アメリカ西海岸の名門。
自由な校風で知られるこの大学に今全米から注目される一人の研究者がいます。
旧ソビエト出身の気鋭の数学者…フレンケル教授が挑んでいるのは「ラングランズ・プログラム」と呼ばれる数学界最大のミステリーの一つ。
教授の最終目標は整数や分数など数とは何かを研究する数論。
図形の形や性質を調べる幾何学。
そして複雑な関数を読み解く解析学など一見互いに無関係だと考えられてきた数学のさまざまな分野に実はミステリアスな深いつながりがある事を証明しようという壮大なチャレンジです。
もしこのラングランズ・プログラムが完成し更に数学の全ての分野が地続きである事が示せれば数学者たちを悩ませ続ける数々の難問が解決する可能性があるといいます。
それだけではありません。
フレンケル教授は抽象的な世界を描く数学と私たちが暮らす現実世界を研究する物理学の間にも驚くべきつながりがあると予想しています。
数学の最先端理論を突き詰めていけばこの宇宙を支配する物理法則が次々と姿を現すのではないかというのです。
フレンケル教授は今回一般の学生から数学の専門家までを集めた全4回の特別講義を行いました。
最先端の世界が次々と登場。
学校では決して教えられない美しくて楽しい数学の世界が大展開します。
最終回ではこれまでに見てきたさまざまなテーマを1つに集めてラングランズ・プログラムという数学と量子物理学との胸躍る関係について話そう。
その中には最近明らかになったものもある。
今も研究は続いているんだ。
それにしてもなぜ数学は自然を記述するのにこれほど有効なのだろうか?数学は既に我々の文化の重要な部分を占めている。
数学的な洞察や考え方を身につけた時私たちはこの世界と我々自身についての新たな理解を得る事ができるんだ。
(拍手)再び講義に参加してくれてありがとう。
準備はいいかい?よ〜し。
数学の異なる分野の間にある隠された関係について話してきた。
これまで講義してきた事を少しまとめてみよう。
ジグソーパズルを思い出してほしい。
このように数学にはいくつもの異なる分野があるのだった。
これまでに登場したのは「数論」。
数の研究だ。
ガロア群や代数方程式方程式の解の数え上げ問題もあった。
そして「調和解析」。
それは楽器から出る音波など三角関数によって表される波だ。
そして「モジュラー形式」というより洗練されたものも紹介した。
前回3次方程式の解の個数を数える問題を考えた時に出てきたものだ。
それから幾何学についても話した。
幾何学における対称性を見たのだった。
ロバート・ラングランズによって提唱されたラングランズ・プログラム。
それは異なる数学の分野のつながりを見つけ出し最終的には統一する事を目指すものだった。
ラングランズによるこの一連の予想はこの50年の間にさまざまな形で定式化が進みさまざまな分野へ拡張されてきた。
今回特に話をしたいと思っているのは量子物理学とのつながりだ。
数論と調和解析とのつながりについては前回紹介した。
そして幾何学も数論や調和解析とつながりがある事が分かっている。
幾何学にもつながりが存在するんだ。
しかし更に驚くべき事は数学とは全く異なる物理学の世界にもラングランズ・プログラムとの予想もしないつながりがありうるという事だ。
量子物理学とのつながりだ。
私が量子物理学とのつながりを伝えたいのはそれがこの10年の間に明らかになった最先端の研究だからだ。
もし10年前に今回の講義をやっていたらこの話については取り上げられなかった。
だからこれはとても現代的で今まさに進行中のエキサイティングな研究なんだ。
ラングランズ・プログラムと量子物理学をつなぐ問題に取り組んでいる研究者は世界中に大勢いる。
さてこの研究の話に入っていくためにおなじみとなった対称性について思い出してみよう。
対称性はこれまでの一連の講義をつなぐ秘密の鍵のようなものだった。
異なる数学の分野に異なる装いで現れてくるのだった。
最初の講義では幾何学で対称性の姿を見たね。
雪の結晶を思い出してほしい。
そしてボトルの回転球の回転入れ替えの群などについても議論した。
それが幾何学における対称性だった。
