ろーかる直送便 兵庫特集 新兵庫史を歩く「山里のまちでお宝めぐり〜猪名川町〜」 2015.12.03


「新兵庫史を歩く」。
今回は阪神地域の北東部猪名川町。
大阪の梅田まで直通電車でおよそ40分の位置にあります
町の中心を流れる猪名川の清流に恵まれ豊かな緑と田園風景が広がる山里。
そして近年開発されたベッドタウンの風景が共存しています
秋たけなわになると紅葉をめでる山歩きの人たちや旬の味覚イノシシ肉のぼたん鍋がお目当ての観光客が数多く訪れます
そんな猪名川町にある魅力的なお宝を皆さんと巡りました
太閤秀吉の埋蔵金伝説が語り継がれる多田銀銅山
モグラがいそう。
やさしいほほ笑みで参拝者の心を癒やす木喰仏
思わずこちらもニコッとしてしまいました。
古くから景勝地として有名な屏風岩など見どころ満載
今回の「新兵庫史を歩く」は猪名川町の知られざるお宝に触れながら秋の一日を過ごします
「新兵庫史を歩く」。
今回の舞台は猪名川町です。
猪名川町と思うような歴史ロマンを巡っていきます。
今回の講師は園田学園女子大学名誉教授田辺眞人さんです。
よろしくお願いしま〜す。
お願いしま〜す。
まあ猪名川町にとってはダブルお祝いというね昭和30年に六瀬という村と中谷という村が合併して猪名川町になって今年でちょうど60年還暦ですね。
それと同時に今年の10月の7日に猪名川町にあります多田銀銅山という歴史的な鉱山が国の史跡に指定された。
鉱山遺跡としては県内で初めて多田銀銅山が国の指定を受けたというね二重のお喜びの時にこの猪名川町歩かせて頂こうという事ですね。
はい楽しみですね。
さあ猪名川町にはどんな歴史そしてどんなお宝があるのかたっぷりお届けします。
さあスタート場所は能勢電鉄の日生中央駅前の広場です
今回はたくさんの応募者から抽選で115人が参加してくれました
参加者を出迎えたのは猪名川町のマスコットキャラクターいなぼうです
赤い帽子にちゃんちゃんこを着て町制60周年に合わせて還暦の姿なんだそうですね
う〜んかわいいですね。
では田辺先生お願いします
皆さんおはようございます。
皆さん方この駅で今日初めて降りられたいう方ちょっと手を挙げて…あっ結構たくさんおられますね。
猪名川町っていうのは阪神間で兵庫県側で唯一まだ町制をひいている自治体でございますが名前からもお分かりのように猪名川という川。
この川阪神間を流れる武庫川の東にある北から南への川なんですけどもその猪名川の上流がこの猪名川町でございます。
猪名川猪名これ「万葉集」にも出てまいりますし奈良時代の古い記録の中にもこの土地川の名前が出てまいります。
伊丹市の口酒井遺跡という所では籾痕のついた縄文土器が発見されていると。
そして同じ伊丹市内には用水路の遺跡が出てき土着の弥生時代以来の農耕社会も発展し古墳時代や奈良時代に大きく栄えた地域その上流だという事であります。
こういう一角を今日歩いてみたいと。
それでは今日一日どうかよろしくお願い致します。
では元気にまいりましょう。
「新兵庫史」猪名川町をスタートです。
それでは今回のコースをご紹介しましょう。
まずは日生中央駅前を出発し彫刻の道を散策しながら源氏ゆかりの善福寺に向かいます。
その後役場からバスに乗って多田銀銅山に移動。
午後からは猪名川町のお宝木喰仏を安置している2つのお寺を訪ねます。
歩く距離はおよそ6キロのコースです
そろそろ紅葉が始まって何とも言えん色ですね。
猪名川町の歴史はご存じですか?歴史は知らないのよ。
今日は勉強に来ました。
そうですね。
じゃあたっぷり吸収して帰りましょうね。
歩き始めるとかわいらしい彫刻が出迎えてくれたんですよね
そうでしたね。
ニュータウンのあちらこちらに170もの彫刻が置かれています
たくさんありますよね
ほのぼのとした表情ですね
はい
そしてニュータウンを抜けると一変して緑の田園風景が広がります
最初の目的地善福寺に到着しました。
