プロフェッショナル 仕事の流儀「土木エンジニア・阿部玲子」 2015.12.05


硬いスルメをかじる85歳。
リンゴ丸かじりが大好きな75歳。
今日本の80歳以上は平均11本しか歯が残っていない。
だがこの町には健康な歯で食べる高齢者があまたいる。
この驚きの事実を生んだのは日本の歯科医療の常識に挑んできた一人の男。
信念の歯科医。
それが今夜のプロフェッショナル。
驚くべき実績は子供たちにも及ぶ。
この歯科医院に通う…山形県酒田市にその診療所はある。
その朝は6時前に始まる。
熊谷の診療所は歯科医院としては型破りなスケールだ。
全て個室の診察室が合計27部屋。
更に技工室や滅菌室も完備。
世界的に見ても屈指の規模だ。
診察は朝9時に始まる。
高度な技術を誇る熊谷。
虫歯治療に歯を削る機械は最小限しか使わない。
コンマ数ミリの削り方の違いで歯の寿命が段違いに変わるからだ。
一度削れば元には戻らない歯。
熊谷は世界でも最先端の治療法を先駆的に身につけ実践してきた。
だが熊谷が世界から注目される理由は虫歯や歯周病をあらかじめ防ぐ独特の取り組みにある。
よろしくお願いします。
この日初めて熊谷の診療所にやって来た男性がいた。
渡辺さんの虫歯は少し痛む程度。
すると熊谷は意外な事を言いだした。
今日は虫歯治療はしないと言う。
代わって登場したのは歯のクリーニングを行う歯科衛生士だ。
渡辺さんには歯茎の腫れがあり歯ブラシでは取れない汚れもたまっていた。
熊谷があえて治療に入らないのはこのまま治療を始めても再び虫歯になる可能性が高いからだ。
熊谷が目指すのは単に痛みを治すだけの歯医者ではない。
理想の形がある。
熊谷は痛む歯だけでなく全ての歯のレントゲンを初診で必ず撮る。
そして歯や歯茎の状態を見る写真をさまざまな角度から12枚撮影。
更にもう一つ必ず行うのが唾液の検査だ。
唾液には虫歯菌が出す酸を中和する働きがある。
その強さや量更に虫歯菌の多さを一人一人調べる。
そして熊谷はレントゲンの見方を手始めに渡辺さんの口の状態を徹底的に説明していく。
一つのねらいがある。
熊谷の医院では患者に歯の状態を意識させる事を徹底して行う。
3回目のこの日も治療はせず歯の間を掃除するフロスの使い方を教える。
そして歯科衛生士による清掃が続いた。
初診から半月後。
渡辺さんは5回目の通院を迎えていた。
ようやく治療に入った。
これまでの歯の清掃で歯茎が引き締まったため治療をしても出血がない。
また歯の表面が清潔で滑りにくいため治療の精度は段違いに上がる。
30分後この日の治療が終わった。
治療が終わるまでに患者の意識を変えるのが熊谷のねらいだ。
熊谷さんは患者にある事を義務づけている。
治療を全て終え歯が痛くなくなったあとも数か月ごとに通院してもらい衛生士のメンテナンスを受ける事だ。
一度抜けたら絶対に取り戻せない自分の歯。
こういう感じなんですね。
そもそもなぜ28本もある歯が抜けてしまうのか。
その原因の9割は歯にバイオフィルムと呼ばれる細菌の集合体ができ虫歯や歯周病を引き起こすからだと分かっている。
通常の歯磨きでは取れないこのバイオフィルムを破壊するのが衛生士によるメンテナンスなのだ。
この診療所では20人の歯科衛生士が担当の患者を継続的に診る事になっている。
この日訪れた…5歳の時からメンテナンスに通う本間さんはこれまで永久歯が虫歯になった事は一回もない。
こうして通い続ける全ての患者のデータを熊谷さんは開業以来35年全て保管している。
8月。
熊谷の医院で一つの事件が起きていた。
患者の一人に神経にまで達する虫歯ができてしまったのだ。
定期的なメンテナンスを行っていたのになぜ防げなかったのか。
熊谷はこの患者のデータを15年分見返し始めた。
すると1つの傾向が見えてきた。
いつの検査でも汚れが目立ち自宅でのケアが十分でない事がうかがえる。
それでもこれまで虫歯にならなかったのはこの患者の唾液の力が強いからだ。
担当の歯科衛生士は患者が歯磨きを怠っている事に気付きつつも強くは指摘してこなかった事も分かった。
患者の土門さんがやって来た。
熊谷は自分たちが虫歯を見過ごした落ち度をわびた。
そして15年間撮りためた写真を見せながら問題点を一緒に話し合っていく。
熊谷は自分たちが至らなかった点も土門さんが良くなかった点も曖昧にはしない。
今後の対策として熊谷はレントゲン撮影を増やしよりチェックを厳しくする事にした。
そして土門さんには日頃のホームケアを確実にやる事を求めた。
歯科医は患者の歯を守るパートナー。
その責任感が熊谷を突き動かしている。
はい。
はい。
どっち?