数論における対称性についても話をした。
若くして亡くなったフランスの数学者ガロアが発見したガロア群の話だった。
それは今でも数論の中心的な存在だ。
調和解析における対称性についても話をした。
フェルマーの最終定理の証明につながる志村・谷山・ヴェイユ予想に関わる問題を解く際に現れたこのような無限に続く関数。
この関数は非常に美しい対称性を持つのだった。
その対称性について詳しくは説明しなかったけれどどのように振る舞うか図を紹介した。
この白と赤の三角形を入れ替えても関数が変化しないという対称性があるんだ。
それでは量子物理学においてもどのように対称性が現れるのかを示したいと思う。
対称性は秘密の鍵だった。
これまでの一連の講義とつながっている話だ。
まず深い話へと入っていく前に対称性の概念が量子物理学においてどのような役割を演じるのかを見てみよう。
君たちはもちろん全ての物質が原子から出来ている事は知っているね。
そして全ての原子は原子核とその周りを回る電子から出来ている。
そして原子核は陽子と中性子で作られているんだ。
これは炭素原子。
6つの陽子と6つの中性子そして6つの電子から出来ている。
電子陽子中性子は長い間それ以上小さいものには分割できないと信じられてきた。
しかし陽子と中性子は更に小さく分割できる事が発見されたんだ。
私が説明しようと思うのは物理学者がどのようにして陽子と中性子の中に更に小さな粒子が存在するというアイデアを思いついたかという事だ。
その粒子の発見は物理学の世界を揺るがすような事だったんだ。
素粒子を見つけるためには非常に洗練されたマシーンが必要なのは知っているよね?粒子の性質も知る事ができる。
これは有名な大型ハドロン衝突型加速器だ。
恐らく人間がこれまでに造った最も大きな機械だろう。
スイスのジュネーブの地下にあるのだがあまりに巨大なので国境をまたいでしまっているんだ。
このとてつもなく大きな機械の中で粒子を加速させ互いに衝突させる。
こんな感じだ。
この100億ドルもする機械はある発見をもたらした。
2012年にヒッグス粒子と呼ばれる粒子が見つかったんだ。
ヒッグス粒子は「標準理論」と呼ばれる素粒子の理論にとって非常に重要なものだ。
この事については後ほど詳しく話そう。
ここでは時計の針を1960年代に戻してみよう。
当時はもっと小さい加速器が使われていた。
大きさは先ほどの大型加速器には及ばないがそれなりに優れた加速器だ。
ここバークレーの研究所でもそれを使って素粒子だと考えられる物質が次々と発見されたんだ。
初め物理学者たちはとても興奮した。
「こんな粒子を見つけた。
また見つけたぞ!」と。
ところがしばらくすると困った状況に陥った。
あまりにたくさんの素粒子が見つかってしまったからだ。
このたくさんの粒子が存在する理由を説明する理論がなかったのだ。
物理学者はその理論を猛烈に必要とした。
ある物理学者が「一体誰がこんなにたくさんの粒子を注文したんだ?」と言ったぐらい困惑したんだ。
ところが驚くべき事に数学の「群」を使って説明できる事が分かったんだ。
そして対称性によって大量の粒子の起源を説明する美しい理論を手にする事が可能になった。
その理論の発見に決定的な役割を果たしたのは物理学者のマレー・ゲルマンだ。
1961年彼はSU
(3)と呼ばれる群を使ってハドロンと呼ばれる粒子を分類し1964年にはクォークの存在を予言したのだ。
ゲルマンはアップダウンストレンジという3種類のクォークが存在する事を理論で示した。
クォークとはそれ以上分割できない素粒子で陽子や中性子その他のたくさんの粒子を構成するものだと分かった。
クォークはまったくもって信じられない素粒子だった。
その一つの理由は整数ではなく分数の電荷を持つからだ。
そのような粒子はそれまで一度たりとも観測された事がなかったため当時クォークの存在はありえないとも考えられた。
こうして全く未知の物質が数学的理論に基づいて予言されたのだった。
そして現在陽子と中性子はそれぞれ3つのクォークから成り立っている事が分かっている。
予言は真実だったのだ。
陽子と中性子はアップクォークとダウンクォークを含んでいる。
