある程度しょうがない部分もあるが、それにしてももうちょっと「考えてからリリース」してほしい。
●これからのFlashの話をしよう
つい、ネガティブな事ばかり書いてしまった(実はこの倍ほどAdobeへの罵詈雑言を書き連ねたのだが、あまりに見苦しいので没にした)。もう少し冷静になって、Adobe Animateの将来はどうなるのか、どうなって欲しいのか考えてみる。
最良のシナリオは、Flashがようやく、アニメーション作成環境に戻ってくるという期待。20年近く停滞していた、本当のアニメーション作成環境への挑戦。
現在のFlashの表現ポテンシャルはとても高いのだが、スクリプト(プログラミング)を使わないとできない事が多い。このあたりのインターフェイスの整備を期待したいところだ。
最悪のシナリオは、Flashから作画環境がなくなり、単なる移動しかできないツールへと成り下がること。プログラミングを使えばなんでもできるが、絵すら描けないツール。
Flashの作画環境は独特で、あれが嫌だ、という人も多い。しかし、Flash以外のベクター描画アプリを見渡しても、未だにFlashのように自由に描けるツールはないし、ラスター描画にするならFlashよりAfter Effectsの方がいいだろう。なかなか理解されないFlashの作画環境だが、今なら理解されるのではないか、と思うのだ。
タブレット用のメモアプリでは、ベクターベースの描写のものがたくさんある。ただ、どれも絵を描くには不十分だ。Flashのルーツのスマートスケッチは、まさにそういった「ベクター手描きメモ」として作られたアプリだった。
スマートスケッチにはフレームではなくページが存在し、手描きの図形を清書してくれる図形認識機能は、今でもFlashに残されている。タブレットが普及している現在であれば、スマートスケッチ=Flashの描画機能は再評価されるのではないか。
iOSのAdobe Illustrator Drawに線ツールを復活させ、選択ツールを追加する。ここにFlashならではのブラシモード(背面に描くなど、マスク要らずのすぐれもの)があれば最高なのに。
さてさて、Flash改め、Animateはどんな未来を描くのだろうか?
【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
twitter:
mailto:makio@makion.net
ホントは「スター・ウォーズ」の話を書くつもりだったのだが。Adobeめ...
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