さあ果たしてここにはどんなお宝があるのでしょうか
このお寺はどういうお寺なんですか?善福寺というのは言い伝えでは清和天皇の時代の800年代の半ば貞観年間ですけれども清和天皇いうのが源氏のスタートの人物ですからこれもやっぱり源氏と縁のあるお寺っていう事なんです。
なるほど。
歴史の深いお寺だという事がよく分かりましたがさあ今回の旅の「新兵庫史」のテーマは「猪名川町のお宝探し」です。
今日の最初のお宝がこの宝箱の中に入っています。
ちょっと掲げてあげて下さい。
何が入っているんでしょうね?そうなんです。
最初のお宝は何でしょうか?それではオープンです。
最初のお宝はなんとペットボトルが出てきました。
透明ですが水ではありません。
ではまあまあ一口どうぞ。
ちょっとお酒みたいですか。
箱に比べたらえらい軽い中身のね。
ちょっと皆さんに見せてあげて下さい。
このプチプチそうです皆さんご存じですねサイダーです。
ああおいしい。
ちょっとカクテルでもよかったんですけど。
ではこのサイダーにどんな歴史が詰まっているのか先生に説明して頂きたいと思います。
兵庫県というとですね福原遷都があって平家のゆかりの地みたいに思ってる人があるんですけども兵庫県こそ源氏のふるさと拠点だという場所なんですね。
もともと清和天皇の孫の代で経基王という皇族が皇族を離れて一族を新たに立てる。
この時に源いう姓をもらう訳です。
その経基の息子に満仲という人物が出てくる訳ですね。
この満仲の代でこの辺りに多田荘という荘園の経営をしていわば武門の一族としてこの満仲の源氏が勢力を伸ばしていく。
多田の満仲が源満仲が多田荘を拠点にする事になったについての言い伝えがある訳ですよ。
住吉の神さんを信仰していた満仲が住吉大社にお参りする。
そうすると住吉の神さんが「こっから天に向かって力いっぱい矢を放て。
それが落ちた所を拠点にしたら一族は栄えるだろう」と言ったというんですね。
その矢が猪名川の流れの中におった頭が9つに分かれた龍を射止めて土地の人たちは今まで悪さをした龍を退治してくれたいうんで満仲を喜んで迎え入れる。
こんなふうにして矢を放って。
それからもう一つはですね昔から江戸時代の地理書によりますと多田温泉平野温泉一庫温泉というふうなものが書いてあります。
つまり炭酸泉が湧き出してくる。
明治になって欧米人がやって来ると特に平野多田の炭酸泉というのは飲用にも飲むのにも適してるいうてこれを商品として味付けして売り出した。
その時にさっきの源満仲の矢の話からこの炭酸泉ソーダサイダーに三ツ矢いう名前が付けられてこの辺りがそのスタートの場所だという事ですね。
日本のサイダーの発祥に猪名川町の歴史が深く関わっていたんですね
そして後に源頼朝が鎌倉幕府を樹立しますがもともとの源氏の拠点は猪名川町を含む北摂一帯だったんですよ
満仲には3人子どもがおってですね長男が源頼光と申します。
この多田を継ぐ。
このあとが摂津源氏といわれるもので次男が大和国行って大和源氏いうんですけどもあんまり発展しませんでした。
三男頼信という人物が摂津から淀川越えて河内へ入っていってですね河内源氏として勢力を伸ばしていく。
このような事考えますと本当に源氏のふるさと拠点が猪名川町から川西の辺りにかけてだったという事お分かりになると思います。
さあではここで猪名川町クイズです。
さあ最初のクイズはこちら。
源義経はどの源氏の出身でしょう。
ではまず1番の摂津源氏だと思う方?おっまばらですね。
2番の大和源氏だと思う方?あっこれはいらっしゃらない。
3番河内源氏だと思う方?もう9割9分河内源氏ですね。
さあ正解は何でしょうか?いきます。
3番の河内源氏でした。
皆さんさすがですね。
おめでとうございます。
河内源氏は満仲の子どもたち三男ですけどもその子どもと孫と3代にわたって関東から東北でまで名を広げてしまう訳です。