中性子は1つのアップと2つのダウン陽子は2つのアップと1つのダウンだ。
そしてゲルマンの理論の根幹を成すのはSU
(3)と呼ばれる群だ。
ここでSU
(3)について解説しよう。
実は我々は既に非常に重要な群を知っている。
球の表面の回転の群だ。
バスケットボールを使ったね。
もう一回やってみよう。
回転の群だ。
回転させる軸を選んである角度だけ回転させる。
このような回転の群には数学では特別な名前が付いている。
それはSO
(3)という名前だ。
まずは名前について話そう。
クォークのようにかっこいい名前ではないけれどSO
(3)やSU
(3)という名前には意味がある。
SO
(3)はこんな言葉を略したものだ。
「特殊な」「直交群」「3次元の」。
「3次元」というのは球の回転は3次元空間での回転だからだ。
そして「直交」とは回転をさせても全ての距離が変わらない事を意味している。
「特殊」とは回転させても球の表面の裏表が変わらない事を意味している。
一方SU
(3)は特殊ユニタリ群。
3次元におけるものだ。
ここではSとOでSOこちらではSとUでSUとなる。
似ているね。
違いはそれぞれが表している空間だ。
我々が生きている3次元空間と複素数という数で表される3次元空間との違いだ。
複素数は興味深い存在だ。
私たちになじみ深い数との最大の違いは複素数は2乗すると−1になる数を含んでいる事だ。
不思議な数だがきちんとした数学的な裏付けがある。
複素数は数学者によって作り出されたが実は数学者でさえも複素数を理解するのに何世紀もかかった。
数学者は複素数を恐れてさえもいた。
2回目の講義で出てきたカルダーノという数学者。
彼は複素数の事を「精神的拷問」と呼んで考える事を恐れていたんだ。
何世代もの数学者による研究と努力でようやくその恐怖は克服され複素数についての理解が進んだんだ。
SU
(3)はそんな複素数を使った群だ。
複素数を使ってはいるが球の回転と似ている群だ。
でもSU
(3)がどうしてハドロンと呼ばれる粒子と関係しているのだろうか?ゲルマンや他の物理学者が気付いたのは粒子がグループに分類できると言う事だ。
8個の粒子のグループと10個の粒子のグループだ。
これは8個の例だ。
おなじみの陽子と中性子とそしてそれ以外の6つのハドロンが並んでいる。
ハドロンが持つ2つの性質を縦軸と横軸にして並べられている。
それに基づいて並べるとこのような美しい図が作られるんだ。
この図を見てゲルマンは気付いた。
数学の本に載っているある図と全く同じ形だと。
それはSU
(3)のウエイト・ダイヤグラムと呼ばれる図とそっくりだった。
カリフォルニア工科大学のゲルマンの同僚がSU
(3)の図をゲルマンに見せた事がきっかけだった。
ゲルマンにはつながりを見極める才能があった。
そしてつながる理由を考えたんだ。
それは数学と量子物理学の研究なんだがまるで探偵がやるような仕事だ。
本当にそうなんだ。
多くの証拠を拾い集めてそのつながりを探していく。
そして最後に犯人へとたどりつく。
ゲルマンの場合はSU
(3)がそうだったのだ。
粒子の分類図が全く違う分野である数学で使われていた図とそっくりだった。
しかもそれは物理学よりもはるかに早くから知られていたんだ。
ゲルマンの研究は60年代だがその20年から30年前に数学者たちは物理学とは全く関係のないところでこの図にたどりついていたのだ。
こうした数学と物理学のつながりについてノーベル賞を受賞した偉大な物理学者チェンニン・ヤンの言葉を紹介したい。
彼もまた数学と物理学のつながりの開拓に大きな貢献をした人物だ。
彼はこう言った。
これは非常に美しい数学と物理学のつながりの例だ。
一見抽象的に見える数学の概念。
それは形式の美しさを研究する事によって生まれてくるものだがその数学の概念によってあらゆる物質の基本となる素粒子が発見されたんだ。
ところでSU
(3)からどのようにしてクォークが発見されたかを説明していなかった。
それは「3」という数字にヒントがある。
君たちもSU
(3)について学べば常に3つの要素が重要であると分かるだろう。
