スタジオパークからこんにちは 野口健 2015.12.03


生字幕放送でお伝えします伊藤⇒スタジオパークから…観客⇒こんにちは!本日の司会は戸田恵子さんです。
戸田⇒よろしくお願いします。
きょうのゲストの方はこういった道具を使う方です。
戸田さん、何に使うかは?私は使ったことはございませんが登山するときに使うものですよね。
何というものですか?これはピッケルというものです。
どういうふうに使うのかよく分からないですけれどもね。
全く本当にいちばん縁遠いところの。
登山したことはありますか?山は登ったことありますがピッケルを使うほどのところ山ではありません。
本日のゲストはアルピニストの野口健さんです。
拍手
よろしくお願いします。
ようこそおいでくださいました。
野口さんといいますとこちらのお写真、ご覧いただきたいんですけれども1999年5月エベレスト登頂したときの写真です。
この登頂とともに七大陸の最高峰登頂の最年少記録ですね。
野口⇒当時のね。
それぞれの大陸の高い山を全部登ったのがいちばん若かったと。
すごいですね。
まあ誰かがいちばん若いからね。
そりゃそうですけれどもね。
25歳ということで。
3回目でようやくということですね。
1回目、2回目だめで3回目がこれです。
そう簡単に登れないんですよ。
大変な山なんですよね。
そんな野口さん実はNHK9日放送の「ザ・プロファイラー」という番組にご出演でございます。
野口さん自身が山に登るきっかけとなった冒険家の植村直己さんですね。
ターゲットにしています。
植村さんの特集です。
じっくりそのお話も聞きますし山を登る方だけではなくてお父さんぶりも伺いたいと思います。
僕?そうですよ娘さんがいらっしゃるということできょうはそんな話も伺います。
野口健さんへの質問・メッセージどんどんお寄せください。
お待ちしています。
お席のほうにお願いします。
本日のゲストはアルピニストの野口健さんです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
山…。
どうしたの?私なんか、前からずっとテレビで拝見していてお会いしたいなと思っていたのできょうはすごくうれしいです。
本当に思っていました?思ってました。
だって山を登る感じのイメージがないからそんなふうに思っていたんですよ。
見た目がないんですか?イメージが。
芸能界に向いている軽妙なしゃべりで本当に山を登っているのかなと。
登山家は無口ですからね。
そんなイメージがあったんです実際にどんな方なのかなと。
こんな感じです。
山は1年間にどのくらい登っているんですか。
ヒマラヤが多いんですね。
ヒマラヤに2回、3回行くので3か月大体3分の1ぐらいですね1年間。
メインがヒマラヤなんですね。
あとは講演会ですとかそれから清掃活動。
山の清掃活動ですね。
ごみ拾いがね、ごみ拾いが僕の趣味だと思っている方が多くて全国いろんな団体から一緒にごみを拾いませんかとラブコールがすごいんです。
山だけではなくて海から商店街からいろんなところから声がかかるんです。
そんなアルピニスト野口健さんにどうやってアルピニストになっていったのかを戸田さんに迫っていただきたいと思います。
野口さんはすごくおきれいですね。
日焼けされていたりとか。
山登るとね。
大変な感じになりますよね。
だってきょう、手を見たらすごくきれいだし。
手ですか。
興味津々でプロフィールを読ませていただきます。
野口健さんは1973年アメリカのボストン生まれ。
お父様が外交官だったためアメリカ、サウジアラビア、日本エジプト、イギリスと世界各国を転々とする幼少期を過ごされます。
10歳くらいのときの写真。
後ろがピラミッドなんですけど水着の人がいるんですよね。
ピラミッドのうしろに近くにホテルがあってそこにプールがあるんです。
こんなロケーションで。
水着姿の方が。
こんなところ、ピラミッドの前のこんな写真見たことないです。
野口さんがピラミッドにマッチしている。
外国人みたいですね。
お顔がそうですね。
僕のかあちゃんがエジプト人なんで。
本当ですか?これは本当ですよ。