この河内源氏の子孫に後の為義やとかあるいは頼朝義経というふうな人たちが出てくる訳で本を正したら河内源氏の兄貴の摂津源氏この辺が源氏の本家本元のふるさとやったというとこなんですね。
という事で源氏ゆかりのお寺をお楽しみ頂きました。
猪名川町のマスコットキャラクターいなぼうが町自慢のお宝を紹介しま〜す。
最初のお宝はこちら。
町の北にある標高753メートルの大野山に建つ猪名川天文台です。
うわ〜満天の星空が広がっています。
まあ非常に空気が澄んでおりますのと大都会からずっと山の中入ってきてますので非常に暗い場所で星を見るにはもう最高の場所ですね。
中にはプラネタリウムの上映会も行われていて寝転がって星空を眺めるのが特徴です。
天文台には口径50センチの反射望遠鏡を設置して天体観測を楽しむ事もできます。
平成21年8月にはこの天文台で火星と木星の間で新たな星を発見しました。
その小さな星になんとInagawaの名前が登録されているんです。
空気のきれいな猪名川町だからこそ見つけられたんですね。
源氏ゆかりの善福寺を後にした私たちはのどかな田園風景を満喫しながら役場までウォーキングを楽しみました
役場からはバスに乗ってまさにお宝の場所多田銀銅山に向かいます
多田銀銅山は今年の10月7日に国の史跡に指定されたばかりなんですよ
いいタイミングで行きましたよね。
車中ではボランティアガイドさんによる「猪名川音頭」が響き渡りました
盛り上がってましたね
さあ歌を聴いているうちにだんだん多田銀銅山に近づいてきました
この辺りは江戸時代鉱山の関係者が住んでいました。
当時鉱山三千軒といわれるほど繁栄してたんですね
にぎわっていたんでしょうね
さあバスに揺られておよそ20分。
いよいよ多田銀銅山にやって来ました
多田銀銅山には中に入って見学できる坑道が残されているんですよね
そうですね
坑道の事を間歩といいます。
これは青木間歩ですね
洞窟探検みたいでワクワクしますよね
多田銀銅山にはこういった間歩が2,000もあるといわれています
たくさんあるんですね
涼しいですね。
今日はたくさん入られてるからねだいぶ温度も変わっていると思いますけどね。
坑道を楽しむポイントは岩肌をよ〜く見る事。
色が変わっている部分があるんですよね
これなんかねやっぱり銅が混じってたりすると緑青みたいに青になりますからね。
ここら辺じゃあ一帯が銅が…。
この辺鉱脈が出てるいうとこやと思いますよ。
鉱山とか入られた事は?生野銀山とかは行った事があるんですけどここは一番すごく自然な感じがしました。
自然っていうのは?何かまだ掘れそうな感じ…。
ちょっと夢が広がりますね。
先生あのところどころでこうやって水が滴り落ちてるんですよね
そうですね地下水ですからね
岩の割れ目から流れ落ちる地下水。
鉱山の採掘で苦労するのはこの水との闘いなんですね。
水がたまると作業ができなくなりますから根気よく水抜きをしなくてはならないんですよ
銀や銅を採掘するには自然とのさまざまな闘いがあったという事なんですね
さあそして私たちは鉱山関係者に信仰されてきた金山彦神社に向かいました
この建物の中に神社の本殿がある訳です。
この本殿は江戸時代の初期に建てられたものなんですね
この多田の鉱山ってのは伝説ではかなり古いんですよ。
奈良の大仏さん造った時に銅出したとかね…。
ちょっとそれは伝説で実際には室町時代の頃から本格的に産出されるようになったと。
あっ室町から本格的に。
でしょうね。
…で特にあの豊臣秀吉の時代にはだいぶ銀の産出が本格化したみたいでね。
この奥の方に台所間歩とか瓢箪間歩いうのがあるんですよ。
豊臣秀吉の千成瓢箪大阪城の台所です。
内々の財源を支えたというのでこういう名前で呼ばれてるというものがあってですね中にはこれも伝説で秀吉の隠し財産埋蔵金がどっかにあるというね。
夢がありますね。
この鉱石がまさにここで採掘されたものなんですよね?