この事から3つのクォークアップダウンストレンジの存在が導き出され実験で正しいと証明されたんだ。
物理学者たちは更に3つの別のクォークも発見した。
チャームトップボトムだ。
名前の由来は聞かないでほしいんだが奇妙だがチャーミングな名前だね。
これは一つの例にすぎない。
更に多くのつながりが数学と物理学にはある。
ではラングランズ・プログラムと量子物理学のつながりとは何だろうか?「標準理論」というものについて話そう。
これは重力以外の自然界の全ての力を説明する理論だ。
「標準理論」で存在を予言された全ての粒子が実験的に見つかっている。
最も新しいものは先ほど話したヒッグス粒子だ。
さてその「自然界の力」とはどんな力だろうか?4つの力が知られている。
「弱い力」と「強い力」は原子核に関連している力だ。
我々は皆全ての力を統一する最終理論を得たいという考えに取りつかれているように思う。
「全てを説明できるなんてすばらしい!全てを説明する1つの式はこれだ!」という具合にね。
確かにとても魅力的な考えだ。
でもそんな式を見つける事ができてもうれしいかどうかよく分からない。
全てのものに対する答えを知ってしまったら人生はつまらないものになってしまうかもしれない。
私は我々の知識は無限だと信じている。
そしてそれはたった1つの式たった1つの理論だけで表現する事は決してできないだろう。
でも我々はそれに近づく事はできる。
そう地平線のようなものだ。
我々はそこに近づきたいと思っている。
私はいつか全ての力を説明する1つの理論を見つけられるとは信じていない。
確かに標準理論はすばらしい統一理論だ。
だが特定のエネルギー領域の世界を非常によく説明してはいるが説明できない事もあるんだ。
領域の範囲を広げれば更に他の問題も出てくるだろう。
同じようにスーパーストリング理論。
それは数学的にも美しい。
私の研究のいくつかもスーパーストリング理論と関連している。
その考えは数学にとってだけではなく理論物理学にとってもすばらしい発想の源だった。
でもまだ実験で実証されていないしそれを示唆する結果も出ていない。
スーパーストリング理論は数学の抽象世界と物理学の現実世界がまだせめぎ合っている状態だ。
でももちろん我々は統一するためもっと多くの理論を持ちたいと思っている。
でも正直言うとそれが何なのかは誰も分かっていない。
それが美しさでもある。
もしかすると明日見つかるかもしれない。
君たちの誰かが解決するかもしれない。
さて私が標準理論についてとても重要だと考えている理由はそれが「ゲージ理論」と呼ばれるものだからだ。
ゲージ理論とはある特定の量子物理学の理論に対して物理学者が使う用語だ。
自然界の4つの力のうち3つがゲージ理論でまとめられる事が分かっている。
ゲージ理論に関して知っておくべき最も重要な事はゲージ理論は常に群と結び付いているという事だ。
そしてそれは対称性の群だという事だ。
例えば電磁気力を説明する理論ではU
(1)と呼ばれる群が使われている。
U
(1)は実は君たちが知っている群だ。
「円の群」だ。
最初の講義で取り上げた丸いボトルの回転の群を思い出してほしい。
中心を通る軸で回転させればどのように回転させてもボトルの形と位置が変わらない事を見たよね。
それからそのような全ての回転のさせ方を「円」で表せる事も学んだ。
この最初に学んだ円の群U
(1)を使って電磁気力を表す事ができるんだ。
弱い力はSU
(2)という群を使って表せる。
SU
(3)の2次元版だ。
ここで君たちに注目してほしいのは「電磁双対性」というものだ。
ゲージ理論には「双対性」と呼ばれる性質が現れる事がある事が分かっている。
それは異なるゲージ理論の間に意外なつながりがある事を意味している。
「双対性」の最も単純な例は電磁気学の中に見る事ができる。
それは19世紀の物理学者マックスウェルによる研究に遡る。
マックスウェルは電場と磁場の振る舞いをマックスウェル方程式によって説明する事に成功した。
この方程式を見てみると偏微分方程式というものだが非常にエレガントで美しくシンプルに見える。
簡単ではないがとてもシンプルだ。