(取材者)フロスが好きなんだ?熊谷さんは同じ歯科医の妻ふじ子さんと2人暮らし。
(取材者)おはようございます。
頑固なこだわりが生活の随所にある。
一度気に入ると突き詰めないと気が済まない性格。
うまい。
納豆の食べ方も35年研究を繰り返しお気に入りの方法を編み出してきた。
起きた時から元気。
行動が…起きた時から。
素早い。
痛みを治す歯医者ではなく痛くならないための歯医者へ。
人と違う道を歩むその信念は壮絶な闘いの中で生まれた。
熊谷さんは東京下町の生まれ。
父が歯科医だった事から同じ道に進んだ。
その仕事にがぜん興味が湧いたのは大学5年欧米の最新技術を授業で教わった時だった。
日本では抜かざるをえない歯の症状でも欧米では温存する方法が生まれている。
最先端を極めたいと思った。
夢中で腕を磨き28歳で横浜に診療所を開業。
最高度の技術で難しい治療を専門に行うと患者が殺到するようになった。
そんな熊谷さんに転機が訪れたのは38歳の時の事だ。
山形・酒田で開業医をしていた妻の父親が病で亡くなった。
その場所で歯科医院を開く事になったのだ。
技術に自信があった熊谷さん。
しかし待っていたのは全く想像していない患者たちだった。
横浜とは比べものにならないほど虫歯が多い。
毎日の歯磨きが不十分で歯がボロボロになっていく人があまりに多かった。
このまま治療してもすぐ虫歯が再発するのは目に見えている。
熊谷さんはその現状にむしろ闘志が湧いてきた。
まずは衛生士による口の清掃を徹底。
そして予防のための指導が終わるまで虫歯治療は進めないと宣言した。
患者からすさまじい反発を受けた。
それでも方針を曲げない熊谷さん。
患者から罵倒される事も度々あった。
何とかこの人も理解させたいと思うがゆえにもう本気で話をするわけですよね。
だけど本気で話しても納得しない人がいるわけですよ。
そういう時がね一日1人2人いるだけでもすごい疲れるの。
これはもう想像を絶するぐらいねもう腹も立つしがっかりもするし。
振り返って過去を思い出すとゾッとするっていう感じですね。
患者の多くが初診のあとぱったり来なくなった。
経営は赤字。
スタッフの給料は貯金を切り崩して払わなければならなくなった。
でも熊谷さんはどうしても考え方を変える気にはなれなかった。
一つの思いが熊谷さんを支えていた。
収入は減るかもしれない。
また患者さんから罵倒されるかもしれない。
しかし自分の歯科医師としてのライセンスをどう生かすかというのは…熊谷さんは猛然と動きだした。
一日の仕事が終わると予防の意識を高めるための資料を大量に手作りした。
更に予防が普及している欧米の研究者を口説き落とし酒田に招いては最新の知見や技術を学んだ。
そして患者一人一人にどんな仕組みで虫歯ができその抵抗力がどの程度あるのか唾液検査も導入して説明した。
患者の半分が納得するまで15年。
それが多数派になるまで更に5年。
疎まれ嫌われても信念を曲げずに35年。
その闘いの成果がここにある。
72歳となった今も熊谷さんは模索を続ける。
この日は共同研究を行っている大学の研究室に向かった。
患者の唾液からがんを発見しようという取り組みだ。
ライセンスを与えられた者の責任とは何か。
それを探る道は続いている。
熊谷には日々の診療の他にもう一つ力を入れている事がある。
次世代を担う若い歯科医を育てる事だ。
皆さんこんにちは。
そのために熊谷が開くセミナーには全国から若い歯科医が参加してくる。
虫歯の再発や治療をやり直す日々に疑問を感じている歯科医たちだ。
熊谷が築き上げてきた予防を基本とする医療はどうすれば行えるのか2日間かけて伝える。
自らメンテナンスをして頂けませんかと。
一人の歯科医がいた。
福岡の…長年総合病院で口腔外科医として腕を振るってきたが一念発起し開業医になる事を決めた。
熊谷のやり方を全面的に取り入れた診療所にしたいと考えていた。
自身の哲学を次に伝える。
だがそれは決して容易な事ではない。
ふた月半後。
福岡の岡さんは医院の開設を翌週に控え準備に追われていた。
唾液検査の道具など患者に自分の歯の事を意識させる機器も買いそろえた。
開業の日を迎えた。
やって来たのは30代の女性。
虫歯を治してほしいという。
痛みは僅か。
このケース熊谷に教えられているのはすぐに治療せずに口の中の状態を徹底的に調べる事だ。
早速口の中の写真を12枚。
詳細なレントゲンも撮影する。
更に翌日もう一度来てもらい唾液検査を行った。
手間はかかるが虫歯を根本から防ぐためにまずは清掃と患者教育を優先する。
またよろしくお願いします。