そうですね。
青くキラキラ光ってる部分がありますね。
これが銅なんですね
何だかきれいですね。
これが秀吉の天下を支えたという事なんですね
ここはあの金山彦神社。
大体鉱山で信仰されている神さんが金山彦さんという神さんです。
だからいよいよ採掘が本格化した頃に事故が起こらないようにという事が一つでしょうね。
もう一つは山で鉱脈を見つけるというのは一か八かですから神さん任せですからかなり大きな信仰心持ってた…。
この多田の銀銅山で働く人たちが信仰寄せたのがこの金山彦神社。
多田銀銅山には資料館悠久の館もあります
館内には江戸時代の鉱山の様子を描いた絵図や道具類がたくさん展示されてますね。
多田の銀銅山ではこういう資料がしっかりと調査収集された。
この事が国の史跡指定に結び付きました
そして悠久の広場で昼休憩。
青空の下のごはんは格別ですね
午前中いかがでしたか?
(4人)よかったね。
じゃあどんなところが?どんなところって猪名川ってあんまり知らなかったから「あ〜なるほど」とかいう感じで。
間歩ですよね。
1回来た事あるんですけどねあの奥までまだ入った事なかったんであんなに奥がまあねずっと奥まで入れるとは思ってなかったんで何か水も落ちてて何かちょっとよかったです。
ボランティアガイドさんたちは今回のために特別に紙芝居を作って披露してくれました
「大野祀りの神さんええ石がぎょうさん採れますように」。
「お父ちゃんがケガしませんように」。
「うちの宿六の酒癖が直りますように」。
町のすばらしさを伝えたいという皆さんの猪名川町愛を感じました
今回のテーマは「猪名川町のお宝探し」という事でここで再び宝箱の登場です。
さあ猪名川町のこの多田銀銅山にまつわるお宝が中に入っているんですけれどもさあ中を見てみましょう。
今回は何が入っているでしょうか?こちらです。
炭。
炭が銀銅山の歴史と関係があるんですね。
割れ目が菊の花みたいなね菊炭っていってお茶の道で非常に珍重される良質の炭なんですが北摂この辺りは炭の産地でもございました。
一つは鉱山という事になると製錬で炭がいる訳ですね。
そういう事もあって大正時代にはこの猪名川町で50軒炭を焼いている農家があったというんです。
…で北摂地方全体でもですね猪名川町こんな炭の名産地だという事ですが背景には鉱山の製錬のための燃料だったという事があるという事です。
え〜秀吉の頃に本格化した採掘がという事ですが当然ヨーロッパ人南蛮人の来航があるという事で南蛮吹と呼ばれるヨーロッパ風の製錬技術も影響を与えたというふうに考えられる訳ですね。
そして江戸幕府は貴金属の採掘を幕府直営でやってまいりました。
1600年代の半ばにこの銀山でもいい鉱脈質のいい鉱脈大量に出る鉱脈が見つかったものですから幕府はいよいよ本格的に多田銀銅山の経営を行うと。
ちょうどあの皆さん方の後ろのですね川の向こうに平らな土地が見えておりますけどもあそこに代官所が置かれて幕府が直営をする訳です。
さあそれではここで再び猪名川町クイズです。
さあ第2問目はこちら!多田銀銅山…入って頂いた時も分かったように水がですね結構出てくる銀銅山だったんですね。
それで作業が度々中断しました。
そのために水抜き普請をした人がいるんです。
それは誰でしょう?1平賀源内2伊能忠敬3シーボルト。
それでは皆さんにお答え頂きましょう。
1番の平賀源内だと思う人?おっ多い。
2番の伊能忠敬だと思う人?いらっしゃいますね。
3番シーボルトだと思う人?おっシーボルトは誰もいません。
さあそれでは正解は何番でしょうか?正解は…1番平賀源内でした。
おめでとうございます。
皆さん正答率いいですね。
平賀源内は1700年代の後半の人でですね讃岐の人なんですけどいろんな事工夫するんですよ。
そんな中で例えば平賀源内が見つけたものの中に石綿を認識して燃えない布不浣布いうてるんですけど作ったんも源内さんでねその源内さんが長崎留学のあと江戸へ帰る途中ここへ寄ってまあ鉱山…水が非常に出てくる。
どういうふうにして抜くかというような事をしたという事を友達に書いた手紙が残ってたんですね。