うそついてどうするんですか。
僕のかあちゃんがエジプトとレバノンとフランスとギリシャの混血なんです。
地中海の上と下をくっつけたような顔をしているんですかあちゃんが。
それでおやじは日本人で5種類入っているんです。
雑種なんです。
そんなことはないですよ。
すごく整ったお顔ですね。
高校はイギリスにある全寮制の名門校に入学。
勉強することがどうしても苦痛だった野口少年は自他ともに認める落ちこぼれでした。
しかし、このころ人生を大きく変える転機が訪れます。
落ちこぼれ時代の写真ですか?ちゃんと、ぐれたころですね。
まともにぐれましたね。
イギリス時代ですね。
日本人が多いですね。
日本人の学校です。
全寮制で厳しい学校に入って勉強についていけなくなってそのうち荒れるようになって学校でけんかをして相手がけがをして停学処分になったんです。
ろくなことなかったですね。
かなりな、やんちゃぶりですね。
停学になった。
それゆえに転機があったんですか。
停学になって日本に帰らされるわけですよ。
厳しいですね。
日本に帰らされて1か月間停学なので暇といえば暇ですよね。
ぷらぷらするじゃないですか。
そのときにふらりと入った本屋でそこで偶然ぱっと目に入ったのが植村直己さんの本。
「青春を山に賭けて」ですね。
この本だったんです。
山に僕は全く興味がなかったし植村さんが遭難されたとき日本にいなかったんです。
当時はインターネットもないし日本のニュースも入ってこないので遭難されたことも分かってなかったんです。
直己さんを僕は知らなかったんです。
普通だったら手に取らないじゃないですか。
でも何かピンときたんです本屋で。
本屋を1周回ったんですよ。
これも縁かなと思って停学中に買ったんです。
この本を読んだんです。
そうしたらそこで初めて日本人としてエベレストに初めて登った方とか世界で初めて五大陸の最高峰を登ったということを知るわけです。
そういうことよりも植村直己さんご自身が落ちこぼれだということでコンプレックスがあって日本を飛び出して世界中で山登りだけは地道にこつこつ続けていったと。
こつこつやっている延長線上に結果として日本人初とか世界初につながるんです。
そういう本だったんです。
だから最初から大きな記録をねらう野心があるというわけではなくてこつこつこつこつ何かをやった結果できたよという本で僕は停学中だったので。
自分と重なってね。
停学中がでかかったですね。
ぶらぶらしていなければ本屋さんにも入りませんでしたよね。
それもそうですけれども停学になって追い詰められているじゃないですか。
何かしなければいけないと思ったんです。
そこは真面目に考えたんですね。
落ちるところまで落ちて人間焦るでしょ。
高校1年の6月ですからねそれが。
高校に入った直後の停学ですから。
早いですね。
それでいきなり帰国させられているわけですから。
さすがに焦ったんです。
そして野口さんは、すぐ登山にのめり込んでいきます。
高校2年の夏休み登山を始めてまだ半年のころにヨーロッパのモンブランをさらに、その4か月後にはアフリカのキリマンジャロを登頂します。
すぐにできちゃったもんなんですか?トレーニングとかは?あまりしていないんですよ。
これはやっちゃいけないんですよ。
ぶっつけ本番です。
キリマンジャロなんて高山病で苦しくて。
高山病にかかったことあります?ないです。
僕は軽くあります。
ここにいると雰囲気的に高山病にかかる感じですよね。
ここは高地じゃないですよ。
キリマンジャロがひどかったんです。
例えば吐いたりするんですけれども、頭が痛くなってそれを人前でやると下りろと言われるのでこのときは何が何でもと思っていたので吐き気がくると岩陰に隠れてこっそりと吐くんです。
トイレに行ってくると言ってね。
それを繰り返して3、4回岩の陰で吐いていたら隊長が高山病かというんです。
違うんです、便秘でふんばっても空気が薄いので出てきたかなあと思ったら力が抜けるだから戻っちゃうんですと言ったら、だまされたんです。
そうか便秘かと言いながらこっそり吐きながら登頂したんです。
そしたら本気で苦しくて吐き気が始まって岩陰を探したんですけれどもいちばん上にいるので隠れるところがないんです。