女性からは前向きな反応があった。
更に私がおばあちゃんになって待ってますんで。
しかしこの日の終わり。
一人の患者への対応を巡って課題が浮かんでいた。
問題になっていたのは虫歯がある子供とその母親への対応だった。
部活動が忙しいため早く治療してほしいという母親の要望で岡さんは決まりの検査を行わず虫歯を治療した。
患部は取り除いたが再び虫歯になる事を防げるか。
疑問が残る対応となった。
更に半月後岡さんにショッキングな事が起きた。
最初に訪れた30代の女性が予定していた歯のクリーニングにやって来なかった。
実はこの4日前岡さんは女性の求めに応じて虫歯の治療を行っていた。
治療を進める前に予防の意識を高める熊谷のやり方。
だが貫くのは想像以上に難しい。
1か月後。
熊谷のもとにセミナー参加者からの報告が上がってきた。
実際に自分の医院で熊谷のやり方を実践した時どんな課題が出るのかこの翌日改めて話す事になっていた。
福岡の岡さんからは治療をした結果クリーニングに来なくなったあの30代女性のケースが報告されていた。
岡さんは唾液検査など熊谷が指示した検査に疑問を感じ始めていた。
患者の多くが忙しい中時間を工面してやって来る。
その中でいくつもの検査をお願いする事に加え唾液検査では1回3,000円の実費も求めなければならない。
そこまでやらなければいけないのか。
迷いがつづられていた。
予防という医療は患者一人一人の意識を変える果てなき闘い。
実はこれまで熊谷の教えを受けた500以上の医院でも実際に継続して取り組み成果をあげているのは1割にすぎない。
医療者として患者の希望にそのまま沿いたい気持ちは理解できる。
だがもう一つ重大な覚悟がこの闘いには問われる。
こんにちは。
翌日セミナーに参加した歯科医たちが再び熊谷のもとにやって来た。
この4か月で浮かんだ課題を一人一人報告していく。
福岡の岡さんの番がやって来た。
すごく問題の大きかった一例がありましたので。
岡さんは患者から求められればどうしても治療を優先せざるをえない事を説明した。
熊谷が語り始めた。
すぐに治療を進める事は患者の将来に照らした時本当に良い事なのか。
歯科医の責任を熊谷は問う。
翌日も議論は続いた。
実費3,000円がかかる唾液検査に話が及んだ。
患者に予防を説くためには何よりまず岡さん自身の中にブレない志が必要だ。
熊谷は何度でも説明を続ける。
さまざまな論文や症例を引用しながら繰り返し繰り返し予防の哲学を説明する。
セミナーの終わり。
岡さんは納得の表情を浮かべていた。
(岡)どうもありがとうございました。
ほんとありがとうございました。
ありがとうございました。
福岡に戻った岡さんは動きだした。
患者教育に本腰を入れるため唾液検査の説明のしかたなどをスタッフ全員で共有していく。
熊谷はこの日も患者と向き合っていた。
患者の未来を守るため熊谷の闘いは続く。
あえて困難な道を選択し先入観とか既成概念にとらわれず情熱を傾けてそして創意工夫しブレずに目的を達成しようと努力する人というふうに思ってます。

(拍手)2015/12/05(土) 01:00〜01:50
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「歯科医・熊谷崇」[解][字][再]

世界にその名がとどろく山形酒田の歯科医・熊谷崇。目指すのは「痛くなったら行く歯医者ではなく痛くならないために行く歯医者」。歯科界の革命児、その挑戦の日々に密着!

詳細情報
番組内容
健康に暮らす上で重要な「歯」。この分野の世界的エキスパートが山形県酒田市の熊谷崇だ。いわゆる“町の歯医者さん”ながら、その実績は圧倒的。80歳を過ぎても、20本以上の歯が残る人が大勢いるほか(全国平均は11本)、虫歯が全くなく成人を迎える子どもも実に約8割にのぼる。痛くなったらいく歯医者ではなく、痛くならないための歯医者へ。虫歯と歯周病を防いで35年、歯科医療に革命をもたらした信念の医師に密着!
出演者
【出演】歯科医…熊谷崇,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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日本語
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日本語(解説)
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