シンプルな構造をしている。
何の物質も存在していない真空の場合電場と磁場の間にはある種の対称性が存在するんだ。
電場と磁場をこのように交換しても方程式は同じままだ。
これは電気力と磁力がお互いに対になる事を示している。
これは非常に面白い。
というのも暮らしの中で出会う電気力と磁力はそれぞれ全く別の現象だよね。
私は本の中で電磁気力の双対性について私の母国ロシアのスープボルシチのレシピを使って説明をした。
レシピを理論に例えるなら双対性とは材料の交換を意味しているんだ。
レシピにじゃがいも5つと玉ねぎ5つと書いてあるとしよう。
この場合じゃがいもと玉ねぎを交換しても当然味は変わらない。
でもじゃがいも5つ玉ねぎ3つというレシピだったらどうだろうか?交換すると味が変わってしまう。
さて電磁気力以外のゲージ理論の双対性はどうなっているのだろうか。
1970年代物理学者もこの事を考えた。
他のゲージ理論にも電磁気力と同じような双対性があるのかどうかが問題だったんだ。
そしてその答えは物理学者が予想したよりもはるかに面白いものだった。
なぜなら電磁気力の場合電場と磁場を交換しても方程式は変わらなかった。
言いかえると元の理論と対になる別の理論が存在するという事ではない。
自分が自分と対を成していた。
しかし他の群のゲージ理論では全く違った事になるんだ。
ある群のゲージ理論を考えるとするとそれと対になる理論は一般に同じ理論にはならない。
別の群のゲージ理論となる。
それはどのような群だろうか?驚くべき事にそれはラングランズ・プログラムに出てくる「ラングランズ双対群」と呼ばれるものだったんだ。
この事によって量子物理学のゲージ理論とラングランズ・プログラムの間につながりがあるかもしれないと初めて考えられた。
両者にそっくりなものが現れるからだ。
ラングランズ双対群についてはまだ説明はしていなかった。
ラングランズ・プログラムを深く掘り下げるとラングランズ双対群が現れる。
双対性を持つ群が存在するという事が分かる。
その事実は恐らくラングランズ・プログラムの最も神秘的な側面だろう。
この不思議な対応については以前の講義を思い出してほしい。
それはラングランズ・プログラムの話の中で出てきた不思議な対応だ。
一方に数論の問題があってもう一方に調和解析の関数があるという対応が最も典型的だ。
同じように一方にある群があって他方に同じ群ではないが対応する双対の群があると考えられるわけだ。
ラングランズはこのように考えたんだ。
その10年後に全く異なる分野で異なる考え方をする物理学のゲージ理論から同じものが見つかったんだ。
ところで円の群U
(1)は自分自身と双対となっている。
双対群は同じくU
(1)になる。
だから電磁気学の場合理論が変わらないわけだ。
U
(1)の場合は双対群は同じになるがSU
(2)やSU
(3)の場合双対群は同じにはならない。
ここで君たちに双対群について詳しく説明する事は相当に骨が折れる。
だから言葉で説明する代わりに「実演」してみようと思う。
いいかい?よ〜し。
これからやるショーはとても美しいものだと思う。
コップのトリックと呼ばれるものだ。
見た事のある人はいるかい?多分いるだろうね。
よし分かった。
何人かはいるね。
でもとにかくやらせてほしい。
このコップタネも仕掛けもございません。
ここにあるね。
これからする事は腕をねじってコップを360度回転させる。
1回転ねじってみるとここに来る。
いいかい?さあもう一度ねじってみよう。
もう1回転させると腕がもっとねじれて私は病院送りになると思うだろう?でもよく見てほしい。
もう一回回すと腕のねじれがとれてしまうんだ。
もう一度やってみよう。
1回転。
それから2回転。
1回転2回転。
いいかな?これが双対群とどう関係しているのか?関係しているのは特定の双対群の間の関係だ。
一つはSO
(3)おなじみ球の回転を表した群だ。
もう一つはSU
(2)弱い力のゲージ理論の群だ。
SO
(3)の双対群はSU
(2)になるんだ。
コップ・トリックはその事をうまく表している。
SO
(3)はSU
(2)につながる事を意味しているんだ。