登っちゃったからいいやと思ってみんなの前で四つんばいになって吐いたら高山病かと言われてはい、これはかなりの高山病ですと言ったら怒られました。
高山病で命を落とすこともありますよね。
気をつけていただきたいと思います。
何故頑張ったんですか。
停学になって落ちこぼれのときじゃないですか、高校生のときですからどこかでばかにされていたし俺はキリマンジャロを登ったぞという気持ちが強かったです。
見返してやろうとね。
よくぶっつけみたいな感じでいけましたね本当に。
きつかったですね。
そして1999年、25歳のとき。
3度目の挑戦で念願のエベレストを登り切り七大陸最高峰登頂を果たします。
そしてこれは当時の最年少記録となりました。
そのときの映像もあります。
これは山頂直下ですね。
本当にもうすぐで登頂するというね。
野口さんですか?僕です。
もうすぐで登頂すると奥が頂上です。
人が集まっているところですね。
結構、天気があまりよくなかったんですね。
ふぶいていてね。
最終キャンプから最後のテントから13、14時間かかっているんです。
だから前の日の夜9時ぐらいに出て12時間かけて登頂しているんです。
朝9時ぐらいです。
上から見ると晴れていますね。
吐いた息が凍っているんです。
マスクの先につららみたいですね。
これを取らないと定期的に取らないと苦しくなっちゃうんですよ。
そして登頂成功ですね。
日の丸を持っている真ん中が野口さんですか。
上に行くと空気が薄いので気圧の関係でぱんぱんになるんです、体が。
だから顔が本当にまあ今でもぱんぱんですけれども本当に膨らむんですよ。
指輪とかつけちゃだめですよ。
ぶわっと膨らむんです。
登頂したときですね。
登頂して僕はその前の年もだめで97年、98年がだめで99年が成功です。
断念されたときというのは?1回目は一気に上がったんです。
酸欠でやられて7600m付近で意識をなくして。
シェルパに発見されて下ろされたんです。
だからほとんど遭難ですね。
一気に上がっちゃったんです。
2回目は山頂直下まで行ったんですけれども、残り300mというところで天気が変わっちゃったんです。
猛吹雪になって、岩陰でじっと山頂直下で隠れながら一緒にいた仲間と行く?下りる?どうしようどうする?とジェスチャーで話をして行けば100%遭難するというのが分かれば行かないんです。
えてして微妙でなんとかなるかもしれないしならないかもしれないし。
無理しないといけないようなところですよね。
人がエベレストに行く前に無理しないでねと言うんですけれども無理しないでも登れるんだったらみんな登ることができるんです。
あれは無理しないと登れないです。
無理しないでねと言われるのがいちばん困るんです、無理をしてますから。
山頂直下で無理はしていい無理というのもあります。
してはいけない無理もあります。
何かやろうと思うとしていい無理の最大のところまで無理しないと到達できません。
それをちょっと超えて無理はしてない無理のところに入ると山の世界は死ぬのが簡単です。
その境目はすれすれなんです。
それが山頂直下で行っていいのかな、いけないのかなと思いながら1時間くらいじっとしていたら体温が落ちてしまって目をつむってたらふっと迎えがくるんですよ。
あの世から迎えに来ました死の世界はあるんだなと思って。
その方はいつも僕の近くにいて常連さんなんですけれどもね。
嫌だ。
迎えが来たのがはっきり分かりました。
そのときに死にたくないと思って下りたんです。
3度目で登ったんですけれども登ったら、さぞかしうれしいのかなと思ったんです。
でも登ってばんざいはありましたよ。
僕のシェルパがビデオを回していたからポーズを取るしそうしたらねあれ本当のところ頂上でばんざいはないんです。
だって最終キャンプから十何時間かけて真っ暗闇のほうヘッドランプの光を頼りに登るじゃないですか。
着いたときにやっと来たと偉いとこまできたなと思うんです。
そのときにわれに返るんです。
山頂は狭いんです。
ほんとに狭い。
このくらいなんですよ。
畳2、3畳分ぐらいですか。
そうですね。
