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労働法の正義を考えよう~使用者側弁護士の立場からみた、労働法の「ひずみ」とは~ - 倉重 公太朗

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 ほかにも、労働法の問題点には、「就業規則の不利益変更の法理」も挙げられます。賃金を一方的に下げるには合理性が必要とするものです。そのため、企業が人件費を抑えるには、すでに入社している人はそのままに、新たに入る労働者の賃金を最初から低くせざるを得ません。いつ入社したかによって、労働条件の格差が出るのです

 不利益変更法理は、景気が回復したのに賃金が上がらない要因にもなっています。2002年~2007年に景気が回復した時期がありました。GDPは5年間で10%ほど上昇し、正社員のボーナスは10%ほど上がりました。しかし、基本給はほとんど増えませんでした。賞与は支払い義務がなく、業績によって上げ下げしてよいものですが、基本給は不利益変更法理の対象になるためです。一度、賃上げをしたらなかなか下げられなくなるため、企業は非常に慎重になっています。

 また、最近は高年齢者雇用安定法が改正されたことによる弊害も生じています。これまで60歳定年だったのが、原則として65歳まで引き上げられたため、人件費がかさむようになりました。若い社員や非正規社員の賃金を下げたり、下請け企業への支払いを減らしたりして、賄っている企業は少なくありません。彼らの犠牲のもとで正社員の賃金が守られている状況が、本当に正義なのでしょうか。

 残業代規制も問題です。私は、肉体労働者や工場のラインに入っている労働者など、1時間残業したらその分企業に成果が出る仕事の場合は、残業代を支払うべきだと思います。しかし、ホワイトカラーの職業はそうではありません。企画を立てるにしても、1時間多く会社にいたからといって、必ずしもいいアイデアがでるとは限りません。昼間の所定労働時間はダラダラと過ごし、夕方5時をすぎてから熱心に仕事をする人もいます。一定の要件を満たしたホワイトカラーの労働者には、残業代を支払わなくてもいいと思います。

 第一次安倍政権の時に「ホワイトカラーエグゼンプション」として年収400万円以上の従業員の残業代をカットする案が出され、廃案になりましたが、現在は年収1000万以上を要件に、再度検討されています。もちろん、長時間労働問題がありますから、十分な健康確保措置をとることが前提です。

 厚生労働省も非正規雇用対策を行っていますが、あまり効果的とは言えません。例えば、偽装請負の摘発。労働法上、請負とは「労働の結果としての仕事の完成を目的とするもの」で、発注企業の指揮命令に従う義務はありません。厚労省は、請負と言いながら発注者である企業が細かい指示を出している事例を摘発しました。請負ではなく雇用にするように求めたのですが、その結果、たくさんの請負会社が倒産しました。また、派遣法を厳しく解釈し、使いにくい制度にした結果、失業する派遣労働者も増えています(かといって、正社員が増えているわけではありません)。

 さらに、「有期労働契約の無期転換」も弊害が生じています。有期労働契約が5年以上になった場合は、無期労働契約に転換できるルールです。平成 25年4月から全面施行されていますが、おそらく多くの企業が5年以内に雇い止めするでしょう。平成30年頃にはたくさんの失業者が生じると思われます。

 「非正規を保護しよう」というかけ声だけで問題は解決しません。なぜ非正規が生まれるか? そこを考えなくてはならないのです。企業が非正規雇用を行うのは、正社員で人件費調整ができないからです。労働法遵守で正社員を守るのも大切ですが、マクロの視点を持つことも忘れてはなりません。

 私は、雇用の流動化を促すことが、現在の労働問題を解消する方法だと考えています。雇用流動化で大切なのが、「出口」と「入口」の政策をセットで行うことです。「出口」の手段としては、解雇の金銭解決を導入すべきです。同時に、「入口」政策として、積極的採用を後押しする対策も必要です。例えば「ジョブ・カード」制度を導入してスキルを「見える化」したり、トライアル雇用を拡大して認めたりする方法などがあります。ほかにも退職金の税制優遇をやめるのもいいでしょう。人事に関しては、能力主義・職務給に転換すべきです。2000年頃、日本でも成果主義を導入したものの、社内の人間関係がギスギスして失敗だったといわれますが、評価の仕方を間違えていただけです。チームを円滑に回したかどうかを評価すればいい。さらに、セーフティネットとしての失業保険と職業訓練も拡充します。

 こうして、正社員の雇用を少し後退させることで雇用が流動化し、正社員と非正規社員を同じ物差しで評価できるようになります。正規・非正規の身分で待遇差をつけるのではなく、現在担当している仕事での評価、つまり同一価値労働同一賃金の方向につながり、一番の非正規保護になるのではないでしょうか。諸外国では、すでにそうした方向に進んでいます。20年、30年後の若者が働く場のために、日本も労働法や雇用のあり方を考え直す時期に来ていると思います。

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