SO
(3)は3次元空間の回転を表しているから360度回転させると元に戻る。
一方SU
(2)は720度回転させると元に戻る性質を持っている。
2つの間にはつながりがある。
詳しくは説明できないけれどこうできる。
360度回転させると腕はまだねじれたままだ。
でもこの経路をたどってもう一度やるともう一度回転させると元に戻ってねじれをとる事ができる。
そして最も驚くべき事は電磁気学のような双対性がU
(1)以外のゲージ理論にも存在したりその存在が予測されている事だ。
例えばある群のゲージ理論と対になる理論は双対群のゲージ理論になる。
いいかい?例えばSO
(3)のゲージ理論では双対になるのはSO
(3)ではなくSU
(2)のゲージ理論になるんだ。
このような双対性の現れ方で数学者と物理学者が共に疑問に思う事はなぜラングランズ双対群が物理学にも現れるのかという事だ。
なぜ物理学と一見全く関係のない数学のラングランズ・プログラムの双対群が現れてくるのか?この疑問は実は80年代になって初めて認識されたんだ。
70年代の後半にこの双対性の現れ方について複数の物理学者が研究を行っていた。
ゴダードやオリーブたちのような物理学者は双対群が出現する事に気付いていた。
彼らはラングランズの業績については全く知らなかったが物理学のやり方でラングランズ双対群を発見していたんだ。
その後80年代に入って同じ双対性が2つの全く異なる分野に現れる事が認識され疑問が持ち上がった。
ラングランズ・プログラムと量子物理学の双対性との関係はどんなものなのだろうかと。
しかしその後25年間にわたって答えは得られなかった。
私はその研究に関わる栄誉にあずかる事ができた。
この発見は恐らく数理物理学において最も重要で最も興味深い発見の一つだと考えている。
数学と量子物理学がつながっているのだ。
ではつながりとはどのようなものだろうか?2004年に決定的な出来事があったんだ。
舞台はプリンストン高等研究所。
そこはアインシュタインが仕事をしていた研究機関でラングランズも教授を務めている場所だ。
ある会議が開かれた。
私はその会議のオーガナイザーの一人で目的は数学者と物理学者の双方を集めて自分の分野の研究を話しお互いに何かひらめくものがないかつながりを解明しようというものだった。
前にも話したが私にとって数学というのは偉大なミステリー大きな探偵小説のようなものだ。
多くの場合研究テーマへのアプローチ方法は本物の探偵のようなもので証拠を集めてその意味を見つけようとするのだ。
これはその会議のもう一人のオーガナイザーエドワード・ウィッテン。
彼は物理学者でプリンストン高等研究所の教授だ。
すばらしい理論物理学者だが数学においても革新的な発見をして有名になった。
彼の研究にはラングランズ・プログラムに関するものも含まれていて昨年京都賞も受賞した。
日本における最も大きな科学賞の一つだ。
会議の3日目彼はこう言った。
「あるアイデアがある。
それについて話をしたい」と。
彼はどのようにラングランズ・プログラムが量子物理学の双対性とつながるのかというアイデアの概要を話した。
彼は正しかった。
それは予想や粗削りな考え以上のものだった。
思い返してみるとビデオや音声の記録はないがノートはとってあった。
見返してみると実際彼が語った事は正しかった。
彼が言った事が全てがうまく意味を成した。
でもより深いレベルで理解するまでには更なる研究が必要だったんだ。
そしてウィッテンは他の物理学者や数学者と協力してこのテーマで最初の論文を書いた。
それはとても長文になった。
学会誌の一冊まるまる費やすほどの分量だったんだ。
そして私や他の物理学者とも一緒に長い論文を書いた。
その中で研究全体を通してウィッテンと共同研究者たちはラングランズ・プログラムと量子物理学とのつながりを打ち立てる事に成功したんだ。
全てが分かったわけではない。
全てが見えたわけでもない。
それはむしろミステリーの最初の1ページを開けたようなものだった。
つながりとはどんなものだったのか?それは巨大なテーマだ。
それは本当に大きな課題であり大きなトピックだと思う。