上から見ると下がすとんと落ちていてこれを登ってきたと思うと、これを下りるのかという思いもあるんですよ。
無理と思って下山中に遭難者が多いということなんです。
下山中に滑落してそういう方の体がね、見えるんですよ。
山頂で涙がぽろぽろ出てその映像が帰って来たら日本のテレビで感動のシーンということで流れていたんですけれどもあれは怖くて泣いていたんです。
頂上は感動していたんじゃないです。
感動はないんです。
下り始めてそのときに僕より2つ若い人がいたんですけれども下山を始めたら山頂直下で情緒不安定になって最終的に彼は僕らの目の前で自分でロープをほどいてあっと思った瞬間にジャンプをして目の前で滑落していきました。
ということは時に起きるんですよ。
登ってばんざいはなかなかないです。
ベースキャンプまで下りてほっとつくんです。
厳しい。
なんか胸が痛くなりました。
その後は、国内外さまざまな山の環境への取り組み自身の経験を生かしての講演活動などに取り組んでいらっしゃいます。
そんな野口さん、いろいろお話が出てきましたが山での生活で山登りするときに、とても大事にしてらっしゃることがあるそうです。
リラックスが命だと。
ベースキャンプから登ってそのときにリラックスするというのを大事にしていると。
長期戦ですからね。
およそ2か月、精神的に追い詰められていくし、ただでさえストイックな場所です。
ベースキャンプでたまに下りて休むんですけれどもそのときにいかにほっとするかが大事です。
写真がありますね。
僕のテントです。
じゅうたんは僕のかあちゃんがくれたエジプトのじゅうたん、赤いんです。
気持ちが華やかになるんです。
じゅうたんを持ってテントでじゅうたんを敷いたりとかあとは食事かなこの写真は酒ですね。
日本酒をペットボトルに入れて詰め替えてねちゃんとそれ用にわざわざラベルを作ってもらって。
銘柄の書いてあるラベルを貼り付けるんですね。
これをいっぱい持っていくんです。
テントの横に穴を掘って雪のところに置いておくんですよ。
シェルパが持っていっちゃうんで。
いないときに飲むんですけれども日本酒はいいですよ、暖まるしね。
でも、飲まなくちゃやっていけないんですよ。
2か月3か月、精神状態を保つということですね。
リラックス、本当に大事ですね。
リラックス方法なんですが野口さんがびっくりしたことがあるということで、欧米の登山隊がやっていたリラックス方法何にびっくりしたんでしょうか。
いろんな国の方が一緒にいらっしゃるということですよね。
世界中の方がいらっしゃいます。
3つからお考えください、メールが届いています。
北海道の40代の女性の方です。
私は39歳のときに富士山登山、達成しました。
世界観が変わった瞬間を味わいました。
努力はうそをつかないと実感した瞬間でもありました、ということです。
野口さんもそんな瞬間がありましたかと来ています。
和歌山県の30代の女性の方です。
野口健さんは日本酒がお好きと聞いたことがあります。
私は和歌山県で日本酒を造る杜氏の仕事をさせていただいており大の山好きです。
ここで質問ですがヒマラヤという標高の高いところで飲む日本酒の味はどうですか?またヒマラヤで飲みたくなるお酒のタイプはどんなお酒ですか。
淡麗タイプですか?いろんなタイプがありますよねと届いています。
高いところで飲むお酒は低地で飲むお酒と違いますか?すぐ、くるくるきます。
ただものすごく寒いです。
暖房がないので体の中から温めるんです。
日本酒のいいのが空気が薄いと血行障害が起きるんです。
指先に血液がこなくなる。
凍傷で指を落とす方がいらっしゃいますがヒマラヤと冬の富士山、比べるとそんなに寒さは変わらないです。
空気が薄いので血行障害が起きるので冷えやすいということなんです。
なのでアルコールを入れるとくるくる血液が回るんです。
これは言い訳ですけれどもね。
でも一石二鳥で。
あまり飲むとね心臓がばくばくしちゃうのでゆっくりちびちび、ゆっくり飲む。
甘いほうがね糖分が欲しいしね。
だから甘めの日本酒を。
でもいろんなものを10種類ぐらい持って行きますよ。
そうやってベースキャンプでリラックスしてるんですね。
楽しみで頑張れる。
