上島嘉郎氏の文章から

文化121203

12月5日から映画「杉原千畝 スギハラチウネ」(東宝)が公開されています。この作品について、ジャーナリストの上島嘉郎氏が、文章を書いています。歴史認識が俎上に上がることの多い昨今、一読の価値のある文章だと思いますので、引用してご紹介します。上島氏の言うように、この映画は、日本人の自虐史観を前提とし、それを定着させる役割を担うのではないか、との危惧の念を、私も共有するものです。

私は、生きてきた体験から、戦後民主教育の中で育まれた多くの日本人の歴史認識が、戦勝国の覇権維持に抵抗できない「弱腰の日本」を作り出した、と考えています。そして、その弱腰が、戦前と同じ間違いを、現在も繰り返しているのではないか、と考えています。覇権国家に都合の良い枠組みで押さえつけられているにもかかわらず、それすら認識できないお人好しの大勢住まう国が、日本という国です。近現代史で、「本当に反省すべきことは何だったのか」を、もっと深く、かつ多面的に考える必要があるのではないでしょうか。

引用:

ポスターには、「ひとりの日本人が、世界を変えた──激動の第二次世界大戦下、日本政府に背き命のヴィザを発行し続け、6000人にのぼるユダヤ難民を救った男の真実の物語」と謳われています。 「命のヴィザ」の話は、先の大戦にもこんな立派な日本人がいた、という“個人的な美談”として描かれるのはなぜでしょうか。

巷間流布されている杉原千畝の勇気ある人道的行為とは、リトアニアのカウナス日本領事代理だった杉原が、日本政府の命令に背いて日本通過ヴィザを発給したことで、6000人のユダヤ人が生き延びることができたものの、杉原は訓令違反によって戦後に外務省を解雇された、というものです。

しかし、元外交官の馬渕睦夫氏によると、「訓令違反」も「解雇」も事実ではないそうです。 当時の日本外務省の杉原宛訓電には、日本通過ヴィザ発給には最終目的地の入国ヴィザを持っていること、および最終地までの旅行中の生活を支え得る資金を保持していることの二条件がありました。 馬渕氏によれば、これらは通過ヴィザの性格上よくある条件で、日本政府が、ヴィザ発給を拒否したのではありません。 また杉原が、昭和22年に外務省を退職した理由も、被占領下で外交事務が激減したことに伴う人員整理の一環で、退職金もその後の年金も支払われており、決してヴィザ発給を理由にした懲罰的な解雇ではなかったのです。 杉原はカウナス領事館閉鎖のあとも順調に昇進し、昭和19年には日本政府から勲章(勲五等瑞宝章)を授与されています。もしヴィザの発給が日本政府内で問題視されたとすれば、叙勲はないでしょう。

これらの事実を踏まえ、馬渕氏はこのように述べています。 「ウソに基づく美談が作られ、マスコミがこぞって取り上げ、ドラマ化されたり、教科書の副読本になったりと、大フィーバーが起きました。杉原氏が、与えられた困難な状況の中で、日本政府の訓令に反しない範囲で、人道的配慮を尽くしたことは賞賛されるべきですが、なぜ、日本政府がユダヤ人へのビザ発給を拒否したとの虚構が捏造されたのでしょうか。日本政府をどうしても反ユダヤの悪者に仕立て上げる筋書きがあったと勘繰られても仕方ありません」 (『日本の敵─グローバリズムの正体』)

事実、ナチスドイツの迫害からユダヤ人を救ったのは、杉原千畝だけではありません。 昭和13(1938)年3月、シベリア鉄道で逃れてきたユダヤ人たちが満洲国と国境を接するソ連領オトポールで足止めされたとき、当時のハルピン特務機関長だった樋口季一郎は、関東軍参謀長だった東條英機を説得して満洲入国を許可し、満鉄総裁だった松岡洋右が手配して上海租界まで彼らを移送しました。 このとき樋口は、ドイツ政府の抗議に対し、「ドイツとの友好は望むが、日本はドイツの属国ではなく、満洲国もまた日本の属国ではない」と訴え、東條も首肯しました。 この樋口は、終戦時には占守島の指揮官としてソ連軍に最後の痛撃を加え、その後スターリンから“復讐”ともいえる「戦犯」指定を受けましたが、ユダヤ人たちの救出活動で助かっています。

ナチスドイツからのユダヤ人取り締まり要請に対し、当時の日本政府は総理大臣、外務大臣、陸海軍大臣、大蔵大臣で構成する「五相会議」で対応を協議し「猶太人対策要綱」を決めました。 陸相板垣征四郎が、神武天皇の「八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)となす」という言葉を引いて、「特定の民族を差別することは、神武天皇以来の建国の精神に反する」と述べたように、結論はヒトラーのユダヤ人迫害には与しないというもので、それが日本政府の意志でした。

杉原千畝がいくらユダヤ人にヴィザを発給しようとも、日本政府がそれを拒否していたら彼らは日本に入国できなかった。 「ひとりの日本人が、世界を変えた──」 杉原はこう称えられるのに、なぜ東條英機や松岡洋右や樋口季一郎のユダヤ人救出は、日本人の意識に上らないのでしょう。 それどころか、東條や松岡、板垣はA級戦犯として記憶され、「野蛮な侵略国」の指導者としてしか顧みられない。 これについて馬渕睦夫氏は以下のように述べます。

「私が心配なのは、杉原氏をダシにして、日本政府は反ユダヤだったというウソが、今後も世界のメディアと日本のメディアに、繰り返し流される危険があることです」(前掲書)

先の大戦時にも立派な日本人はいたが、日本国家は悪で、野蛮な侵略国だった──。 ポスターに記された「日本政府に背いて」という言葉に、私は製作者たちの「日本国」への悪意を、感じざるをえません。(引用おわり)

 

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