だからここでは君たちにいくつかのヒントを与えるだけにしたい。
なぜなら問題はロシアの人形マトリョーシカのようなものだから。
一つを開けると中にもう一つ入っていて更にもう一つ中に入っているというようにね。
数学は決して終わらない物語だ。
そういうものなんだ。
たとえ講義を10回やっても語り終える事ができないだろう。
もっともっと君たちに話したいと思っているテーマではあるんだが…。
だからヒントを与える程度にしておかなければいけないのはつらい事だ。
さて今我々はどこまで分かっているのだろうか?ラングランズ・プログラムは数論と調和解析をつなぐ事は分かっているね?ラングランズ・プログラムが幾何学の中にどう現れるのかはこれまで説明してこなかった。
どのように対称性が現れるかについては説明した。
だからもちろん幾何学も一連の講義のテーマだった。
でもどのように幾何学が関係しているのかについての詳しい説明はまだだった。
ここではラングランズ・プログラムとのつながりについて理解する道しるべどのようにつながっているのかそのヒントを示そうと思う。
3次方程式については前回話をしたね。
いいかい?3次方程式だ。
3次方程式の解を求める際に素数を法とする数だけに限定する。
これはまさしく数論だ。
素数を法として方程式を解く事を考えたんだった。
数論の問題だ。
もう一度黒板に書いてみよう。
この方程式を考えてみよう。
例えばx,yは0から4までの数5を法とする解を求めてみる。
もちろん他の素数を法とする解も求める事もできる。
でもこれが唯一の選択肢ではない。
実数の場合解は平面に曲線で表す事ができる。
重要な事は同じ方程式の解を複素数でも求める事ができるという事だ。
素数を法とする解を考えれば前回やった解の個数を数える問題が得られる。
解の個数は驚くべき事に調和解析の関数であるモジュラー形式の係数で表されるのだった。
では複素数で解を求めるとどうなるか?解は幾何学的な図形で表せるんだ。
特にこの式の場合はこのようなトーラスという形になる。
一つの方程式を考えても異なる数で解を求める事ができるというのは非常に面白い事だ。
それはちょうど分かれ道のようなものだ。
素数を法とする解を考える事を選択すれば数論となりその研究をする事ができる。
一方複素数の解を求める事を選ぶと幾何学という分野にたどりつく。
先ほど見たような図形を調べる事になるからね。
これこそがつながりだ。
これまでに話してこなかった数論と幾何学との間のつながりなんだ。
これも非常に重要なものだ。
数論と幾何学のつながり。
そのつながりをたどっていけばラングランズ・プログラムを幾何学の分野に広げる事ができるんだ。
このようにして幾何学もラングランズ・プログラムに含まれる。
さてウィッテンと共同研究者たちがやった事は何か?それはラングランズ・プログラムが予言した幾何学的なパターンと量子物理学の双対性の間の関係を見極める事だった。
これまでこの講義で話してきたラングランズ・プログラムと量子物理学は2つのステップで結ばれる。
まずは数論から幾何学へ。
次に幾何学から量子物理学へ。
これが量子物理学とラングランズ・プログラムの間のつながりを考えるやり方なんだ。
数学と物理学とのつながりについて伝えたい事がある。
チェンニン・ヤンの言葉は既に紹介した。
彼は数や形を理解するために生み出された数学の理論。
それは美しい姿をしているがその数学が我々の現実世界とつながっている事を知るすばらしさを語った。
しかし実は数学の理論と物理学の理論とはかなりかけ離れていて異なるものとも言える。
例えば物理学では素粒子の標準理論にはたった3つの群U
(1)SU
(2)SU
(3)しか出てこない。
一方数学では無限に多くのものを考える事ができる。
SU
(4)でもSU
(5)でもいいわけで数学的にはどの群でも完全に意味を成す。
でも物理学では自然界において見つけられるものだけが意味を成す。
物理学者にとってはそのような理論だけが興味の対象となる。
大型加速器のような機械で実験し粒子を見つけられるような理論が必要なのだ。
だから数学と物理学の間には既に違いが存在する。