命を落としたりしますしね。
想像できないです。
飲むのがいちばんです、疲れたときは。
飲むことがいちばんだった野口さんですが欧米の登山隊のベースキャンプのリラックス方法でびっくりしたものはどれでしょうか。
バーカウンターがいちばん多いですね。
次がプール。
お答えは?答えはプールではなくてペットでもなくてバーですね。
多くの方、正解。
バーカウンターはすごいですね。
バーカウンターはね。
でもプールが1600人いるということは驚きですね。
ほしいと思ったんでしょうね。
欧米隊って冒険の歴史があるじゃないですか。
きわめて厳しいところで生活することが上手なんですよ楽しみ方が。
でっかいカウンターがあってね。
カウンターチェアってあるじゃないですか。
僕はベースキャンプに行くときに毛の長い牛がいるんですけど背中にカウンター用のいすがいっぱい積んであるんですよ。
何かと思ったらカウンターだったんですよ。
ウイスキーとかワインが並んでいて発電機もあってテレビとか液晶のでかいのがあったりそれはそれはすごいですよ。
普通の生活ですね。
特にヨーロッパのはすごいですよ。
勉強になりました。
上のテントでぎりぎりのところで活動して定期的に下りてくるときにいかにほっとするかというのがないと人間そんなに強くないので精神的にもたないんですよ。
あれだけいろんなものを持っていくと、結構ごみもたくさん出るじゃないですか。
清掃活動もやっていらっしゃいます。
これはね、富士山の。
富士山はすごいですよ僕ね、富士山が汚いって知らなかったんです。
エベレストに行ったときにエベレストにごみが多かったんですね。
エベレストにごみが多いなと思ったら、お前ら日本人はヒマラヤをマウントフジにするのかと言われたんです。
エベレストのベースキャンプで散乱していたごみがあったんです。
日本語で書いてあるから日本人が捨てたごみなんですね。
というのを外国人の方がお前ら日本人はさんざんエベレスト汚しと言われたときにヒマラヤをマウントフジのようにするのかと言われて意味が分からなくてどういうことですかといったら富士山が世界で最も汚いと聞いているぞというので僕は富士山のごみを見たことがないので何回も行っているけど僕らは冬しか行かないんです12月、1月、2月3月はヒマラヤですからね。
ごみを見たことがなかったからよく分からなかったんです。
帰ってきた年の夏に初めて富士山に行ってそうしたらごみがうわあっと、ごみだらけ。
ふもとが多いんですか?あのころは上もありましたよ。
これは注射針。
医療廃棄物ですね。
これは樹海ですけど注射器や点滴の針ですね。
ひどい。
場所によっては僕が樹海で立つじゃないですか。
立っている僕の背よりもごみが積まれてあったりトラックが来て樹海にごみを置いて帰るんですね。
不法投棄ですね。
ふもとは不法投棄で、上はポイ捨てだったりね。
冷蔵庫もあるんですか?これはいいところまで来ていてね上からずっとごみを拾ってきて樹海の表面に積んであるごみは大体なくなったんですよ。
今はごみを掘っているんです。
上からずっと来て表面になくなってごみを掘るところまできています。
今、日本中から参加者が始めたころは年間でトータルで100人前後しか来なかったんですね、清掃の参加者は。
今は7000人とかもっとですね。
日本中から集まってくれてみんなでごみを拾ってきて五合目から上に関してはほぼごみがなくなりましたね。
あとはふもと、不法投棄が彼らも結構しぶといのでね必ずやろうと思っていますよ。
このお手伝いは登山の経験がなくてもできるんですか?小学生も来ますね。
樹海ですから、ふもとですからね。
家族連れとかね。
すごいです、どんどんきれいにされて。
そんな野口健さんが、このたびNHKの番組にご出演です。
これは本当に見てほしいんですよ。
時代を動かした人物の生きざまや知られざる謎をプロファイルして、分析してお知らせしていきます。
山の世界に入るきっかけとなった冒険家の植村直己さんに迫っていくということです。
今回、取り上げるのは世界五大陸の最高峰を人類史上初めて制覇した冒険家・植村直己。
19歳で山の世界に入った彼は登山だけでなく、犬ぞりで行った単独の冒険でも活躍。