ところが1700年代の半ばぐらいから鉱脈が枯れていく訳ですよ。
…で明治になってからは民間の起業家が近代的な鉱山経営を行いました。
それでもだんだん採算が合わなくなって昭和48年に閉山しました。
長い鉱山の歴史に幕が下ろされたんですね
続いていなぼうが紹介する猪名川町のお宝とはこちら。
あれ?勢いよく走ってくるおとうさんがいますが…。
実はこの方90歳の現役アスリート…宮本さんは今年のフランス・リヨンで開催された世界マスターズ陸上の選手権大会で90歳から94歳の部門で三段跳び金メダル走り幅跳びで銀メダルを取ったメダリストです。
朝はですね5時半に起きまして布団の上で半時間6時まで柔軟体操布団の上でやるんです。
ベッドの上で。
それと毎月1回1日の日に自分の身体検査をして表を作って自分の体を管理しております。
はい。
そして宮本さんは初めての町民栄誉賞も受賞されました。
実は猪名川町は兵庫県下で男女の平均寿命がトップ。
とっても元気なお年寄りが多い町でもあるんです。
まだまだ記録を伸ばす事を目標にしている宮本さん。
まさしく猪名川町のお宝的なおとうさんです。
私たちは再びバスに乗って篠山方面に抜ける道を北上し不思議な仏像に会える2つのお寺へ向かいます
こちらは東光寺。
何だかいわれのありそうなお寺ですね
源氏の源満仲の長男頼光が大江山の鬼退治をする時もここに戦いに勝てるように祈ったという伝説がある古くからのお寺ですね
源氏ゆかりなんですね
このお寺にはふだん私たちが見慣れている仏様とはちょっと違った形式の仏像が安置されています
木を喰らう仏と書いて木喰仏と呼ばれていますが垂水さんこのお顔表情をよく見て下さいね
そう。
何だか高貴な微笑というよりはニコ〜ッと笑ってますよね
ニヤッという感じですね
この木喰仏は葬頭河婆といって三途の川のほとりで亡者亡くなった人の衣服着物を剥ぎ取るおばあさんなんです
でも笑ってますね
これも十王坐像の地獄の裁判官閻魔大王なんですが何かニヤッと笑ってあんまり怖い事ないですね。
このほほ笑んでる表情が木喰仏の特徴なんです
とっても親しみがあって人間的で表情に引き込まれますね
猪名川町には現在27体の木喰仏が確かめられています
この木喰仏一体どんな人が作ったんでしょうか
木喰というのは修行の方法の一つなんですね。
五穀を食べない。
それから火を加えて調理した食べ物を食べない。
もちろん肉食もです。
木の実やとか根っこだとかそういうものを食べて修行するというのがね木喰の戒戒めという修行のしかたなんですが特に明るく満足明満木喰明満といわれるお坊さんが22歳の時に出家仏門に入り45歳になった時に木喰戒をやると決心される訳ですよ。
そして全国を回る。
その痕跡は北海道から鹿児島まで明満さんが来たという場所が残ってる訳です。
そして村回っていって泊めてもらったお堂に一つ彫って残していくというような格好でその木喰明満さんが文化4年文化7年に亡くなってますから亡くなる3年前にこの猪名川にやって来られる訳ですよ。
1,000体彫るという願をかけて彫っていかれた訳ですけど全国で700体ほどが今も残ってるいう事ですから1,000体彫るという発願は本当に成就していったという事であります。
東光寺は境内にも珍しい木喰仏があります
像の周りの幹が盛り上がってますね。
実は最初明満さんは生きた木の幹にこの仏さんを彫ったんですよ。
でも木が生きてますから傷口を治すように周りの幹の部分が盛り上がっていったんですね。
それでも傷が閉ざされる前に雷が落ちて木が枯れてしまったんです。
それで今もこの観音様を見る事ができるんですね
自然界の偶然によって残された貴重な木喰仏なんですね
そして私たちはもう一つ風光明美な絶景にも出会いました
猪名川町の景勝地として有名な…
高さおよそ30メートル幅100メートルの断崖が屏風を広げたように連なってるんですね
見応えがありましたね
そうですね
江戸時代の観光ガイドブックとでも言うべき「摂津名所図会」にも勇壮な屏風岩が描かれて昔から多くの人々が訪れていた事が分かりますね
木喰さんもお気に入りの場所だった?