これがまず1つ目の違いだ。
2つ目は数学の理論が物理学における多くの発見に先立って作られた事だ。
とはいえその理論の目的は全く違う。
SU
(3)について話したが数学者たちがSU
(3)を発見した時これが自然界の礎であるクォークと関係しているとは想像もしなかった。
それは大きな驚きだった。
でも数学の理論は既に存在していたんだ。
私は数学者がどのようにして理論を発見しなぜ理論を発展させる必要があったのかを説明する事はできる。
でもそれはあくまで数学の分野にとどまる話だ。
我々は数学を発見したのか?それとも発明したのか?恐らくこの講義を聴いたあとその答えは明確でなくなったかもしれない。
なぜならこの現実世界に時折姿を見せる隠された実在としての数学例えば数々の偉大な数学的発見。
つまりこの一連の講義で話したガロアの発見や志村・谷山・ヴェイユ予想更にラングランズ・プログラムやラングランズ・プログラムと量子物理学との関係のようなものは人類の知の金字塔と呼べるだけでなく人類の高い志のたまものであるとも言えるからだ。
その背後にある人間味豊かな物語を知る時そしてその発見のための数々の献身的努力を知ると隠された実在としての数学の姿やその美しさを我々に見せてくれた数学者たちの息遣いを感じる事ができるからだ。
数学についてよい話がある。
多くの犠牲を払って数学者たちの成し遂げた偉業の全てが我々の手から奪われる事はないという事だ。
全てが手中にある。
アメリカの最高裁がある判決を出した。
それはよく言われる事だが数式で特許を取る事はできない。
アインシュタインは有名な式E=MCで特許を取れない。
自分の式だから誰にも渡さないとは言えないんだ。
数式はみんなが共有しているんだ。
だから数学には民主主義があるとも言える。
我々はみんな参加する事ができる。
たとえこの講義で話したような数学の神秘に全く気付いていないとしてもだ。
我々は数学を共有する事ができそれを奪う者もいない。
そして誰も数学の研究や勉強をやめさせる事はできない。
そろそろ講義の終わりが近づいてきた。
すばらしい生徒であってくれてありがとう。
最後に君たちに伝えたい言葉がある。
アイザック・ニュートンの言葉だ。
偉大な科学者だ。
我々が進むべき道を作った人物だ。
彼はこう言った。
「真理の大海原」。
これが数学の全てだ。
私はいつの日かこの隠された現実に全ての人が気付く事を夢みている。
その時全ての人が浜辺で遊ぶ子供のように感じるだろう。
美しい数学の知識を発見し共有し大切にするんだ。
すばらしい生徒であってくれてありがとう。
本当に楽しい講義だった。
多くの人に出会いすばらしいエネルギー興味と興奮を感じた。
本当にどうもありがとう。
(拍手)2015/12/04(金) 23:00〜23:55
NHKEテレ1大阪
数学ミステリー白熱教室 第4回(最終回)「数学と物理学 驚異のつながり」[二][字]
カリフォルニア大学バークレー校の数学者、エドワード・フレンケル教授が、数学界最大のミステリーの一つ「ラングランズ・プログラム」の不思議な世界にご招待する!
詳細情報
番組内容
最終回は「ラングランズ・プログラム」をさらに拡張し物理学の世界へも橋をかける!フレンケル教授は、全ての物質の根源となる素粒子の性質の理解が数学の理論の後押しによって進展してきた事実を強調する。さらに、この10年間で、量子物理学やスーパーストリング理論の世界とラングランズ・プログラムとの関係が次々と発見されてきたという。数学は単なる抽象的な存在ではないのではないか!現実世界と数学の驚異のつながりとは
出演者
【出演】カリフォルニア大学バークレー校教授…エドワード・フレンケル
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
趣味/教育 – その他
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
英語
サンプリングレート : 48kHz
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