しかし、43歳のとき冬のマッキンリーで消息を絶ちました。
発見された日記の最後に植村はこう記していた。
「何が何でもマッキンリー登るぞ」。
番組では、彼が行った数々の努力や単独行にこだわった訳などをさまざまな資料からひもといていきます。
冒険とは生きて帰ってくるということを公言された方なので最も大事な部分が、何か崩れちゃったんじゃないかと僕はそう思うんですよね。
日記の何が何でもマッキンリー登るぞとあるじゃないですか。
これで日記が終わってこの直後に遭難されたわけですね。
何が何でもと最後に出てきたのはよっぽど追い詰められたのではないかと思うんですよね。
さっきの話じゃないですがしていい無理としてはいけない無理。
そこの判断というか、下りる勇気みたいな。
流れというのもあったのかなと思うんですけどどうしても南極大陸の横断というのがいちばんの最後の目標だったんです。
そのために北極点に行ったりグリーンランド縦断したりずっとされていたんです。
ちょうど南極に縦断に行ったときにフォークランド戦争が起きたんです、アルゼンチンのサポートに入っていたときに戦争になって中断になったんです。
南極に行きたい、もう一度糸口を作りたいということでアメリカで何か1つやって注目してもらって南極というのがたぶんどこかにあったんだと思うんです。
長くやるとは大変なことですよ。
野口さんが植村さんと同じ立場だったらどうしたでしょうね。
でもねこれは本当に分からないですよね。
こういう平地とまた違いますし酸素が薄いところで寒いところでいろんなプレッシャーもありながら、人間がそんなに精神状態が保てるわけがないんですよ。
僕もヒマラヤに行ったときに精神が乱気流です。
アップダウンがあって山頂に向かうときアタックのときのタイミングで気持ちがぐっとなっているときと重なってしまうと遭難しやすいんです。
それは本当に分からないんです。
ただやっぱり直己さんをみんなが応援してきましたよね。
冬のエベレストで隊員をなくして登頂できなかった。
南極も実現しなかったというときに直己さんたちを応援してきた人たちが、すっと引いたというのもあるんです。
応援する側の問題もあるかもしれないし最終的には本人の問題だと思うんですけどね。
ただやっぱし流れがあるのでねなんとも言えないですね。
野口さんが山に入るきっかけになった植村直己さんに迫っていく番組「ザ・プロファイラー〜夢と野望の人生〜」植村直己の回はBSプレミアムで9日水曜日放送です。
続いてはアルピニスト野口健ではなくて、お父さんパパとしての野口健さんに迫ってまいります。
体験こそ教育をモットーに子育てをしているんですね。
今写っているのは娘さん、1人娘さん。
かわいい。
去年、ヒマラヤに連れていってヒマラヤの3600m付近を歩いているんですけどね。
軽く連れて行ってね、とおっしゃってますけど。
ヒマラヤですからね。
娘さんも、おおという感じじゃないですかずいぶん小さいころから一緒に。
赤ん坊のときに背中にくくりつけましてね、それで富士山のごみを拾っていたんですよ。
結構、春とか寒いでしょう。
背中に積んでると温かいんですよ。
暖房代わりにされて。
赤ん坊のときから背中にくくりつけて、ごみ拾いとかね。
まだ1歳になる前かな北海道の冬山に行って背中にくくりつけていたら顔が軽く凍傷にかかってね。
札幌の病院に行ったらえらい怒られました。
日頃あまり一緒にいないのでねいる時間が少ないので。
いろいろ体験をさせて。
現場ってすごく大事だなと思っていていろんな活動をしていますけどどうしていろんな活動をしているかと言われると、いろんな現場に行くと起きていることを自分の目で見るじゃないですか。
理屈と目で見るは違うのでね。
目で見るということは生々しいし見て知ってどこか気持ちの中で活動が広がります。
八ヶ岳、しかも冬山ですよ。
これはね。
登山口のときに登り始める前にマイナス17度だったんです。
相当寒かったんです。
これはちょっときついかなと思いながら行けるところまで行こうと思ったら顔が痛いし指痛い、痛いでしょう痛いと泣くんです。
