ひかなかったじんましん。
そもそもの発端は11月22日だった。
その日、娘の初節句の為の雛人形を買うために郡山に行っていた。娘を一緒に連れて行くとちょっと色々大変なので、保育園に預けた。アデノウイルスで入院して、前々日に退院してきたばかりだったが、出来れば雪が降る前に雛人形を買うのは済ませてしまいたかった。雪国では雪が積もってしまうと遠くに出かける気が起きないものだ。
元々、ウチの娘は風邪をひいた後にはじんましん的なものが出る傾向があった。だが、出てもわりとすぐおさまっていたので、そこまで深刻には考えていなかった。
だが、その日は違った。午後のオヤツ(バナナケーキ)を食べた後、顔にじんましんがでて、そこからそれほど間をおかずにそれはお腹、手足へと広がっていったらしい。「らしい」というのは、そもそもその状況を見ていないから、実際にはよくわからないのだ。
車の中で保育園からの連絡を受け、とりあえずすぐ病院へと向かったのだが、1時間くらいかかる距離にいたので、保育士さんが総合病院の救急窓口へと先に娘を連れて行っていた。自分たちが着いたのは、もう診察が終わった後だった。
診察してくれたのは救急の先生だったので、専門的なことまではわからなかったが、診察の結果は「なんらかのアレルギー症状が出ているようだ」だった。まあ、専門医ではないので仕方ない。保育士さんからはとりあえず専門医に診てもらうことをお勧めされた。
その日に救急の窓口でアレルギー科の予約でも取ってくれば良かったのだが、ちょっとその日はテンパっていてすっかりその事を忘れて帰ってきてしまった。というわけで、その総合病院のアレルギー科ではなく、町外れにあるアレルギー専門病院へと連れて行く事にした。
圧迫面接医師。
そのアレルギー専門病院は、実は賛否両論の病院だった。
まず、賛の方だが、腕は確かだ。一人一人をしっかり手厚く診察してくれる。保育園の先生もかなり信頼をおいているようで、そのアレルギー専門病院に連れて行くと言ったら安心していた。
問題の否の方だが、どうやらその先生はかなりうるさいタイプの先生らしく、妻の務める会社のママ友にはえらく評判が悪かった。
正直言って、どっちの話を信用していいのかわからなかったが、とにかく今は娘の体に起きていることをはっきりさせるのが先決だと考え、そのアレルギー専門病院へと連れて行った。
診察の順番がやって来て、医師の前に座る。そして、矢継ぎ早に質問攻めにされた。
何があってここに来たのか。
いつもは何を食べさせているのか。
普段じんましんが出た時に食べさせていたのは何か。覚えていない? 次からは覚えておけ。
親は? 家系でアレルギー体質の人間はいないのか。
好き嫌いはあるか。本人じゃなくて、親や一族。その好き嫌いは病気のせいかもしれないぞこの紙をよく読んで考えろ。
そもそも人間なにかしらのアレルギーを持っている。今は出ていないかもしれないが、いつか出てくることがある。その時になってからでは遅い。検査しろ、とにかく検査だ。出来れば親も検査しろ。
なんだろうこの人…
そもそも、アレルギー反応が出たと思われるから来ているのに、娘の患部を見ようともしないのはどういったわけなんだろうか。それに、さっきからこっちの言葉を遮って恐ろしい事ばかり言ってくる。よくよく考えてみると、この人の言っているのは「可能性を最大化」って奴だ。
これ、あれだ。
圧迫面接。
まさか医者に助けてもらいに来ているのに、こんなにボコボコに言われることになるとは思いもしなかった。
それでも、とにかく検査はしてもらいたかったので、その日は耐えた。その時はまだ娘の症状も不安定だったので、とにかく原因を知りたかったという心理も作用していた。
結果が出るのは一週間後。
その日は塗り薬と飲み薬を貰って帰ってきた。
「結果は陰性。でもきっとアレルギーを持っている」なんだそりゃ。
娘の症状は首周りがいちばん酷かった。いかにもアレルギーといった感じではなく、こまかいブツブツができていて、娘は痒そうに首元を掻いていた。
貰ってきた薬を塗ってもあまり改善は見られなかった。保育園に行ってもこの状態だとすぐ帰されてしまうので、数日は日中家で自分が面倒を見ていた。
いい加減治らないので、もう一度アレルギー専門病院に連れて行こうと思った。だが、その日はそのアレルギー専門病院が休診で、しかたなくいつも通っていた小児科へと連れて行った。そして、そこで言われたのだ。
「これは、アレルギーじゃなくてただの湿疹だね」
貰ってきた薬を塗ると、次の日には首周りの湿疹は消えていた。
この一件が、アレルギー専門病院への不信を確かなものにした。小児科の先生はこうも言っていた。
「あの(アレルギー専門病院の)先生はねぇ…」
皆までは言わなかったが、言いたいことはわかった。
そして、一週間が過ぎて、娘の検査結果を聞きに行った。
結果は全て陰性。
それぞれのアレルゲンに対する特異的IgE抗体検査の結果(IgE抗体価)は、7つのクラス(0~6)で示される。数値の高さがIgE抗体の量の多さを表す。その全てがゼロ。ゼロである。
だが、この結果を見てアレルギー専門病院の医師はこう言った。
「検査ではなにも出なかったが、きっとなにかこの子は持っている。とりあえずこの中で一番数値が高い卵白は今後食べないほうがいい。保育園にもそう伝えたほうが良い」
…?
検査の結果が全てクリアーなのに、何故?
こういうのって、相対的な数値をみて判断を下すものじゃないでしょ?
たしかに、今は出ていなくても将来的に出る「可能性」があるのはわかる。今後この数値が変化して、なんらかのアレルギー反応がでる「可能性」があるのはわかる。だが、現時点で娘の食事制限を命じるほどの根拠はないはずだ。それなのに、この医師は「卵白を食べさせるな。危険だ」という。
一番問題なのは、この医師の出した薬は娘には効かなかったという事だ。そもそも、患部を見さえしなかったのである。それどころか、娘の症状の責任がさも親の遺伝的体質や普段の食生活の監督不行き届きにあるような言い方さえしていた。
なんとなく、妻のママ友の間で評判が悪い理由がわかった気がした。聞くところによると、アレもダメこれもダメと言われ続けてどうして良いかわからずに、ノイローゼになってしまった人もいるという。その後、その人は総合病院のアレルギー科に行って、「そこまでする必要はない」と言われ、救われた。
自分は決めた。
この医師は信用出来ない。
アレルギーの専門医師としての腕はいいのかもしれない。だが、自分は医師との信頼関係の方を重視したい。この医師に娘の命をあずけることは到底出来そうにない。
なので、もう二度とあのアレルギー専門病院には行かないことにする。
やれやれですわ。