そうですね
さあそして続いてのお寺ではどんな木喰仏に出会えるでしょうか
ここは天乳寺。
お寺の名前は昔からお参りするとお乳がよく出るという観音様が祭られていて特に女性たちが大きな信仰を寄せたお寺なんですね
ここにもですね木喰仏が3体あるんですね。
このお寺には木喰さんご自身が椅子に座った像。
その両側に観世音菩薩と勢至菩薩の木喰仏が祭ってあります。
真ん中にあるのは木喰さんが自分の姿を彫った自刻像です
何だかイメージどおりのお顔ですね
向かって右が観世音菩薩ですね。
そして左に勢至菩薩。
この3体が並べられて安置されています。
実は木喰仏の特徴は背中。
字がいっぱい書いてあるでしょ。
一番左の文字は分かりますか?「文化四年五月十八日」と書いてあるんです。
実は木喰さんは仏さんを彫って完成させた日付を書いてるんですね。
この日付から木喰仏がどの順番で作られたかこれが分かる訳ですよ
貴重な記録ですね
しかし木喰仏のすばらしさに人々が気付くのは近代に入ってからなんです
伝統的なお寺からいうとそんなに昔は価値を認められてなかった訳です。
ところがですね大正時代になって一般の日本の民衆が作った生活の中にあるものにすごい美があると。
民衆の工芸民藝という言葉を使われるのが柳宗悦という研究者なんです。
その柳宗悦さんが全国で非常に素朴な独特の美しさのある木喰仏があるという事を大正13年に気付いて報告をされる訳ですね。
ところがですね柳さん最後までこの猪名川町に27体もの木喰仏があるという事はご存じなかったようなんです。
これ見つけたのがこの猪名川町の六瀬出身の歴史学者の粟野頼之祐という先生でした。
この人は西洋古典学の研究者で出身地のこの猪名川一帯に木喰仏があるという事を見つけられてですね北摂における木喰上人の研究という本を書かれたりする訳ですがそれがきっかけになってこういう事が分かってきたんですね。
町には木喰さんの直筆も残されているんですよね
木喰さんの書というのはとってもユニークでグルグルグルグルという丸文字ですね。
これが特徴ですね
文字なのか現代の絵文字のようにも見えますよね
木喰さんのサイン花押もクルクルクルとこの丸っこい筆跡が自由奔放というか円満というか人柄がしのばれますね
そうですね
さあここで最後の猪名川町クイズです。
木喰修行という厳しい修行をしていた木喰さんがこれなら食べられると好んで食べたもの一体何だったでしょうか?1番の豆腐だと思う方?あっいらっしゃいますね。
2番のそばだと思う方?おっ多い。
3番のこんにゃくだと思う方?これも結構いらっしゃいますね。
今回は最後の答えがこの宝箱に入っています。
宝箱オープン!正解は…よいしょ。
こちらそばでした!