でも痛いということはまだ指が生きているのでいいことなんだよと痛さがなくなると凍ってしまって指がぽろっといくからねと言ったらびっくりしていました。
ギャーギャー泣くんです。
何でもずっと僕が先に行くので諦めて後ろでずっとぶつぶつ上を見てしゃべっていました。
神様神様、指を助けて、ってずっと神様にしゃべっていました。
あれだけ泣いていたのに上からいっぱい人が下りてくるとみんな僕に気づくじゃないですか。
しゃべっていると本人は分かっていて自分に振られるなと思って見たら涙をふいているんです。
上から下りて来た人がお嬢さんですかと言ったらゴーグルをあげてにこっと笑ってね登山者がいったらまた泣いておもしろかったですよ。
なかなかつわもの。
パパ40年ぐらい生きているのに私はまだ8年しか生きてなくてねとずっと言っているんです。
もう私にはあしたがこない今夜がこないかもと言っているんです。
よくしゃべるんです。
お父さんと似ているんですよ。
あんまり泣くと前が見えなくて危ないからねと言って最近になったらこの間メールがきて、キリマンジャロに行きたいと言ってね。
被災地にも行かれて。
震災があった年を越した2012年の1月です。
僕は震災のときにすぐに現場に入っていろんな活動をしたんですけど被災地から東京に帰ってきたときのギャップってあるんですよものすごく。
家に帰って自分の娘にいろいろ話をしてもなんとなく津波がばーんと来てこうなっちゃったんでしょというニュアンスだったので分からないでしょ、行かないと。
じゃあ行くかと言って一緒にずっと回って学校や病院、家の中にも入りました。
表から見ているのと違ってね生活の家の中はまだものがいっぱいあった時期だったので、おもちゃだったり服だったりがあるじゃないですか家の中に入るとやっぱりリアルなんですよ。
行かなきゃ分からないところがあるのでねいろんな現場に。
僕にできることはそういうことかなと思っていろんな現場をA面、B面表から見たらきれいな富士山樹海の中はごみだらけ。
B面が必ずあるから両方を見せようと思って。
いろんな体験をしている娘さんの絵子さんは、お父さんのことをどう思っているんでしょうか。
急にあした山に行くよとか夏休みはよし、アフリカ行こうとか急に言いだすのでそのときに入っていた友達と遊ぶとかキャンプとかの予定を全部キャンセルしないといけなくなっちゃうのでそういうのは前もって言ってもらいたい。
お父さんは、もう1回言ったら絶対にそれをやることになっちゃうからもうそこは素直に行くしかない。
最初はちょっとええ、ってなるけど…普通みんなが行かないようなところだからそういうのは貴重な体験だと思うけど…だって、エベレストも国立公園ですよ?言い訳みたいな感じ。
かわいらしい。
すべて分かっていますよ絵子ちゃんはお父さんのこと。
そんな絵子ちゃんですが、実は家でのお父さんはどんな感じなのか聞いています。
ここでクイズです。
自宅での野口さん、絵子さんはどう思っているでしょうか。
こんな話も娘に聞いたんですか?家でのお父さんはどうなの?と聞きました。
怪獣みたいっておもしろい。
メールをご紹介しましょう。
大分県の50代の女性の方からです。
以前野口さんが息子の通う高校に講演に来てくださったことがあります。
私も聞きに行きました、私の知らない山のいろいろなお話に引き込まれました。
野口さんの話、子どもたちの心にも響いたと思います。
これからもすてきな山男さんでいてください。
静岡県の20代の女性の方からです。
娘さんが将来お父さんと同じ道にいきたいと言われたらどうお答えになりますか?すでに山には登っているけどね。
でもね、6000mまでかな?もう距離になっていますね。
6000mまではいいんですよ。
山によりますけどね。
8000はやめたほうがいいですよ、大変。
6000mくらいまでが僕の中では、ちょうどいい標高ですね。
標高で。
女の子だからなあ。
女の子のほうが強いんですよ。
精神的に?精神的にも肉体的にも全部ですよ。
登山家だって女性のほうが強いですよ。
やってみたいと言っているんですか?将来、お父さんみたいな。
でもね、キリマンジャロに行きたいって、どうでしょうね。
好奇心はあるみたいだからね。
