漫画、アニメ、ドラマ、映画等々、物語を見て「考えさせられる作品だった」という感想を使う人は結構多いと思います。
しかしこのフレーズ、「とりあえず言っておけばかっこいい、通ぶれる」そんな便利な言葉として使われている気がしてなりません。作品を見ている間その人は本当は何も考えていないんじゃないのでしょうか。
というのも、劇団四季のミュージカル「オペラ座の怪人」を見に行ったときのことです。余談ですが6月に「アラジン」を見て以来のミュージカルです。
劇が終わり、役者の方々を拍手喝采で祝福しているときのことでした。
自分の近くに座っていた人が「オペラ座の怪人は考えさせられるよね」と言ったのです。
そんなに考えさせられるような内容だっけと思いつつも、何を考えたのか気になったので悪趣味にも聞き耳を立てていたら、次に出てきた言葉が「楽しかった」。
あんたはいったい何を考えさせられて何を楽しんだんだ。
本当に考えさせられたのか
オペラ座の怪人で深く考えさせられるとすれば最後のキスシーンでしょうか。独善的で横暴を振るうファントムに対してクリスティーヌが愛を見せるのですが、ここを見て「愛について考えた」というのであれば理解できるのです。ファントムとクリスティーヌの愛をテーマにしたストーリーですから。
こんなふうに、作品を見て「○○を考えた」というのであれば分かるのです。
しかし単に「考えさせられる作品だった」という感想はどうでしょう。本当になにか考えさせられたのであればそれも一緒に出てくると思うのですが、この表現を使うときはたいてい言いっぱなしになっているイメージが強いのです。これだけでは何を考えさせられたのか全く分かりません。そもそも作品を見ている間に本当に何か考えたのか疑わしいですし、もしかしたら何も分かっていないかもしれません
便利な表現だが
「考えさせられる」というフレーズは「楽しかった」に似ていると思っています。
感想を求められたときに「楽しかった」と答える人に対して何が楽しかったと問うと、大抵の人がその場で考えてから答えます。まあこれはあくまで私の経験上の話ですが。
「考えさせられる」と答える人も同じように即答できない場合が多いです。
どちらとも感想としては差し障りのない便利な表現です。しかし「楽しかった」はちょっと子どもっぽいと思っている層が「考えさせられる」を使っているんじゃないかと思っています。仮説です。
誰の特にもならない
私もたまに「考えさせられる」を使ってしまいますが、なにがどうでなぜ考えさせられたのかという説明はするようにしています。だってそれだけでは何も伝わりませんし、そんな言いっぱなしの感想を聞いても誰もわくわくしないと思いますし。そして中身の無い感想では一緒に作品を見ていた人ともその良さを共有できる気がしません。
作品を見ながら本当に何かを考えていたのであれば、「楽しかった」や「考えさせられた」の後になにをどう見てどう感じたのかという説明が一緒に出てきてほしいのです。
もし内容が難しくて分からなかったのであれば、素直に難しくてわからなかったと言うべきです。誰かが説明してくれて疑問が解消され「なるほど、本当に考えさせれられる話だったな」となるかもしれません。
たった一言で終わってしまっては何も伝わらないし共有もできません、そして何もワクワクしません。自己満足にすらなっていないのではないでしょうか。すっからかんです。つまり誰も何も特をしないのがもどかしくて堪りません。
まとめ
こんなことを書いた理由は、「とりあえずなんでも良いから感想言っておけ」みたいな人が嫌だったからです。嫌というのは、損をしていそうということです。せっかく物語に触れたのであれば何か得てほしいところを、「考えさせられた」というよく分からない抽象的なフレーズで締めくくってしまうのはあまりにももったいないではないですか。
そう言って本当に何か考えている人もいるでしょうが、何も考えていない/分かっていない人もいます。
どうせ見るなら良くても悪くても何か考えるべきなのです。
- 作者: ガストンルルー,Gaston Leroux,長島良三
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