(拍手)猪名川町の特産でもあるんですねそばが。
ちなみになんですけれどもこのそばそのものを食べた訳ではなくってそば粉を練って…。
そういうもん食べてる。
五穀断ちいうてですねそばは違うんかという事ですけど米麦粟ひえに豆があきませんねん。
もう一つ木喰さんが好きやったもんがお酒。
(笑い声)五穀断ちまでしてお酒飲むかというね。
お酒好きなんですよ。
だから恐らく屏風岩見ながらちびちび飲んだりされとったんでしょうね。
厳しい修行をしていたのかと思ったらお酒も好きという事でますます親しみが湧きました。
最後にいなぼうが紹介する猪名川町のお宝とは木喰さんも好きだったおそばです!秋になると猪名川町のあちらこちらではそばの白い花が咲き乱れています。
そして収穫したそばの実を石臼でひいて自分で打ったそばが食べられるんです。
いなぼうも早速挑戦。
練ったそばの生地を麺棒で伸ばしていきます。
猪名川町のそばは大変小粒なんです。
実が凝縮されておりますので大変芳醇な香りと味がとてもおいしいものなんです。
そして伸ばした生地を切っていきます。
果たしてうまく切れるかな?いなぼうが打ったそばの完成です!猪名川町の自慢のざるそば。
どうぞ堪能してみて下さい!
そして猪名川町にはもう一つお宝がありました
昭和10年に江戸時代の民家を模して建てられた住宅なんですね
立派ですね
建てたのは猪名川町出身の世界的に活躍した美術商…
この建物には外国人をもてなすさまざまな工夫も凝らされています
これは高い給水塔。
水洗トイレのためにここから水を送ったんですね。
また正座ができない外国人のためにお茶室には椅子が置かれた立礼席が設けられました
これは喜ばれますね
更に書斎蔵。
この建物には床下に地下室が造られてるんですよ。
そこで火をおこして暖めてました。
オンドル。
床暖房ですね
住んでみたい!この静思館はひょうご住宅百選にも選ばれたまさに猪名川町のお宝なのです
そうですね
ようやくゴールの日生中央駅前の広場に戻ってきました
秋の色がそろそろ見えてきた頃本当に一日お疲れさまでしたけれども楽しかったと思います。
朝お聞きした時にこの駅で降りた初めてだという方が結構たくさんおられましたけれども阪神間から本当に1時間もかからない所にこういう場所があると。
自然が非常に豊かで意外にあの多田の銀銅山のようなスケールの大きな史跡も残ってるという事ですから是非お友達やご家族と皆さんおそろいになってまたゆっくりとお訪ね頂けたらと思います。
多田銀山?でも木喰も。
木喰もよかったね。
どちらも全然知らなくて。
そうですかご存じなかった?木喰さんとかいかがでした?パンフレットっていうか美術誌とかで見てたものが実際に近くにあってこんな間近に見れる事ないのでもう感激で。
人々の暮らしがあるところには歴史と伝統がありました
田園風景が広がる山里とニュータウンが混然一体となって共存する町猪名川町
伝説に彩られた源氏のふるさとと出会いそして銀銅山を切り開いた秀吉の夢の跡を訪ねました。
何より優しいほほ笑みに包まれた木喰仏に癒やされるお宝の宝庫でした
これからますます紅葉が映える季節。
もしかしたらあなただけのお宝が見つかるかもしれませんよ
2015/12/03(木) 15:15〜16:00
NHK総合1・神戸
ろーかる直送便 兵庫特集 新兵庫史を歩く「山里のまちでお宝めぐり〜猪名川町〜」[字]

兵庫県の各自治体を参加者とともに巡り歩き、その土地の歴史や風土に触れる「新兵庫史を歩く」。今回は秋たけなわの猪名川町。豊かな伝統に育まれた「お宝」を訪ねます。

詳細情報
番組内容
兵庫県の各自治体を参加者とともに巡り歩き、その土地の歴史や風土に触れる「新兵庫史を歩く」。今回は兵庫県東部の猪名川町です。茶の湯の世界で珍重される炭と太閤秀吉の埋蔵金伝説が眠る鉱山との関係とは。全国的に名前を知られるサイダーと鎌倉幕府を打ち立てた源氏との不思議な伝説。にっこりとしたほほえみで見る者の心を癒やす謎の仏像。古くから猪名川流域に栄えてきた町には、豊かな風土から生まれた「お宝」がいっぱい!
出演者
【講師】園田学園女子大学名誉教授…田辺眞人,【司会】垂水千佳

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行

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