山に登っているとあれは一種の好奇心ですからね。
もっと見てみたいとか山に登っていれば登山家になるというか何かいろいろそこから広がっていくんじゃないですかね。
絵子さんが家でのお父さんはどんな感じなのか、答えです。
圧倒的に多いのが赤の子どもみたい。
次が怪獣みたい。
先生みたいが、すごく低いです。
正解を絵子さんからです。
おうちとかだとなんか子どもみたいに猫にいたずらしたりとかわがまま言ったりとかしてものを出したら片づけないから帰ってきたら汚い!みたいなそんな感じ。
お父さん、お父さんはちょっと心が若いという感じでいっぱいはしゃいでいる感じだけど…いいアドバイスだね。
正解は、子どもみたいでした。
しっかりしていますね。
12歳、ですか?いくつでしょうね。
小学6年生ですからねいくつですか?12歳です。
まだ生まれて12年しかたっていない感じです。
野口さん、山もいいけど家の清掃もしっかり、片づけてほしいと。
山のときが大変ですからおうちにいるときにちょっとね。
そうなんです。
それも分かっていらっしゃると思うけど、絵子ちゃんかわいい、すてき。
おしまいに視聴者の皆さんから届いた質問・メッセージにお答えいただきましょう。
かわいかった。
山梨県の30代女性の方からです。
私も大の山好きです。
今、日本から多くの登山家たちがヒマラヤ、エベレストなどへ向かっています。
野口さんからすると若手登山家さん一般登山者に何か伝えたいことはありますか。
行っている人にね。
今、若い人が少なくなりましたね。
特にヒマラヤはね。
だからもっといろんな人に挑戦してほしいですね。
あとは続けることかな?今はブームで終わってしまうのでね。
ぱっときてすっといなくなるのである程度続けないと本当のよさが分からないですね。
続けてほしいですね。
いつも健さんの真摯な活動がとてもすてきで応援しています。
健さんの体は、すしと酒でできているのだと思うほどですいちばん好きなすしネタは何ですか?ひらめですかね?白身が好きです。
顔が濃いでしょう?食べるものはあっさりしているほうがいいです。
そうなんですか?東京都の方からです。
登山のお話、壮絶ですね。
山頂が怖い、下山してやったと思うということばが胸に響きました。
今登山ブームと言われていて山での事故のニュースを耳にすることがありますね。
登山する人は野口さんのお話をぜひ聞いてほしいと思いました。
これからのご活躍応援しています。
福岡県の50代男性の方からです。
富士清掃登山をはじめ全国のお掃除ありがとうございます。

アルピニストとしての実績もすばらしいのに、その取り組みの姿勢に感心しています。
これからも、登山、清掃とご活躍期待しています。
「ザ・プロファイラー」も見ますよ。
見てほしいですね。
富士山だけではなくて全国いろいろ清掃活動をしていらっしゃるんですね。
神奈川県の方からいただきました。
去年、胃がんで亡くなった兄が亡くなる半年前の年末にゴーキョピークを目指しヒマラヤの玄関の空港で天候が悪く足止めされたときに偶然野口さんと出会い声をかけてくださり前に進むことができましたが、あのとき本当に野口さんに出会えてよかった。
気さくですてきな人だったと繰り返し話していました。
私もそれから野口さんのことが気になり地震で被害を受けたヒマラヤへの支援などますますのご活躍応援しています。
2015/12/03(木) 13:05〜13:52
NHK総合1・神戸
スタジオパークからこんにちは 野口健[字][双]

人生変えたある出会い 登山と環境を熱く語る  ゲスト:野口健 司会:伊藤雄彦アナ、戸田恵子

詳細情報
番組内容
双方向データ放送番組。テレビのリモコンを使って、ゲストに関するクイズやアンケートに挑戦!気になるゲストの生トークにあなたも参加しませんか?テレビをネットにつなぐとさらに楽しめます。
出演者
【出演】野口健,【司会】戸田恵子,伊藤雄彦

ジャンル :
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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